三十一通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?
あれから衝撃的なことが起こりました、また長くなるでしょうがお付き合いをお願いいたします。
村に到着した僕たちでしたが彼は降りるのを嫌がりせめて別の王国の領内まで連れて行ってほしいと頼まれました。
しかし僕らはまだこの国から離れると決めたわけではありません、まだお姉さんが死んでいるのか何処かへ行ったのか分かってないのですから。
最終的に当面の生活必需品を無償で提供することで納得していただきました、ここに来るまでも僕らが提供していたので大盤振る舞いすぎるかもしれませんが情報料代わりだと思い我慢しました。
それから僕たちはまた来た道を戻りながら、もう一度帝国の跡地でお姉さんの形跡を探るか情報提供者を探すか考えておりました。
魔術師様は未だにフードを被ったまま馬車の奥に座り込んでいて口を開こうともしません、双子が話しかけてもほとんど反応もない有様です。
代わりに僕もジーク様も双子の相手をしていますがやはりママと遊べないのは寂しいようでチラチラと魔術師様の様子を伺っております。
魔術師様がこんな状態では帝国に戻ってもどうしようもないかもしれません、僕はどうすればいいか未だに分からないでいます。
結局この日は進みが悪く適当な場所を見つけて野宿をすることになりました。
食事の支度をしても魔術師様は最低限口に入れてさっさと馬車へと戻ってしまいました。
このままではいけないと思っているとジーク様が双子の面倒は見るから魔術師様を何とかしてやれとおっしゃいました。
ジーク様が利用していたテントに双子を寝かせてジーク様本人は外で一日見張りをしてくださるそうなのです、つまり馬車の中で僕たちを二人きりにするから話し合えということでしょう。
だけど僕は何を言えばいいのかもわかりません、どうすればいいのかも……うじうじ悩んでいる僕の背中をジーク様は叩いて夫婦なんだからしっかりやれと発破をかけられるのです。
何を誤解しているのかと思いましたが考えてみればジーク様と合流したときには双子は僕たちのことをパパとママと呼んでいたわけで、これは勘違いするのも当然な話でした。
慌てて訂正しようとしましたが双子がじっとこちらを見つめていて、彼女たちの前で否定するのはどこか憚られてしまいました。
そしてジーク様は双子を連れてテントに向かうのでした、パパが頑張ってママを元気にするから良い子にして待ってようねとか口約束までしていました。
全く持って勝手な話だと思いましたが、こうなったらやるしかありません。
僕はおずおずと馬車に戻ると、相変わらず奥のほうに座り込んでいる魔術師様の隣に腰掛けました。
相変わらず魔術師様は何もおっしゃいません、フードに隠れたご尊顔からは感情すら読み取れません。
ここからどうすればよいのでしょう、僕にはまるで見当もつきません。
だけど黙っていても何も始まらないと思い、僕はとりあえず口を開きました。
今日はいーちゃんもこーちゃんも外で寝ること、ジーク様が見張りに立ってくれること、馬車の中は二人でいると広く感じるということ。
魔術師様は相槌すらうってくれません、しかしここで黙ったらまた沈黙が続いてしまう……僕はしゃべり続けました。
前の王国を立ってもうそろそろ一ヶ月になること、クー様やめーちゃんは元気でやっているのか、リース様はちゃんと政治を行えているのか。
ジーク様がまだ手紙を読んでないという疑問、双子に身長の差が僅かについてきたこと、皆と一緒に旅をするのが楽しいこと。
二人で旅してきた時は楽しかったけれどそれ以上にハラハラしていたこと、魔物に初めて出会った時のこと、僕がやられてばっかで迷惑ばかりかけてきたこと。
話しました、ただひたすらに脈絡もなく僕は思い出を話し続けます……魔法が使えない僕には話しかけることしかできないのです。
そして魔術師様の御尊顔を始めて拝ませていただいたときのことを言及したところで、魔術師様はようやく口を開き……止めろと強い口調で僕の言葉を押しとどめました。
魔術師様はフードを強く抑え込み顔を隠し込んでしまいます、そしてぽつりとお前に見せたのは……いや関わったのはやはり間違いだったと断言しました。
何故そのような事を言うのでしょう、僕が訊ねると魔術師様は所詮お前は人間だと憎しみすら籠った声でおっしゃるのです。
お姉さんの話を聞いてずっと苦しんでいた魔術師様が人間を恨むのは当然だと思います、そしてその人間である僕を嫌うのも仕方がないことでしょう。
魔術師様は立ち上がると宣言いたしました、もう人間とは一緒に居られない……居たら殺してしまいたくなると。
そして立ち去ろうとする魔術師様を僕はこれが最後ならと呼び止めました。
魔術師様は立ち止まり振り向いてくれました、それだけで僕は嬉しかったのです。
僕は馬車も荷物も魔術師様に差し上げますから双子だけはお願いしますと頭を下げて、先に馬車を飛び出しジーク様たちから死角になるところで腰の剣を抜き自らの首に突き刺しました。
鋭い痛みと共に血液が抜けていく懐かしい感触を覚えました、最近は魔物の脅威も少なかったから久しぶりです。
確実に自分が死に向かっているのがわかりました、だけど何の後悔も恐怖もありません。
魔術師様の傍にいられないのなら生きている意味はありませんし、何より魔術師様が人間を……僕に対しても憎しみを感じているというのならそれを殺すことにはむしろ使命感すら感じます。
何よりこれで魔術師様は同じ異種族である双子と共に馬車や荷物を持って旅を続けられます、きっとジーク様も分かってくださるでしょう。
最後の最後に僕は魔術師様のお役に立てたのだという自負の下、意識が闇に溶けていく感覚に身をゆだねようとしました。
けれどそれは許されませんでした、柔らかくも温かい光が僕の消えゆく命をつなぎとめてしまったのです。
僕はこの感触に覚えがありました、こちらの世界に来てから何度も僕を救ってくれた優しい魔法でした。
眼を開けると魔術師様が血まみれになるのも構わずに僕を抱きしめていました、何故と口にしようとしましたがその前に僕が意識を取り戻したのを確認した魔術師様が強いビンタをたたき込まれました。
とても痛い一撃でした、先ほどの自害したときよりはるかに痛く感じました。
フードが捲れていた魔術師様は泣いておりました、僕に縋り馬鹿なことをするなと怒鳴りました。
まさか魔術師様を泣かせてしまうことになるとは思わず、僕は謝りました……ひたすらに謝罪し続けました。
だけど魔術師様は許してくれません、何度も何度も僕を叩きます。
泣いて喚いて怒鳴って、僕を叩き続けました。
気が付けば魔術師様は僕に縋りついたまま眠りに落ちていました、よくよく見れば目の周りには隈もできていて恐らくドラゴンを見た日から寝ていなかったようです。
体力的にも気力的にも限界だったところを僕の愚行のせいでついに倒れてしまったのでしょう、申し訳ないことをしてしまいました。
せめて暖かい寝袋で眠らせてあげようと僕は魔術師様を抱きかかえて馬車へと戻ることにしました。
そういえば魔術師様に抱きかかえられることはあれど僕が魔術師様を抱きかかえるのは初めてのような気がします、その体はとても細く軽くてか弱く繊細な少女にしか思えませんでした。
僕は馬車の中に引いた寝袋に魔術師様をそっと横たえると隣に座り、魔術師様の寝顔を観察しました。
やはり信じられないぐらい美しい方だと思います、顔立ちもですが立派で気高い精神が表情を引き締めより美貌を引き出しているのでしょう。
その美しさが今は隈と涙で汚れています、これは間違いなく僕ひいては人間が与えた心労のせいなのでしょう。
もし僕が命を懸けることで魔術師様から心労を取り除けるのなら喜んで差し出します、しかしそれは駄目だとおっしゃるのです。
僕はどうしたらいいのでしょう、出来ることは涙を拭き取ってあげることぐらいでした。
魔術師様の隣で僕はいくらでも溢れる魔術師様の宝石のように美しく輝く涙を拭き取り続けました。
暫くすると魔術師様はゆっくりと目を開けられましたが、まだ夜明けには時間があります。
まだ寝てていいですよと伝えましたが、魔術師様は僕の顔を見るなり上半身を起こし再度殴りました。
かなり強烈な一撃で手をついて身体を支えてしまう程でした、そのあとで魔術師様は軽く周りを見回し己の置かれている状態を理解したようでした。
寝袋から這い出て改めて僕に向き直ると首根っこをつかみ上げもう一回ビンタをかまし、もう二度とするなとはっきり言われました。
何とか頷いた僕を魔術師様はじっと見つめていましたが、溜息をつくと一旦身体を離されました。
そして私も悪かった、変なことを言ったと頭を下げられたのです。
僕は全くそんな気はしなかったので頭を上げてほしいと言いました、魔術師様が人間を憎むのも当然だと。
しかし魔術師様は顔を上げて首を振ると改めて口を開いてしゃべり始めたのです。
あれから色々考えていた、頭の中がぐちゃぐちゃで整理もついていないけれど聞いてほしい。
姉が酷い目にあっていると知って私は人間を許せなくなった、だけどお前達という優しい人間がいるのも知っている。
だから憎むのは間違いだと必死に自分に言い聞かせた、それでもどうしても駄目だった。
そのうちに今度は姉がドラゴンを呼んだという、寿命をマナを色んな人達から奪い取り挙句に国一つを滅ぼしたという。
きっとあの中には良い人間も居たはずだ、子供だっていただろう……攫われていた異種族もだ。
その全てを姉が……殺したのだ、これでは私が人間を嫌うように人間も私たち種族のことを嫌うのが当然だと思った。
でも私はお前たちに嫌われたくなかった、同時に憎いのに憎みたくなかった……我ながらなんて勝手なのだろうな。
なあ私は姉を汚した人間を憎めばいいのか、憎んでいいのか?
それとも姉が殺した人間に謝らなければいけないのか、謝らないとお前らに嫌われてしまうのか?
何もわからないんだ……答えが……自分の感情すら……もう頭がおかしくなりそうだった。
お前に言ったことは本当だ、姉を汚し尽くした人間だと思うと……殺してしまいたいほど憎く思った。
だけどずっと私についてきてくれて、ずっと私を支えてくれてたお前を憎みたくないんだ……そんな勝手で汚い部分を見せて嫌われたくもなかったんだ。
だから逃げようと思った、お前たちの目の届かない所に行って頭を冷やそうと思った。
なのにお前が馬鹿なことをしたせいでそんな感情全部吹き飛んだ、人間だとか異種族だとか……それ以前に姉のことすら忘れてお前が死ぬことだけが恐ろしかった。
いいかもう一度だけ、いやこれから先何度だって言ってやる……もう二度とあんな真似をするな、私より先に死のうとするなっ!!
魔術師様は最後には僕に詰め寄って叫ばれて、思わず僕はこくこくと情けなく首を振ってしまうのでした。
そんな僕の様子を見て、魔術師様はようやく僅かに微笑みを取り戻されたのでした。
そして魔術師様は軽く魔法を使い僕たちの身体から汚れを取り去ると、もう少し寝るといい寝袋に引っ込み僕に腕枕を強要するのです。
これから一緒に寝るときは毎回してもらうと言って、魔術師様は僕の胸に顔をうずめてお眠りになるのでした。
もちろん僕に逆らう権利などありませんから腕が痺れないよう少しでも筋力を鍛えておきたいところです。
さて今回はとても長くなってしまいましたね、長々と付き合わせてしまい申し訳なく思っております。
次回はもう少し短くまとめたいところであります、では失礼いたします。




