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三十通目

 前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?


 とても重苦しい空気が僕らの間に広がっております、どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。


 あれから次の日になって助けた方はようやく目を開け、ある程度落ち着きを取り戻した様子を見せました。


 彼は奥のほうでフードを被っている三人を訝し気に見ながらもお礼を口にして、その後僕らが訪ねるままに知り得ることを話し始めたのです。

 

 件の豪商がある日美しい異種族の奴隷を入手してきたこと、彼女に身体を売らせて金儲けをしていたこと、たまに見世物代わりに別の種族や魔物とも交配させたりしていたこと、聞いていて吐き気がしましたが彼に当たっても仕方ありません。


 最も彼自身まるで悪びれた様子もなく自分も利用したかのような事を匂わせておりました、帝国内では異種族は本当に道具ぐらいに思われているのでしょう。


 殴りつけたい衝動を何とか我慢して続きを聞くと、彼女は行為が終わった後杯のようなもので相手の体液を飲んでいたこと、そのうち豪商は彼女に取り付かれたように執着するようになったこと、ある日異種族である彼女と婚約すると言い出したことなどを話しました。


 ちょうどドラゴンが暴れたあの日は彼女との結婚式だったらしく、豪商ということで様々な会社とつながりがあり彼もまたお付き合いで招待されたと言います。


 そして出席した彼でしたが何故か式に彼女の姿はなく、だけど豪商はニコニコしながら結婚式を進行させようとしました。


 皆変わった趣向だと思いながら飲み食いしている間にも時間は過ぎていき、さらに豪商は派手に祝ってほしいと会場を開放して人を集いました。


 紹介状も参加費も不要と断じられた立食パーティのように開かれた会場には貧困層の人々が次から次へと訪れてきたそうです、会社のつながりで富裕層が居たこともあり国内のかなりの人が集まったようだったと言うのです。


 しかし会場には不愉快そうな空気が流れていたそうです、異種族との結婚というだけで陰口が止まっていなかったのに本人の姿が見えず貧困層が入ってきたのですからなおさらです。


 そんな祝福とは真逆なムードが漂う中ついに彼女が現れたそうです、結婚式用の白いドレスに身を包み綺麗に飾り立てられた彼女はどこぞのお姫様だと言われても頷けるほどの美しさだったそうです。


 彼女は満面の笑顔で会場の中央まで出向くと花束を握った手を高らかに上げ、何事か呟いたそうです。


 すると彼女の身体はゆっくりと宙に浮かんでいき、皆が見つめる中静かに花束を投げ捨てるとその下に隠し持っていた杖を巨大化し振り下ろしてこう宣言したそうです。



 人類、滅ぶべし


 

 彼女はさらに高く飛翔していき、その場にいた兵士たちが咄嗟に射かけた解呪矢をものともせずについにその高さまで到達しました。


 避難しようと駆け出していた彼は次の瞬間、飛び込んできたドラゴンが巻き起こした暴風にわらのように吹き飛ばされたそうです。


 そして傷だらけになりながらも運よく国外まで飛ばされた彼は、なけなしのマナで傷を癒しながら必死で逃げ回り気が付いたら僕らの下へ辿り着いていたと言います。


 全てを聞いた僕たちの間に重苦しい沈黙が広がります、それを破ったのは魔術師様でした。


 そのドラゴンを呼んだ女性はどうなったか訪ねたのです、彼ははっきり見たわけではないけれどドラゴンの身体にまとわりついているように見えたと答えました。


 魔術師様はもう何も言いませんでした、馬車の奥に引っ込んで座り込んでしまいました。


 ジーク様が気遣って声を掛けましたが反応はありません、よくわかっていない双子が心配そうに話しかけても必要最低限の返事をするばかりです。


 僕は……僕は何か言うべきだったのでしょうか、何を言っていいのかわかりませんでした。


 聖杯を使っているということは先ほどの話の女性は間違いなく魔術師様のお姉さんでしょう、酷い目にあっていたお姉さんがドラゴンを呼び寄せてこの惨状を引き起こしていると聞かされて僕は自分でもどんな感情を抱いているのか理解できないぐらい混乱しています。

 

 まして実の妹である魔術師様はどれほどの心労に苛まれていることでしょうか、僕には想像もできません。


 さてとりあえず助けた彼からは聞きたいことは聞き終えたわけですが、だからさようならと彼を放り出すわけにはいきません。


 かといってこのまま馬車に乗せておくわけにもいきません、異種族が三人も乗っていると知られたら何をされるか分かったものではないからです。


 魔術師様があの調子ですのでジーク様と相談した結果、とりあえず近くにある村に寄ってそこで彼を降ろそうという話になりました。


 ジーク様曰く今からなら夕方には到着するということで、僕は運転席を二人に任して馬車へと引っ込みました。


 途端に双子が僕の元に駆け寄り涙声でママの不調を僕に訴えます、少し前にはママとお揃いの格好だと無邪気に喜んでいたというのに全てが遠い世界の出来事に思えてしまいます。


 僕は双子を抱きかかえると魔術師様の隣に座りました、魔術師様は何も反応をしませんでした。


 ガタガタと揺れ動く馬車の音だけがずっと続いております、気が付けば双子は眠ってしまっていました。


 双子の瞳から涙が零れていましたが僕は優しく拭ってあげることしかできません。


 魔術師様は何も言いません、ただ黙って座っていました。


 僕も隣に座っていることしかできません、両手が塞がっていて手を握ることも肩を抱くこともできません。


 いや仮に手が空いていてもできなかったでしょう、僕は情けない奴ですから。


 不意に魔術師様が杖を持ち上げ呪文を唱えました、杖の先から氷の刃が飛び出し運転席にいる二人の間を通り抜けていきます。


 二人の驚いたような声の後に魔物の断末魔が聞こえましたが、魔術師様は何一つ気にする様子もなく杖を降ろし沈黙を続けます。


 本当に重く苦しい沈黙が続いています、僕はどうすればいいのでしょうか。


 何でもする覚悟はあります、だけど何をすればいいのかがわかりません。


 もうじき村に到着します、彼と別れればまたフードをとってくださるでしょうか……それすらわかりません。


 今回はこの辺りで終わりにしたいと思います、失礼いたします。

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