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二十八通目

 前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?


 あれから大変な変化が起こりまして僕たちは全速力で次の帝国へ向かっております。


 また手紙が長くなるでしょうがお付き合いのほどをお願いいたします。


 さてまず伝えなければいけないこととして、今僕たちの馬車にはもう一人新しいメンバーが乗っております。

 

 先日、いーちゃんとこーちゃんがしっかり歩けるようになったので馬に餌をやる時間を利用し綺麗な湖で少しピクニックを楽しんでいた時のことです。


 まだ子供なので周りの目を気にせず全裸で尻尾をフリフリさせながら水遊びして、時に身体を震わせて体毛についた水気を払いまたぴちゃぴちゃと遊ぶ二人の姿はとても可愛かったのですが、水難事故を警戒して僕は目を離さずじっと見ていました……別に裸だからじゃないですよ念のため、娘には興奮しません。


 魔術師様もまた頬を緩ませながらもしっかりと監視しておりましたのですが、不意に何かを探知したようでフードを被るとさっと立ち上がりました。

 

 念のため僕もいつでも移動できるよう娘たちを呼び寄せて身体を拭いてあげていると、バサッと茂みから彼が飛び出してきたのです。


 大きな剣を担いだ全身泥まみれの粗暴そうな顔の男でした、僕は娘を抱きかかえるとすぐに臨戦態勢になっている魔術師様の後ろへ避難しました。


 しかしそれが杞憂だとすぐにわかりました、彼はこちらに気づくと武器を捨てて申し訳なさそうに頭を下げたのです。

 

 長らくの旅でマナが尽きかけており節約の為に飲み物と体を洗う水を求めてやってきただけで驚かせる気はなかったと言います、魔術師様がそれとなく調べたところ本当に魔力がほとんど残っていないようでこれなら仮に敵対しても平気だと僕らは安堵いたしました。


 そして彼は湖で顔を洗うと飲み水を蒸留するためにか器へと移し始めたのですが、その際泥が落ちた顔を見て僕らは手を打ちました。


 そうリース様に頂いた似顔絵にそっくりだったのです、彼こそ王国を飛び出した第一王子で僕が今ジーク様と呼んでおりますお方です。


 僕らがお妃さまからの手紙を渡すと最初は驚きを隠せなかったジーク様でしたが、次にリース様に頂いた命令書を見せると懐かしそうに頷いて見せました。


 しかしジーク様は何故か手紙を開封しようとはせず懐にしまうと、改めて僕らにお礼を告げるのでした。


 そのまま別れてもよかったのですがリース様にはお世話になりましたし、流石に色々とボロボロな御兄弟を放置するのは気がかりでその日は僕らの馬車に招待して一緒に野宿することとなりました。


 僕の物資から水と食料を分けると本当に嬉しそうにジーク様は口に運び、何度も美味しいといい感謝を口にします。


 どうやらここの所ずっとマナで精製した水と退治した魔物の肉ばかり口にしていたようで、毒も何も警戒せずに飲み食いできる味が付いたご飯はごちそうなのだそうです。


 そんなジーク様にいーちゃんとこーちゃんは最初こそ自我が生まれてから初めて見る僕ら以外の人間ということで人見知り全開でしたが、今では彼の朗らかな性格もあり身体をよじ登ってみたり耳を引っ張ってみたりして遊んでおりました。


 一応相手は王族なのだからと窘めるべきか考えましたが、ジーク様のほうからそんなもん気にするな、家出した今俺はただの一般人だと言われました。


 しかしあの国の人間なのに獣人に、特に狼型のいーちゃんと普通に接しているのは不思議でしたが旅をしている間に同じ人間の山賊に襲われたり逆に異種族に庇われたりしているうちにその手の垣根が馬鹿らしくなったとのことです。


 ちなみに魔術師様は距離を取って少し離れたところから見守っているのですが、既にフードは外していてある程度気を許しているのだと分かりました。


 ジーク様の明るく気さくな性格は威厳のあるリース様とはまるで別物でしたがこちらも又、何とも言えぬ器の大きさを感じたものです。


 僕もすっかり親しみを感じて、久しぶりに友人に接するような会話を楽しんでおりました。


 何だかんだ言って魔術師様は恩人ですし特別な思いが混じるためついつい畏まってしまいますし、クー様には年上且つ同僚であったためどこか遠慮してしまい、めーちゃんや双子には大人として接してしまいますし、リース様はまあ語るまでもありませんね。

 

 ともかくこんなに他愛のない下らない話をしたのは前の世界での学生時代以来ではないでしょうか、本当に楽しい時間でした。


 ただ打ち解ける僕らのことを魔術師様は何やらつまらなそうに見つめておりました、ひょっとしたら混ざりたかったのでしょうか申し訳ないことをしました。


 さてそのうちに僕はジーク様は何を目的に旅をしているのか尋ねてみましたが、何やら気まずそうに失恋旅行だと答えるのです。


 リース様と仲が良かった魔術師様はそんな理由で王家の責任を無視して飛び出すのは如何なものかときつい口調で問い詰めます。


 それに対しジーク様は全くその通り、リースには悪いことをしたが今更戻ったらもっと迷惑だろうと溜息をつかれました。


 確かに今ちょうど王女の即位に関して気勢が高まってる中に第一王子が帰還ともなれば大荒れ間違いなしですね


 更に魔術師様が叱咤しようとしますが、空気が悪くなりそうなので僕は双子を魔術師様の方へ向かわせて何とか強引に抑え込みました。


 水遊びしていたせいで体力を使い果たしていた双子はちょうどお眠の時間でした、魔術師様は渋々抱きかかえると寝かしつけに掛かったのです。


 改めまして僕はジーク様に今何をしているのか、どこに向かうつもりなのかを訊ねてみましたところ何にも考えていないと言います。


 基本的に気の赴くままあちらこちらを旅して、魔物と戦い鍛えられた身体で困っている人を助けて回っているようです。


 今度は逆に僕らに旅の目的を尋ねられ、ちらりと魔術師様に目をやったところ好きにしろとばかりに顔を背けましたので素直に答えることにしました。


 魔術師様のお姉さんを探していること、そのお姉さんが帝国にいるらしいこと……流石に買われたとか聖杯の話は出来ませんでしたが。


 するとジーク様は軽く頭を掻いて帝国領内に赴いたときの話をしてくださいました。


 周辺の魔物や異種族への強硬姿勢から軍勢を強化して常に出兵していること、実際に領土は拡大しつつあること、そして討伐した異種族に対する酷い扱いについて。


 帝国では異種族は完全に下等種族として奴隷扱いでまるで道具のように当たり前に取引されているようです。


 更に軍事に力を入れすぎて内政はボロボロで重税を課して賄賂が蔓延り、上級階層と下級民との間の貧富の差がすさまじく結果として治安はボロボロで路頭に迷った人たちが強盗に身を落としたり異種族認定を受けて奴隷になることも珍しくないと語ります。


 そんなところに異種族が立ち寄るというのは完全に自殺行為でしかないと言います、だからと言ってお姉さんのことを思えば行かないわけにはいきません。


 しかし双子を連れて歩くのはリスキーなのではないかと思いました、魔術師様は非常に強いからともかく僕を含めて三人を守りながらお姉さんのことを探るのは危険すぎる気がするのです。


 どうしたものかと思っているとジーク様は、僕らが良いなら護衛として一緒に行こうとおっしゃってくださいました。


 少しばかり悩みましたが結局僕らはお願いすることにしました、双子の身の安全が第一ですからね。


 一応護衛料代わりにこれから先、ジーク様の生活費はこちら持ちですが安いものです。


 そうして旅のメンバーが一人増えたわけですが、双子も懐いているし彼は馬の扱いが僕よりうまいので労力も半分になった挙句に進行速度も上がったのでした。


 いいことづくめに思えましたが一つ……いや二つだけちょっとした問題もありました。


 それは魔術師様です、何故か僕と彼が話していると不機嫌になることが多いのです

 

 ジーク様が気にくわないのかと思いきや、今度は僕抜きで彼と話すときは普通に笑ったりしているのですからわからないものです。


 もう一つは逆に僕がジーク様と談笑する魔術師様を見ていると何やらモヤモヤしてしまうことです、多分これは嫉妬なのでしょう全く浅ましい限りですね。


 しかし美しい魔術師様と仮にも王族であるジーク様は傍目からはとても釣り合っているように見えるので、それがまた僕の胸を締め付けるのです。


 まあそんなことは些細なことで、おおむね旅は良好と言えました。


 道中、体長3メートルほどの炎噴熊に襲われましたがジーク様は即座に飛び出し己の身体より大きな剣でもって一刀両断してしまい、その素早く正確な一撃は魔術師様も舌を巻くほどでした。


 一人で旅を続け魔物と渡り合ったというジーク様の腕は確かなもので、その後も弾丸蝿の群れに襲われた時も魔術師様と二人で簡単に倒してしまい歩岩石という岩の化け物など柄で殴って壊してしまうほどです。

 

 自然と前衛のジーク様と後衛の魔術師様、子守の僕と戦闘時のフォーメーションが出来上がり魔術師様だけでも無双していたのにもはや向かうところ敵なしです。


 とにかく安全面は完全に確保されたといってよく、この調子なら帝国に入っても何とかなるだろうと確信しておりました。


 そんな最中に変化は起こりました、もう次の日には帝国の領内に入るということで警戒を強めて早めに野宿していた時のことです。


 魔術師様が仕掛けていた結界に反応があったのです、これは強力なマナを感知すると目覚まし時計のように警戒音が鳴るものです。


 しかし見張りをしていた僕とジーク様は何も目視しておらず、飛び起きた魔術師様に探知魔法を使ってもらったところ彼女は顔色を一変させたのです。


 理由を説明する間も惜しみ魔法陣を引いて僕らを避難させる魔術師様でしたが、次いでジーク様も何かに気づいたようでその巨大な剣を盾代わりにするように僕らの身体の上に覆いかぶせたのです。


 次の瞬間暴風が吹き荒れました、いやそんな生温いものではなく圧倒的な破壊力を秘めた衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばしたのです。


 今回の防御陣には物理的な障壁効果があるはずなのに、その威力は内部にまで届き盾代わりの剣にぶつかり鈍い金属音を鳴らしました。

 

 馬の悲鳴も聞こえました、いーちゃんとこーちゃんは僕の腕の中で突然の轟音に泣いてしまいました。


 何とか二人をなだめているうちに周囲に沈黙が戻りました、ジーク様が恐る恐る周囲を確認し青ざめた様子でとりあえずもう大丈夫だと言います。


 結界が解かれて双子をあやしながら周囲を見て僕は絶句いたしました、何もかもがえぐり取られ無人の荒野と化していました。

 

 一体何が起きたのかと思っていると魔術師様とジーク様が空のある方向を見ていることに気づきまして、僕もそれを見てようやく理解いたしました。


 そこには、もうすでにかなり遠くまで移動しているはずなのになおはっきりと宙に浮かぶ巨体が見えていたのです。


 物語に出てくるような巨大な翼の生えた蜥蜴……ドラゴンでした、それが音速を超えて通り抜けたがためにソニックブームが発生して何もかもを壊してしまったのでしょう。


 空を飛んだ何かを探知して攻撃しに向かっているようです、移動だけでここまでの被害を出すドラゴンに震えている僕らの耳にジーク様が漏らした声が聞こえてきました……帝国の方角だと。


 僕らは急いで支度をすると、距離が離れていたために衝撃波の余波を受けただけですんだ馬を回復して傷ついた馬車を最低限修理して冒頭で話した通り全速力で帝国に向かいだしたわけです。


 既にドラゴンは見えなくなっていますが少し前一瞬昼間のように世界が明るくなり、遅れて間近に落ちた落雷よりも凄まじい爆音が聞こえてきました。


 間違いなくドラゴンが大暴れしているのでしょう、そこに突っ込む僕たちはひょっとしたら今度こそお終いかもしれません。


 幾ら魔術師様とジーク様でもあの化け物を倒せるとは到底思えないのですが行くしかないのです、魔術師様が行く以上そこが僕の居場所なのですから。


 さてここで終わりにしてもよいのですが、移動中やることもないですし恐怖と不安でドキドキする心を落ち着かせるためにも恒例のこちらの世界の紹介をしたいと思います。


 とはいえこれは聞いた話ですので本当かどうかはわかりませんが、ジーク様と見張りをしていた時に武器の話になったのです。


 ジーク様の武器は魔法が掛かった特殊な剣のようですが、一体どこで手に入れたのかと尋ねてみると口ごもりながらぼそぼそっと王国の至宝を持ち出したのだというのです。


 至宝という言葉にドキッとしましたが、どうやらこの世界ではそれぞれの国に代々伝わる特別な道具が伝わっていることが多くそれらが至宝と呼ばれるものなのだそうです。


 この危険な世界において国を作ることは非常に大変で能力が必要になることはわかると思います、それを可能にした道具こそが至宝であり正確に言えば国に至宝があるのではなく至宝があったからこそ国を作れたということなのです。


 だから大抵の大国には至宝が存在するし、ひょっとしたらその辺の小さい村々にもあるかもしれないとジーク様はおっしゃいました。


 前にこの危険な世界で木の柵だけで囲った村があったのを思い出します、もう滅んでいましたが確かにこんな危険な世界であんな陳腐な防備しかない村を保たせるにはそういう至宝クラスのアイテムが必要になるような気がします。


 何より実際に魔術師様の里にも至宝は存在したわけですし僕はこの話に妙な説得力を感じました、そして何より世界中に散らばる国々に伝説の武器があるなんてファンタジックだなあと思ったものでした。


 余談ですがジーク様の大剣はマナを通すことで重量が感じられないほど軽くなり、それでいて対象にぶつかった際にその一点に全重量が加算されて爆発的な威力を発生させるのです。


 ですから軽々と振り回せるのに見た目相応の重量からくる威力を発揮させられる恐るべき武器なのです、しかも一応マナの種類を調整すれば硬くなって盾代わりにできたり燃える刃にしたり切りつけたものを氷漬けにしたり痺れさせたりもできるようです。


 ただジーク様はその手のマナを調整したり体外に放出することが苦手だそうでもっぱら身体強化に利用し力づくで打ち破る主義なのです。


 魔術師様はそれこそ器用なものでマナを一瞬で好きなように調整し放つことができるので、もしも魔術師様が使えばそれこそ燃える剣どころか炎を飛ばしながら切りつけられるのでしょうが今度はぶつかった瞬間に発生する衝撃に身体が耐えられないでしょう。


 もちろん身体強化する魔法も併用すれば耐えることは可能でしょうが、それぐらいなら素直に魔法使いに徹したほうが効率が良いのです。


 さらについでに説明いたしますとマナを使えるように調整した状態を魔力と言い、魔力を解き放つことを便宜上魔法と呼びます。


 例を挙げますと体内にあるマナを炎属性に調整した状態が魔力が充実している状態、炎の魔力を解き放ったり身体に付加したりすることを魔法を放つと表現するわけです。


 最もあくまで定義上の話であり、こちらの人間ですら会話の上ではマナ=魔力=魔法として同じもの扱いしておりますのでそんなに明確に区別する必要はないみたいです。

 

 ああまた爆音が聞こえてきました、突然ですみませんがこの辺で失礼します。

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