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二十三通目

 前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?


 こちらは色々と変化が起こりました、手紙は長くなるでしょうがよろしければお付き合いをお願いいたします。


 さて何から書いていこうと思いましたが、とりあえずは前回の戦後処理の続きから伝えていきたいと思います。


 とはいっても会社のほうは予定通り進行しており、計算上は今年度の決算は黒字で終わることでしょう。


 しかし今回伝えたいのはそちらではなく個人的、といっていいのかわかりませんが僕の身辺に起こった変化です。


 率直に言えば僕らはこの度獣人の子供を引き取ることになりました。


 何を言っているかわからないと思いますので説明しますと、実は前に攻め滅ぼした獣人たちは人間だけでなく別の獣人をも襲っていたようで里にいた捕虜の中には彼らに虐待された者が混じっていたようなのです。

 

 丁度その中に猫に似た特徴のある獣人がおり妊娠をしていたようなのです。


 余りの痛々しさに姫騎士様は保護されたのですが、先日双子を産み落とすと同時に命を落としてしまいました。


 双子はどちらも女の子だったのですが片方は滅ぼした狼型の特徴をして、もう片方は母親の猫型の特徴を持って生れ落ちて来たのです。

 

 王国内は両方処分すべきという意見と、狼型だけ処分すべきという意見の二つに分かれたのですが姫騎士様は産まれたばかりの赤子に罪はないと断固としてそれを許そうとはしなかったのです。


 とはいえ長年異種族と戦い続けてきた国民感情を思えば、また少しでも王女の足を引っ張りたい勢力も残っていたようで流石に王宮内での育成は許されなかったのです。


 かといってこの国で他の誰が異種族に偏見を持たずに育てられるというのでしょうか、僕たちぐらいしかいませんね。

 

 リース様は直々に双子を抱きかかえてこられ、僕らに申し訳ないと頭を下げてお願いされました。


 僕は魔術師様に意見を伺おうとしましたが、魔術師様は仮にもその子たちの父親を殺した自分には選択する資格はないと言い僕に一任するとおっしゃいました。


 少し面食らいましたが、僕は家主であるクー様とめーちゃんに許可をもらい引き受けることにしました。


 そうして僕は双子を育てることになったのです、魔術師様は罪悪感を感じているのか距離をとっていて申し訳なく思います。


 ですが行き場もなく一人では生きていけないか弱いこの子たちは、まるで魔術師様に呼び出された僕にそっくりでどうしても放っておけなかったのです。


 幸い育児に関しては経験者のクー様の協力もあり、まためーちゃんが実のお姉さんのように双子を気遣いあやしてくれていて非常に助かっております。


 最もめーちゃんの姉としての振る舞いにも魔術師は思うところがあるようで、最近は遠い目をして物思いにふけることが多くなってしまいました。


 正直とても心苦しくて、僕は間違ってしまったのではと自分の選択を悩んでしまっています。


 こんな感情を抱いていては子供たちに悪影響を与えてしまいますね、やはり僕はもっと強くならなければいけませんね。

 

 そう思っていたところにもう一つの変化が訪れました、お姉さんの情報が入ってきたのです。


 双子を預かってから数か月が過ぎて僕も子供のオムツを替えるのが慣れてきたころでした、リース様が何やら気まずそうな顔でやってきたのです。


 リース様はとりあえず双子のほっぺをプニプニして精神を落ち着かせると、姉のことで進展があったがかなりデリケートなことなのでできれば魔術師様と二人で話したいとおっしゃいました。


 クー様とめーちゃんは赤ちゃんを連れて立ち去り僕も後へ続こうとしましたが、魔術師様に引き留められました。


 リース様がかなりきつい内容になるけど本当に良いのか改めて尋ねられましたが、魔術師様はむしろ僕が居れば耐えられるとおっしゃってくださったのです。


 不謹慎ですが僕はその時、生きていてよかったと心の底から思ってしまいました。


 そして僕は魔術師様の横に座り、彼女がそっと差し出した手をしっかりと握りしめて話に臨むのでした。


 さて肝心の話ですが魔術師様が手紙を異界に送るのならばと許可してもらったので書きますが、要するにお姉さんは風俗街で働いていたということでした。


 考えてみればこの国で異種族であるお姉さんが働ける場所なんて限られているのに、そんな想定は欠片もしていなかったので僕は衝撃を受けてしまいました。

 

 魔術師様も平静を装ってはいましたがただでさえ白い顔から血の気が失せていて、僕を握る手には痛いぐらい力が籠っておりました。


 僕もしっかりと握り返してもう片方の手を重ねてさらに強く握って魔術師様を支えようとしました。


 リース様も苦しそうに言葉を続けます、魔術師様のお姉さんということもあって容姿が優れていた彼女は人気があったのですが異種族ということもありプレイ内容は乱暴なものが多かったと言います。

 

 しかもお金もかなりピンハネされていてぎりぎりの生活が続いていたようです、ここでリース様は魔術師様に申し訳ないと頭をお下げになられました。


 自分の監督不行き届きだと、異種族全般に対する偏見の目を抑えようとしてこなかった私が愚かだったと謝罪されたのです。


 魔術師様はあなたのせいではない、勝手に村を飛び出した姉の自業自得だと言いましたがその声はか細く震えていていかにショックを受けているのか痛いぐらいに伝わってきました。

 

 余りに痛々しい姿に僕は耐えられなくなり、それより肝心の居場所について聞きたいと話を強引に促しました。


 するとリース様はもうこの国にはいないとおっしゃいました、詳しく聞くと僕らが辿り着く一か月ほど前にとある豪商に身請けされたというのです。


 そこから先はわからないとリース様はおっしゃいましたが、皮肉にもそいつは僕の取引先の一人でした。


 金払いこそよいけれど余り品性の良い人ではなく女の人をとっかえひっかえにしている人でした。


 しかもはっきりとはわかりませんがどうやら人身売買にも手を染めている様子もあり、余り深入りすべきではないと判断していた相手なのです。


 一応かなり大枚を叩いたとのことですからお姉さんをそんなに簡単に使いつぶしたりはしないとは思いますが、かといってまともな待遇を受けているとは到底思えませんでした。


 このことは伝えるべきか迷いましたが魔術師様は僕の変化など簡単に見抜いてしまわれるので、結局全てをしゃべることになってしまいました。


 重苦しい沈黙が辺りを包みます、僕はどうしていいかわからずただ魔術師様の手を握り続けました。


 暫くして顔を上げた魔術師様は僕にそいつの居場所を調べてくれと頼みました、そしてリース様にありがとうとお礼を述べたのです。


 既に顔に迷いはなくいつもの冷静で凛々しい様子を取り戻しておりました、本当に魔術師様は強く立派な方だと思います。


 リース様は改めて魔術師様にこの国の在り方を謝罪すると、これからは異種族とも共存できる社会を作り上げると明言されました。


 その暁にはリース様に、そして僕にぜひとも王国の主軸の一人になってほしいとも言われましたが魔術師様は私情を政治に乗せるな、公私の区別はしっかりつけろと叱咤されます。


 すぐにリース様は反論します、有能で優秀な人材はあらゆる権限を使ってでも登用するのが為政者の義務だと、むしろ在野で遊ばせておくほうが許しがたいのだと語ります。


 どちらもしっかりと自分の意見を持った女性ですので一歩も譲りません、しばらく目と目でにらみ合い火花を散らしておりましたが少ししてお互いに頑固だなと言うと、共にふっと笑ったのでした。


 何だかんだで魔術師様に笑顔が戻ったことに安堵した僕は、立ち上がり帰ろうとするリース様をお見送りすることにしました。


 しかし玄関まで来たところでふとリース様が魔術師様に、お姉さんが変な杯でお客の体液を飲んでいたらしいが何か意味があるのかと訊ねられました。


 その瞬間魔術師様の表情が一変致しました、僕もリース様も驚いて固まる中で魔術師様は感情のこもらない声でお前らには関係ないといい部屋へと引きこもってしまいました。


 何とも言いがたい空気があたりに漂いました、だけどリース様はすぐに吹っ切ると僕の背中を叩いてちゃんと支えてやれと発破をかけて立ち去るのでした。


 あとに残された僕はどうすればよいのか分からず、とりあえずクー様達に終わった旨を伝えに行くのでした。


 その後魔術師様は食事になっても姿を現さず困ってしまいましたが、クー様は僕に食事を持たせると頑張ってと言って部屋に向かわせるのです。


 何をどう頑張ればよいのでしょうか、わかりませんが魔術師様が飢えるのは嫌ですから僕はドアをノックして部屋へと入りました。


 魔術師様は椅子に座り街の外を眺めておりましたが、その視線はどこか遠くを見ているように思われました。


 とりあえず僕は机の上に食事を置いて食べないのか尋ねましたが食欲がないとおっしゃいます。


 色々と迷った末に僕はどうしたのかと、もしよければ話してくださいとお願いしました。


 魔術師様は関係ないと突っぱねられ食事を持って帰れと言いますが、リース様とクー様の言葉を思い出した僕はもう少し食い下がることにしました。


 僕が魔術師様にどれだけお世話になって感謝しているか、前に魔術師様が僕に言ったように僕も魔術師様の身体が心配なのだ、せめて食べれるだけでも食事をしてもらいたいと一生懸命に告げます。

 

 魔術師様は暫く黙り込んでいましたが、いつまでも僕が立ち去らないのを見るとため息をついて食事を口にし始めました。


 少しだけほっとしましたが魔術師様は無言で食事を続けており、カチャカチャと食器のぶつかる音だけが響いていました。


 その沈黙に居心地が悪くなった僕は何でもいいから思いついたことを口にすることにしたのです。


 あちらの世界にはない光景を見て思ったこと、逆にこっちの世界にはない科学文明のこと、こちらの世界に来る前の僕のこと。


 気が付けば僕は身の上話をしていました、就職に失敗してブラック企業に入ったこと、ブラック企業で心を削られる毎日を送っていたこと、そんな中両親を失ったこと、悲しみを抑えるために仕事に没頭したこと、仕事に没頭しすぎて友人とも疎遠になったこと。


 そこまでしても認めてもらえなかったこと、厄介な仕事ばかり増えて評価されなかったこと、忙しさの中趣味も失って家賃やら税金やらの支払いの為だけに働き続けたこと。

 

 生きている意味さえ見出せなくて、自殺するきっかけすら見当たらなくて……地獄のような毎日をさまよっていたこと。


 それを救い上げてくれた魔術師様に本当に感謝しかないこと、改めて僕は魔術師様の為に恩返しがしたいのだと告げました。


 黙って聞いていた魔術師様でしたが、食事を食べ終えたようで気が付けば手が止まっていました。


 僕は食器を片付けなければと思い魔術師様に近づきながら最後に、話したくないなら何も話さなくてもいいけれどしてほしいことがあったら言ってほしい、理由なんか聞かないで何でもしますからと言いました。


 すると魔術師様は盛大なため息をつくと僕に視線を向けて少しだけ微笑みながら、お前はしつこいと咎められるのでした。


 そして僕をベッドに座るよう誘導すると魔術師様もまた僕の隣に座り、僕の肩へ頭をのせて語りだしました。


 お姉さんとの思い出、両親を早くに失った魔術師様はお姉さんにたくさん面倒を見てもらったと言います。


 子供のころやんちゃだった魔術師様が何をしても優しく許してくれた姉、優秀で里の掟に素直に従っていた姉、皆から慕われ求婚を受けながらも魔術師様が結婚するまではと誰かと交際をすることもなく近くに居てくれた姉。


 お姉さんのことを語る魔術師様はまるで子供のようで、本当にお姉さんを尊敬しているのだと伝わってきました。

 

 その姉が里を飛び出したと聞いたときは何かの間違いだと思ったそうです、実際に里の至宝が盗まれて出て行った証拠を見てもまだ信じられないのだと言います。


 だから責任を感じてお姉さんを呼び戻しに出たというのは建前で、本当は姉の真意を聞きたかっただけだったそうです。


 そんな姉が風俗街で働いていたことを聞いたときはやはりショックだったのでしょう、そのことを思い出して魔術師様は肩を震わせて涙をこらえるのです。

 

 僕にできることはそんな魔術師様の肩を抱いて背中を撫でて落ち着かせてあげることぐらいでした。


 必死にこらえている魔術師様に泣いていいよとは言えませんでした、言うべきだったのでしょうか僕にはわかりません。


 暫くして魔術師様は自らの頬を叩くと、一転していつもの落ち着きを取り戻して僕にもう大丈夫だと告げました。


 こんな僕でもお役に立てれば光栄です、元気を取り戻した魔術師様を見て僕もようやく安心して今度こそ食器を片付けようとしました。


 しかし魔術師様は再度僕を引き留めて今度は真剣なまなざしでじっとこちらを見つめてきます。


 姉の持ち出した至宝について話しておきたいというのです、本当は里の外にいる者には決して話してはいけない秘密の道具なのでこれを聞いたら僕は里の一員になるか始末されるかの二択しかなくなります。

 

 つまりは魔術師様はずっと自分についてきてくれるかと聞いているわけです、僕は即答しました。


 魔術師様はほんの一瞬だけ嬉しそうに笑い僕を馬鹿な奴だと揶揄しました。


 そして改めて真剣な顔になると至宝について話しだしたのです。


 この内容も異界に送るなら問題ないとのことなので書かせていただきますが、至宝とは聖杯でありリース様が話していた杯が恐らくそれだろうと思われます。


 これは要するにマナを吸い上げて自分のものにしてしまう力を秘めた道具なのです、そしてその方法こそ唾液や血液等の体液に含まれる相手のマナを受け止めて飲み干すことなのだそうです。


 実はマナの総量によりこちらの世界ではある程度寿命を延ばすことができるそうで、本来は夫婦がマナを分け合うことで寿命を等しくして幸せに暮らすための道具なのです。

 

 しかし片方から奪い吸い上げればどうでしょう、相手の寿命を一方的に奪い自分は不老長寿に近い存在になりさらに体内のマナの総量も増えますから魔法の威力も跳ね上がっていきます。


 何より使用回数に制限がないので、繰り返せば最終的には魔物よりはるかに恐ろしい化け物になり果ててしまうでしょう。


 そういう危険な使用法もあるために下手に他所に知られれば聖杯目当てに攻め滅ぼされてもおかしくはないので、至宝として隠し続けていたそうです。


 どういう目的で姉が持ち出したかはわからないけれど、使用し始めたというのなら何も知らずに寿命を奪われる哀れな犠牲者を減らすためにも早く止めたいと魔術師様は言いました。


 ちなみに一度使用するごとに相手のマナと寿命の総量の半分を吸い上げられるそうで、姉が何人から吸い上げたかはわからないけれど今の時点でも恐ろしい魔法の使い手になっているだろうと締めくくりました。


 僕は全てを聞いて少しだけ恐ろしくなりました、既に他人を犠牲にすることをいとわない精神と強大な魔力を持った相手を追いかけなければいけないのですから。


 だけどそこに魔術師様がいるのなら僕はそれで十分でした、この方と一緒に居られるのならば地獄への旅路でも喜んで進みます。


 この日はまたローテーションを無視して魔術師様と一緒に横になったのですが、双子の夜泣きがあったのでそんなロマンチックな夜にはなりませんでした。


 まあ可愛いからいいんですけどね双子も、魔術師様も。


 さて次の日から僕は早速お姉さんを買ったという豪商の所在を調べることにしました、あくまで取引の体を取りながら会社を隠れ蓑にしての調査です。


 その結果あっさりと次の目的地は見つかりました、相変わらず名前の読めない帝国でしたが交易がある関係上道も最低限整備されており馬車の定期便も開通しております。


 早速僕は出かけるための準備を開始いたしました、もう魔術師様は僕が付いてくることに文句は付けませんでした。

 

 ですから今はクー様に仕事と役職の引継ぎを行っており、めーちゃんに勉強の課題を作成しており、資産の半分をクー様へ渡し残りを可能な限り宝石へ、その残りをまた物資に変えております。


 クー様はお金を受け取るのを申し訳なさそうにしてましたが、僕と魔術師様がまた泊まりにくるかもしれないからそれまでの維持費にしてくれと強引に押し付けました。


 あと残る問題は一つだけです、獣人の双子をどうするかということです。


 理屈の上では厳しい旅に連れていくよりもここに残してクー様とめーちゃんに面倒を見てもらうのが一番ですが、国民感情などを考えるとこの国に残すのは得策ではない気がします。


 何より獣人の子供を家に置いているとなると、今でこそ戦勝ムードで功労者として称えられているから平気ですが時間がたつにつれ周囲からの目も厳しいものになるでしょう。


 そう考えるとやはり僕が連れて行くのが正しい気がしますが、果たして首がすわったばかりの赤子を二人も面倒見れるかが不安です。


 まあでも頑張るしかありませんね、とにかく色々と考えて悔いが残らないようにしたいと思います。


 長くなってしまいましたね、今回はここで終わりにしたいと思います。


 こちらの世界の紹介はまた次回にさせていただきたいと思います、では失礼いたします。

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