十九通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?
こちらはとても大変な事態が起こりまして、とにかく後処理に大忙しであります。
何が起きたかというと獣人が攻め寄せて来たのです、彼らは成人男性より二回りは大きい体格で二足歩行をする狼に似た姿で要するにワーウルフと表現すれば想像しやすいと思います。
前に比較的治安が良いとかよそ者は信用が得ずらいと書きましたね、どうやらそれはこの襲撃に端を発しているようです。
近くに生息している彼らは定期的にこうして襲ってくるのでそれに対するために鎮圧部隊として兵士が常備されているのです、そして襲撃のない間は彼らが警察の代わりをするので治安が維持されているのです。
またこの国では異種族を共通の敵とみなしているようで同じ人間同士では助け合いや労り合いが強いという面も治安の維持に一役買っているようです。
そしてよそ者が信用を得ずらいのはたまに変装した獣人側のスパイなどが入り込もうとするためでした、向こうも知性があるので情報収集や誤情報を撒いての攪乱などそういう高度な戦略をとってくるのです。
今回は道中で襲われた商人の荷馬車が城郭都市であるこの王国に逃げ込んできたことをきっかけに戦闘が始まりました。
王国の兵士は魔術の籠った槍を装備して獣人に襲い掛かります、その槍は同じく魔術のかかった鎧を着た味方には当たらず貫通するので陣形を組んだまま自由に振り回すことができるのです。
対する獣人は叫び声でマナを操っているのでしょう、大地や大気をバネのように変動させてそれを利用して上下に高機動での移動を行いながらやはり魔力を込めた爪で襲撃します。
お互いの一撃は魔法で強化されており地面に当たればひび割れを起こし、空ぶれば空気が震え小さい竜巻を生み出します。
しかしそれほどの威力でも急所に当てないと一撃では相手を仕留めきれないようで、こうなると獣人は再生力が高いこと人間側は回復専用の部隊が控えていることで膠着状態に陥ります。
何せ臓器がつぶれて血反吐を吐こうとも、頭以外の身体が潰れたりしても、即死でさえなければ回復できてしまうのです。
ですからいかに一体を集中攻撃して跡形もなく潰すか頭や心臓などの急所を狙うかが重要なようで、つまりは確実に相手の息の根を止めることが肝心なのです。
流石にこちらの世界でも死者を生き返らせることだけはできないようですから。
その点では頭上から襲い掛かり頭部に攻撃を集中している獣人が有利なようですが、こちらは数が多く城壁の上から援護もできますので結局獣人は三人ほど殺されたところで悔しそうに撤退したのでした。
逆に人間側は五人ほど殺されており、一応勝利したというのに喜びより怒りが勝っておりました。
追撃はしません、自然の中では地形を知り尽くして利用できる獣人のほうが圧倒的に有利ですから返り討ちに合うだけです。
過去には何度か討伐軍を出したこともあったようですが全て失敗に終わっているようです。
全てが終わるまで当然ですが戒厳令が引かれていたことあり、会社も一時仕事の手を止めて兵士の援護に駆り出されました。
最もマナがない僕にできることはないので単純に邪魔にならないよう宿屋に引っ込んでいたのですが、魔術師様が非常に居心地が悪そうにしていたのが印象に残っております。
どうしてもあちこちから異種族に対する悪口が聞こえてきますから、自分のことではないと分かっていても辛いのでしょう。
僕はあえて明るく振舞おうとしましたが似合わん真似をするなと怒られてしまいました。
それでも僕は魔術師様を誰よりも尊敬していると伝えて美辞麗句を並べて褒めたたえましたが、ついに杖で殴られてしまいました。
ただ……その後魔術様は僕に身体を預けてきてくださったので、その細い肩を僕は優しく抱き留めたのでした。
ちなみに何で部屋に引っ込んでいた僕が戦場の様子を知っているのかと言えば、魔術師様が光の加減を変えてそこの光景を見せてくださったからです。
ここから旅立つ時に獣人に襲われないとも限りませんから情報を集めておきたかったのです。
目の前で人が殺し殺されている光景は日本で育った僕には正直キツイもので、魔術師様は見なくていいとおっしゃいましたがこれが何かの役に立つならと……何よりこれがこの世界の真実なのだからと目をそらさず最後まで見届けました。
そして戦闘が終わった今、僕のいる会社は物資を提供する形で戦後処理のために尽力しております。
損益を計算した上でできるだけ余っている商品を無料で提供、各方面から好感を得るのと共に在庫を一掃するチャンスでした。
これで少しでも税収がマシになればいいのですが、まあちゃんと損失が出ないようにしてるので問題はありませんけど。
もちろん必要な物資や困っている人の援助に関しては僕の権限の範囲で出来る限り行いました、入り口付近での小競り合いで終わりましたのでそこまで費用が掛からないと踏んだからですが。
さて話は変わりますがこの国の兵士は貴族階級が寄り集まって、というものではなく王国内に戸籍のある一定の年齢以上になった男性がローテーションで兵役するという徴兵制度に近い形をとっているようです。
なので士気は余り高くはないと言いたいところですが兵役中はきちんと活躍の歩合に沿った給料も払われるし、何より部隊を率いるのは何とこの国の王族なので上手く活躍して目に留まれば護衛兵に昇格もありますから意外とやる気が出るようです。
その関連で最後にこちらの世界でしか見られない光景について紹介したいと思います。
というのも実は今回兵士を率いたのは何と王女様でした。
綺麗な金髪を靡かせながらも鎧を着こみ槍を振りかざして指揮する姿は、男にも劣らないすらりと伸びる背丈も相まってさながら姫騎士とでも呼べばよいのでしょうか、とても美しくも凛々しくて男性方は当然のように奮い立っておりました。
お姫様が戦場に立って戦うなどという光景は、多分魔法のあるこちらでしか見られないものでしょう。
そして姫騎士様は戦後、犠牲になった者たちを身体が汚れるのも厭わずに抱えて祈り埋葬と家族への補償を指示しておりました。
不謹慎ですがその姿はまるで絵画か何かの一枚絵のようにすら見えて尊く感じられたものです。
あのような見眼麗しくも立派な女性は魔術師様を除けば見たことがありません、この王国に女性の即位が認められていれば今後もこの国は安泰だと思われます。
では失礼いたします。




