十六通目
前略、皆さま方いかがお過ごしでしょうか?
文字が乱れていることをお許しください、何せ僕は今ベッドに括り付けられた状態でしかも拘束された身体で何とか筆を執っている状態なのです。
具体的にはめーちゃんがお腹の上に乗っかりクー様が右腕に魔術師様が左腕に抱き着いている状態でじっと顔を見られております。
手紙自体を書く許可は頂いているのですがそれも早く終わらせて眠りに着けと無言で圧力を掛けられているのをひしひしと感じているところです。
何故こうなったのかというと役職者としての責任から徹夜をたったの三日程続けて少し立ち眩みを起こしたところを魔術師様に見られてしまい、眠る様に言われてベッドに誘導されたのですが急ぎの案件があったので黙って抜け出してもう二日程帰宅せずに仕事をしていたのですがそこを秘書として採用したクー様に咎められて強制的に宿屋へと連れ戻され魔術師様と二重で監視されていたのだけれど丁度新規開拓しようとしていた相手方がその日から数日滞在していることを思い出して隙を見て脱出して接待の一環として連日飲み歩いて何とか契約を取った安堵からか吐き気を抑えられず噴水に向かって嘔吐しているところをめーちゃんに見つかって力の入らない身体を引きずられるように宿屋に戻らされて三人から鬼のような目で睨みつけられもう勝手に動けないよう厳重に拘束されているのが現状です。
こうして書いてみてもブラック企業時代に比べればまだマシだと思うのですが、僕は何か間違っているのでしょうか?
間違っているそうです、翻訳札の力で手紙を読めている魔術師様から早く寝ろとついに直接言われてしまいました。
しかし寝不足すぎるせいか中々眠気が訪れず、気を紛らわそうと筆を執っている次第です。
そういえば少し上のほうで書きましたが、僕は働きを認められて再度役職者に出世致しましてその権限を心苦しいのですが利用してクー様を秘書として雇わせていただきました。
おかげで生活は楽になるどころかかなり豊かになっているので、必要以上に無理に働く必要はないのだと理性ではわかっているのです。
しかし元はブラック企業の末端で名ばかりの責任者にこき使われていた身としては、あのようにだけはなりたくないと役職者として皆から認められるぐらい働かなければという思いが止められないのです。
最もお陰でクー様を雇ったことを責められることはなく、むしろ好意的に受け止めてもらっているようなのでそこはほっとしたものです。
話は変わりますが魔術師様のお姉さん探索については今のところ進展はございません、一応前の王国での情報が正しければ間違いなくここに向かったはずなのですがやはりマナに関しては完全に隠匿しているのでしょう。
こうなると魔法以外の方法での諜報活動が求められるのですが、顔見せが難しい魔術師様はそこのところが上手くいかず難儀しているようです。
僕も時間があれば協力したいところですが魔術師様にそんな暇があるなら休めと叱咤されているので、仕方なく事情を理解しているクー様に協力してもらい暇な時間はそれとなく情報を集めてもらっています。
とはいえお姉さんがこの街に居ないとわかればクー様とめーちゃんとはお別れになってしまいますので、早くここで見つかればいいという気持ちとここにいないのならもう少し進展がなくてもいいのではという気持ちの板挟みにあっております。
まあせめてそれまでの間に二人がこの国で暮らしていける地盤ぐらい固めたいと思っております。
さて今回も又最後にこちらの世界について、前回約束しました通りスライムについて書いていきたいと思います。
正確にはスライムに似た生物であり、当然見た目は意思のあるゼリーをイメージしていただければ間違いないと思います。
とはいえ某ゲームのように目や口などの感覚器らしきものは見当たらず、もっぱら温度の違いや振動などで外部の情報を察知しているようです。
これがまた非常に厄介な性質の持ち主で飛び跳ねながら動き、何かしらが突き刺さるたびに体内に取り込み溶かしてその特徴を手に入れてしまうのです。
例えば剣を突き刺すと鉄を溶かしながら取り込んでいき、一時的にスライムは鉄のような硬さを得るのです。
その癖に元々の特徴である流動性は失われていないので鉄の硬さを保ちながらゼリー状の身体で飛び跳ね続けます。
時間がたてば取り込んだものを完全に消化して元の状態に戻るのですが、その際に身体というか体積は一回り大きくなっていきます。
また何かしらで真っ二つになっても餅のようにくっついてしまうので、物理的な攻撃では一切傷を負わせることはできません。
かといって炎などで蒸発させても何とその状態でもスライムとしての特徴は消えることがなく、気体状のまま移動を続けます。
時間がたって冷えればまたゼリー状に戻り何もなかったかのようにふるまうのですが、ぶっちゃけ不死身に近い魔物だと言われています。
おまけにこのスライムは食欲旺盛と言いますか、常に何かしらを取り込みにかかっていて記録上では最大で山ぐらい大きなスライムが居てそいつが飛び跳ねた後は草一つ生えていない不毛の大地になったと言い伝えられています。
僕が見た個体は一抱えできてしまいそうな大岩ぐらいのサイズで、ボトンボトンと音を立てながらまっすぐ移動しているところでした。
一体何なのだろうと首を傾げているとこちらに向かって飛び掛かってきたので、僕は咄嗟に避けて近くの石をぶつけました。
もちろん石は抵抗もなく飲み込まれスライムは欠片も怯むことなく再度こちらへ飛び掛かってきました。
僕は反射的に腕で払ってしまい、当然右腕はずぶりと飲み込まれすさまじい苦痛に苛まれました。
恐らく高濃度の酸性液に突っ込んだらあのような激痛が走るのではないでしょうか、必死に引き抜こうとしましたがむしろどんどんと飲み込まれていく始末です。
そこでようやくお花を摘みに行っていた魔術師様が気づいてくれて、僕の腕を切り飛ばしスライムを氷漬けにした上で退散することに成功したのでした。
もちろん右腕は治していただきましたが、何かあったら遠慮せずすぐに呼ぶようにと厳重に注意されてしまいました。
ちなみにスライムは一度狙った獲物に執着する習性があるようで、探知できないほど距離を取らない限り延々と体力が尽きるまで追いかけまわされるそうです。
今回は氷漬けにしたうえで逃げたので恐らくは大丈夫でしょうけれど、二度とあの付近には近づかない用がいいと釘を刺されております。
そして魔術師様は最後にぼそりと、人の腕を食べたら器用になるのか知性が身に着くのか……また消化が終わったらどれだけサイズが上がるのか考えるだけで恐ろしいなと漏らしたのでした。
ひょっとしたら僕は物凄く悪いことをしてしまったのではないでしょうか、あの場所一帯は結構危険地帯と化しているのかもしれません。
なおスライムを退治する方法は同じスライムをぶつけることだけだそうです、不思議なことに別個体のスライムとぶつかるとなぜか対消滅を起こして体積分小さくなるのだそうです。
他に死んだ例は見当たらないことから寿命も分からずどうやって繁殖しているのかも不明という、危険なのに情報がほとんどない恐ろしい生命体がこの世界のスライムなのでした。
さていい加減皆の視線がきつくなってきたのでこのあたりで失礼いたします。
追伸……見られてたから書けなかったけど眠れなかった本当の理由は魔術師様とクー様のグレープフルーツと梨の感触で興奮してしまったからでした、我ながら恥ずかしいことです。




