前提と、乖離と
お待たせしました。本日はこの一話のみとなります。
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あの後、わかなを送り、そのまま帆乃佳を送り届けた由岐と咲桜は、まだ陽の高い住宅街を歩きながら、現状の確認をお互いにする。
「なぁ、咲桜の記憶のなかで、僕はハーレム宣言をしたことになってるのか?」
「うん。なってるね。それを聞くってことはお兄ちゃんの中ではあり得ない事実なんだよね?」
「あぁ。僕が知らぬ間に入れ替りでもしなけりゃ、そんなことはしないし、出来ないかな」
「う~ん、でも、お兄ちゃんの入れ替りは無いと思うよ」
「その心は?」
「…………まだ、言えないかな。もう少し待ってて欲しいの、わたしがこの世界を望んだ理由だから」
「で、なんで常に左腕に咲桜は抱きつくんだ?」
「ん? 居心地良いから?」
「いや、せめて人の目は気にして欲しいと、兄は思うのだ」
「他人は自分をそんなに見ていない」
横から見上げるように、咲桜はいい放った。
「なに、名言で誤魔化そうとしてる。現に今、かなり他の学科の生徒に写真撮られまくって、僕のスマホの振動が止まないんだけど?」
先程から、学生の帰路方向と逆走、つまりは、学校側へと向かっている由岐達は、すれ違う生徒に学科と学年問わずに、スマホを向けられたり、舌打ちされたり、スレ違い様に足を出されたりと、かなりの妨害と悪意を向けられている。
「きっと、気のせいだよ♪」
「どうしたら、その答えが出るんだよっ!」
今も、正面から避けても衝突コースに変更してくる男子学生三人をかわしたばかりだ。
なんとかかんとか、春の活気溢れる駅前を抜け去り、一息つく。
「なぁ、ハーレムがこうも常識化したのは強制力で間違いないんだよな?」
「そうだね。なに? お兄ちゃんハーレム王やっぱり目指す?」
咲桜は、由岐が望んでいない事を理解している顔でからかいながら、腕にしがみついたまま顔を上げる。
「からかうなよ。もし、そうなら咲桜以外の入れ替りした人間が居るってことになるよな?」
「……うん。なるね。ただ、それはあり得ない事の筈なんだけど」
「あり得ない? なぜ?」
「よく考えてお兄ちゃん。前提が違うんだよ」
前提、そう言われ由岐は頭をひねる。
まず、強制力が働くのは入れ替りが起こるから。これは、間違いないはずだ。では、その前の前提だりう。入れ替りには両者の合意の元行われる。
そこで、ハッとする。そうだ、合意つまりは、両者が望んでいないと成り立たない。
この世界は、咲桜の望んだ、そう、大崎咲桜が望んだ世界なのだ。
そう簡単に、同じ世界を望む者が現れるはずがないのだ。いや、正しくは全くのズレが無い希望者など居るわけがない。
例えば、そう。向こうの世界で咲桜を好きだった男が居たとしても、咲桜が居るだけの世界を望むとは思えない。咲桜と結ばれる世界を望むはずだ。
「気づいた? そう、わたしと同じ願いの人が、それも差異すらない望みの人なんて居るわけがないの。そして、例え居たとしても、ここはわたしだけの世界。その人にはその人の世界が生まれてるはず、だって、その世界の主役はその人なのだから」
「なぁ、例えば……何かの弾みでリンクしたりは?」
「わからない。それは実験段階でもまだの部分だったから」
「実験段階?」
「うん。ドッペルシステムはまだ完成じゃなかったの、まぁこれは言っても仕方ないけど」
「じゃあなぜ、咲桜は」
「言ったよね? 暴走したって。まぁ、正確には暴走させられたんだけど、それに巻き込まれたの。わたしは、本当はこっちに来ることは無かった。まだ、完成させていないのに、逃げ出すような、投げ出すような事は出来なかった」
そういい、唇を噛みながら咲桜はうつむいた。
「……そう、か」
由岐はどう返していいのか、逡巡したあとなんとか一言だけ口にできた。
咲桜は、本当はこっちに来ることは無かった、つまりは、この入れ替りそのものが、異常事態なのだろう。ただ、それで今の現状を受け入れると言うのは違う。由岐はそう思いながらも、腕にかかる咲桜の重みを感じながらも家へと歩く。
その後、帰宅するまで二人の会話は途絶えた。
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そのあとの夕食も会話は少なく、咲桜は時折深く考え込むように黙り込んだりしていた。
由岐は洗い物をしながら、風呂の湯張りが終わった告知音を聞き、手を拭いてから、二階の咲桜の部屋へと向かい扉をノックする。
『お兄ちゃん?』
中からやはり元気のない咲桜の声が返ってくる。
「あぁ、風呂が沸いたから入ってきたらどうだ?」
『一緒に入るために誘ってくれたんじゃないんだ……』
さらに気落ちした声へと変わり、由岐は思い悩む。たしかに今の咲桜は可愛いと感じ、懐いてくる姿には好感を持っている。
だが、この異常な世界の中、その流れに流されるのだけは由岐はどうしても認められなかった。
例え、年頃の異性の裸に興味があったとしても、その先に夢や希望を持っていても、だ。
「それはない。冗談言ってないで、さっさと入ってこい。ゆっくり湯船に浸かれば、少しはなにか思い浮かぶかもだしな」
『は~い……ねぇ、お兄ちゃん』
少し真剣な声色で、咲桜は由岐に問いかける。
「なんだ?」
『白のフリル系とピンクのリボン系どっちが好み?』
何も真剣では無かった。由岐は肩を落としつつ答える。
「知るかっ!」
咲桜の部屋の前を直ぐに離れ、キッチンに戻り洗い物の続きをする。
全く咲桜は何を考えているのか、皆目見当がつかない。そう、内心で愚痴りながら。
しばらくして、風呂場の扉の開閉音と、シャワーの音、それに混じり咲桜の鼻唄が僅かに漏れ聞こえだす。
少し、由岐はほっとしながら最後の洗い物を濯ぎ、乾燥棚へと差し込む。そのタイミングで、玄関のチャイムが来客を知らせる。
「ん? 誰だ? こんな時間に」
新聞の勧誘かなにかと思いながらも、玄関へと向かい、覗き穴から外を見ると、そこにはわか姉が立っていた。
「え? わか姉?」
すぐさま鍵を開け、扉を開く。
「どうしたの? わか姉、こんな時間に」
由岐はらしくないな、と思いながらもわかなに聞く。
「あぁ、由岐。本当にこっちには居るのね……」
その反応のみならず、由岐は違和感を覚えると同時に、背筋が凍る。
「まさか、わか姉……入れ替った……のか?」
由岐の言葉を聞き、わかなは眉を寄せ、答えにならない答えと、肯定の意味を持つ言葉を紡ぐ。
「なぜ、由岐が覚えてるの? いいえ、そうじゃない。なぜ、そう思ったのかしら?」
口調は固く、そして、どこか冷たさをはらみつつ、わかなの言葉は由岐を問い詰める。
「いつだ! わか姉はいつから!?」
「ど~したの? お兄ちゃん、大きな声だしてって——わかなちゃん?」
大声を出していた由岐を心配して咲桜は、体にバスタオルを巻き付け玄関へとやって来た。
シャンプーの香りが広がり、由岐は少しクラっと来るがなんとか堪え、視線を咲桜から外し、目の前のわかなへと向ける。
「あら、咲桜。あなたはあの咲桜で合ってるわよね?」
「まさか……わかな?」
「ええ、そうよ。あなたとこの原因を造り出した私、向こうの温見わかなよ」
咲桜と、わかな二人の顔を由岐は交互に見やり、驚愕の表情の咲桜と、どこか冷めた様子のわかなのやり取りを見守る。
「なんで? どうして、この世界に」
「知らないわ。たぶん、あの暴走で混線したんじゃないのかしら?」
「混線? そんな事……」
「起こり得ないことは、起こらない。起こった以上は起こり得ることだった。それだけでしょ?」
「だとしてもっ!」
「はぁ。とにかく、中に入れてもらえる? 少し長くなりそうだし」
そう告げ、わかなは有無を言わさずに靴を脱ぎ、玄関を上がった。
次回更新は木曜日になるかと思います。立て込んでいてズレても金曜日にはあげられると思いますので、どうかお付き合いよろしく、お願いいたします。