幸せの絶頂
転けた、と鳴が電話をしてきたので来てみれば、真っ青になり、ガタガタと震え意味の分からないことをブツブツと言い出した。
「鳴…!?歩けなくなるって何?落ち着いて、ちゃんと話して。」
「やだ…やだやだやだっ…!」
ブンブンと首を振り、ボロボロと涙を零す。いい加減意味が分からない。
「いいかげんにしなよ、鳴っ!!」
大声で叫び、ガクンと鳴の肩を揺さぶる。やっと意識を戻したのかハッとしたような顔で私の顔を見上げる。
「…涼…香…。」
本当に顔がびっくりするほど真っ青で、助けを求めるような絶望に近い顔をしている。
「ゆっくり、話して?」
目線を合わせるためにしゃがんで出来るだけ優しく、割れやすいガラスに触れるように鳴のほほに触れた。
「…ごめん…何でも…ないの…。」
「鳴…そんな言葉、さっきの鳴を見た私が信じられると思う?何でもなかったらさっきの様子はおかしいよ?」
「…っ!」
目を見開いて私の瞳から目線を逸らした。
「この前、駅のホームで言いかけたことと、何か関係あるの?言って。これはお願いじゃないよ。強制だよ。心配させたお仕置きだからね。」
冷たい声で言い放つ。
鳴は、ビクッと身体を跳ねさせ、怯えているような目を長くなった前髪で隠すように俯く。
「関係…ないよ…。さっき変な人に声かけられたからびっくりしただ…」
あからさまに嘘をついている。目尻が少し下がる時は、鳴が嘘をついている時と、笑う時だけだ。
「いいかげん嘘をつかないで。」
「…っ!ほっといてよっ!」
突き放す言葉に胸が痛む。
…でも、ここで引き下がったら私は鳴の親友を止めたいと後悔するだろう。
「ほっとかないよ。だって私は…鳴の親友だから…だからっ…突き放さないで…一人で抱え込まないでよ…凄く…苦しいよ…。」
じわっと、まぶたが熱くなり、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちてくる。
「…涼香…ごめんね…涼香も一緒に…背負ってくれる…?」
冷たくなった手で、私の手をぎゅうっと強く握る。その手はカタカタと震えている。
「…っ当たり前だよ!」
私も鳴の手を握り返す。
好きだから…親友として…鳴という一人の女の子を…愛しているから…その人のためならなんだって出来る。
「…私…歩けなくなるかもしれないんだって。全身の筋肉が思い通りに動けなくなるかも…しれないらしいの。最終的には息もできなくなって…。」
「え…どういうこと?」
頭が追いつかなかった。
「聞いたこと…あるかもしれないけど、筋萎縮性側索硬化症かも…しれないらしい…。」
「…それって。」
この前テレビでやってた…最初はつまずいたりするだけで特に問題は無いと思う人が多いらしいけど、その後にだんだんと身体が動かなくなって、最後にはろくに息ができなくなって…死んでしまう…。
「っ…。」
鳴は、辛そうに目を伏せた。
その病気は、通称…
「ALS…だったっけ。」
苦しそうに眉を下げて私を見上げる。
「うん…。」
信じられなかった。100000分の確率で鳴がこの病気にかかるなんて。
…信じたくなかった。
「…まだ、決まったわけじゃないよね。」
握った手を強い力で握る。
「…っ!う…んっ。」
ビクッとして、痛そうな顔をする。
「…なら、そんな顔しないで。違うかもしんないし、そんなにビクビクしてたら行きたい所にも行けなくなって生きる事が憂鬱になっちゃうよ。」
握った手の力を抜く。
「…うん。」
「私は鳴と行きたい所いっぱいあるよ…。海とか、旅行にも行ってみたい。この前二人でフグ食べたいねって言ってたじゃん。私は…まだ鳴としたいこともいっぱいあるし、鳴に言いたいけど言えないこともいっぱいある。それを話した時に鳴が生きる気力無くしてたら、鳴、私の事なんて頭に入ってこないと思うんだ。だからいつか言うよ。だから不安が残っていたとしても楽しく生きて。鳴はそんなに弱く無いよ。だって私のお姫様だもん。うちの姫は権力握りまくってるから!」
いつか絶対に私の鳴への気持ちを話したい。
私は鳴が好きなの…だから…そんな顔しないで。
「…涼香っ、何それっ…ふふっ権力握りまくってるってなにさ…何の権力さ〜っ!」
涙を流して嬉しそうに笑う。良かった…。
「…待っててこの事を話せるまで…いっぱい考えて…私も…出来るだけ早く言うから。」
早く言わないと…もしもその病気だったら、これから鳴は長くない…出来るだけ長い時間、付き合っていたい…でも、断られたら?それこそ、その時点で終わりだ…親友の関係も、片思いの関係も。やっぱり言わない方がいいのかも…。
…でも、付き合いたい…私は欲が強いなぁ。
「…涼香?その事って凄く、重要なことなの?」
…そうだよ。鳴と一緒にいれるかいれないかの究極の選択を選ぶ事だよ…鳴、困るんだろうな…。
「…そんなに大事な事じゃ無いかもしれない。」
「…嘘。気付いてないの?涼香、今ひどい顔してるよ?手も震えてるし冷たい。私の手を握る力…凄いよ?痛いくらい…っ。」
「…っ!ごめん!」
急いで手を離した。
…ほんとだ。手…震えてる。
「…大丈夫だよ。涼香だもん。私は何を言われても絶対離れないよ。」
…本当に?私が好きだと言っても?もし鳴が断れなくて付き合ったとして、キスしようとしたら?
気持ち悪いって思われるんだろうな…。どうせ、そんなものだろう…。
「うん…信じてるよ、鳴。」
本当に少しの可能性にかけてみるよ、出来るだけ、信じさせてよ…鳴。
「え…?」
私の顔を見た途端に、瞳を揺るがせた。
「…歩ける?」
「えっ…あ…うん。」
「手、繋ご。」
今はすがりたい。人肌に触れていたい。
「うんっ!」
可愛いな…この時間ももったいない気がしてきた。鳴が言ったこと、信じてるよ…。もう、考えるのがだるくなってきちゃった。
「鳴…。やっぱりここで言う。」
歩いていた脚を止めた。鳴も、脚を止める。
「…えっ、…うん。聞くよ。」
あー、緊張するな。どんな顔するんだろう。
「…私、鳴が好き。」
…えっ、なになに。めっちゃキョトンとしてるんですけど。
「…え?今さら?私も好きだよ?そういえば、涼香私に好きって言ったことないよね。」
「鳴…そういう事じゃないよ。」
「…え?…なに言って…?」
「付き合って。鳴。」
「…ちょ、まって。え?」
…断ってほしい。さっきまでとは真逆の願いに変わっていた。無理に付き合ってほしい訳じゃないの。今まで通りでいいの。そんなに苦しそうな顔をしないで。
「お願い…断ってよ…。」
聞こえないんでしょ?今までも、こんなに悲惨な声を出す時があったけど、声が小さすぎて気付きもしなかったでしょう?…気付かないで。
「…っ!なんで…断って欲しいの?」
…聞こえてた!?私の気持ちに気付いたから?
「…なんでこんな時だけ、聞こえてるの?いつもは気づかないくせに…大事な所だけ気付かないくせに!…鳴は残酷だよ…!…やっぱりなかったことにしよう。だから、好きだよ。親友として。」
親友、今までにこの言葉をこんなに気持ち悪いと思ったことがあっただろうか。こんなに偽善の塊の言葉だとは思わなかった。こんなに…胸が切り刻まれるような痛みを伴う言葉だとは…知らなかった。吐き気がする。もう…やめたい、親友なんて気持ち悪いものになりたくない。
「…涼香、それは勝手すぎるよ。私の答えを聞く前に答えを提示させてあげないなんて、それこそ残酷だよ…。今まで気付かないでごめんね。でも、涼香も気付かなかったでしょ?私も、涼香の事好きとまでは感じてなかったけど…気になってたんだよ?」
なんで今さらそんなに馬鹿みたいな嘘をつくの?
…私を馬鹿にしているの?
「…そう。」
「信じなくてもいいよ。前ね、寝る前に考えてたの。かっこいい人はいっぱいいるけど、涼香は凄い美人でモテるけど付き合ってみたらどうだろうって思ってさ、色々考えてみたの。恋人繋ぎでデート…するとことか…キス…したり…。」
どんどん顔が真っ赤になっていく。
「…え、は?」
「言う前に謝っとくね。ごめん。私…涼香と…アレ…しちゃう所も想像しちゃった。」
両手で顔が覆う。でも、隠せてない耳は真っ赤だ。
「ちょ、理解が追いつかない。」
「…ごめん。全然嫌じゃなかった。次の日涼香にあったらドキドキしてさ…まともに顔見れないし…あんな事言っちゃうしっ!」
公園の遊具を鳴がバンッと叩く。少し金属音がした。
「…あんな事って?」
「…涼香の事…嫌いって。」
そういえばそんなことがあった。ひどく傷ついたのは覚えている。教室でアーンってしただけで、『涼香なんて嫌い〜!』って言われてクラスのみんながポカーンってしてた。何か悪い事したかなって思って謝ろうとしたら、逆にめっちゃ謝られた。
「…よーく覚えてる。傷ついた。すごく。」
「…ごっごめんっ!許して〜!」
ぎゅうっと抱き着いてくる。
なっ!?今それするか?普通!
「…ちょっ、ダメだって…鳴ぅ…。」
頭が爆発寸前なんだけど。てか、何この状況。
「…涼香照れてるの?凄く…可愛い♡」
凄い妖美な笑みを浮かべる。エロい…。
「…訂正。」
両手で顔を隠す。
「ん?」
「鳴はお姫様じゃなくて女王様だ…。エロい。」
「…な゛っ!?え、えろ!?」
「…馬鹿。」
目の場所の指に隙間をつくって覗く。
「…付き合う。つーきーあーう!」
そう言ってバシッと殴られた。
あの時は本当に幸せの絶頂だった。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)の事はググって見た事を書いているんですが、間違っていたら、コメントで訂正の部分を記載してもらうとありがたいです!もしかすると、小説の中にこの病気のことを、否定的に書いている所があるかもしれませんが、私はこの難病を直せる時がくることを祈っています。なので否定的な感情は持っていないと、ご理解頂けると幸いです。
いつも、見て頂いてありがとうございます!コメント貰うのは、凄く嬉しいので、ガンガン送り付けてくださいっ!