記憶の中身
おぉぉぉ鬱になりそう。
急いで書いたからボロボロかも知れません。てか絶対ボロボロ。
なんで忘れていたのかは分からない。そこの記憶だけぽっかりと穴が空いたように消えていた。
優香が産まれてすぐ、私が幼稚園に入る手前の時、父と母の友人の女性がよく家に遊びに来ていた。
父と母は小学校、中学校、高校が一緒で同時にその友人も一緒だった。よく3人で遊んでいたぐらいに、3人とも心を許しあった親友だった。
「ほら、涼香。挨拶は?」
母は自分の後ろに隠れる私の髪を撫で、優しく微笑んだ。
「こ、こんにちは…。」
すると、その女性、杏梨さんは、明るく挨拶を返して、私を無理矢理抱っこした。
初めはびっくりしたけれど、明るく子供っぽい性格に日に日に私は心を許していった。
ある日その女性に、
「お母さんとお父さんは仲がいい?」
と聞かれた。
そういえば、最近2人は小さな事で衝突するようになった。別に喧嘩というほどじゃない、子供だから余計にそういう空気に敏感なんだろう。2人はピリピリとした空気を纏っていた。
「仲…いいよ?」
子供だったし言ってもおかしくはなかった。最近少し仲が悪い、とか。
でも、この人には言っちゃいけないと頭の中で警告音が鳴っていた。
「そう…。涼香は…あの人によく似てるね。」
そう言って私の頬をゆっくりと撫で、喉元まで手をかざした。
「杏梨おねえちゃ…。」
「……っ!」
その時の杏梨さんの顔が凄く怖くて、身体は動けないまま名前を呼ぶと、杏梨さんは酷く寂しそうな、苦しそうな、今にも壊れてしまいそうな顔でごめんなさいと呟いた。
「杏梨、いつもありがとうね。」
私がリビングで父とパズルを組み立ていた時、台所にいた母が皿洗いをしていた杏梨さんにそう言った。
「なんで……。」
そう言って杏梨さんは泣いた。
母はごめんなさい。と言って諦めたような表情をしていた。隣にいた父が杏梨さんの肩を掴み、まるで恋仲のような距離で泣く杏梨さんを慰めた。
後ろの部屋で優香が泣いていた。
子供の私にもその光景は物凄く歪で、異常なものの様に感じた。
……気持ちが悪かった。
翌日、父が死んだ。そして、家から杏梨さんが消えていた。
私の家の前で誰かに胴部を何度も何度も刺されて死んだらしい。遺体は見ていない。
うちの家の周りは林に囲まれており、人気があまり無かった事もあり、第一発見者は母だった。
よく分からなかった。昨日いた人が死んだなんて、小さい私にはキャパオーバーしてしまう内容だった。
母は悟ったような顔で忙しく動く警察と、血に濡れたスイートピーをぼぅっと見ていた。
眠る優香の頭を撫でてから、ふらりと家から出て、海に近い家なので、近くの海まで歩いていった。
堤防を降り、砂浜に足をのせると、堤防の下で座り込んでいる人を見つけた。
ゆっくりとその人の方へ向かう。
「杏梨お姉ちゃん…。」
杏梨さんだった。服の袖には血痕のような物が付着していた。いや、今思えば間違いなく血痕だったんだろう。
「私の家ではね、私は空気なの。」
ぽつり、ぽつりと雨上がり前の小雨の様に静かに言の葉を紡ぐ。
杏梨さんは家で心理的虐待を受けていた。空気、というのはその名の通り存在の見えないものとして扱われていたということだった。
その時の救いが父と母だった。
1番距離の近い異性ということもあり、杏梨さんは父に惹かれていった。それと同時に父も杏梨さんに惹かれた。2人は恋仲だった。
だが、家柄の良い父の父親、私の祖父がお見合いを父にふっかけた。
こんな時代にお見合いなんて、と杏梨さんは嘲笑した。
父のお見合いの相手は母だった。母はそこまで地位のある家庭ではなかったが、その地域ではなかなかの小金持ちだった。
杏梨さんは母の事も大好きだった。唯一無二の親友だった。その親友に大切で愛してやまない恋人を取られた。
杏梨さんは嫉妬と憎悪で心を蝕まれた。
母と父と杏梨さんはお互いの総意で父と杏梨さんが不倫関係にある事を認めた。
父も母も互いを愛してなんて居なかった。
だけど、私が生まれてから、父は変わった。
父は母と私と優香を家族として愛した。
父が母を愛していないことだけが杏梨さんの心の支えだった。
それなのに、父は私達を愛すばかりに、杏梨さんとの関係をキッパリと切り、あの頃のような友人に戻った。
時折見せる杏梨さんの表情はとても寂しそうな顔をしていた。
私と優香を恨み、母を恨み、父をも恨んでしまった杏梨さんのメンタルはボロボロだったように思う。
自分が思うよりも、人を恨むというのは精神がすり減らされるものだ。
「だから、あの時涼香と優香の事も殺そうと思ったの。」
春といえど、冷たい海風が私の背中を撫でる。
「……」
「貴方がいなかったら、貴方のお父さんは死ななかったんだよ。」
「え?」
「あなたが生まれたから私がお父さんが殺したの。お父さんは貴方が巻き込んだんだよ。」
「ちがうよ…杏梨お姉ちゃんが殺したんだよ。」
今思えば子供になんてことを言うんだ、とは思う。けれど、私が引き金になった事は間違いではない。
「そうね……私が殺したの。ねぇ、涼香。お父さん、1人で寂しくないかな…。」
杏梨さんは砂浜を指先で弄りながらそう呟く。
「寂しいんじゃないかな…。」
こんなこと言わなければよかったと思う。
「……そうだよね。」
ぼそりと言ってから杏梨さんは隣にあったバッグをあさる。
「杏梨お姉ちゃん……?ねぇなにするの?」
手には父の血が付着した包丁があった。私は自分が殺されるのかと思った。
「バイバイ、涼香。私ね、涼香の事も、優香の事も、お母さんの事も大好きだったよ。」
そこからはあまり記憶が無い。ただ、あの時私の隣で杏梨さんが死んだ。喉元に包丁を刺し、無邪気な笑顔で眠っていた。
私はあの時死んでいればよかったのかも知らない。
あの頃から母はあまり笑わなくなったから。
きっと、いつからか母は父を愛していた。
そして、母は杏梨さんが父を殺すことを分かっていたからあの時ありがとうと言ったんだと思う。何に対してかなんて知らないけれど、杏梨さんが自殺することを知っていたようにも思った。
そして、今、この世界に杏梨さんがいる。




