第1節、5話 暴風VS鉄槌その3
トウカの抜刀のにより、早くも退場者を出したナイナーズ。これでアイアンマインズが俄然有利、かと思われたが、世の中はそんなに甘くない。アイアンマインズも苦戦を強いられていた。
理由は、カゼカミフィールドの暴風。前後左右から襲いかかる敵地の暴風はパスどころか、ランプレーすら困難な状況となっていた。仕舞いにはフォースダウン時に敵陣にキックしても、暴風のせいでほとんど距離を稼ぐ事も出来ない。
本来ならエースのイリーナを封じ込めた事で、圧倒的なアドバンテージを得るはずだったマインズ。しかし暴風により、アドバンテージを打ち消されてしまい第一クォーターはスコアレスで終了する。
「よし、第一クォーターは良く耐えた。特にカズミ、初めて試合で、あそこまで出来れば上出来だ」
「ゴルドさん・・・ありがとうございます・・・・・・」
「スローを自ら修正して、早く投げた点は、特に良かったぞ」
「・・・・・・」
ゴルドはカズミを褒めているのに、何故かカズミ本人は黙り込んでしまう。するとクラリスがカズミの前に出て、彼に語りかける。
「どうしたんだ、カズミ?オヤジが褒めてんだから、もっと喜んでも良いんだぞ?」
「僕が仕事を出来ていないせいで、タッチダウンを一つも取れていない。こんな状況じゃ、喜べませんよ。それにパスの修正の件だって、あれは昔やっていたスポーツでの、経験を生かしただけ。褒められるようなプレーじゃないです・・・・・・」
「成る程な、経験か。なら次のクォーターから、自分で判断してパスを出せるな」
クラリスの提案を聞いた瞬間!?カズミの顔は青ざめ、だらだらと冷や汗を流し始めた。
「ま、待ってください。いきなり自分で判断してプレーするなんて、出来るわけ無いですよ。自分で判断してプレーをするなんて、僕には・・・・・・」
「おかしいな。試合前のカズミは、暴風の中でも自分で判断してパスが出来たじゃないか?」
「それは、過去の経験から判断しただけですし」
「出来てるじゃないか。まあ、過去は指示をされるだけのプレイヤーだったかもしれないが、それは今日で卒業だ」
「何故ですか。何故、指示無しに拘るんですか!指示をしてくれてもいいじゃないですか」
「あのなー、確かに指示を出してやりたいのは、山々だか、そのせいで、カズミのパスが遅くなってる。勝つためには指示を受ける前に投げるくらいじゃないと、マインズの守備陣を崩せない」
分かっていた。指示を待ちそれからパスをすることで、パスが遅くなって事に気づいていた。自分で考え行動し失敗したら、全責任が自身に降りかかり怒鳴られるのではないかとカズミは思っていた。そんなカズミの心の内を見透かしたのか、クラリスは疑問を投げかけた。
「もしかしてカズミ、失敗したら怒鳴られ成功しても誉められない環境に居たのか?」
自身の心の内を見透かされ、カズミは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「いいか?カズミが失敗しても、あたしやオヤジは怒鳴らない。ここに居る連中に、一生懸命プレーをしてるお前を攻め立てる奴は一人も居ない。もし失敗してもオヤジが、全責任をとる。だから自由にプレーし、楽しんでこい」
「自由に、楽しく、ですか?」
「そうだ。楽しくプレー出来なきゃ、いいプレーは出来ない。これは、イリーナにも実践して欲しいんだがな。さっきから焦っているのが、こちらに伝わっていたぞ。いつもの楽しむプレーはどうした?」
「クラリスのいうとおりだな。カズミの頑張りを無駄にしたくない気持ちは分かるが、イリーナまで飲まれてどうする。お前らしくないぞ?」
「ベッドコーチ、申し訳ないです」
「イリーナ。ベッドコーチと呼んだから罰金だな」
イリーナは、顔を赤くして、反論をする。
「試合中にそんなこと、言わなくても良いじゃないですか!」
「ハッハッハ!イリーナ。それだ、それでいい。今日はカズミの分まで頑張らなくてはと、珍しく固くなっていたからな」
クラリスはカズミの頭に手を置き、子供を諭すかのように語りかける。
「まあ、カズミ。スポーツは本来、童心に帰り楽しむ物だと、あたしは思っている。楽しいから良いプレーが出来る。楽しいから、自分で考え工夫する。楽しいから、苦しい場面でも頑張れる。スポーツとはそう言う物さ」
「楽しむ?」
「そうだ!カズミが楽しんでフィールドを縦横無尽に駆け回るところを、あたしは見たい。お前が楽しくプレーをして、本来の力を発揮するところを見たいんだよ」
カズミの中で、何かが変わって来ているのが分かった。自分で考え、楽しみにたい。そんな感情が、芽生えた瞬間だった。
「クラリスさん。僕、やります。そして勝ってきます!」
「いい表情になった、じゃないか。よし、いってこい!」
カズミはグランドに駆け出し、それに他のメンバーもついていく。
「お疲れさん、クラリス。いいアドバイスだった」
「あたしには、あんなアドバイスしか出来ない・・・それでも、カズミが少しでも楽になってくれればと・・・」
クラリスは、少し寂しげな表情をしながら、グランドを見つめた。
「お前には、誰よりも選手を愛する心がある。それで十分さ。
だからこそ、みんなから信頼されてるんだろ」
「あたしは体に、人一倍うるさいだけさ」
ゴルドはタメ息をつく。
「素直じゃないな。まあいい、俺達の信じる選手を見守ろうじゃないか」
「ああ、そうだな」
そうこうしていると、カズミが申し訳なさそうな顔をして戻ってきた。
「僕、攻撃時限定の選手のですから、守備の時はベンチでしたね」
「ああ、そうだな」
苦笑いをする、ゴルドであった。
第二クォーター14:01 ファーストダウン 残り65ヤード
攻撃の権利をナイナーズが獲得をしたので、万を実して、カズミがQBのポジションにつく。
さて、普通のパスプレーをすれば風と鉄壁の守備の餌食。かといってランプレーと言いたいけど、ランニングバックの能力を考えると、突破は難しい。
さあ、どうする。
センターから受け取ったボウルを、低い弾道で短い距離のパスをした。アイアンマインズは、ワイドレシーバーの選手をマークしていたが、今までしてこなかった、フリーの選手へのショートパスだった為か、短い距離ながらもパスを成功させる。
第二クォーター14:01 ファーストダウン 残り63ヤード
カズミのプレーをベンチから見つめる、クリムゾンレッドのジャケットの女性。リッカ・サカザキ。
「モーションが早くて短い距離のパス、あれは厄介ですね」
ベンチに座るリッカを始めとする、アイアンマインズの選手は困っていた。 カズミが指示無しでプレーすることで、さらにパスのスピードを上げる。その上カズミは、ショートパスまで使い初めたのだ。このショートパスと言うものは曲者で、ディフェンスはロングパスの対策をすれば、どうしても一人は後ろに下がらざる終えない。かといって前に出れば、後方に空きスペースが出来てロングパス成功の可能性が増える。堅牢かつ堅実な守備をモットーとするアイアンマインズには、相手クォーターバックへの攻撃以外には、前に選手を出したく無かったのだ。
その為、カズミの近くにいる誰かしらは、フリーの選手が出てくる。それが短い距離だとしても、確実に進める。結果、ナイナーズは初めて四回以内攻撃で10ヤード進む事に成功し、連続攻撃権に成功する。その後も二回連続で攻撃に成功し、残り20ヤードまで来た。
第二クォーター9:25 フォースダウン 残り20ヤード
相手選手のポジションを見続けていたカズミ。何かに気がついたのか、おもむろにタイムを申請する。
「いきなりタイムをかけて、すみません。
僕1つ、提案したい作戦が、あります・・・」
イリーナは、カズミの提案にうなずく
「確かにその作戦。成功すれば得点を奪いながら、トウカ・サカザキを倒す事が出来る。が・・・失敗すれば、私が真っ二つか」
ゴルドは、イリーナに訪ねる。
「さてどうする。カズミ提案はリスクが高いが、その分リターンも大きい。イリーナはどうする」
「もちろんやりますよ。ここはアイアンマインズに、一泡吹かせてやろうじゃないですか!」
ナイナーズの長い打ち合わせを見て、レイトンベッドコーチは、警戒をする。
「ナイナーズは、何か企んでるかもしれない。たが、ここを乗りきれば、奴らの戦意を削ぐことが出来る。ここが、正念場だ」
ナイナーズのタイムが終わり、両チームの選手は、ポジションに散る。
「イリーナ、頼んだよ!」
イリーナは静かにうなずく。
「伸るか反るかのワンチャンス、こんなヒリヒリと来る感覚は、久しぶりだ。
必ず成功させる」
センターからボウルを受け取ると、カズミはランニングバックと交差し、ボールを渡すふりをする。マインズはランニングバックとカズミのどちらが、ボウルを持っているか分から無いためか、プレーが遅れてしまう。
カズミは、そのスキ見逃さなかった。この試合で初めて、イリーナへパスをする。そこはトウカの抜刀射程圏の少し外、イリーナは無防備な状態でジャンプをし、パスを取りに行ったのだ。
「甘いぞ、イリーナ・バニング!抜刀の射程圏外だが、無防備な今ならイリーナ・バニングを倒せる」
トウカは初めて、射程圏外の敵を斬りに行く。
「待てトウカ、無理に飛び込むな!」
しかしトウカは止まらない。何故なら、目の前に相手エースを倒せるチャンスが転がっているのだ。トウカはたまらず、前に踏み出す。
前に踏み出し、イリーナを斬る瞬間だった。なんと、空中で半身になり、刃を避けたのだ。
「しまった!?誘い出された!」
トウカは悟った、誘いだされた事に。あわてて下がろうとしたが、トウカの右手をイリーナの左手が掴む。真っ赤に燃え上がる右手の鉄杭は、トウカを打ち貫く準備が出来ていた。
「このっ!?離せ、離せぇぇ!!?」
トウカは必死になり手を振りほどこうとするも、万力の様に締め付けたイリーナの左手は、トウカの左手を離さない。
「我が鉄杭は、全てを貫く。そしてこの身に宿りし炎は、全てを焼きつくす。その身に刻め、バーニングステーク!」
バチバチと音をたてるイリーナの鉄杭。それはトウカの体を貫き、焼きつくす。
「ブレイクッ!!!」
「そん、な・・・ばか、な・・・・・・」
イリーナの必殺技、バーニングステークをもろに受けたトウカ。彼女は胸に致命傷を受け、無念と言わんばかりの表情をし、フィールドにバタリと倒れこむ。
この時、バトルによりフリーだったワイドレシーバーのヘレン。彼女がイリーナの代わりにボウルをキャッチし、タッチダウンまで20ヤードの距離を走りきった。主審の笛とコールが、フィールドに響きわたる。
「ナイナーズ、タッチダウン」
この試合、両チーム初の得点はナイナーズがもぎ取った。