第7節、14話
ほろ酔いで顔を赤らめるアーサー王。アルコールの影響で上機嫌なのが、目に見て分かる。
彼女は偶然にも、カズミの後ろに置かれた紙袋に目を付ける。
「お!そこにあるのはブリステン名産のチェスセットではないか。この国に来て早々買うとは、カズミも見る目があるではないか」
チェスセットを見つけたアーサー王は、更にご機嫌になる。
「いやー。僕はチェスが好きで、思わず買ってしまいました。僕の世界にない珍しいチェスセットだったので」
カズミは照れ臭いのか、頭を手に置き僅かばかりに下を向く。
「ほう、お主チェスを嗜むのか。どのくらいの実力なのじゃ?」
「僕の居た世界では・・・・・・」
カズミはアーサー王に対して、自らの戦歴を語り始める。ネット限定の対戦とはいえ、世界ランクの選手と戦い、互角に渡り合った事を彼女に伝える。
「成る程。お主の実力、見定めて見たくなったっ!どうじゃ、一勝負」
「是非!王様と対戦できるなんて、最高の思い出になります」
「では、やるか。お主が買ったものなのだから、赤の魔王と白の勇者好きな方を選ぶとよい」
「うーん。では、赤の魔王を選びます」
カズミが魔王と言う選択肢をしたのが意外だったのか、アーサー王はやや驚いた表情を見せる。
「これは意外、お主の出身世界であれば、ヒーローである勇者を選んでもおかしくはないと思ったのじゃが」
アーサー王の問いに、カズミは口に手を当てる。
「確かに、僕はヒーローが好きです。でも勇者がヒーローとは限らないでしょう?」
「ほほう」
「困っている人々を救う、ヒーローの魔王がいても、僕は良いと思っています。あ、スミマセン。なんか変な事を言ってしまって」
「ヒーローの魔王か、そいつは傑作じゃ!勇者とは名ばかりの、ろくでもない輩が居たからのぉ。では、一勝負いくか。カズミ・サワタリ」
「よろしくお願いします。アーサー王」
カッカッと、木製のチェスボートからリズミカルに鳴り響く。カズミはアーサー王が駒を置いた瞬間、直ぐ様次の手をうち考えさせる暇を与えない。野球でもキャッチャーからボールを受け取った瞬間から、投げる体勢に入るピッチャーもいるが、カズミの行っている行為は正にそれだ。
もちぎっては投げちぎっては投げと言う表現があるが、今目の前で行われているのはまさにそれだ。
カズミの超高速で打ち続けるプレイングは、アーサー王に思考の時間と残り時間を奪っていく。何せ、カズミの手番がコンマ1秒に満たない。相手の手番中に考えると言う行為が出来ない以上、自身の手番で時間を消費し、思考をするしか無い。
持ち時間を失ったアーサー王は追い詰められ、敗色濃厚。しかし、何故か嬉しそうな表情を見せていた。
よろこべ、セレーナ・バニング。お主を震え上がらせる程の相手がここに居るぞ。世界中の強者共が束になっても勝てなかった、グランドマスターのお主を脅かす存在がここに居る!
「チェックメイトです、アーサー王」
「チェックメイト、ワシの詰みじゃな。負けた負けた!ワシの負けじゃぁ」
顔を手で覆い、悔しがる素振りを見せるアーサー王。しかし指の隙間から覗かせる表情は、悔しさと同時に嬉しさの様な感情も。
観戦をしていた室内の人々は、信じられないと驚きを隠せない。
「カズミの奴、陛下に勝ちやがった。世界ランク5位の実力者だぞ!」
ナイナーズのメンバーの中で、アーサー王の実力を一番知っていたクラリスは特に驚き、喜んだ様子。喜びのあまり、カズミ手を掴み取り彼の手をブンブンと振り回す程であった。
「もう一回、もう一回勝負をさせろ。クラリスの喜びっぷりを見ていたら、カズミに負けたのが悔しくなってきたわ」
「あ・・・・・・」
地雷を踏んだと認識したのか、酔いもすっかり冷め、冷や汗を流すクラリス。同時に、他の面々も背中に冷たいもを感じとっていた。カズミ、一人を除いて。
「わかりました。もう一度やりましょう」
「次こそは・・・・・・ワシが勝つ。覚悟しておけよ」
空になったグラスをじっと見つめる、アーサー王。
「ランスロット!酒じゃ、酒を持ってこい。喉がヒリつくぐらいに純度が高いやつをじゃ!」
「アルトリアはん。大概にせんと、またギャラバットはんに怒られますぇ。って・・・アカンわぁ、もうベロベロに酔ってはる」
その後もチェスで勝負を続けるも、酩酊状態のアーサー王では、思考能力はガタ落ちになり勝負にすらならなかった。彼女が負け続けたのは、言うまでも無い。
「いやーだー!ワシが勝つまでやる。あと100回やればカズミは疲れるから、1回は勝てるー」
更に酒を飲み続け、ベッロンベロンに酔っ払ったアーサー王。駄々っ子の様に手足をバタバタとさせる。
「ハイハイ陛下。皆さんに迷惑ですから、早く帰って寝ましょうねー」
ギャラバットは呆れたと言わんばかりに、アーサー王の首根っこを掴み、駄々をこねる彼女をズルズルと引きずっていく。まるで、母親が子供を引きずっている様であった。
「ギャラバットさん、おかんだ・・・・・・」
一国の女王が、家臣に首根っこを捕まれ引きずられる様に、思わず口にするカズミ。
「な、おかんだろ」
カズミのとなりに居たクラリスは、ウンウンと頷きながら、アーサー王の退場を見届ける。
アーサー王との勝負も終わり、宿舎に戻ったカズミ。彼女との勝負の興奮が冷めやらぬのか? それとも、明日の試合を前に寝付けなかったのか? 勝手口から表に出て、フラりと深夜のブリステンの町を練り歩く。夜霧に包まれた町は、しんと静まり返っていた。
しばらく歩いていると、ゴロツキと思わしき男達と、アーサー王と顔立ちと雰囲気の似た妙齢の女性が対峙している。察するに、ゴロツキ側が一方的に因縁をつけている様だ。
あれは、アーサー王? いや、何か違う。
「おいババア!無視してんじゃねえぞ。顔貸せってんだよ!」
「顔を貸せですって、はいどうぞ」
するとアーサー王に似た女性は、自身の顔の皮をベリベリと剥ぎ取り、それをゴロツキどもの足元に投げつけ地面にパサリと落ちる。
皮を剥ぎ取った顔は、暗黒の様に真っ黒に染め上げられ、目と口の部分だけは赤く輝いていた。
剥ぎ取られ地面に落ちた顔の皮は、ウネウネと軟体生物の様に動き、口をパクパクと動かしている。顔はどうやら、助けを求めているようだ。
「ヒ、ヒィィィィ!」
ゴロツキどもは腰を抜かし失禁しながらも、逃げ出していく。彼等を見送った女性は、どす黒い煙を思わせるなにかを発生させると、その正体を見せる。オリオールドームでスズネに呪詛を掛けた、ゴスロリの少女であった。彼女は地面に落ちウネウネと這いずる顔を、ニヤニヤと見つめる。
「子供を泣かせる悪い子は、お仕置きをしないとねぇ」
地面に落ちた顔は逃げようとズルズルと這いずるが、逃げ出す為のスピードが明らかに足りていない。
「いや、わたくし死にたくない・・・・・・」
「死にたくない? 可愛そうにねぇ、知らないって憐れだわぁ」
指先でハンカチを摘まむかの様に手を取り、ゴスロリの少女は口をあんぐりと開ける。
「いただきまーす」
金切り声じみた声が、少女の腹部から響き渡る。
溶ける、熱い、痛い、苦しい。
腹部から助けを求める声は徐々に弱々しくなり、そして聞こえなくなった。
「あらー、くたばっちゃった?それじゃぁーエイッとぉ」
自身の腹部をさすり、短い詠唱を行う。するとどうだろう、腹部からまた叫び声が復活したのだ。このおぞましい光景に、カズミの胃は悲鳴をあげ口から酸っぱいものを吐き出しそうになる。
「あら、カズミ。こんな所で奇遇だわねぇ」
「お、お前、その人に何をした!」
オリオールドームで呪詛を用いて、スズネを苦しめた事。自身に送られた、呪詛の仕込まれた贈り物。ゴスロリの少女の行いに、カズミは腹が煮えくりそうになっていた。
「この人モルガンと言ってね、アーサー王やモードレッドの母親なの。でもね、モードレッドにクーデターをさせる為に、子供を人質に取りいたぶったのよ。子供は未来を作り出す宝だと言うのに、許せないですよねぇ」
「許せないだって? 嘘をつくな!オリオールドームで、子供の魂をモンスターにしていたじゃないか!そんな奴が子供をいたぶるのが許せないだと」
カズミの言葉に、しまったと言う表情を見せる少女。
「言われてみれば!可愛い子供の魂まで苦しめてしまった!?これは許せませんねぇ」
ゴスロリの少女は左手の小指を握りしめる。パキッと言う乾いた音が、裏路地に響き渡る。カズミにはすぐにわかった。
こいつ・・・自分の小指をへし折った!
ゴスロリの少女の額からはダラダラと脂汗を流す。1回2回3回4回、またしても乾いた音が響き渡る。薬指、中指、人差し指、親指。彼女の全ての左手の指は、曲がってはいけない方向に曲がってはしまったのだ。
「ま・・・だ・・・です。子供達の受けた痛みは、こんなものでは無い・・・・・・次は右手」
今度は右手を折ろうとするも、左手は折れ曲がっているので右手を握り折ることが出来ない。
では、どうしたのか?
なんと彼女は右手の指を歯で掴み、全てを折ってしまったのだ。右指の数だけ響き渡る乾いた音。少女の狂人としか思えない行動を前に、カズミは心のそこから震え上がる。
「ま・・・だ・・・で・・・」
「やめ・・・ろ・・・・・・」
「・・・・・・」
「や、やめてくれ・・・・・・」
「そう・・・ね。このままでは、君も泣かせてしまうわねぇ。私が子供を大切にすると言う気持ち、分かってもらえたかしらぁ」
少女の問いに、カズミは答える余裕はない。精神状態が不安定な為か、心臓の鼓動は早まり、過呼吸まで起こしていた。
「ではこの辺りで、お暇としましょうかぁ」
詠唱と共に、どす黒い煙発生させるゴスロリの少女。その煙は一瞬で辺りを包み込み、漆黒の世界を創造する。数10秒程でそれは消え去ったが、少女の姿は何処にも無かったのだ。




