第7節、10話。円卓の末裔、そしてクラリスの過去
休憩室でセイントナイツとレッドオーシャンズの対戦を観戦していたカズミ達。
特に、チヒロは画面を食い入るように見つめている。
試合の最初は、芝生をサメが泳ぐと言うカルチャーショックにに襲われていたが、今ではご覧の通り。
「で、チヒロ。剣と魔法とサメの飛び交うファンタズムボウル、初観戦の感想は?」
今後の参考にと、チヒロに感想を求めるクラリス。
「・・・・・・」
だがチヒロは、クラリスの呼び掛けに見向きもせず、ただじっと試合のハイライトを見続ける。
「もしかして、トウカの姿を見て怖じ気づいたか?」
椅子に座る足をプルプルと震わせるチヒロ。しかしそれは、恐怖と言うより武者震いから来るものであった。
「冗談でしょ、クラリス。トウカ・サカザキの姿を見て、闘志に火がついたよ」
「ほう」
「ボクのいた世界じゃ体験できなかったものが、この世界が体験できる。
それで、心が震えない分けないでしょ!
くー!早くあの舞台に立ちたいよ!」
興奮を押さえられず、両手を挙げ足をバタバタと動かすチヒロ。
自身のデビューが今かと待ちきれない良い様だ。
「期待をしてるぜ、チヒロ」
「まっかせたまえ!このボクが、クラリスに初勝利をプレゼントするよ。カズミもその気なんだろ?」
「勿論さ!チヒロが居るんだ、今週末の試合は勝てるに決まってる」
自信家のチヒロはともかく、カズミまで自信満々だ。
これは今週末の試合が楽しみだ。
試合観戦も終わり、ブリーフィングルームに集まる。
いつものメンバーのカズミ、イリーナ、スズネ、クラリス。
それに加え、アイシス、キーン、サラ、ジョー、チヒロ、ヘレンを加えたメンバーで、ミーティングを始める。
「さてさて、丁度メンバーも居るしミーティングをするぞー」
ホワイトボードの前に立ち、フォーメーションや戦略を書き込む。
ホワイトボードに書き終えると、自ら作成した資料を手渡していく。
「では、今週末に対戦するブリステン・ナイトメアラウンズについて復習する」
「ラウンズの特徴は、なんと言っても得点力。
一試合で40点以上叩き出すのがザラの、超攻撃チーム。
それを支えているのが、姉のアーサー・V・ペンドラゴンと弟でルーキーのモードレッド。
モードレッドがボウルを受け取り、そのままパスをするか突っ走るか。
モードレッドからのバックパスを受け取ったアーサー王が、突っ走るかパスをするか。
この二人のコンビネーションによる攪乱戦法、フォーメーションワイルドハントを止める事が出来れば、勝利の可能性が見えてくる。
ここまでで気になった所はあるか?」
「クラリスさん、ちょっといいですか?
アーサー王とモードレッド、フォーメーションワイルドハントの主導権を持っているのはどちらなんですか?」
「結論から言うと、両方だな」
クラリスの両方と言う言葉に、露骨に眉をひそめる。
ディフェンスの最終ラインを担当するカズミにとっては、当然の反応であろう。
「両方ですか・・・・・・厄介ですね」
「普通は司令塔が二人も居たらチームは混乱をするが、あのチームには見受けられない。おまけに、二人のとる戦術に一貫性が無くてやりづらいたりゃあらしない。
うちのスコアラー達も、データ収集が大変だと泣いていたぜ・・・・・・」
「なら今週末は勝って、スコアラーさんの苦労に報いないと」
「だな、さて話を戻す。
まずは、RBのモードレッド。彼は登録上はRB
だが、役割はQB
と変わらない。
強肩、俊足、判断力抜群と隙の無い選手で、脚力に関しては、姉のアーサーに匹敵する物を持つリーグ最強のQBだ」
「エースQBのアーサー・V・ペンドラゴン。
魔王の二つ名を持つ、ラウンズのエース。
前十字靭帯断裂に半月板
損傷など、幾度の故障で脚力は衰えたものの、脚力はまだ健在。
トップスピードで走ったままパスと言う離れ業も見せる。
欠点は肩が弱く、コントロールが悪いが、アーサー王は先に上げた長所でお釣りが来る。
あと、警戒が必要な一対一の抜き性能。これに至っては、今のほうが全盛期と言う声も挙がるくらいだ。
どれくらい凄いのかは、映像を見たほうが早いか」
モードレッドからボウルを受け取ったアーサー王は、ラインの選手を次々と抜き去り、最終ラインのSと一対一になる。
相手選手はアーサー王を止めるべく、集中力を極限まで高め、対決に備える。
それに対しアーサー王はギアチェンジをし、さらにスピードを上げていく。
あと少しで射程圏内に入る所で、アーサー王が先に仕掛ける
トップスピードを維持しながら、ガチャガチャとした不規則なステップを踏み始める。
するとどうだろう。画質の悪いビデオ映像のように、アーサーの体がブレ始め、3人に分身をしたのだ。
分身に戸惑い対処の遅れた選手を、彼女は悠々と抜き去っていく。
「サッカーのステップを、取り入れたのかい?アーサー王は。
と言っても、ボクのいた世界じゃあんな高速でステップは踏めないし、分身もしない。流石異世界といった所だね」
「あれはあの人の必殺技その1、不規則な走法。トップスピードを維持しながら不規則なステップから分身し、抜き去る、アーサー王の必殺技の一つ」
「ほう、と言う事はその2その3もあるのかな」
「もちろんだ。必殺技その2、消失する走法
文字通り、選手の目の前から消え去る走法さ」
再び相手S
と一対一になったアーサー王。
先程と同じくスピードを上げ、相手選手を抜き去ろうとする。
そうはさせじと、Sの選手。自身の頬を両手で叩き、気合いを入れる。
今度は相手選手と衝突しそうになるまで、距離を積める。
そして衝突寸前の所まで来たとき、アーサー王が相手の前で突如身を屈める。
するとどうだろう、まるでアーサー王を見失ったかのように、相手選手は回りを見渡す。
その隙を見逃すことはなく、またしても抜き去っていく。
「今度はアマレスのタックルか。
と言うか、この間ボクがイリーナを抜き去ったやつと原理は一緒。
人間の目と言うのは、縦の変化にとても弱い。
野球で、ワンバウンドしたフォークボールを空振りをしたシーンが良い例だ。
しかしまあ、アーサー王は一体いくつのスポーツをやっていたんだい?」
「あの人は子供の頃から、近所の子供といろんなスポーツをしていたからな。
さっきの二つのステップも、子供の時に近所で遊んでいて編み出したらしい」
「素晴らしい!このボクが倒すのにふさわしい相手じゃないか!?」
強敵。いや、チヒロにとっては獲物と言うべきか。
彼女は目を爛々と輝かせ、獲物をどう仕留めようかと考えているようだ。
「楽しみだよ、ボクがアーサー王に勝ち、世界最速の名を手にするんだ」
「んで、この二人を支えるのが、この世界でただ一人のFB
、ギャラバット」
「役割としては自らは盾となり、モードレッド、アーサー王、ランスロットの走路を作るリードブロッカー。
WR兼CB
のガウェイン。2m近い身長と、燃え立つ太陽をも掴むと言われる程のキャッチ力。
そのキャッチ力は、世界最強の声も挙がるくらいだ。
そしてTE兼LBのランスロット。こいつは要注意だ。
彼女は小柄だが攻撃力に優れ、時おり見せる不意打ちは洒落にならん。気が付いた時には殺られている。
とにかく、オフェンス時は少しでも危ないと思ったら、ボウルを投げ捨てろ。
それが根拠の無いカンであっても、構わない」
「それほど危険な相手なんですね」
「開始早々に、不意打ちで退場されちゃあ、目も当てられん。
今回は本当に気を付けろよ、カズミ」
「しかし、ラウンズと言うチーム、ちょいと若すぎないか?」
ラウンズの選手の資料をチェックしていたチヒロが、疑問を投げ掛ける。
「アーサー王の25歳以外は、ガウェインの20が最年長。
あとは、ジョーやサラと同年代の選手ばかり。
チームの年齢層が歪過ぎる。
余程の事情がない限り、編成の怠慢と言われても仕方ないものだよ」
「3年前・・・・・・ラウンズと言うチームは、傘下のチームの選手を死なせてしまってな。
そのペナルティーで、主力選手達の放出と、4年間の新戦力の獲得禁止が下された」
「死なせた?何があったんだい?」
「・・・・・・」
「悪かった、クラリス。話したくないなら、無理に話さなくても・・・」
「機会が来たら、話す・・・・・・」
そしてクラリスは、何事も無かったかの様にミーティングを続ける。
ミーティングが終わり、自室に戻ったカズミ。
先程の話がどうしても気になり、パソコンを起動する。
「あった、これか」
パソコンで調べものをしていると、バタンと勢いよく扉を開ける物が、チヒロだ。
「カズミ、居る?なんだ、パソコンをやってるのか?もしかして~いかがわしいヤツ?」
「違うよ!?全く、チヒロは直ぐに茶化す。
いやね、クラリスさんの言っていた事が気になってね。
ラウンズの下部組織が起こした事件を調べてる。
で、チヒロ。僕の部屋まで来てどうしたんだ?」
「いーやー、久々にあれやってもらおうかなーと」
チヒロは部屋の扉を静かに閉め、カズミの隣に立つ。
「アレ?あれと言うと・・・・・・何だっけ?」
そう告げるとチヒロは、椅子に座っていたカズミの上のピョンとジャンプし、カズミの膝の上にちょこんと座る。
「いやー、カズミの膝の上は、座り心地がいいよ。落ち着くよ」
チヒロの突然の行動に、目を白黒させるカズミ。
「チヒロも年を考えろよ、二十歳で僕より年上なんだし」
「年齢なんて、飾りでしょ。ボクを見ていれば分かるだろう?」
チヒロの言う事にも一理ある。130センチを切る身長に、童顔。端から見れば、チヒロの事を小学生と誤解するであろう。
彼女にとって、年齢は飾りと言う言葉は、嘘偽りの無い本音である。
「けど、何で今さら・・・・・・」
「キミがまた、居なくなるかも知れないからね」
ドキッとさせられる一言。
「ボクはキミと離れて思った、もう後悔したくない。だから・・・・・・」
「お、あった。これかな?ブリステンカレッジチーム所属選手、試合後に死去」
「このニブチンめ」
「何か言った?」
「言ったよ・・・まったく。
で、これがクラリスの言っていたヤツか何々。
クリス・ホプキン、カレッジファンタズム世界大会決勝後、心不全で死亡。享年15才。
ホプキン?クラリスと同じ名字だね」
「クリス・ホプキンについても調べてみよう」
カズミはチヒロを膝の上に乗せたまま、器用に検索していく。
「クリス・ホプキン、ラウンズ傘下のカレッジチーム所属の選手。ポジションはQB。
ナイトメアラウンズ入団予定のクラリス・ホプキンは実姉。
クラリスさん、弟さんが居たのか」
カレッジファンタズムボウル世界大会決勝、ラウンズVSセイントナイツ。
クリスは才能溢れる選手であったが、心臓に疾患があった為、トップチームに合流をしていたクラリスからは、彼をフル出場をさせるなと指示していた。
しかし。イリーナ・バニング率いるセイントナイツに追い詰められていたラウンズは、クラリスの指示を無視。
クリスのプレイを続行させる。
クリスの活躍もありラウンズは逆転勝利、世界王者となる。
しかし試合後、クリスの体調は悪化し病院に搬送される。
同日、心不全の為に死去。
チームの勝利の為に、選手を死なせた事を重く見た協会は、ラウンズにペナルティーを下す。
クリスをフル出場させたヘッドコーチは、資格剥奪とファンタズムボウルからの永久追放。
トップチームのナイトメアラウンズにも、ペナルティーが下された。
「成る程・・・・・・クラリスが言いたがらない訳だ。あ!この記事、続きがある」
姉のクラリス・ホプキンは、自身が不在中に起きたこととはいえ、責任は自分にもあると告げ引退を表明。
一週間後の、ファンタズムボウルデビュー目前の出来事であった。
「クラリスさんが選手の体調に神経質なのは、これが原因なのかも」
「そうなのかい?」
「僕のデビュー戦で、僕の交代を巡ってゴルドさんと喧嘩していたよ。
胸ぐらを掴んでいて、すごい剣幕だったよ」
「カズミと弟のクリスが、ダブったのかもね・・・・・・」
「・・・・・・」
クラリスの過去を知ったカズミとチヒロ。
彼女の過去を前に、部屋は静寂に包まれる。




