第7節、7話
冷たい風が吹きすさぶ、カゼカミの町。
長身で褐色の女性アイシスと、頭一つ低い童顔の少年ジョー。
二人はナイナーズのクラブハウスを目指し、ただ黙々と歩く。
クラブハウスまであと10分と言う所まで来て、アイシスの足取りは重くなり、表情はみるみるうちにどんよりとしていく。
ああ・・・足が重い。いや、重くて当然だろう。
なんの断りも入れず、ナイナーズから離れたのだ。
オレは、どんな顔をして戻ればいい・・・・・・
「どんな顔をして戻ればいいと、顔に書いていますよ。アイシスさん」
アイシスのどんよりと暗い表情を気遣ったのか、思い浮かんだ言葉をそのままかけるジョー。
その言葉に、彼女は少しムッとする。
「何で分かるんだ、お前は超能力者か?ジョー」
自身の考えを見透かされた、アイシス。
悪態ともつかぬ言葉を投げ掛けてしまう。
「だってそうでしょう。何かをやらかして帰るときは、みんな考える事は一緒です。
どんな顔をして帰ればいいか。
最初は何を話せばいいか。
サラお嬢様も、そうでしたよ」
「成る程、あのじゃじゃ馬お嬢様の世話をしてきたんだ。女の扱いはお手のものってか?」
「サラお嬢様は、貴女が思っている様な方ではありません。良かったら、お嬢様がどの様な方なのかお話しますよ」
「遠りょ・・・いや、聞かせてもらおうか。あのお嬢様と、ジョーがどんな人生を歩んできたのか。
気になってきたぜ」
「では、喜んで」
ジョーはサラの何処が素晴らしいのか、身ぶり手振りを交え説明しだした。
サラはああ見えて、とても気遣いの出来て優しく。ジョーの事を使用人としてではなく、一人の人間として扱ってくれた事。
他にも、ダンジョン内での武勇伝をこれでもかと言うくらい語り始める。
一つ目のサイクロプスとの死闘や、グリーンドラゴンとの壮絶な知恵比べ等。
子供の頃に読み込んだ、冒険譚そのままの話をしてくれた。
オレよりもちっこいナリをしているが、ジョーはトレジャーハンターだと言う事を、思い出させるぜ。
「以上で終了です。長々と話しましたが、最後までお聞きいただきありがとうございました」
右手をスッと下げ、仰々しく礼をするジョー。
それを見たアイシスは、思わず笑みをこぼす。
「最高だったぜ。これで楽器を奏でることが出来れば、詩人や語り手で食っていけるぞ」
「ありがとうございます。あ、クラブハウスに着きましたよ」
「そ、そうだな・・・・・・」
「大丈夫、みんなはアイシスさんの事を心配している。だから、堂々と帰ればいいんです。もし、帰るのが怖いと言うのなら。
僕は貴女の手を取り、守る、ナイトとなりますよ」
ジョーは片ひざを地面につけ、アイシスの手をそっととり、優しく包み込む。
肌寒い夜にジョーの暖かい手が、アイシスの冷たい手に温もりを与える。
「ったく、いちいちキザッたらしいんだよ。
だからこそ、オレはお前に惚れたんだがな」
「はい。僕も貴女がいとおしく、大好きです」
ジョーの言う通り、アイシスは温かく迎え入れられた。
アイシスが無事帰ってきたことに、ほっと胸を撫で下ろす者から、泣き出すものまで。
反応は様々だったが、チームの全員がアイシスの事をとても心配していたのだ。
ヘッドコーチでもあるクラリスからは、形式上の注意はあったものの、今回の失踪については拝め無しと言う事になった。
アイシスへの注意が終わり、アイシスとジョーを見送るクラリス。
傍目からみて距離を縮めた二人に、ボソリと呟く。
「明日には結婚して、来年には二人の子供が生まれているかなー」
クラリスが冗談ともつかぬ発言をし、カズミは口に含んでいた水を吹き出しそうになる。
「アイシスさんはともかく、ジョーは僕より年下ですよ。いくらなんでも早すぎでしょ」
「お前の居た世界での常識ならな。この世界の人類は刹那的で、これと決めた相手とはすぐ結ばれる。
それこそ、ジョーとアイシスが明日結婚式を挙げても不思議ではないさ。
あと、ジョーは年齢が二桁だから、成人を迎えているぞ。だから問題は無い」
「そう、なんですか?」
「そうなんですよ、この世界は」
自身の居た世界との違いを、改めて思い知らされたカズミ。
この世界と元の世界と常識が違うと言われれば、そうだと納得せざるおえない。
「考えてみろよ。人生は短いし、いつ死ぬかわからない。だからこそ、燃え上がる様な恋をし、子孫を残していく。
神代の戦争の頃からの習わしだよ」
「この世界に転移して3ヶ月はたつんですけど、まだ分からない事だらけですよ」
「でも、面白いだろ」
クラリスは、面白いものを見つけた様な顔をし、ニヤニヤとしている。
カズミはふと何かを思い出したのか、腕時計に目をやる。
「あ、もうこんな時間だ!クラリスさんごめんなさい、休憩室に行ってきます。
トウカいるセイントナイツとレッドオーシャンズの対決があるんですよ」
「オルタナティブリーグ、全勝のレッドオーシャンズか。あたしも見るか」
カズミとクラリスは廊下をバタバタと走り、休憩室へと向かう。
走ったせいか、少し息を切らしているクラリス。
それに対し現役選手のカズミは、息一つ切らしていない。
「あー、ちくしょー!現役のぶん、カズミの方が心肺能力は上か。
あたしも机に座ってばかりじゃ、体力が落ちるばかりだー」
「なら時間がある時、一緒にトレーニングをしませんか?
明日からスズネとチヒロと僕の3人で、パスのトレーニングをするんで。
良かったらクラリスさんも」
クラリスは口許に手当て、何とか時間を作れないかと思考を巡らせる。
カズミがわざわざ練習に誘ってくれているのだから、どの様な事があっても無下にするわけにはいかない。
「ん、明日だな。頑張って時間を作る」
「楽しみにしていますよ、クラリスさん」
廊下を走りながら、休憩室を目指す二人。
目的の部屋に勢いよく入ると、そこには先客がいた。
イリーナ、スズネ、チヒロの面々。
3人は、大きめのソファーに座り。ファンタズムボウルの観戦をしていたのだ。
しかしチヒロだけは、様子がおかしい。何かあり得ないものを見て、表情が凍り付いている。
「どうしたんだチヒロ、ハトに豆鉄砲を受けた様な顔をして」
「カズミか、いや・・・あのさ・・・・・・」
「ここは異世界だよ、チヒロ。ちょっとやそっとの事で驚いていたら、この先持たないよ。
よいしょっと」
チヒロの隣に座り、意気揚々と試合の映像を見つめるカズミ。
大型スクリーンに写された試合の映像を見るや否や、カズミの表情も凍り付く。
「え!?ナニコレ・・・意味がわからないのだけど・・・・・・」
「でしょ・・・」
青々と繁る芝生。そこには元気に泳ぎ回る無数のサメ達の姿があったのだ。
それを見たカズミは思わずぼやき、チヒロはゆっくりと相槌をうつ。
「何でサメが、芝生を泳いでるんだ!」
「いやー、異世界だからじゃないかな?」




