第7節、5話
水平線の向こうに、夕日が沈んでいく。
夕日は空を赤く染め、夜の訪れを人々に知らせる。
丘から見渡すカゼカミの人々は夜に備え、家の灯りを灯していく。
夕暮れに染まる丘に、一人の女性がたたずむ。
銀髪で褐色、長身の女性、ナイナーズのアイシスであった。
カゼカミの国を、港を、夜空を、全てを見渡せるこの丘が好きだ。
好きなのだが、今日でもうお別れだな。
オレがどれだけ酷いプレーをしようが、チームメイトは支えてくれるし、ファンも応援をしてくれる。
こんな相手とマトモにぶつかれないヘタレを、皆が応援をしてくれた。
けど・・・オレの一挙手一投足で、スタジアムが熱狂し、観客全員の視線が集まる事はもう無い。
3年前のあの日、アイシス・フォスターは死んだんだ。
皆の期待に答えるプレーはもう・・・出来ない・・・・・・
だからオレは、引退をする。
「アイシスは居たか!空港は、港は、電車やバス等の陸路どうだ!」
「いや、スタッフや国の者に移動経路となる場所を張り付かせていますが、何処にも居ないのです。
各交通機関の防犯カメラにも、アイシスらしき人物は写っていません。
ですから、この町に居るはずなのです」
「わかった、商店街のメンバーも集めて、アイシスの捜索にあたる。
そちらは引き続き、交通機関の方に睨みを効かせてくれ」
「了解なのです!」
話を終えたスタッフ達は、勢いよくドアを開け、町中への探索へと戻っていく。
「アイシス、お前が悩んでいたのは知っている。
だからって、突然の引退かよ!」
クラリスは悔しさのあまりに、拳をテーブルに叩きつける。
その衝撃で、カップの中身がユラユラと揺れ、今にもこぼれそうであった。
ドアの外に居たスタッフは、突然の物音にビクッとする。
だが、目の前で見ていたチヒロはどこ吹く風といった様だ。
「落ち着きなよクラリス、キミはヘッドコーチなんだ。
キミの狼狽えは、周りに伝染する事を自覚してもらいたい」
「悪い・・・自分の無力さに腹が立ってきて・・・・・・」
「キミは自身の過ちを、すぐ認める事が出来る。カズミが頼りに出来る、優秀な指導者なのも納得だな」
「誉めても何も出ないぞ」
「ボクは、お世辞を一切言わない主義でね。
クラリスが素晴らしい指導者になると思ったから、述べただけだよ」
「ありがとよ」
「じゃあ、感謝してくれるのなら、聞かせて欲しい情報がある。
失踪したアイシスについて。
ボクはこの世界に来たばかりだ、彼女がどの様に追い詰められ、失踪したのか。
何が彼女を追い詰めているんだい?クラリス」
「彼女を知りたいのなら、アイシス・フォスターと言う人間を知らなければいけない」
「ほほう、お聞かせ願おう」
「アイシスはイリーナと同年代のスター選手で、同じポジションと言う事もあり、東のイリーナ、西のアイシスと言われる程の存在だった」
「だが、今では見る影もない選手だ。何が起きた?」
「あれは3年前の事だ、カレッジファタズムボウルの世界大会準決勝。
レッドオーシャンズのカレッジチームのエースで、あいつの活躍により快進撃を見せる。
ところがあの日、事件は起きた。
QBが投げたボウルをキャッチしようと、無理なダイビングキャッチを試みる。
結果は相手の膝に頭から衝突し、脛椎骨折の重体。
半年ほど生死の境をさ迷ったよ。
幸運な事に、体に後遺症は残らなかった。
だがな、心の方に後遺症をおっちまった。
脛椎骨折で生死をさ迷ったのが原因で、相手選手に全力でぶつかれなくなった。
恐怖で相手にぶつかれないなんて、前衛の選手にとっては、致命的な欠点だ。
あいつはその事で悩んでいたんだ」
「トラウマか、なるほどね。
けど、気になる事が増えたよ。
何故このチームは、アイシスやイリーナの様に他チームでプレイ出来なくなった選手を集めているんだい?
これはチームの方針なのかい」
「この国はチームが弱いけど、国はそこそこに栄えている。
何故だと思う?」
「あー、プロスポーツチームにもそう言うチームがあるな。
この国の優秀な選手、移籍金目当てで移籍させているんじゃないかな」
「正解!んで、移籍金がゼロ、もしくはタダ同然の選手を集めて、チームを作る。
この国が儲けている仕組みはこれさ」
「となると下部組織のチーム、さぞかし強いのでしょうねー」
「当たり前だ。下部が強くなくて、どうやって移籍金をせしめろってんだよ。
10年連続ベスト4以内の強豪だぞ、うちの下部組織は。
優勝だって、結構な数しているし。
しかしチヒロ、話がわかるじゃないか」
「こう見えても、人集めとチームの運営は趣味でね。
カズミに元気になってもらう為に、有りとあらゆる手段を使って、高校野球のチームを作り上げたよ」
「もしかしてお前、魔王と呼ばれている原因は・・・・・・」
「人聞きの悪いことを言わないでくれよクラリス、人の虚栄心やプライドをくすぐったり。
ハートに火をつけたり、たまに弱味を握って脅した・・・おっと口が滑った」
「なるほどね、チヒロと言う人間を大体理解した。
味方につければ、頼りになる奴ってな」
「お、早速ボクの扱いを理解してきたようだね。
流石は優秀な指導者だ」
「じゃあ、チーム運営が趣味のチヒロに、見て欲しいものがある。
このフォーメーション、どう思う?」
クラリスはこれ見よがしと言わんばかりに、フォーメーションを写したタブレットを見せつける。
見せつけられたチヒロは、小さな体をめい一杯伸ばし、画面を見つめる。
「これはまたレアなフォーメーションを、アメフトに成通しているボクでなければ、見逃しちゃう所だったよ」
「お前、カズミの言う通り、本当に天才なんだな」
「なんったって、ボクは天才だからね。
出来ないことはないのさ!はっはっはっ。
でだね、ここはこう弄って、最終的に◯◯はこのポジションでやらせたいんだろ?
分かっているよ、ボクは」
「あちゃー、バレていたか。
アイシスのサポートをやらせるには、彼が適格なんだよ」
「話は通しているのかい?
彼が運動神経の塊と言っても、いきなりのポジション変更は大変だよ?」
「カウガールズ戦の試合後に、彼から申し出があったんだ。
彼女に全力でプレーをしてもらうため、僕をこのポジションに変えてくれと。
嬉しい誤算だったよ、アイシスを復活させる為にも、彼女のサポート役を着けなければいけなかったからな」
「アイシス復活のカギは、ジョー・フォードって訳だね」
アイシスが失踪中だと言うのに、楽しそうに話し合う二人。
クラリスがこの状況でも明るくなったのは、チヒロのお陰だと言うのは言うまでもないだろう。
チヒロは魔王であると同時に、究極の人たらしでもあるのだ。
その後も二人は、フォーメーション談議に花を咲かせるのであった。




