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第7節、3話

秋も終わりに近づき、肌寒さを感じさせるカゼカミフィールド。

スタジアムの召還門から選手が召還されると聞き、ナイナーズの選手達は、召還門の前で待機していた。

特にカズミは、召還される選手を迎えるのは初めてだったので、心臓をバクバク震わせ待ち構えていた。


「僕の選手生活は、異世界召還から始まった。

僕と同じように戦う仲間は、どんな人なんだろう。

なんだかワクワクしてきた!」


スタジアムの壁が、蜃気楼のように揺らめきをそれが収まったかと思った瞬間だった。

何もなかったただの壁に、扉が現れたのだ。

ドアノブがガチャリと音をたて、召還門が開かれる。


「あ痛たたた、急に門が開いたと思ったら、競技場?

一体どうなっているんだ」


カズミより頭二つくらい小さい、鮮やかな青髪の少女が、召還門から現れる

それはカズミにとって、よく知っている人物であった。


「ようこそ、異世界へ・・・って、千尋!」


チヒロと呼ばれた少女は、カズミを見つけるやいなや、険しい表情をしツカツカと歩きカズミに迫る。


「カズミ・・・君と言う奴は!生きているのなら、何故連絡を寄越さない。

ボクやおばさんにおじさん。

おばあさんとチームメイトのみんながどれだけ心配しているか!」


「あ、その・・・・・・」


「さあ、こんな所に居ないでさっさと帰るよ」


チヒロの言葉を前に、気まずい表情を見せるカズミ。


「千尋・・・僕は帰らないよ・・・・・・」


「帰らないって、本気かい?」


「ああ、父さんや兄さん達と比較され、見下され、僕個人を見てくれないあんな世界、二度と戻るか!

僕この世界にずっと・・・」


「いい加減にしろ!カズミ。

あの日、崖から落ちた君を、ボクがどれだけ心配したと思っているんだ!」


幼なじみの予想せぬ回答に、手を震わせ怒りをぶつけるチヒロ。


「君を、沢渡の息子としか見ず、利用してやろうとすら考える、反吐が出るやつも沢山いたさ。

でも、それ以上に、心から君の事を心配していた人間もいるんだ、君はそれを考えたことが、ある・・・のか・・・」


「チヒロ・・・」


彼女の顔からは、爆発した感情と共にボロボロと涙が溢れだす。

それを必死に止めようとするも、決壊したダムの如く、止まる気配を見せない。


「ボクは泣いてなんか、泣いてなんか・・・カズミのバカ・・・バカ・・・・・・うぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


カゼカミフィールドに、一人の少女の泣き叫ぶ声が木霊する。




「見苦しい所を、見せた・・・・・・」


「ごめんチヒロ、連絡したかったのは山々だけど」


「じゃあ、連絡しなよ・・・」


「いや、その事何だけどね」


「取り敢えず、一旦帰ってみんなに連絡を・・・・・・無い!無い!ボクが今てきた扉が無いよ!どういう事?」


「チヒロ、この召還されると最短1年、最長3年は、この世界に居なければいけないんだ」


「最短でも1年?何で訳もわからない世界に、居なきゃいけないんだ。

どうしてこうなった・・・・・・

これじゃあ、来年のオリンピックにも出られないじゃないか」


この世界に居なくてはいけない、この事実を前に、崩れ落ちるチヒロ。


「チヒロ、門を潜る前に、何か願ったりしなかった」


「願い?あ・・・・・・」


たしかここに来る前に女性の声を聞き、カズミに会いたいと願った。

もしかして、そのせいで。



「わかった、わかったよ、これも何かの縁だ。

ボクは選手として、チームに協力するよ」


「カズミがキミ達に、随分世話になったみたいだし。

じゃあ改めて自己紹介、ボクは金沢千尋(かなざわちひろ)

、近い人間からはチヒロとか、あとなんて呼ばれていたっけ?カズミ」


「魔王」


「そうそう魔王って、それを初対面の相手に言うか?せめてネコと呼ばれていたとか、色々あるだろう」


「全てが自分を中心に回っていると思っている所。

傍若無人な立ち振舞い、まさに魔王じゃないか。

それに、魔王のあだ名は、ネコ→マオ→魔王と変化したあだ名なんだから」


「うわー、ボクにだけ辛辣~」


「あんなにズケズケと言うカズミ、初めて見たました。

もしかしてチヒロさんは・・・・・・」


「カズミの寝相の良さは、良く知っているよ」


チヒロのカミングアウトのせいで、チーム全員の目線がカズミに集中する。


「違う違う!?チヒロは僕の幼なじみで、一緒に寝たのなんて、小学生の頃だし」


「ほほー、一緒に寝たのは否定しないんだな」


「クラリスさんまで、何て事を!?」


チームメイトがカズミの過去を知るべく、根掘り葉掘り質問をし、それに答えていくチヒロ。

グラウンドは、公開処刑の場と化してしまう。





「あたしはクラリス、このチームでヘッドコーチをしている。

よろしくな、チヒロ」


先程までの公開処刑も終わり、自己紹介を始めたクラリス。

それに対しチヒロは手を差し出し、ガッチリと握手をする。


「こちらこそよろしく、クラリス」


「で、聞きたいんだが、この世界に召還されたのだから、君も一芸に秀でた物があるはずだ。

チヒロ、君が得意とする分野はなんだ?」


「よくぞ聞いてくれた!ボクの得意な物?それは全てさ!

なんたって!ボクは天才だ!出来ないことは何も無いのさ。

そんな天才なボクだけど、一番得意なのはバスケ、ドリブルは誰にも止められないよ」


どや顔で自分の事を天才といい放つチヒロ、その様子に、クラリスの顔が雲って行く。


「おいおい、いきなり自分の事を天才と言い始めたよ。

この子大丈夫か?カズミ」


「と言われても、チヒロは本物の天才ですからね。

運動センス、身体能力はイリーナを上回る才能を持ち合わせている。

持っていないのは、身長くらいですね」


「マジかよ・・・・・・」


「試しに、チヒロにボウルを持たせて、イリーナと1対1で勝負させて下さい。

イリーナでも、彼女を止める事は出来ませんよ」


カズミの言葉に、周囲の空気が代わり、ざわつき始める。

当然の事だろう、チームのエースでもある、イリーナでも止められないと言ったのだから。

止められないと言われた当の本人、イリーナはと言うと。


「ほう、チヒロと言う子・・・そんなに凄いのか。

私でも止められない位に・・・・・・」


「少なくとも、脚力においてはイリーナを上回るものを持っている。

ボウルを持ったチヒロを止められず、抜き去られると思うよ」


「面白い!カズミにそこまで言わせる、チヒロの才能、見せてもらおう!」


カズミの言葉に、イリーナ目を輝かせ、嬉しさを隠せないようだ。

イリーナのスポーツ選手としての性分を鑑みれば、当然の反応だろう。


「まーた随分と高いハードルをもうけてくれたね、カズミ」


「脚力なら誰にも負けない、世界最強の天才プレイヤーなんだろ?」


「アピールの舞台を作ってくれた事、感謝するよ」


「感謝は勝ってからだろ、チヒロ」


「その通りだ、カズミ」


憎まれ口ともつかぬ言葉を交わす二人の信頼関係が、そうさせているのだろう。




チヒロは軽いアップ代わりの屈伸運動をした後、ピョンピョコとジャンプを始める。

彼女の足元にはトランポリンがあるのでないかと思うくらいの、跳躍力を見せた。

カズミより頭二つ小さい少女が、チームの誰よりも高く跳んでいたのだ。


これには選手達も、驚きを隠せない。

特に、ジャンプでの競り合いを生業とするワイドレシーバーの面々に至っては、自信を失い頭を抱えていた。

自らの存在価値を否定された気分なのだから、当然なのだろう。




「ではこれより、チヒロ・カナザワ対イリーナ・バニングの対決を行う。

ルールはシンプル、チヒロがボウルを落とさず、イリーナを抜き去ればチヒロの勝利。

イリーナがチヒロを止めるか、ボウルをはたき落とせば、イリーナ勝利だ。

なお、脚力の測定もかねて、40ヤード(36.58m)走ってから、イリーナと勝負してもらう」


「オーケーオーケークラリス、40ヤード走ってから抜き去る?余裕っしょ!」


「たいした自信だな、チヒロ」


「なんたって、ボクは天才だからね!それくらい出来て当然さ」


「では、カウントを始める。

5秒前、4、3、2、1、ゴー!」


ボウルを左手に持ち、地面を蹴りあげるチヒロ。

その見事なスターとダッシュに、チームの面々は舌を巻く。


「おいおい、チヒロとか言うちびっ子。

もしかしてイリーナより早いんじゃないか?

あの体のどこに、脚力の源があるんだ。

よくわかんねえけど、すげえぞあいつ!」


エッジ等の、チヒロの実力に疑問を持っていた者は、その走りの虜になり始めていた。


チヒロは、歩幅が狭く回転力を重視したピッチ走法で、イリーナの元へ一気に距離を積める。


「イリーナ・バニング、お手並み拝見といこうか!」


「自慢の脚力で私を抜いて見せろ、チヒロ・カナザワ!」


土煙をあげ、イリーナに迫るチヒロ。

対決地点5メートルまできても、ステップやフェイントは一切行わない。

彼女の狙いは最短距離での突破だろうか。


チヒロ到達まで、あと3メートル。

2メートル・・・1メートル・・・まさか!タックルで私の体勢を崩し、突破する気か!


衝突まで30センチも無いかと言う地点まで迫った時だった、《《眼前からチヒロが消え去ったのだ》》。


「な!?チヒロが、消・・・えた?」


イリーナの視界から消えたチヒロは、何事も無かったかの様に抜き去り、勝負アリ。

チヒロは左手でガッツポーズを決める。


それに対しイリーナは、何が起きたのか理解できず、ただ呆然とするしかなかった。



「あんにゃろう、抜き去る寸前に、バッシングステップを決めやがった」


ストップウォッチで計測していたクラリスが、ボソリと口にする。


「バッシングステップ?」


カズミは疑問に思い問いかけるも、答えは帰ってこない。

彼女もチヒロのプレーに、ただただ見とれていたのだ。


「クラリスさん?クラリスさん!チヒロの、彼女の40ヤードのタイムは」


「あ、ああ。驚きのタイムだぜ」


クラリスは、印籠を見せつけるかの様に、ストップウォッチを見せつける。


4秒18、それは世界のトップクラスのタイムだった。



「チヒロ、ナイスラン」


チヒロとカズミは、勝利を噛み締めるかの様に、ハイタッチを決める。


「これくらいボクには出来て当然さ。

何て言ったって、天才だからね!」


「天才か、参ったよ。

あそこまでアッサリと抜き去られるとは。

ここまで来ると、ショックを通り越して、感動すら覚える」


「でしょー」


イリーナの言葉に、猫の様な可愛らしい笑顔を見せるチヒロ。

それにつられて、イリーナまで笑顔を見せる。


「チヒロ・カナザワ、改めて言わせてもらう。

ヨロシク」


「こちらこそヨロシク、イリーナ・バニング。

キミとプレー一緒に出来るなんて、ワクワクしてしょうがないよ」


勝負を通じて、芽生えた友情。

それを確かめ会うように、握手をする。


「おーい、二人で盛り上がっている所で申し訳ないが、チヒロのメディカルチェックをさせてくれ。

カズミの様な事があると困るからな」


「メディカルチェック、カズミ怪我は!キミの右膝は大丈夫なのか?」


「クラリスさんのお陰でね、なんの問題もなくプレー出来るまで、回復したよ。

クラリスさんや支えてくれたみんなには、感謝しかないよ」


「カズミ、おめでとう。元気なキミを見ることが出来て、ボクは嬉しいよ」


「ありがとう、チヒロ」



そう告げると、カズミはチヒロを抱きしめていた。

何故抱き締めたかは、わからない。

ただ嬉しくて抱きしめていたいたのは確かだ。


「カズミ、キミと言うやつは」


二人を祝福するかの様に、カゼカミフィールドに心地よい風が吹きわたる。




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