第3説から飛んで第6節、1話 狂った歯車
イリーナの右肩が全治不明。3連勝をしたと言う空気は吹き飛び、ロッカー内は絶望に包まれる。
ギャチャリ、ドアノブを捻り一人の少女が部屋に入る。
イリーナだ、三角巾を負傷した右肩にしている所を見ると、怪我の深刻さが伝わってくる。
「戻りました・・・・・・」
「イリーナ」
「せっかく3連勝をしたのに、水を指すような・・・ごめん・・・・・・」
落ち込んでいるイリーナに、クラリスが優しく声をかける
「そう落ち込むなよ、一ヶ月後にはプレー出来るんだから」
「はい?」
衝撃の告白に、変な声をだすカズミ。
「本当ですか、クラリスさん!私の右肩が一ヶ月後には直るって!」
「イリーナの自然治癒力を鑑みて、3週間。
リハビリを含めたら、4週間~6週間って所だろうな」
「けど、棘上筋の部分断裂ですよ。何で1ヶ月位で治るんですか?」
カズミの疑問に、思わず苦笑いをするクラリス。
「何でって、イリーナだし・・・普通は、こんな短期間で治らん。
あたしも病院から報告を受けたときは、椅子から転げ落ちそうになったよ」
イリーナが、今シーズン中に復帰出来る。絶望間に包まれた空気は、一気に吹き飛ぶ。
「でも、1ヶ月で治るなら、早く教えてくれればいいのに。何で全治不明と発表したんですか?」
「じゃあ、イリーナ。最初から1ヶ月で復帰出来るといったら、どうしていた?」
「1ヶ月いや、それよりも早く復帰出来るよう・・・あ」
「気がついたか、そういう事だよ。期限を設けたら、お前の性格上早期の復帰を目指しただろう?
|魔道義肢≪プラァスシィーシィスアーマー≫の力を借りて、プレーをする事は可能だ。
だが、無理をして復帰すれば、5年後10年後に影響が出てくる。
だから、完治するまではプレーをしてほしくない。分かったか?」
「はい、怪我をきっちり治して、万全な状態で復帰します」
「まあ、開幕3連勝で貯金も出来た事だし、イリーナはゆっくり休んでいてくれ」
すると、ベッドにドッシリと座っていた、ゴルドが立ち上がる
「いいか!今では話した通り、イリーナは当面の間は出場出来ない。だが、ここで踏ん張る事ができれば、プレーオフ進出も見えてくる。
苦しいとは思うが、何とか持ちこたえるぞ!」
「オオーッ!!!」
だが、イリーナの離脱は、予想以上に深刻なものだった。
彼女の離脱により、深刻な|前線≪ライン≫の崩壊と、得点力不足が発生する。
第4節のブラウニーズ、第5節のファイヤーズと、ナイナーズは連敗をする。
攻守の要であったイリーナの離脱が、3連勝中のチームを崩壊させたのだった。
そして、今日の一戦。
ホームのカゼカミフィールドに、OFC東地区の強豪、ダリル・カウガールズを迎えていた。
「ホームのカゼカミフィールドに、ダリル・カウガールズを迎えた本日の試合。
現在、2連敗中と苦しいナイナーズ。しかし、今日は一味違います。
と言うのも、冒険者ギルドから加入したルーキー達の活躍で、17対12とリードしているのです!」
〈|沙良・桜坂≪サラ・オウサカ≫〉
トレジャーハンターを生業とするオウサカ家に生まれ、次期当主と目されていた。
しかし先週の試合後、入団テストを受けさせろと言い出し、ロッカールームに乗り込んできたのだ。
「勝てる力があるのに、何て無様な負け方ですの?あなた達のやられっぷり、見るに耐えませんわ。わたくしが|前線≪ライン≫に入って、このチームを立て直して見せましょう」
ズカズカとロッカールームに乗り込んだ上での、この発言。
殴り合いに発展しかねない険悪なムードであったが、ゴルドやキーンが間に入り事なきを得る。
後で聞いたのだが、サラはナイナーズ無様な戦いを見せ、負け続けた事にイライラしていたのだと。
つまる所、彼女は生粋のナイナーズファンなのだ。
彼女の特徴は、カポエラの様な足業と両手両足に仕込んだナイフを駆使し、相手を切り刻んでいく。
身長が150センチを切る小柄な選手ではあったが、屈強な|前線≪ライン≫の選手達を圧倒していた。
そしてもう一つの特徴だが、よりによってミニスカートで逆立ちし、足業を繰り出していくのだ。
サラいわく、「スパッツやホットパンツは圧迫間があり、マナの生成やプレイに集中できない」と。
イリーナもそうだが、この世界の人間は、羞恥心より自分が気持ちよくプレイできる事を優先している。
僕には理解しがたいものだが、こればかりは慣れるしかないのだろう。
〈ジョー・フォード〉
サラと同じくトレジャーハンター、入団テストを経て加入した選手。
彼は、ロッカールームに飛び込むサラを止めようとしたのだが、結果はご存じの通り。
一緒にロッカールームに入った事が縁となり、サラと一緒に入団したのだった。
ジョーの特徴は、身体強化と格闘に特化した戦闘スタイル。
いわゆる|武道家≪モンク≫というやつだ。
サラよりも一つ若く、少年を思わせるような顔立ちと小柄な体。
だが、パワーだけならイリーナに匹敵するものを持っていた。
身体能力に全振りしたスタイルは、|前線≪ライン≫にうってつけの人材だ。
この二人の加入により、イリーナ不在ながらも、終盤までリードを保つ事に成功したのだ。
「試合時間もあと2秒、最後のワンプレーを守りきれば、ナイナーズの勝利です。
だが、勝利を目前に立ちふさがるのは、荒野の荒牛こと、ローレント・アントリアム!彼女を止める事が出来なければ、勝利はあり得ません」
〈ローレント・アントリアム〉
異名は、荒野の荒牛。
その異名の通りに、右手に持った手綱で巨大な牛を乗りこなし相手選手を圧倒し、左手に持った|拳銃≪サンダラー≫で止めをさす。
人馬一体ならぬ人牛一体となり、フィールドで暴れまわる姿は、荒野の荒牛の異名通りであった。
ウェーブのかかった、サラサラとしたブロンドヘアー。
テンガロンハットに、胸部の膨らみにあわせ結ばれたシャツ。
ファンタジー世界でよく聞く、カウガールズやガンマンといったところだろう。
〈ジェニー・バーンズ〉
二つ名は、マシンガン・ジェニー。
マシンガン・ジェニーの二つ名の通り、両手に装備したマシンガンによる、圧倒的な火力で相手を制圧する戦術を得意としている。
彼女の名はジェニー・バーンズだが、その名で呼ぶものは、滅多にいない。
「野郎共!これが最後のワンプレーだ。持っているタマ、全て使いきれよ」
「お嬢、うちらは女で野郎じゃないっす」
「つべこべ言うんじゃねえ、お前らタマ持ってんだろ?それを、全弾ぶち込めってんだよ」
「へいへい、お嬢は言い方が下品で困るっすよ」
両手にマシンガン持ったジェニーが、やれやれといった仕草を見せる。
そうこうしている内に時間は過ぎ、最後のワンプレーが始まる。
カウガールズのプレーと同時に、|前線≪ライン≫ではナイナーズ、カウガールズの選手達が敵陣を崩すために、最後の猛攻を仕掛ける
フィールドには、ガッキッィンと鉄と鉄のぶつかりあう重い音が響き渡る。
ドワーフのキーンの体を覆い隠せるほどの巨大な盾と、巨牛の蹄鉄による攻撃を歯を食い縛りながら食い止める。
「よお、|キーン≪ベテラン≫このまま潰れてくれると、あたしとしては嬉いんだがな」
「けっ、無駄口叩いてる場合か?テメエの首へし折る為に、俺達はここにいるんだぜ。なあ、ジョーよ」
「はい、師匠!」
ジョーが、師匠と読んだキーンの背中を踏み台にし、高々とジャンプし舞い上がる。
飛び上がった勢いそのままに、上空からローレント目掛けて拳を打ち込む。
「なんだい|ジョー≪坊や≫?そのへっぴり腰は、んな攻撃簡単に・・・」
攻撃を避けようとした瞬間、後ろからの寒気に似た殺気を感じる。
「ちぃ!|ジョー≪坊や≫は囮、本命は |サラ≪嬢ちゃん≫かっ」
死角からの、首もとに狙いを定めた攻撃が、ローレントを追い詰めていく。
「ギリ、間に・・・合えぇぇぇ!」
サラの靴底に装着したナイフと|拳銃≪サンダラー≫がぶつかり合い、甲高い金属音が響き渡る。
サラの攻撃を何とか受け止めた彼女だったが、攻撃の影響で、ぐらりと体勢崩す。
その隙を見逃さず、両手に握られた無数のナイフを投げつける。
おいおい、ここで無数のナイフかよ。流石に間に合わない。
「お嬢!」
ジェニーのマシンガンの弾が、サラのナイフを弾き落としていく。
「た、助かった・・・ぜ、ジェニー・・・・・・」
ローレントに対し、波状攻撃を仕掛けるナイナーズの選手達。
彼女に止めをさそうと、サラが逆立ちになり、必殺技の準備に入る。
「回れ、回れ。我は舞い木枯らしとなりて、人を切り裂く。
人は血飛沫を上げ絶命す」
逆立ちの体勢から開脚し、自身を独楽のように回転させる。
「桜はその血を吸い、巨木となりて。
巨木となりし桜を前に、人々は酒を手に取り、桜を囲み舞い踊る」
高速回転をすると同時に、サラを中心に木枯らしが吹き上がる。
「回れ、回れ、|舞≪ま≫われ、我は舞う。
木枯らしは竜巻となり、全てを切り裂く。
サクラタイフーン!」
サラが引き起こした木枯らしは、瞬く間に竜巻となり、銃弾を弾いていく。
「出ました!本日二度目、サラ選手の必殺技、サクラタイフーン。
これでカウガールズに、引導を渡すのか」
「その通りよ!」
サラは試合を終わらせる為に、切り札のサクラタイフーンを繰り出す。
「お嬢、不味いっすよ。さっきもあの技で、二人も|ノックアウト≪持っていかれた≫このままじゃあ・・・・・・」
試合前半にサクラタイフーンで、仲間を倒された影響か、カウガールズの若い選手達は動揺を隠せない。
「ヒヨッコどもが!これくらいの事で、根をあげるんじゃねえ」
「んなこと言われても!?」
「それ以上無駄口叩いてると、ピー!(自主規制)から手突っ込んで、奥歯ガタガタ言わすぞ」
「あーもー、分かりましたよ!やればいいんでしょ!?ったく、ここ腹くくってやりますかねぇ」
「安心しろジェニー、あたしがあの竜巻を何とかする。だから、あとは頼んだぜ」
「ガッテン承知だ、お嬢!マシンガン・ジェニーの名にかけて、相手の|前線≪ライン≫を瓦解させる!」
まったく・・・出来るか分かんない約束をするなんて、あたしも焼きが回ったか?
いや、ジェニー達をその気にさせたんだ。
その責任は取らなくちゃーな。
「何が何でもあの竜巻、ぶっ潰す」
「さあ、あんた達の亡骸、桜の養分にしてあげる!」
くっ!?こいつの引き起こす風、触れただけで皮膚を切り裂く。まるでカマイタチの様だよ。
「まったく、日頃からモンスターと殺しあっている連中は、おっかなくて仕方ない。
冒険者上がりってのは、本っ当に厄介な奴らさ」
本日二回目のサクラタイフーンに、毒づくローレント。
「けどな、嬢ちゃん。プロが何度も必殺技食らっているんじゃぁ、|お飯≪おまんま≫の食い上げになっちまうんだよ!
モンスターと|人間≪プロ≫の違い見せてやるぜ」
そう告げると、ローレントの股がる巨牛は彼女を乗せ、空高く飛び上がった。
「な!?牛が・・・飛んだ!」
巨牛の跳躍で、空高く飛び上がったローレント。
ぽっかりと空いた竜巻の中心が、目にうつる。
「やっぱり竜巻の中心は、無風か。なら早い、ど真ん中にぶち込むだけだ!」
「荒野に鳴り響く雷鳴よ、眼前の宿敵を焼き尽くせ。|雷鳴の弾丸≪サンダーバレット≫!」
銃口から放たれた弾丸は、雷鳴となり空気を切り裂く。
竜巻の中心に到達した雷鳴は、サラの体を焼き尽くした。
「ちっくしょおおおっぉぉ!?」
雷鳴により致命傷を受けたサラ、体の回転は止まり、地面に倒れ込む。
「サラ!」
その姿を見たジョーは、思わず彼女に気を取られる。
「甘いんだよ坊や!試合中に、よそ見してんじゃないよ」
空から落ちてきた巨牛の後ろ蹴りが、ジョーの顎を直撃し、吹き飛ばされた。
|前線≪ライン≫の二人が動きなくなったこの隙を、ローレントが見逃す訳がなかった。
「野郎共、最後の仕上げだ。バレットダンスの始まりさぁ!」
「Yaahooo!」
「マシンガン・ジェニーの名は、伊達じゃないんだよぉぉぉ」
待ってましたと言わんばかりに、ジェニーのマシンガンが、火を吹き上げる。
それに続けと残りの選手も一斉に、火器の引き金を引く。
「不味い!?このままでは、障壁が持たない」
弾丸の雨あられに、悲鳴とも思える叫びを上げるスズネ。
マシンガン・ジェニーの二つ名を持つ彼女の前に、スズネの障壁が打ち砕かれ、選手達は深刻なダメージを受けていく。
「さあ、撃って、撃って、撃ちまくれえぇぇ!」
ローレントの|喚声≪かんせい≫に乗せられていく、カウガールズの選手達。
彼女らの心は奮い立ち、バレットダンスのに気負いは更に増していく。
試合終盤まで持ちこたえた、ナイナーズの|前線≪ライン≫。
だが、崩壊の時を迎えようとしていたのだ。
ナイナーズの選手が一人、また一人と倒れ、カウガールズの選手達が敵陣を突破する。
「ああー、何とか持ちこたえてきたナイナーズの|前線≪ライン≫が、総崩れを起こしてしまった。しかし、最後のワンプレーです。何とか耐えて、3試合振りの勝利を手にしてください!」
瓦解するナイナーズを目の前に、ホーム専属のアナウンサーが、思わず悲鳴をあげる。
「あとは頼んだぜ、姉さん。このボウルを、エンドゾーンにぶちこんでくれ」
カウガールズの選手達の想いを乗せたボウルを、|QB≪クォーターバック≫が投げ込む。
そしてそのボウルを、ローレントがガッチリと掴み捕る。
土煙を上げ疾走する、ローレントの巨牛。
彼女らは、エンドゾーンを目刺し、フィールドを突っ走る。
そうはさせじと、カズミは最後の力を振り絞り、ローレントの前に立ち塞がる。
「さあ、ナイナーズの最終ラインには、あのカズミ・サワタリがいます。
再三のピンチも彼の活躍で、最小失点で切り抜けて来ました。
カズミとローレントのマッチアップ。
このプレーを止めれば、時間切れでゲームセット。
ナイナーズの勝利です、頼む何とか止めてくれぇぇ!?」
「そこを退きな、|カズミ≪ルーキー≫」
マナを消耗してきたカズミは、ぜぇぜぇと息をし、苦悶の表情を見せる。
彼はイリーナの穴を埋めるべく、攻守のどちらにおいても、献身的なプレーを続けてきた。
だがそのプレーが、彼の体力を、根こそぎに奪い取った。
マナ切れを起こし、今にも倒れそうだったのだ。
「最後のプレー・・・なん、だ。ここを・・・止め・・・・・・」
彼の意識は途切れ、バタリと地面に倒れこんだ。
呆気ない幕切れであった、マナ切れをカズミを振り切り、ローレントはタッチダウンを決めた。
「タッチダウン、カウガールズ!」
タッチダウンと同時に、主審がホイッスルを吹く。
フィールドに響き渡るホイッスルの音色は、ホームのファン達を絶望に叩き落とした。
「勝者、ダリル・カウガールズ!」
「閉まらねえ幕切れだったな・・・カズミ・サワタリ。今度は楽しませてくれよな」
あと少しだった。あと少しで、勝利を掴み捕るはずだった。
だが、目前で勝利の女神はソッポを向き、スルリと逃げていった。
ナイナーズのファンからは、ため息が漏れる。
一方カゼカミの地まで遠征に来ていた、カウガールズのファンは、喜び、叫び声をあげる。
両者のチーム状態を、如実に示していた。
「試合終了です。第4節のブラウニーズ、第5節のファイヤーズ。
そして今日のカウガールズと負け続け、3連勝の貯金を、全て吐き出してしまいました。
ですが、今日の試合は希望を持たせてくれる1戦となりました。
次節のナイトメア・ラウンズ戦こそ勝利し、連敗を止めてほしいものです」




