第3節8話 決着の時
オリオールドームでの一戦は、異様な雰囲気に包まれていた。
試合中だと言うのに、観客や応援団、しまいには球場の専属アナウンサーまで黙り混んでいる。
ドーム内は、ヘッドコーチや選手同士のコミュニケーションと、プレーによる音だけが鳴り響くと言う、ファンタズムボウルでは珍しい光景が繰り広げられていた。
何故、この様な事態になったのか。と言うのも、ほとんどのファンが、トウカとイリーナのバトルに見とれていたのだ。
他の選手達のプレーはそっちのけで、二人のバトルを、一挙手一投足、固唾を飲んで見守っている。
その空気を察したチアや球場の専属アナウンサーは、空気を壊すまいと、こちらも黙り混み静観に徹する。
唯一この状況で、平常運転なのは、テレビ向けの実況をする、テレビ局のアナウンサーくらいだろうか。
トウカとイリーナのバトルは、両者が血飛沫を浴び、お互いの全身を真っ赤に染めていく。
トウカの滅殺の刃は、旋風を引き起こし、イリーナの灼熱の鉄杭は熱気を発生させる。両者の血飛沫、旋風、熱気は合わさり、血炎の渦を発生させる。それは、フィールドの一画に創られた、二人だけの世界であった。
「フッ、これぞファンタズムボウル。喉がひりつくような、緊張感。この全身を熱くする、この熱気。そして、私の心を燃え上がらせる、熱い展開。やはりファンタズムボウルは、最後のスポーツだな!」
前半からトウカの剣術に圧倒され、イリーナの体はボロボロであった。しかし、彼女の顔には悲壮感はなく、むしろこの状況を楽しんでいたのだ。
「神聖なフィールドでの試合だと言うのに、何故貴様は笑っていられる!」
「何故だって?楽しいからに、決まっているだろう!」
「楽しい、だと?」
「ああ、そうだ。このスポーツは、小さい頃から触れてきたが、これほど心を熱くし、私を楽しませるものは無かった。私にとって最高の趣味であり、人生を捧げるに相応しい娯楽だ!」
「スポーツは最高の趣味で、人生を捧げるに相応しい娯楽だと・・・ふざけるな!スポーツとは、辛く苦しいものだ!練習が終わり、安堵の表情を見せれば〈練習中に白い歯を見せるとは何事だ!〉と罵られ、殴られる。私の抜刀術は、苦労に苦労を重ねて会得した物だ。楽しいと思った事など、一度も無い!」
「それは貴女が、指導者に恵まれなかっただけだ!」
「だ、黙れぇぇ!」
彼女達は、〈己が進んできた道のり〉、〈信念〉が正しいと証明するため、持てる力の全てを、相手にぶつける。
自身が正しい事を証明する方法は、ただ一つ。
相手に勝利し、この試合に勝つ事だ!
ここまでバトルを優位に進めてきたトウカだが、違和感を覚える。
「おかしい、何故イリーナは倒れない。前半からラッシュをかけ、膨大なダメージを彼女に与えているのに。
もしや、戦略を誤ったと言うのか?気づけば、私も攻撃を被弾するようになってきた。雲行きが・・・怪しくなってきたな」
早期決着狙ったトウカは、前半から飛ばしに飛ばしていた。だが、イリーナは何度も立ち上り、止めを刺すことが出来ない。
早期決着と言う目論見が外れたトウカは、オーバーペースが祟ってか、ここに来てぜえぜえと息を切らし、技の精度落ちている。
持ち味でもある、相手との抜群の距離感も、狂い始めていた。そのためか、致命傷はおっていないものの、徐々に体は傷だらけになっていた。
ぜえぜえと息を切らし、苦しい表情のトウカに対し、イリーナは宝物を見つけた子供の様に、イキイキとした表情を見せる。
「お前の言う通りなら、私たちはファンタズムボウルを楽しんではいけない事になる。それでいいのか?」
「・・・」
イリーナはトウカに問うが、彼女からは答えは返ってこない。
「私たちは、ファンやこの世界の神々を楽しませる為にもプレイをしているんだ。ならば!私達が楽しまなくて、どうする。そんなことでは、引きこもりの神様を天岩戸から引きずり出せないぞ!」
「戯れ言を言うなぁ!」
イリーナの言葉に怒りを覚えたのか、トウカは強引は承知の上で前に出て、イリーナに切りかかる。
強引な攻めは、イリーナからのカウンターを受ける恐れがあるため、本来は控えるべきものだった。
だが強引な攻めは、トウカに好機をもたらす。
致死量クラスのダメージを浴び続けたイリーナには、それを回避する力は残っていなかった。
回避を試みるも、体が思うように動かないのだ。
「駄目だ・・・回避が、間に合わない」
イリーナはトウカの刃を回避し損ね、胸部から大量の出血をし、顔から地面に倒れこむ。
「これで終わりだ。あれだけの出血をすれば、流石の貴様も、立ち上る事は出来ないだろう」
イリーナを倒した、トウカは血を太刀からふるい落とし、鞘に納める。
「これで・・・勝ったとでも、思った・・・か?私・・・は、負けて・・・いな、いぞ」
イリーナは立ち上がった。刃により傷つけられた胸部は、血だらけであるものの、自己治癒の魔法によりふさがり始めていた。
「ひぅっ!」
これに動揺したのは、トウカであった。思わず、言葉にもならない悲鳴をあげてしまう。
「どうした、トウカ!お前の抜刀術はこんなものなのか?」
先程まではバトルを有利に進めていたトウカであったが、顔には焦りと恐怖がにじみ出ていた。ここまで圧倒をしているのに、イリーナを戦闘不能にする事が出来ず、徐々に焦りを感じ始めていた。
「何故だ!イリーナには、致命傷となる一太刀を、何度も浴びせている。だが、彼女は何度も何度も立ち上がり、私に迫り来る。このっぉ、化け物がぁぁ!」
トウカにとって、目の前で起きている事は、悪夢でしかなかった。今まで対峙してきた相手は、例外無く、一太刀で斬り捨ててきた。
しかし、イリーナはゾンビの如く、何度致命傷を食らっても立ち上がるのだ。
「倒れろ・・・倒れろ、倒れろ倒れろ、倒れろ・・・倒れろぉぉぉぉぉ!」
この悪夢の様な光景に、トウカは平常心を保てなくなっていた。もし彼女が、選手として数年の経験があれば、今回の様な事態でも、もう少し冷静でいたであろう。
だが彼女は、今日の試合が三試合目のルーキーなのだ。自身の経験不足が余裕を奪い、徐々に追い詰められていく。
「こんな攻撃では、イリーナを倒せない。もっと、もっと前に出て、さらにペースを上げるんだ!」
早くイリーナを倒そうとトウカは、焦って前に出て攻め混む。
だが、焦って攻め混めば攻め混むほど、イリーナの攻撃を被弾し、ダメージも蓄積をする。
当初のプランでもある、速攻で倒すことも出来ず、得意のヒットアンドアウェイに至っては、見る影も無くなっていた。
試合序盤には無かった隙が、トウカに生じ始める。
「おい、トウカ!いくらなんでも、前に出すぎだ!それにオーバーペースのせいで、ダメージも貰いすぎている。少しは後ろに下がって、ペースを落とせ!」
アーソンはインカムで、トウカに呼び掛けるものの、彼女から応答はない。
「あー、不味いぞ・・・トウカが焦って、前に出すぎている。万が一のラッキーパンチを食らおうものなら、打たれ弱いトウカは頓死するかもしれねえ。さっきからインカムで呼び掛けても、ぜんぜん応答しないし。最後のワンプレーだ。頼むからもってくれよー」
アーソンの願いが天に届いたのか、フィールドに甲高いホイッスルの音が響き渡る。
「第三クウォーター終了です!」
コールが鳴り響くと同時に、ルイスは二人の間に割ってはいる。トウカが勢い余って攻撃をしそうになるが、この事態を予期していた甲斐もあり
、今度はダメージを受けることもなく二人を止める事に成功する。
「二人とも、第三クウォーター終了です。ご自身のチームの元へ、戻ってください」
「イリーナ!戻ったよ」
「カズミ、か。何とか・・・ここまで耐えた、ぞ」
バタンッ!
カズミの顔を見て安心をし、気持ちが切れたのか、イリーナは仰向けに倒れこんでしまった。
アーソンは腕を抱え、ロッカー内の同じ場所をぐるぐると歩いている。
さて、トウカにどう声をかける。
アーソンは、項垂れるトウカに何を言えば良いのか、迷っていた。
トウカも、グチャグチャになった頭の中を整理しようと、必死に考えていた。
試合の前半は、イリーナを圧倒していたにもかかわらず、倒しきれなかった。
トウカの中に、一つの思いが浮かび上がる。
「私はイリーナよりも、弱いのではないか?」
ピュアアスリートとバトルアスリートと言う、専門性の違いがあるものの、一対一でのバトルでは、トウカは一日の長がある。
ましてや彼女は、バトルアスリートの世界チャンピオンなのだ。
スポーツに特化したピュアアスリートに、遅れをとる等、あってはならない。
だが現実には、トウカはイリーナを倒せなかった。
倒せないどころか、第三クウォーター終了間際には、イリーナからの反撃を受け余計なダメージを受けていた。
答の出ない自問自答を続けるトウカに対し、かける言葉の浮かばないアーソン。同じ場所を、ぐるぐると回り続ける。
トウカのやつ、イリーナとバトルが尾を引いてる。
こりゃートウカの心は、ポッキリとへし折られているな。実力は超一流だが、選手としての経験とメンタルは、まだくちばしの青いヒヨッコだ。
それに比べてイリーナは、精神的な駆け引きで優位にたっている。実力差を見せつけられ、体もボロボロにも関わらず。
こればっかりは、経験としか言い様がないからなー。
加えて、何度倒れてもイリーナは、不屈の精神で立ち上がる。そしてこの追い詰められている状況すら、楽しんでやがる。
イリーナの強みは、ファンタズムボウルを心から愛し、楽しんでプレイ出来ることだ。
それが、トウカには無い。
スポーツを楽しむものか、苦しみ耐えるものか、二人が育って来た環境が、こうまでもプレイに影響を与えるとはな。
「アーソンさん。私のどこが、イリーナに負けているのですか?教えてください」
言えねぇ、言えねぇよ・・・それを今言ったら、トウカが積み上げてきたものを、全否定しちまう。俺はなんて声をかけたらいいんだ!
「トウカ、私は・・・」
たまりかねたエリーがトウカに声をかけようとする
「待て、エリー。ここはアーソンさんに任せるんだ。俺達が苦み、追い詰められている時は、いつもあの人の言葉に助けられた。なら、トウカのこともアーソンさんに任せるべきだ」
「わかった。ここはアーソンさんを、信じましょう」
ウィリアムの期待を一伸に背負うアーソンだが、彼は口を真一文字にし、うんうんと唸り続ける。
で、俺はトウカになんて答える。何かひと声でもかけないと・・・
「トウカ!」
「はい!」
「えっと・・・あのだ。トウカの見えざる刃、どんな仕組みなんだ?」
「え?」
あー、俺は何を言っているんだ。トウカの求めていた答えじゃないだろーが!
アーソンも相当テンパっていたのか、見当違いの回答をしてしまう。この回答にトウカは、キョトンとするしかなかった。
「見えざる刃?ああ、〈燕返し〉の事ですね。では、スローモーションでお見せしますね」
するとトウカは、左手で小太刀を手に取り、アーソンの前で空を切って見せる。
「これが、サカザキ流抜刀術、〈燕返し〉です」
「え?普通に刀を振るっただけ?」
「はい、本来の燕返しは刀身を視認出来ない様にし、相手を切り捨てるものなのです。この様にね」
トウカはふたたび〈小太刀〉抜き、アーソンの目の高さで止める。
そして、地面に対して水平だった〈小太刀〉を徐々に角度を変え、垂直にしていく。するとどうだろう。刀身が|風景と同化〈・・・・・〉し、消失したのだ。
「このように燕返しとは、刀身を風景と同化させ、切りつけるもの。姉は実戦でも刀身を上手く消すことが出来ます。ですが、私には出来ませんでした」
「ですので、刀身を消す方法として、目に見えないスピードで切りつける事を選択しました。正直美しさの欠片もない、ただの力業なので、私は納得出来ませんけどね。燕返しについては、以上です」
「す、す・・・」
「す?」
「すげえじゃねぇか!」
アーソンは、子供が未知の物を発見したかの様に目を輝かせ、トウカの手を掴みブンブンと手を降る。
「本来の〈燕返し〉は、|動作〈モーション〉が見えるだろ?」
「え、ええ。刀身を消すことは出来ますが、それ以外は普通の抜刀ですから」
「でもお前の〈燕返し〉は、予備動作も無く
相手が切られるまで分からねぇ、凄い代物だぞ!本来の〈燕返し〉は美しい?それがどうした!お前は本家を越える、新しい〈燕返し〉を開発したんだ」
「新しい〈燕返し〉・・・」
「そうだよトウカ。やっぱり、お前は凄いやつだよ!」
トウカは自分の技を、ここまで誉めて貰った事は無かった。それは、人生初の経験だった。
「こんな凄いスキルを編みだし、相手を切り捨てる事が出来るんだ。お前が、イリーナに負ける訳がねぇ!」
「ひっく、ぐず、ずっ」
ここまでアーソンの言葉聞き続けていたトウカだが、突然泣き出してしまった。
「あー!アーソンさんが、トウカを泣かせた」
泣き出したトウカを見て、エリーゼがアーソンを茶化し始める。
「まて!俺は何も言っていないだろ!て言うか、何でトウカは泣いているんだ!?」
「すみません・・・誉めてもらえたのが、凄く嬉しくて・・・私、いままで誉めてもらえた事が、一度も無かったから・・・」
トウカにとってこれまでの人生、殴られ、罵倒をされたた事しかなく、ここまで誉めてもらえたのは初めてであった。だからこそ、アーソンから誉めてもらえた事は、彼女にとって、この上ないよろこびだったのだ。
「なるほどな、嬉し泣きか。突然泣き出したから、心配したぜ」
「あの、ごめんなさい」
「まー、人生いろいろあるだろうが、昔は昔、今は今。これから楽しい思い出を作っていこうぜ!」
目を真っ赤にしたトウカに、やさしく話しかけるアーソン。
「はい」
「頼んだぜ、トウカ。今日の試合に勝って、みんなで勝利の美酒を、味わおうや。よし、最後の第4クォーター、気合い入れていくぞ!」
「「はい!!!」」
先ほどまでの落ち込みようとはうって変わり、元気を取り戻したトウカ。このチームでの勝利の勝利を求め、元気よくフィールドへ飛び出していく。
同時刻、ナイナーズロッカールーム
慌てた様子の医療スタッフが、ロッカールームに駆け込む
「大変ですクラリスさん。医療機関に申請していた血液、全てキャンセルされました」
「何が起きたんだ!」
「何でも、工事中の事故で大勢の怪我人が出て、そちらに輸血を回したと」
「そんなわけ無いだろ!頼んだ血液は稀血なんだ。普通の怪我人が、使うものじゃあない。しかも、三人分の血液だぞ」
「クラリスさん。もしかして、国のトップから圧力がかかったのでは?」
「かもな。えげつない妨害をしてくる奴等だ。これくらいの事、造作もないだろうさ。しかし、参った。患者から稀血を奪うことがないように、医療機関にストックしておいたのが、裏目に出るとは」
「クラリスさん。イリーナの血液型って、何て名前の、稀血なんですか?」
「・・・」
カズミの問い掛けに、黙り混むクラリス。
「クラリスさん!」
「お前、自分の血液を輸血しろと言いたいのか?」
「ええ。この間、彼女から聞きました。僕と同じ型だと」
「駄目だ。数人分の血液で、イリーナの出血を補うならまだ分かる。だが、お前一人の血液で、イリーナの出血を補うのは反対だ」
「でも、イリーナが苦しんでいるんです」
「だから、病院に搬送する。フィールドを離れた選手なら、輸血をさせてくれるはずだ」
「お願いです、クラリスさん!お願いだから、僕の血液を、イリーナにあげてください!」
今にも泣き出しそうな顔で懇願をする、カズミ。
「頼むから、その泣き顔で迫るのは止めてくれ。あー、わかった、わかったよ!今回だけだからな。だから、泣くのを止めてくれ。
だが、急速な輸血だ。最悪の場合、イリーナと共倒れになる可能性もあるからな」
カズミの懇願に観念をしたのか、彼の要望に渋々と応じるクラリス。
「あの、ワガママを言って、ごめんなさい」
「ワガママを聞き入れたのはあたしだ。それ以上は言うな。よーし輸血するから機材を持ってきてくれ。あとカズミの血液が、輸血に適しているか、チェックもしてくれ」
「カズ・・・ミ、クラリスさん。申し訳・・・ない」
血液が不足し、苦しい表情を見せるイリーナ。顔は青白く、息も絶え絶えだった。
「礼なら、カズミに言ってくれ。あたしはドクターとして、普通の事をしているだけだ」
「カズミ、ありが・・・カズミ?」
「あ、ああ。大丈夫、だよ・・・」
カズミは大丈夫と言っているが、何故か顔色が悪い。
「カズミ?」
「・・・」
「もしかして、注射針射たれると、気持ち悪くなるタイプか?」
コクリ
「うーん。カズミが苦しまずに、注射できる方法かー。よし!」
するとクラリスは、白衣の内側から鍼を取り出し、数本の鍼を、指と指の間に挟む。
「え!?クラリスさん。それ打つの」
「もち!」
「え、ちょっと待って」
トストストスン!
注射針を打たない右手を中心に、何本もの
鍼を手際よく刺していく。
「あれ、痛くない」
「痛くない様に、打ったからな。もっと上手い奴がやると、鍼が刺さった事を感じないくらいになるんだがな。あたしはその域には達していない」
刺された部分をまじまじと見つめるカズミ。
「よーし、準備OK。輸血を開始する」
クラリスはカズミに注射をしていくが、彼の顔色は変わらない。平常、そのものだった。
「注射されても気持ち悪くならない。これって、どういう仕組みなんですか?」
「ふっふっふ。東洋の神秘とでも、言っておこうか」
「東洋の神秘、か」
「お、イリーナの容体も安定してきたな。これなら、次のクォーターも出場出来るな」
「クラリスさん、カズミ。申し訳ない」
輸血を容体が安定してきたイリーナ。
途切れ途切れだった会話も、今では滑らかなものだ。
「輸血をしたから容体は安定しているが、無理は禁物だ。絶対に禁物だからな!」
「二度も言わなくても・・・」
「いーや、二度も言う。お前たちはあたしの心配をよそに、無茶をするからな!」
「返す言葉もありません・・・」
「わかってくれて、何より。あと、カズミもだ。短期間で、結構な量の血液を抜いたんだ。絶対に無理はするなよ」
「はい」
「とりあえず、カズミの負担が減るように、誰かにサポートをさせないといけないか」
「でしたら、私が出ます」
ここでカズミのサポートに名乗りあげたのは、スズネだった。
「スズネ。プレイをしても、大丈夫?」
「先ほどまで死にかけていましたが、もう大丈夫です。ご心配を、お掛けしました」
「しかし、スズネをこのまま復帰させてよいものか・・・」
スズネをこのまま復帰させてよいものか、悩むクラリス。
「私に出場させてください!」
クラリスの目の前に、ずずいっと出るスズネ。何がなんでも出場したいと言うオーラが、彼女からあふれでていた。
「そこまで元気なら、体の心配は無いだろう。オヤジ、第4クォーターから、スズネは復帰させて大丈夫だ」
「クラリスのお墨付きだ。スズネには、最後まで出場してもらうぞ」
「クラリスさん。ゴルドさん。ありがとうございます。セイントナイツが、向こう十年は勝てないと思わせるくらいに、メッタメタの、ギッタギタに叩き潰してきます」
「お、おう。ずいぶんと気合いが入っているな・・・」
彼女の物騒な物言いに、少々驚くゴルド。
「もしかして、国のトップが言った事、根に持っているのか?」
「ええ、とても」
この時メンバー全員は思った。スズネは絶対に怒らせてはいけないと。そして、この怒りがセイントナイツに向けられていることに、相手選手への同情を覚えずにはいられなかった。
休憩時間も終わり、第四クォーター開始を前に、フィールドに戻る選手達。
泣いても笑っても、これが最後の十五分。試合終了へのカウントダウンが動き始める。
休憩時間も終了し、フィールドへ飛び出していく選手達。
そのなかでもトウカは、勢いよく飛び出す。試合の開始が、待ちきれない様子であった。
「これほど心穏やかに、人前に立った事があっただろうか。否!アーソンさん、みんなのお陰だ。この試合に勝って、みんなで勝利を分かち合う!」
第四クォーターの開始を告げる、ホイッスルの音が響き渡る。
それと同時に、イリーナとトウカのバトルは幕を開ける。
「不味いな。ここに来てトウカは、さらにペースを上げてくるとは」
最初にバトルの主導権を握ったのは、トウカだった。第三クォーター終盤の不調が嘘のようになくなっていた。
「非常に苦しい状況だが、嘆いてばかりは要られない。突破口が無いのなら、新たに作り出すだけだ!」
突破口を見出だす為、イリーナが突進をしようとした瞬間、トウカは目の前から消えていたのだ。
気づいた頃には、トウカはイリーナ懐に潜り込んでいた。
今までも神がかり的な速度の突進を見せていたが、今回の突進は、それを上回っていた。
「サカザキ流抜刀術。〈舞い燕〉!」
〈舞い燕〉こと、消える突進を前に反応出来る訳もなく、イリーナは至近距離でトウカの斬撃を浴びてしまう。
しかしイリーナも、やられているばかりではいられない。反撃を試みようと拳に力を入れるが、既にトウカは、イリーナの攻撃範囲から離れていたのだ。
獲物を狙う燕が急降下し、獲物を捕らえると同時に急上昇する。
それは、大空を華麗に舞う燕そのものだった。
トウカの抜刀術は今日一番の冴えを見せていた。気負いや恐怖から解き放たれた彼女は、もう止められない!
ピピーッ
ここで第四クォーター最初のプレーが終わり、両者は自分のポジションに戻っていく。
「終盤に来て、抜刀術は冴えを見せ、持ち前のヒットアンドアウェイも復活。先程はスキだらけで、反撃の機会もあったのだが、建て直してきたか。流石は世界チャンピオンといった所か。やはり手強い相手だ。だからこそ!倒し甲斐があると言うものだ!」
「近かせるか!サカザキ流抜刀、《燕落とし》!」
トウカは自身の身長を上回る〈大太刀〉を、軽々と振り回す。〈大太刀〉のリーチを生かした無数の刃は、イリーナが近づく事を許さない、はずだった。
「やはりな。太刀以外の攻撃は切れ味も鋭く、皮膚を切り裂くが、どれも軽い
邪魔であっても、致命傷を負う攻撃ではない!」
イリーナは、〈燕落とし〉による追撃をものともせず、ジリジリとトウカに近づいていく。
「確かに、お前の言う通りだ。小太刀も大太刀も、貴様を切り捨てるには軽すぎる。だが、それがどうした!必殺の〈飛燕〉は、重く鋭い斬撃だ。もう一度受ければ、只では済まない」
「ならば、やってみろ!」
イリーナはガードを放棄し、トウカに突進かける。
ガードを放棄したイリーナは、無数の刃を浴び全身を鮮血に染める。だが、彼女は止まらない。
トウカとの距離を詰めるべく、突進を止めることはない!
「サカザキ流抜刀術、〈燕返し〉!」
予備動作無しの見えない攻撃は、イリーナの体を切り裂く。
〈燕返し〉を受け、減速をするが突進は止まらない。
「くっ、この間合い!?これでは〈飛燕〉を放てない・・・」
〈燕返し〉から、必殺の〈飛燕〉コンボが決まると、誰もが思った。だが、〈飛燕〉が放たれる事は無かった。
トウカは、バックステップで、後退していたのだ。
それと同時に。ファーストダウン終了のホイッスルが鳴り響く。イリーナとトウカは、セカンドダウンにそなえる為、それぞれの|持ち場〈ポジション〉へ戻っていく。
第四クォーター、残り時間13分。
もはやイリーナの体は、限界を迎えていた。出血多量により意識が朦朧とし、体も思いように動かない。そんな彼女を支えていたのは、一つの思いだった。
〈トウカに勝ちたい!〉
イリーナは、ファンタズムボウルを愛し、楽しんでいる人間だが、同時に負けず嫌いな人間でもあった。
楽しむ心と勝ちたいと思う心。この二つの思いがあるからこそ、ボロボロ体でも、フィールドに立ち続けられるのだ。
「ゴホッ!?ダメージを受けすぎたせいか・・・視界がぼやけている」
イリーナの口からは、泡混じりの血を吐き、視界もぼやけていた。
「イリーナ!もう無理だよ」
「だろう・・・な。次の攻撃で、私が勝とうが負けようが、最後になりそう・・・だ」
「これ以上プレーを続けたら、イリーナの体が壊れちゃうよ!」
「心配してくれて・・・ありがとう。でも、最後までやらせてくれ」
「でも、こんな状態じゃ・・・」
「カズミ。私一人では、トウカには・・・勝てない。だが、お前の力があればトウカに勝てる可能性が・・・出てくる」
「僕の力が必要って言われても、無理だよ。現状では何も出来ないよ・・・」
「では、言い方を・・・変えよう。〈私は、お前の全てが欲しいんだ!〉」
「え?」
「後は、頼んだ・・・ぞ」
「私は、お前の全てが欲しいだ!」か。全く、意味がわからないよ。でも、僕は求められたんだ。その思い、答えて見せる!
イリーナは、次のプレーで限界だろうな。適度にいなして、倒れるのを待つか。否!それだけは、あり得ない!
彼女は一人の戦士として、正々堂々と私に立ち向かっているのだ。先程のように、後ろに逃げるなど「言語道断!」最後まで戦いたいと言う、熱き思い。その全て、受け取って見せる!
主審のコール前に向かい合うイリーナとトウカ。
主審のルイスが笛を吹き、試合が動き出す。
笛の音が響き渡ると同時に、イリーナは突進をかける。
それに対しトウカは、一歩も動かずイリーナを迎え撃つ。いわゆる後の先を狙っている様だ。
イリーナからの要請を受け、援護を試みるカズミ。
どうする。トウカの〈見えざる刃〉を、打ち破る術はないし。何も出来ないのなら、せめて強化魔法でイリーナの援護をするしか・・・
バチ、バチバチッ!
何かが焼けるような音が、カズミの耳元にとどく。なんの音だろうと考えた瞬間だった。
周りの全てが、スローモーションになったのだ。
それは自分だけが時の流れに逆らい、支配しているかの様な感覚だった。
「な、なんだこれは!周りのもの全てが、ゆっくりと動いている。でも、これだけゆっくりに見えれば、〈見えざる刃〉に対処出来るかも知れない!」
カズミは、抜刀の準備をしたトウカを凝視する。
「何か、〈見えざる刃〉の予備動作や癖があれば、」
トウカが僅に左手を震わせ、抜刀の準備をしている。これだ!これが〈見えざる刃〉の、予備動作だ。
ビデオで何度みても分からなかった〈見えざる刃〉だが、ついに|予備動作を発見したのだ〈・・・・・・・・・・・〉
「上条式式紙!式紙、邪よこしまなる物を吹き飛ばしたまえ!」
カズミは詠唱を始めるが、自分でも信じられないスピードで発動する魔法。
「詠唱から発動までが早い!これなら間に合う」
この土壇場で、無意識のうちに高速詠唱を成功させたのだ。
本来なら見えない、〈見えざる刃〉の予備動作。そして、無意識に成功させた、高速詠唱。この二つが合わさった時、トウカの〈見えざる刃〉が、破られるのであった。
ガキィィン!
小さくも狂暴な暴風は、トウカ〈小太刀〉を弾き飛ばす!
「な!?この竜巻、カズミか!」
だが、カズミの妨害を気にしている暇はない。何故なら、眼前にはイリーナが迫っているのだ。
「我が鉄杭は、全てを貫く」
「このタイミングでは・・・燕返しが、間に合わな・・・いや、間に合わせて見せる!サカザキ流抜刀術」
「そしてこの身に宿りし炎は、全てを焼きつくす!その身に刻め、バーニングステーク!」
「飛燕・・・ごふっ」
「くっ!」
イリーナは飛燕を浴び、右肩を負傷するが、灼熱の鉄杭はトウカの体を貫く。
致命傷の証か、トウカの口元と胸部からは、出血が止まらない。
「ブレイクッ!」
そして鉄杭は、トウカの体を焼き尽くした。
「み、見事な・・・連係だ。イリーナ・バニング・・・」
バーニングステークで胸部を貫かれたトウカは、イリーナを称える言葉を残し、フィールドに突っ伏す。
「お前こそ見事だった、トウカ・サカザキ。これ程熱くなれるバトルが出来たこと、ここに感謝する」
トウカを貫いた鉄杭を引抜き、右手でガッツポーズを見せる。
「ウォーッ!」
先程までの静寂が嘘のように、ドーム中に歓声が響き渡る。
「カズミ!最高のアシストだ。お陰で・・・」
プツッ!
しかし次の瞬間、|何かが切れる〈・・・・・・〉嫌な音がし、イリーナは右手をだらりと下げる。
何らかの負傷をしたと判断したクラリスは、主審に許可を取り、一目散にイリーナの元へ駆けつける。
「どうしたんだ、イリーナ」
「あ、あ・・・右肩が・・・」
「おい、急げ!担架を急いで持ってくるんだ!」
「クラリスさん。右肩が、右肩が・・・」
普段は痛みを訴えないイリーナが、顔を歪め痛みを訴える。
「大丈夫だイリーナ。今はゆっくりと、眠るんだ」
クラリスは、転んで泣き叫ぶ子供をあやすかのように、イリーナ頭を優しく撫でる。
トスン!
クラリスはイリーナの頭を撫でながら、睡眠の魔法をかけた鍼を、彼女の首もとに打ち込む。
鍼の効果があったのか、イリーナは瞳を閉じスヤスヤと寝息をたて始める。
「クラリスさん。イリーナは」
「病院で検査をしないと、としか言いようがない」
「そうですか・・・切られた右肩、重症出なければいいな」
「しかし、トウカ・サカザキってのは恐ろしい奴だよ。あのどうしよもない状況から、相討ちに持ち込むとは」
イリーナの勝利かと思われたバトルは、両者痛み分けの、引き分けであった。
担架に運ばれる両者に対し、ファンの惜しみ無い拍手が響き渡る。
残り時間10分と言う所で、タイムアウトを宣言するナイナーズ。
カズミとゴルドの元に、選手達は集合する。
「残り時間10分で、セイントナイツとは14点差。タッチダウン2回で、12点とって。キックやフィールドゴールで、3点以上取らないといけないのか」
よいアイディアが出ないのか、カズミは腕を組み、険しい表情をする。
「イリーナ無しで、無失点に押さえながら、大量得点を寝らはなければならない。かなり苦しい状況ですね」
「うーん何か良い手は無いか・・・」
うんうんと悩むカズミだが、目の前にいたスズネを、じっと見つめる。
「カズミ。私の顔に、何かついていますか?」
しかしカズミは、彼女の疑問に答える事は無い。
「もしーもーし」
カズミの前で、手を振るスズネ。だがカズミは、彼女の顔を、じっと見つめる。
暫く考え込み、タイムアウトの残り時間が無くなってきたときであった。
カズミはポンッと手を叩く。
「みんな集まって、今から話す事を実行して欲しい」
ナイナーズのメンバーは、カズミを中心に置いて、円陣を組む。
「以上が、この試合に勝利する為の作戦です」
カズミの作戦を聞いたメンバーは驚き感心するばかりの者が殆どであった。スズネを除いて。
「スズネ、大丈夫?」
「カズミ。貴方と言う人は平気な顔をして、無茶な事を言うのですね・・・」
「無茶は要求してないよ。スズネには、練習でやっていた事を実行して貰うだけなんだから。それに、この作戦で一番大変なのは、僕だからね!」
「分かりました。カズミが一番大変な事をするのに、弱音をはいていられません。試合では、一度も試した事はありませんが、かならず成功させます。どうか、大船に乗ったつもりいてください」
「一番大変なのは僕だから」と言う言葉に、観念したのか、スズネはカズミの提案を了承する。
「しかしこの作戦、失敗したらごめんなさいではない、二段構えの作戦なのはいいな!」
カズミの作戦にクラリスは、ただ感心する。
「だって、失敗したらごめんなさいな作戦じゃあ、作戦と呼べないでしょ。予定した作戦が失敗した場合ても、もう一つのプランで対応出来るようにしなきゃね!
じゃあ、オフェンス陣のみんな。作戦の通りに、死物狂いで、相手のエンドゾーンに、攻めこんで欲しい!頼んだよ」
「「「オォォー」」」
「さーて、残り時間10分で14点差。このまま逃げ切る・・・何て考えは、うちのチームの柄じゃねぇな。いいかお前ら!ナイナーズは死物狂いで、エンドゾーンに攻めこんで来るはずだ。それに対し、俺達はカウンターを仕掛ける。シンプルな作戦だが、全力で攻めこんでくる相手にはよくハマる!」
「「「ハイッ!!!」」」
「トウカが必死の思いでイリーナを潰し、相討ちに持ち込こんでくれたんだ。この試合必ず勝つぞ!」
第4クォーター9:59 サードダウン 残り40ヤード 7対21
セイントナイツは、残り40ヤードと言うところまで迫っていた。
「エリー!ここは二人で、|前衛〈ライン〉を崩すぞ!」
「わかったわ!ウィリアム 」
ウィリアムとエリーは、自陣の中盤から敵陣の|前衛〈ライン〉に対し、五月雨の如き攻撃を加える。
五月雨の如き攻撃は、味方をすれすれで避けながら、相手にダメージを与えていく。
これが普通の選手なら、中盤からの攻撃を味方に被弾させていたであろう。
だが、ウィリアムやエリーは味方の|前衛〈ライン〉に被弾させる事は無い。
この様な芸当が出来るのは、子供の頃から慣れ親しんだチームメイトだからだ。
ウィリアムもエリーも、味方がどの様に行動するか、手に取る様に分かる。
同時に、|前衛〈ライン〉の選手達は、|後方〈中盤〉からどの様な攻撃が分かっていた。
それはまさに、あうんの呼吸と言うものだった。
中盤からの猛烈な攻撃を受け続ける、ナイナーズの|前衛〈ライン〉。
スズネの張った障壁は割られ、|前衛〈ライン〉の選手も、次々と倒れていく。
ウィリアムはチャンスと見るや、こじ開けた突破口からナイナーズの陣地へ侵入する。
QBのボルダーは、フリーなったウィリアムに目掛け、ボウル投げる。
「ナイスパスだ、ボルダー。このまま押し込むぞ!」
ウィリアムは、ナイナーズに引導を渡すべく。フィールドを疾走する。
「急げ!ウィリアムを止めろ!」
ゴルドはウィリアムを止めるよう指示を出すが、稲妻の如く走る彼を、止められるものはいない。
「これはセイントナイツ、絶好のチャンス。颯爽とフィールドを駆け抜ける、ウィリアムス。稲妻の二つ名は、伊達じゃない!」
「ウオォー!」
「いや、まだだ!カズミを突破しなければ、タッチダウンありえない」
ウィリアムの言葉の通り、ナイナーズ陣地の最後方では、カズミが待ち構える。
タッチダウン決め、勝利を掴み取るか。はたまた、タッチダウン阻止し、反撃の糸口を手繰り寄せるか。この試合を決めるバトルが、始まろうとしていた。
「ウィリアムはどう攻めてくる。右か?左か?」
「左右にどちらかにそれる事は無い。中央突破だ!〈稲妻の槍〉!」
ウィリアムはカズミを弾き飛ばし突破する為に、必殺の〈ライトニングランス〉を繰り出す。
ウィリアムは、ビリビリ、バリバリと音を立てる稲妻を、自身に纏う。
その姿は雷神トールの様に、神々しいものであった。
神々しい姿のウィリアムを見たカズミは、あまりの迫力に、圧倒されていた。
「これは・・・死んだかも。ウィリアムの必殺技、どう見ても〈バーニングステーク〉クラスだぞ。どうやって止めればいいんだ!とりあえず、自己強化の魔法を使って、な、なんとか耐えられる様にしなきゃ!上条りゅ・・・ガチッ!かん、ふぁ」
強化魔法を試みるが、慌て詠唱をした為に舌をかみ、失敗してしまった。
「うわぁぁぁ!この土壇場で、僕は何をやっているんだー!」
ウィリアム目の前に慌てふためく、カズミ。
バチッ、バチバチッ!
またも何かが焼けるような音が、カズミの耳元に響く。周りの動きも、先ほどと同じ様にスローモーションになる。
「まただ。また、周りがゆっくりに見える。ウィリアムの攻撃が、どこを狙っているか、手に取るように分かる。これなら、ウィリアムに勝てる!
上条流式神、五行障壁!」
カズミは、ライトニングランスの攻撃を受けるであろう場所に、障壁を張る。だが、
いつもの障壁とは、何かが違っていた。
力を逃がすために、わざと斜め方向に障壁を張ったのだ。
こんな子供じみたアイディアだけど、ハマればよろけるはずだ。頼むから、成功してくれ。
障壁と〈ライトニングランス〉がぶつかり合った瞬間、ウィリアムの力の方向が、横にそれる。
大相撲の立ち会いで、相手の変化に対応できず、転倒する力士の様だった。
子供じみたアイディアと、自分では卑下していたが、目論みは見事に成功をする。
力の方向をずらされたウィリアムは、勢い余って転倒しボウルをこぼしてしまう。
「しまった!」
ウィリアムがこぼしたボウルを、すぐさま拾うカズミ。
「カウンターだ、自陣に早く戻れ!チキショー、やけに前線の障壁がやけに薄いと思ったが、そう言うことか。
自軍の 前線を突破させ、相手選手を前に誘きだしつつ、相手からボウルを奪う。そこまでは理解できる。だが、最終ラインのセフティが、カウンターを狙うとはな。抜かれたら一貫の終わりなに、いい度胸をしているぜ!」
カズミからのロングパスでボウルを受け取った、WRのヘレン。術中にハマり前のめりになった、セイントナイツ選手を置き去りし、本日二度目のタッチダウンを決めた。
「タッチダウン、ナイナーズ」
喜びを爆発させるヘレンに対し、カズミは憔悴しきっていた。
もうこんな作戦、二度とやらない・・・
無茶な作戦を提案したは、自分だった。けれど、ライトニングランスの様な、身の毛もよだつ必殺技と対峙することは想定していないのだ。
思わず愚痴をこぼしそうになったが、これも自分の提案。愚痴が喉まで出かかったが、ここはグッとこらえるカズミであった。
「ナイスディフェンスだ、カズミ!ウィリアムの必殺技を、うまく受け流すなんてすごいじゃないか!」
カズミの活躍に、喜びを隠せないクラリス。彼の背中をこれでもと言うくらいに、ポンポンと叩く。
「え、ええ。成功したのも、みんなのお陰ですよ」
「なにいってるんだ。今一番頑張っているのは、カズミだろ。照れるな照れるな!」
「そう言ってもらえると、嬉し・・・」
バチン!
今度はカズミの耳元に、何かが焼き切れる音が聞こえる。それはヒューズが飛び、焼き切れた音に似ていた。
一瞬だが頭に激痛が走り、右手で頭を押さえる。
立ちくらみのようにふらつき、目の前が真っ暗になる。
「おい、カズミ!しっかりしろ!」
倒れそうになるカズミを、慌てて抱えるクラリス。
「ああ、ごめんなさい。マナの使いすぎで、立ちくらみを起こしました」
「お前はイリーナの為に、血を抜いているんだ。あんまり無理をするなよ」
「わかりました」
得点の喜びも程ほどに、次のプレイの準備をするカズミ。そんな彼ら見守るクラリスは、一抹の不安を覚えていた。
しかし気になる。マナの使いすぎによる立ちくらみは、よくある事だ。だが、何故頭を押さえた。
ただの立ちくらみなら、痛がる素振りはみせないだろう。
カズミ怪我をしても、本当の事を話さず、大丈夫と言い張るからな。
まあ本当の事を話したら、交代をさせられると思し、仕方ないだろう。
とりあえずは、試合後に精密検査をやらないとな。
一方思わぬ失点に、セイントナイツには重苦しい空気が漂っていた。
「悪い、こればっかりは、俺の判断ミスだ」
「エンドゾーン手前で、ボウルを奪われた僕の責任だ。この借りは・・・」
自身のミスを後悔する、アーソンとウィリアム。
「はいはい、反省はそこまで!」
珍しく落ち込む二人に、肩に手をポンと置くエリー。
「ウィリアムは分かるけど、アーソンさんまで落ち込まないでよ。ほら!悔やんでも、失点は無くならない。アーソンさんが、いつも言っている事よ。今の気持ちを引きずって、失敗を重ねるほうが、よっぽど不健全でしょ?」
「すまねぇ。危うく雰囲気に飲み込まれる所だった。礼を言うぜ、エリー」
「僕もだよ。トウカの仇を討たなきゃと、気負いがあったのかも知れない。エリーのお陰で、冷静になれたよ」
「じゃあみんな。この試合、最後まで全力で戦うよ!」
「「オオー!!」」
全く、俺がだらしない様だと言うのに。選手だけで立ちなおりやがった。こいつらがガキンチョだった頃から見てきたが、成長したもんだよ。この試合、絶対に勝とうな!
成長した選手を、誇りに思うアーソンであった。
第4クォーター0:09 フォースダウン 残り60ヤード 14対21
「これが最後の攻撃だ。タッチダウンを奪い、延長戦に持ち込むぞ!」
「「オウッ!!」」
最後のワンプレーで延長戦に持ち込む決意を伝える、ゴルド。
「いいか、このワンプレー耐えればお前達の勝ちだ!」
「「ハイ!!」」
選手達に、最後の激を飛ばすアーソン。
運命の女神が、右往左往したこの試合。ハミルのホイッスルが鳴り響き、プレイが動き出す!
「みんな、最後のプレーだ!作戦どおり死物狂いでで攻め込むんだ!」
「「オウッ!!」」
「いいかい、これが最後のディフェンス。ここを耐えて、勝利をもぎ取るぞ」
「「オオー!!」」
自身のチームに指示を出す、カズミとウィリアム。勝利をこの手に掴むため、両チームは前線で激しくぶつかり合い火花を散らす。
この時、一人選手が動きを見せる。スズネだった。
「ここまで長かった。イリーナが、カズミが、みんなが、ここまで耐えてくれた。上条流式紙最終奥義、今ここに披露する!
我らを守りし神、シナツヒコよ。貴女のおこす暴風は、広大な平地に存在する僅かな火種すら、一瞬で野火へと変貌させる」
「なんだと!?高火力魔法?そうか、ナイナーズの狙いは!ウィリアム、急げ!障壁で、みんなを守るんだ!」
死物狂いで《・・・・・》で攻め込むんだ!の意味、やっと理解出来た。奴らの狙いは、スコアによる勝利じゃない。〈ノックアウト勝ち〉だ!
ノックアウト勝ちを悟られ無い為には、全力で攻めこむ必要があった。だが、スズネはいつ、マナのチャージをした?あいつは第四クォーター、ずっと障壁を張ってい・・・ん?
その時、アーソンの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。だがそれは、荒唐無稽なものだった。
スズネは障壁を張るふりをして、マナのチャージをする。
実際に障壁を張っていたのは、サワタリだったのか!だから、いつもより障壁が薄く、割りやすかったのか。
今更ながら、相手の作戦に気づいたアーソン。だが、スズネ高火力魔法を止めるには、気づくのが遅すぎたのだ。
スズネは詠唱と共に、式紙でおられた鳥を幾つも飛ばしていく。
「野火より飛び立ちし不死鳥は、全てのものを焼き尽くす。
聖なる不死鳥よ、全てを焼き尽くせ!
〈聖なる不死鳥〉!
スズネの手を離れ、周り飛び回っていた無数の式紙。それらは聖なる炎を纏い、巨大な不死鳥となる。
「わが故郷を守りし女王よ。襲いかかる災厄から、我らを守りたまえ!〈クイーンオブシールド〉!」
ウィリアムの〈クイーンオブシールド〉は、セイントナイツの選手全員を守る光の盾となる。
光の盾は選手を〈聖なる不死鳥〉の炎を遮断する。
「僕の〈クイーンオブシールド〉は、連発出来るものではないが、どんな攻撃も跳ね返す絶対防御の盾だ!」
「なるほど、絶対防御の盾ですか。では、これでどうでしょう」
するとどうだろう、〈聖なる不死鳥〉は炎の渦となり、ウィリアムを初めとする六人の選手を包み込む。
「無駄だよ、〈クイーンオブシールド〉は絶対防御の盾。どんな攻撃も跳ね返すと言ったはずだよ!」
「その通りみたいね、どんな攻撃も跳ね返す。見事な盾だわ。でもね、〈聖なる不死鳥〉は全てを焼き尽くすのよ」
「全てを焼き尽くす?〈クイーンオブシールド〉を前に、あり得な・・・ぐ!?」
炎の渦に包み込まれた選手は、息苦しそうにしている。
「さ、酸素が。酸素が・・・足り、ない」
「スズネ・カミジョウ。君はいったい、何をしたんだ!」
「何をしたって?周りの酸素を、燃やし尽くしたのよ!ほら、苦しいのなら|思いっきり呼吸をしなさい《・・・・・・・・・・・・》」
「思いっきり呼吸をしなさい?駄目だ!呼吸をせず、息を止めるんだ!」
ウィリアムはスズネの狙いに気づき、呼吸を止めるよう指示を出すが、酸欠に苦しむ選手達の耳には届かない。その苦しみから逃れる為、思いっきり空気を吸い込んでしまう。
するとどうだろう。空気を吸い込んだ選手は、ヒューヒューとした呼吸をしながら、喉を掻きむしり、次々と倒れていく。
「高温の空気による気道熱傷だな。それがわかった上で、呼吸を促したか。けっこうえげつない手を使うんだな、君は」
「ええ、承知した上で促したわ。けれど、今はファンタズムボウルの試合中。神々からの呪いで、死ぬことは出来ない」
「確かに、神々からの呪いで死ぬことは出来ないな。当たり前の事だけど、つい忘れていたよ」
「でも不思議ね。どうして貴方は、平気なのかしら?」
「僕は、素潜りに自身があってね。数分くらいなら、余裕で呼吸を止められる。あと、僕からも聞きたいことがある。〈聖なる不死鳥〉は、どのくらい続くんだい?これだけの規模の魔法だ。マナの消費も、相当なものだろう」
「そうね、貴方は呼吸と同じくらいかしら?
私のマナが尽きるか。貴方が酸欠で倒れるか。ここからは我慢比べね」
「ふっ、望むところだ」
イリーナと相討ちとなったトウカ。〈聖なる不死鳥〉により倒れたエリー達。この時点で、同クウォーターで倒れた選手は六人。セイントナイツは、ノックアウト負けまであと一人と言う所まで追い詰められていた。
「さあ、ウィリアムとスズネの我慢比べも、三分経過。ウィリアムが耐えきり、勝利を掴み取るか。はたまた、スズネがウィリアムを焼きつくし、栄光を手にするか。息詰まる勝負と言っても、過言ではありません」
試合を決めるワンプレーに、アナウンサーも興奮を隠せない。
「だいぶ苦しそうな表情じゃないか。辛いのなら、ギブアップしてもいいんだよ?」
「ご親切な御言葉、ありがとうございます。けれど、ここで私が根をあげたら、フィールドを去ったイリーナ。チャージする時間を稼いだカズミに、申し訳が立たない」
「僕もだよ。イリーナを止めるために、倒れたトウカ。勝利を信じ、必死で応援してくれるファン。みんなの想いを背負っているんだ。ここで負ける訳にはいかない!」
数分と言う僅かな時間だが、二人にとっては永遠に等しく、つらく、苦しい一時。
「マナが、枯渇し始めた。このままだと、長くはもたない・・・」
先に根をあげ始めたのは、スズネだった。
顔からは、汗をだらだらと流しとても苦しそうだ。
「スズネー!あと少しで、君の勝ちなんだ!」
「カズミが、応援してくれる。何とか・・・くっ!ここで倒れるものか!」
体がふらつき、倒れそうになるスズネだったが、カズミの応援で何とか持ちこたえる
「ここで四分を経過。両者とも、かなり苦しい表情を見せています。最後まで立ち続けるのは、どちらでしょうか?」
「まだ、まだ私は・・・」
マナが尽き限界を迎えたのか、スズネは膝をつき呪文を止めてしまった。
炎の渦から解放された、ウィリアムは安堵の表情を見せる。
「勝った!これで・・・僕、ら・・・の」
バタッ!
ウィリアムもすでに限界だったのだ。勝った思った瞬間、張り積めていたものから解放され、意識を失い倒れこんでしまう。
状態の確認をする為、ウィリアムの元へ主審のルイスが駆けつける。
「ウィリアムス選手、ノックアウト。同クウォーターに七人以上のノックアウトをしたため、ファンタズムボウル〈ワールドルール第二条〉を適用します。〈39ナイナーズ〉のノックアウト勝利です!」
ハミルのコールに項垂れるセイントナイツ。それに対し、ナイナーズは勝利の功労者であるスズネを揉みくちゃにしていた。
「ちょっと、嬉しいのは分かるけど・・・ああ、痛いって!」
手荒い祝福を受けているにスズネの元に、遅ればせながらカズミが到着する。
「スズネ、お疲れ様!そしておめでとう!」
「カズミ、ありがとう。貴方のお陰で、最後まで・・・戦え、た・・・」
試合でマナを使いきったスズネは、目の前にいるカズミに向かって、倒れこんでしまう。
「え!?スズネ!」
「ごめんなさい、マナを使いきった。本当に動けない」
カズミの上半身に顔をうずめるスズネ、彼女の温かい吐息が、カズミの心臓をバクバクとさせる。
「ちょっと、みんなの前なんだよ!スズネ!」
はた目から見るとこの光景、恋人同士でいちゃついてる様に見えない。その為か周りのメンバーはカズミを冷やかし、カメラマンからは無数のフラッシュを浴びたのだ。
「もう少しでいいから、このままで居させて」
「ふー、わかった。スズネが最後まで頑張ったから、僕たちが勝てたんだ。だから、このままでいいよ」
「ありがとう・・・」
「おうおう!勝ったからって二人でいちゃついているのか?」
「アーソンさん!」
「お前らもしかして、付き合っているのか?」
「え、ええと」
カズミがアーソンへの返答に困っていると、スズネはカズミユニフォームを、ぎゅっと掴む。
「で、どうなんだ?」
「は、はい」
アーソンに返事を求められたカズミだが、思わず空返事をしてしまう。
「これはスクープだ!」
「明日の一面は、カズミ・サワタリ×スズネ・カミジョウ、熱愛発覚。これで決まりだ!」
「え、ちょっと待ってよ!」
「取材したい気持ちは分かるが、俺もサワタリに話がある。今日はこの辺にしてくれ。いやぁ、悪いな!」
「アーソンさん、全然悪いと思っていないでしょ」
アーソンの悪びれる素振りすら見せない態度に、少しだけムッとするカズミ。
「はっはっは!そう言うなよ、冗談で言ったのに、あんなこと言うなんて予想外だった。お前らを見ていると、うちの母さんにフィールドでプロポーズした時を思い出すぜ」
「おいアーソン!てめぇはケンカを売りに来たのか」
過去の事を蒸し返されたゴルドは、凄まじく不機嫌な顔をし、アーソンの目の前にでる。
「いや、あんたにも会いに来たんだよ」
「俺にか?」
「グッドゲームだ、ゴルド」
「どういう風の吹きまわしだ?」
「そのまんまの意味だよ。今日は負けちまったが、収穫は大きかったよ。とくにトウカにいい傾向が出てきた」
「なるほど。選手の成長を見ることが出来た。だから上機嫌なのか」
ゴルドの言葉に静かにうなずく、アーソン。そして右手を差し出し、握手を求める。
「グッドゲームだ、アーソン」
ゴルドは差し出された右手を取り、ガッチリと握手をする。
「これは歴史的瞬間だ!明日の一面もあり得るぞ!」
「アーソン・バニング×ゴルド・ホプキンス、歴史的和解」
「おいおい、俺たちは試合後の握手をしているだけだ。そんなもん一面にしてどうする」
アーソンは苦笑いするも、カメラマン達の表情は真剣だった。
明日の一面、もしくは裏面を飾る写真を撮ろうと、必死にシャッターを押す。
「ああー、あんたに用があったんだ」
「イリーナの事だろ?今、病院で精密検査をしている所だ。いつもの慣例通りなら、わかり次第発表する」
「すまないな」
「いくつになっても、子供は可愛いものだからな」
「全くだ。あとカズミ・サワタリ」
「はい」
「グッドゲームだ」
「ええと、グッドゲーム。アーソンさん」
「スズネが障壁を張るふりをして、チャージするのは、お前のアイディアか?あんな危ない作戦、よくやれたな」
「あんな危ない作戦は、二度とやりません。命がいくつあっても足りませんよ」
「だろうな。ウィリアムのライトニングランスと対峙したときは、死にそうな顔をしていたからなー」
カズミの言葉に、うんうんとうなずくアーソン。
「アーソンさん、僕からも聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「トウカ、大丈夫ですか?」
「まあ、あれくらいの負傷ならよくある。見た目よりも、軽傷だったよ」
「よかった。彼女は、大切な友人ですから」
「いいやつだな、サワタリ。トウカには、お前が心配と伝えとくよ」
「トウカとの対戦、楽しみにしてますよ」
「次戦うのは16節。レギュラーシーズン最終戦か。その時は、俺たちが勝つからな。楽しみにしているぜ」
「ありがとうございました!」
カズミとの会話もそこそこに、フィールドあとにするアーソン。試合に負けたと言うのに、足取りは軽いものであった。




