第3節、7話 悪夢を呼ぶ少女
第二クォーター開始前に、スズネが胸を押え、突然倒れると言うと言う緊急事態に、人々はざわめき、ドーム内は騒然となる。
「スズネ、スズネ!」
「大丈夫・・・よ、カズミ。あ、貴方と・・・パスの練習をすると、約束したのだから。それを果たすまでは、私は・・・死なない」
「カズミ、スズネの治療を始めるから、変わってくれ!」
クラリスは、スズネの手首に手を当て脈をはかる。
「不味いぞ、脈が弱い。心臓の機能が著しく低下しているせいか。
呼吸も早く、浅い。おい!酸素マスクを貸してくれ!」
「スズネは、スズネは!」
「やられたよ・・・この間のとは比べ物にならない、飛びっきり強力な呪詛だ」
「このような事になっては、ゲームの続行は不可能だろう。アーソンさん、ゴルドさん、今日のゲームは、中止と言うことで宜しいか?」
選手への、露骨な妨害行為を重く見たのか、主審のルイスは、両ヘッドコーチに試合の中止を提案する。
審判には、試合を裁くだけではなく、選手の命を守ると言う仕事も兼任しているのだ。
「異議無し」
「当然だ」
ルイスの決断に、アーソンとゴルドは、ただただ首肯く。
「では、中止と言うこと・・・」
「ルイスさん!試合主催者から、お電話です!」
「何だ?こんなときに・・・ハイ電話を変わりました、ルイスです。ハイ、ハイ・・・貴方、本気で言っているのですか!」
電話をしている相手が、よほどの事を言ったのか、ルイスは語気を強める。
「ハイ・・・承知しました・・・」
「おい、ルイスさん。ただならぬ雰囲気だったが、何かあったのか?」
「先ほど言ったことを、撤回しなければならない。ゲームは、続行だ・・・」
「おい、どういう事だ!こんな状況でゲーム続行何て!自分の言っている事、分かってんのか!?」
スズネが呪詛により、生命の危険にさらされている状況で、試合続行と言う決断は、寝耳に水と言った所だった。ルイスの試合続行と言う言葉が気にさわったのか、ゴルドはルイス首もとを掴み、彼を問い詰める。
「えー、本試合の主催者から、スズネ選手の症状について、お話をしたいと思います。スズネ選手の症状は、ドクターの診断の結果、思った軽かった為、このまま試合を続行したいと思います。皆様。この後も、試合をお楽しみ下さい。以上、本試合主催者からの報告でした」
「ふざけんじゃねえ!スズネは、今もこうして苦しんでいるんだ。それを軽傷だから、試合を続行しろ?あんたら、何様だ!」
試合主催者の、あまりにも無神経な言葉に、クラリスは怒りを隠せなかった。
「さっきの電話のせいか?あれ、国のトップからの電話だったんだろ?」
「アーソンさんの、言う通りです」
「それだけでは無いだろう」
「主催者いわく、スズネ選手が抜けて勝てるゲームを、中止にするなど、とんでもない。なにがなんでも、続行しろと・・・」
この言葉に、反応をしたのはスズネだった。心臓がうまく機能せず、呼吸もままならないにも関わらず、力を振り絞り、声を絞り出す。
「カズ、ミ。私、悔しい・・・。私がいないから、勝てると・・・言われたのよ。これほど腹立たしい事は、ない。今日の試合に勝利して、お偉いさんにギャフン、と・・・言わせてやりなさい」
「・・・わかった。この試合に勝って、試合を続行させた主催者を、後悔させてやる!」
「ありがとう・・・」
スズネと勝利を約束したカズミは、医務室へ搬送される彼女を、見送る。
「オヤジ、頼みがある」
「お前さんから頼みとは、珍しい。言ってみろ」
「カズミの代わりに、QBとして、試合に出てほしい」
「・・・」
「あたしは、呪詛をかけた犯人を捕まえて、そいつに、スズネにかけた呪詛を解除させる。だが、あたし一人では到底無理な話だ。けど、カズミが居れば、犯人をとっちめる事が出来る。だから・・・」
「第四クォーターだ。第四クォーター開始までに、決着をつけてこい! 50を過ぎた老いぼれだが、カズミが帰って来るまで、持たせて見せる」
「頼んだぞ、オヤジ!」
クラリスは一言告げると、猛ダッシュでフィールドから離脱する。それに続けとカズミも、彼女の後ろについていく。
「頼んだぞ。クラリス、カズミ」
ここは、オリオールドームのVIPルーム。
中は特設のバーラウンジとなっており、酒を飲みながら横20mはあろうかと言う巨大な窓から、試合観戦出来る様、設計されていた。
鹿の剥製や、皮貼りのソファー、高級感を溢れる調度品の数々は、まさにVIPルームと言ったところだろうか。
そんなVIPルームには、ガッシリとした体格の為政者と思わしき人物や、彼を守るSP。酒を提供するバーテンダーなど、為政者を守り、もてなす人々で固められていた。しかし、一人だけこの部屋の雰囲気に似つかわしくない人物がいた。
漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女は、この部屋の人間の中で、異彩を放っていた。
「ルイスの愚か者め!同地区の首位攻防戦、折角の勝ち試合を、中止にしようとするとは」
「けど、試合を継続させることに成功をした。流石、国のトップですわねぇ」
国のトップが相手だと言うのにこの少女、物怖じをする事無く、マイペースでいる。
「さて、貴女の望みは何だ?古来から悪魔や魔女と言う者は、利益をもたらす代わりに、対価として代償を求めるものだ。さて、貴様が望む者は何だ?金か?地位か?それとも」
「協力関係を気付いている相手に、悪魔、魔女!酷い言いぐさですわぁ。オヨヨヨー」
彼女は白々しい泣き真似をするが、為政者は意に介す事は無かった。むしろ彼女の事を冷ややかな目で見つめていた。
「でもぉ、代償をですかぁ。頂けるものなら、欲しいですねぇ。例えば、首相の命、とか?」
彼女の言葉に触発されたのか、SP達は銃を取りだし、彼女に銃口を向ける。
為政者が一つ命令をすれば、直ちに発砲し、彼女を蜂の巣にせんばかりの勢いだ。
「よさんか、彼女は今宵の来客だ。これくらいの事、私が許す」
「失礼致しました」
「しかし、私の命か随分と大きく出たな。まあ、ファンタズムボウル制覇を成し遂げたなら、考えんでも無いがな」
「へぇー、ご自身の命には興味が無いと。貴方の様なお方、今時珍しいわぁ」
「大火で疲弊した、オリオールの国を建て直すには、ファンタズムボウルを制覇して、この世界の覇権を握らなければならない。覇権さえ握れば、後はこの国の若い者が何とかしてくれる。だから、私の命などどうでもいい・・・」
「もしかしてぇ、貴方。余命、後僅かとか言わないでしょうね?それなら自身の命に興味が無いと言うのも納得ねぇ」
「余命後僅かの命では、代償として不満とでも」
「いえいぇーむしろ、死に損ないの人間が最後にどんな足掻きを見せるのか、益々興味が出てきましたぁ。お任せください、首相。その望み、叶えて御覧にいれましょう」
そう告げると、壁に向かって歩き、壁の中へと消えていった。
「魔女だろうが、悪魔であろうが、どんな者の力を借りてでも、優勝しなければならない。この国の復興の為にもな・・・」
カズミとクラリスは、ドーム内の薄暗い通路で、立ち往生をしていた。と言うのも、先程からモンスターに行く手を阻まれ、犯人探しに手こずっていたのだ。
「僕が呼ばれた理由って、こんな事を想定してたからですか?」
「いや、これは想定外だ。こんな、人間をドロドロに溶かした様な、不定形のものが出てくる事は想定していない」
クラリスは白衣の内側から、薬品の入った複数の薬瓶を不定形のものに投げつける!
複数の薬品は、不定形にぶつかると、薬品特有のツンとくる刺激臭と肉の腐った様な匂いを放ち、不定形を溶かしてゆく。
「クラリスさん、後ろ!」
薬品を浴びなかった、他の不定形が、クラリスを取り込もうと、ガバッと広がり彼女に襲いかかる。
「甘い!」
彼女は、自身の身長を遥かに越える跳躍をし、不定形の攻撃を回避する。
跳躍をした彼女は、片手で天井の配水管にぶら下がり、空いている方の手で、さらに薬品を投げつけ、不定形を溶かしていく。
「ふー、この辺の不定形は、粗方片付いたな」
クラリスは、額の汗を拭い、一息をいれる。
「けど、クラリスさんに、これ程の戦闘スキルがあったなんて。昔何かしていたんですか?」
「あたしかい?ただの一般人だよ」
いや、クラリスさんは惚けているけど、あの戦いは、ただの一般人出来るものではない。
さっきの戦いで見せた、戦闘スキル、跳躍力、不定形を見ても動じないメンタル。それらは、ファンタズムボウルの選手と、同等のレベルであった。特に戦闘スキルに関しては、イリーナよりも、上なんじゃないか?
そう感じさせる程であった。
「おい、見ろよ。団体さんのお出ましだ。あたしが前に出るから、後ろから魔法で掩護を頼むよ」
「ハイ!」
「もー無理!ギブだギブ!頼むから、これ以上出てくれるなよ・・・」
「ええ、僕も・・・無理です。て言うか、前線で戦っているクラリスさんよりも、僕の方が・・・息を切らすなんて・・・」
「でも、あたしを何度も守ってくれただろ。お姫様を助ける勇者様みたいに、かっこよかったぞ!」
ここぞと言わんばかりに、カズミを後ろからホールドし、髪をグシャグシャと撫でる。
「あのー」
「なんだ?」
「僕を子供のように扱うのは、止めて欲しいんですけど・・・」
「ああ、悪い悪い」
悪い悪いと言うものの、彼女には悪怯れる素振りは見せる事は無い。
「あと、背中に当てているのは、わざとですか?」
カズミの指摘の通り、クラリスの二つの巨大な膨らみは、彼の背中に押し当てられていた。
カズミも年頃の男の子なのだ。胸を背中に押し当てられて、ドキドキとしない訳がないのだ。
「別にわざとじゃないさ、カズミを抱き締めていたら、たまたま当たった。だから、わざと当てていないから、安心してくれ」
「まあ、嫌われるよりかは、いいですけどね・・・」
「んー!カズミとこうしていると、心が落ち着くー」
て言うか、何でクラリスさんは、僕に対してこんなスキンシップを測るんだ?僕には理解が出来ないよ。でも、僕を抱き締めているときは、どこか幸せそうだな。クラリスさんが、幸せなら・・・幸せならいいかな。
犯人を探している途中だと言うのに、クラリスは、カズミを抱き締めて歩いていた。一見非常識に見えるが、おぞましいモンスターと戦いながら、正気を保つには、これが最善策でもあった。
人の肌の温もりは、恐怖を和らげ、彼女達に勇気を与えていた。それをクラリスは、意図してやっていたかは、彼女しか。もしかすると、彼女にも分からないのかも知れない。
「流石にこれで終わりだろう。他のブロックは、ドームの警備員が、不定形を排除してくれたみたいだし」
クラリスのやりきったと言う、満足げな表情とは裏腹に、カズミはどこか、浮かない顔をしていた。
「あの・・・クラリスさん、さっきから出てくる不定形って・・・」
「ああ・・・顔はどれも、女子供ばかりだったな・・・」
「もしかして・・・」
「それ以上は言うな!今、想像した事は、全て忘れろ。想像すれば、それは悪夢となり、お前の心から永遠に離れなくなるぞ」
「分かりました。もう一つ、聞いていいですか?」
「そろそろ、僕を連れてきた理由を、教えてください」
「確信が無いが、スズネがターゲットだったから、お前を連れてきた」
「え?どういう事ですか?」
「邪なるものを祓えるのは、チームではスズネとだけだからだ。相手方は、自分の呪詛をふり祓われる事を嫌がった。だからスズネを、強力な呪詛のターゲットにした」
「呪詛をふり祓えないように・・・ですか?」
「たぶんな。だが、こちらにはもう一人、呪詛をふり祓える人間がいる。スズネから、ふり祓いを教わった、カズミがな!詰まるところ、それがカズミを連れてきた理由だ」
「わかりました。全力を出しきり、スズネを救います」
「さて、目的地に到着か?」
目の前のプレートには、〈第二放送室〉書かれている。
「ここに来る途中だけ、大量の不定形が出てきたんだ。なら、ここに犯人が居ると見るのが自然だろう。扉を開けるぞカズミ。心の準備は出来たか?」
「いつでもいけます」
クラリスの言葉に、カズミは静かに首肯く。
〈第二放送室〉の扉を開けると、テレビスタッフとおぼしき人達が倒れ、一人の女性だけが立っていた。
「あら、意外と遅かったですね」
「あ、貴女が・・・何故ですか!」
カズミが狼狽するのも、無理は無かった。目の前には、ナイナーズを応援するアイドル、〈サスガ〉が居たのだ。
「何故って、私が犯人だから」
サスガの瞳からは光沢が消え失せ、その瞳の奥からは無限の闇を覗かせる。
「ちっ、ダークネス化か!」
「ダークネス化?」
「ダークネス化と言うのは、憎悪、悲しみ、妬みの心を膨大に膨れ上がらせた人が、呪詛を取り込み発症する。発症した患者は、力を手にいれる代わりに、負の感情に支配され、最後は全身に呪詛が回り、死ぬ」
「つまり、彼女がこのような事をしているのも・・・」
「そう言う事だ」
「サスガさん!もう止めるんだ!今すぐに、スズネにかけた呪詛を、解除してほしい!」
カズミの言葉に、サスガはやれやれと肩をすくめる。
「それは出来ない相談。呪詛を解除してしまえば、貴方達が苦しみ、慌てふためく所が見られなくなるもの」
「何故だ!貴女はファンタズムボウルを誰よりも愛し、応援し続けて来た人なのに、どうして!」
「それはね、これが理由よ!」
サスガがボブカットの髪をかき上げ、隠された額を見せると、そこには生々しい傷があったのだ。
「今年の開幕戦、ナイトメアラウンズを、応援に行った日だった。戦前の予想では、ナイトメアラウンズが、セイントナイツを圧倒すると言う予想外割だったけど、結果はセイントナイツの勝利だった」
「クーデターの影響で、ラウンズの複数の主力が出られなくなった試合か!」
「ええ、貴女の言う通りよ。エースQBの、〈アーサー・V・ペンドラゴン〉及び、主力数名を欠いたラウンズは、チームとして機能せず、敗れ去った。そして試合後に帰ろうとしたところ、暴徒化したファン達に、私は襲われたわ。お前の応援したせいで、クーデターが起き、チームが負けた!どうしてくれるんだ!」
「言い掛かりもいいところよ・・・ただの小娘が、どうやったらクーデターを起こせるって言うの!気が付いた時には、私はファンに囲まれ、殴る蹴るの暴行を受けていた。回りで見ている人間も、助ける事もせず、冷ややかな目で見つめるだけ。いや、殴られているのを見て、清々している様だった。
確かに、私が応援したチームには、不幸が起き、怪我人もでた。でもそんなの、偶然に起きた、不幸な出来事じゃない?
なのに、私が罵倒され、殴られなきゃいけないの!」
「・・・」
「でもね、私は力を手に入れた。気に入らない人間が居れば、捻り潰し、呪い殺せる。最高の力よ!」
「お願いだ。スズネは、君の呪詛で今も苦しんでいる。これ以上スズネを苦しめないでくれ!頼む」
「嫌よ、だって私が助けを乞い、泣き叫んでも、誰も助けてくれなかった。けど、そんな私とはもうサヨナラ!今度は相手が泣き叫び、命乞いをする所を見ることが出来るのよ。ファンタズムボウルなんかよりも面白い、最高のエンターテイメントだわ!」
サスガは、懐からマイクを取りだし、金切り声じみた声を、マイクに乗せる。
「なんだ!?このガラスを引っ掻いた音を、百倍くらい強力にした音は!」
「あ、頭が・・・割れ、る」
サスガがマイクから発生させた金切り声は、二人の脳を揺さぶり、万力で頭を締め付けられたような痛みを、与えた。
「いいわ、いいわ!苦しみ、悶える表情。これこそ、最高のエンターテイメント!さあ、私をもっと楽しませなさい!」
「カズミ。少しの間だけ、サスガの動きを止めるから、彼女から呪詛をふり祓ってくれ」
カズミが何とか頷くと、クラリスは金切り声に耐えながら、白衣の内側から鍼を取り出し、大量の鍼を、指と指の間に挟む。
「何をするつもり?」
「決まっているだろ、お前に投げつける為さ!」
クラリスの手元を離れた鍼は、サスガに向かって一直線に飛んでいく。だが、放たれた鍼はサスガを覆う呪詛に阻まれ、彼女に届くことは叶わない。
「無駄よ、無駄!そんなか細い針では、私に傷一つつけられない!」
「お前の想像する〈針〉と、あたしが投げる〈鍼〉は、別物だ。舐めてると、痛い目に遭うぜ!」
「やれるものなら、やってみなさい!」
クラリスは、髪の毛よりも細い鍼から、注射針よりも太く長い物まで、大小様々な鍼を、彼女に向かって投げつける。だが、投げつけた鍼は、彼女の呪詛に阻まれ、届くことは叶わない。
「無駄だと言うのに・・・ああぁ!もううざったい!出力全快で、止めをさしてやる!」
マイクのボリュームを最大限に上げ、サスガが止めを指そうとした瞬間、彼女を目掛けて大量の粉末が、天井から降り注ぐ。
「ゲホッゴホッ!?貴女何をしたの!」
「何って、天井のスプリンクラーを起動させただけさ」
クラリスの指差す所を見ると、天井のスプリンクラーに、先程投げた鍼が突き刺さっている。
熱く、真っ赤に燃えた鍼は、スプリンクラーを起動させる熱源の役割を果たしていた。
「炎の魔法を付与した、特製の焼き鍼だ!機械を誤作動させるには十分な温度だろう」
粉まみれになり、呼吸も満足感に出来ないためか、サスガを覆う呪詛が、急激に弱まる。
「今だ、カズミ!邪なるものを、振り払うんだ!」
「はい!上条流式紙!式紙よ、邪なるものを、振り払いたまえ!」
サスガを守る呪詛が弱体化し、チャンスと見たカズミは、彼女に向かって護符を投げつける。
「がぁあ!力が、私の体から・・・抜けて、いく・・・」
バサァ!
「サスガは!」
クラリスは、倒れこんだサスガを抱き抱え、身体に異常が無いか、すかさず確認をする。
「心配するな、気絶しているだけだ」
「よかったー」
ヒュン!
クラリスは何故か、ノールックでカズミに向かって鍼を投げつけた。
「クラリスさん!危ないじゃないですか!」
「悪いな。けど、カズミの後ろに何かいるみたいでな。
おい、そんな所でこそこそしてないで、姿を見せたらどうだ?」
「あらぁ、どうして気づかれたのかしらぁ?」
漆黒のゴシックドレスを身に纏った、すみれ色の髪の少女が、壁の中から這い出てきたのだ。
「何故気づいたか?んなもん、勘だよ、か、ん!」
「でも、勘と言うものは、経験を元に思考する事無く、最短で最適解を導き出すもの。見事ですわぁ、クラリス・ホプキンス」
「あたしを誉めても、何も出ないぞ。ああ、褒美にお前らの正体と、目的を教えてくれると嬉しいんだがな」
「自分の所属と目的を話すなんて、何も特になる事が無いのに、話すわけないでしょ?でも、貴女達の、見事な技の数々に免じて、ヒントをあげましょう。私は、人類の敵であり、人類を憎む者とでも、言っておきましょうかぁ。そこで倒れている、サスガをダークネス化させたのも、私がやった事ですわぁ」
彼女は軽く手を振るい、カズミに指先を向ける。指先では漆黒の炎が浮かび上がり、カズミに向かって投げつける。漆黒の炎は、カズミを包み一瞬で周囲を漆黒の世界に作り替える。
「人類を憎む?何故彼女は、人類を憎むんだ?そんなことをする子じゃあ・・・え!?僕は、彼女の事を、知っている?」
カズミを包み込んだ漆黒の世界。すると突然、数人の子供に、男女の大人が現れた。
「さぁー。もうすぐ夕飯だから、早くお家に入りましょうねー」
「はーい!!!」
母親と思わしき人物に声をかけられた子供達は、家の中に続々と入っていく。
子供達が家に入ってすぐの事だった、松明を持った村人達が、家を囲み火のついた松明を、次々と投げつけ始めた。
「お家が燃えてる、熱いよ!早くドアを開けて!」
「ダメよ!扉が開かない!」
「ハハハッ!○○の子を匿っている孤児院など、燃え尽きてしまえ!」
「○○の子が、悲鳴をあげているぜ!このまま焼け死ね!」
バチバチと燃える孤児院、中から脱出しようにも、村人により塞がれたドアや窓は開くことはない。
外に出ようと、必死にドアを叩く音。熱い熱いと泣き叫ぶ、子供達の悲鳴。それを聞いた、村人は大笑いをする始末だった。
扉を叩く音は、徐々に小さくなり、同時に悲鳴も聞こえなくなっていた。
「女の子・・・燃え上がる小さな孤児院。僕は、うぁぁぁっぁ!!!」
少女の作り出す幻影に、カズミを恐怖と混乱に陥れる。
「カズミ、落ち着け!しっかりするんだ!」
クラリスは、カズミを後ろから抱き締め、震える手を自身の暖かい手で包み込む。
「どれ程の恐ろしい物が、カズミを苦しめようとしても、私が一緒にいる。だから、大丈夫だ!」
するとどうだろう、カズミの手や体からは、震えは消え、落ち着きを取り戻したのだ。
「・・・クラリス、さん。ありがとう」
「へぇ、私が送った呪詛による幻影を、人肌の温もりで破るとはぁ。流石ドクターと言ったところねぇー」
「以前、カズミに呪詛を送りつけたのはてめぇか?だとしたら・・・」
「だとしたらぁ?」
「この場でぶち殺す!」
少女の、感情を逆撫でする言葉の数々。クラリスは少女に対して、憎悪の言葉を口にする。
「あぁ、怖い怖い。怖い鬼さんが居る。ここは撤退するのが一番かしらぁ」
彼女は、冷たくおどけた表情をしながら、呪文の詠唱を始める。
「この地で蠢く怨霊どもよ、生者を呪い、貪り尽くしたまぇ!」
少女の召喚術で、幾つもの女子供の顔が張り付いた不定形が、地面からヌプリと這い出る。
「痛いのはもう嫌だ・・・お願いだから、お家に返して!私たちを自由にして・・・」
それまでの不定形とは違い、表情は鮮明で、それら一つ一つが意思を持ち、まるで生きているかの様だった。
世にもおぞましい不定形を見てしまったカズミは、胃から酸っぱいものが込み上げるのを感じる。
「気に入って頂けたかしらぁ?血塗れ女王に殺された、女子供の怨霊を元に作った不定形は?、この痛みのあまりに苦しみに、満ちたなんてたまんないわぁ」
恍惚に満ちた表情の少女は、おもむろに剣を取りだし、不定形に貼り付く顔の一つに、剣を降り下ろした。
剣で刺された顔は、この世のものと思えぬ悲鳴を上げ、その部分だけボロボロと崩れ落ち、何も喋る事は出来なくなった。
「嫌だ!死にたくないよ!私はお母さんの待つ、お家に帰るんだ。何でもするから、殺さないで・・・」
「何でも?じゃあ、目の前に居る二人を殺す事が出来たら、楽にしてあげようかしらぁ?」
少女言葉を聞いた、不定形は、苦しみから解放されるべく、カズミ達に襲い掛かる。
「さぁ、この可哀想な不定形に、貴方は手をかける事が出来・・・」
カズミは少女が話しきる前に、詠唱を始めていた。
「上条流式紙・・・式紙よ、邪なるものを、振り払いたまえ!」
邪なるものを振り払う。いや、救うために、式紙を放つ。
カズミの手から放たれた式紙は、これまでに無い輝きを見せ、不定形を浄化していく。
「苦しみから、解放され・・・」
「やっと・・・お家に、帰れる・・・」
「あり・・・が、とう」
「へぇ、躊躇しないのねぇ。意外だったわぁ」
「お前は、僕らを殺したら・・・楽にしてあげようとと言った。最初から助けるつもりが無かっただろう!」
「ご名答!顔の一つ一つを、ゆっくり、ゆっくりと、苦しみを与えて、なぶり殺したでしょうねぇ」
「この・・・外道がぁぁ!人の命をなんだと思っているんだ!」
カズミは、怒っていた。これまでの人生で、ここまで怒った事はなかった事は、一度も無かった。少女の非道な行いに、殺意すら覚えていた程であった。
「外道!?貴方達人間の方が、我々よりもよっぽど外道だと、思いますけどねぇ。では、またどこかでお会いしましょう」
少女が別れの言葉を告げると、少女は地面に吸い込まれ、そのまま消えていった。
「くそっ!」
カズミは少女を取り逃がした事が、怒りのあまりにも悔しく、思わず拳を地面に叩きつける。
「あの少女は逃がしちまったが、スズネの呪詛は溶けたはずだ。ここでゆったりしている暇はない、急いでフィールドに戻るぞ!」
「わかり、ました・・・」
カズミとクラリスは、このあと駆けつけた警備員に引き継ぎ、急いでフィールドに戻るのであった。




