表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/43

第3節、7話 悪夢を呼ぶ少女

第二クォーター開始前に、スズネが胸を押え、突然倒れると言うと言う緊急事態に、人々はざわめき、ドーム内は騒然となる。


「スズネ、スズネ!」

「大丈夫・・・よ、カズミ。あ、貴方と・・・パスの練習をすると、約束したのだから。それを果たすまでは、私は・・・死なない」

「カズミ、スズネの治療を始めるから、変わってくれ!」

クラリスは、スズネの手首に手を当て脈をはかる。

「不味いぞ、脈が弱い。心臓の機能が著しく低下しているせいか。

呼吸も早く、浅い。おい!酸素マスクを貸してくれ!」

「スズネは、スズネは!」

「やられたよ・・・この間のとは比べ物にならない、飛びっきり強力な呪詛だ」


「このような事になっては、ゲームの続行は不可能だろう。アーソンさん、ゴルドさん、今日のゲームは、中止と言うことで宜しいか?」

選手への、露骨な妨害行為を重く見たのか、主審のルイスは、両ヘッドコーチに試合の中止を提案する。

審判には、試合を裁く(ジャッジ)だけではなく、選手の命を守ると言う仕事も兼任しているのだ。

「異議無し」

「当然だ」

ルイスの決断に、アーソンとゴルドは、ただただ首肯く。

「では、中止と言うこと・・・」

「ルイスさん!試合主催者から、お電話です!」

「何だ?こんなときに・・・ハイ電話を変わりました、ルイスです。ハイ、ハイ・・・貴方、本気で言っているのですか!」

電話をしている相手が、よほどの事を言ったのか、ルイスは語気を強める。

「ハイ・・・承知しました・・・」

「おい、ルイスさん。ただならぬ雰囲気だったが、何かあったのか?」

「先ほど言ったことを、撤回しなければならない。ゲームは、続行だ・・・」

「おい、どういう事だ!こんな状況でゲーム続行何て!自分の言っている事、分かってんのか!?」

スズネが呪詛により、生命の危険にさらされている状況で、試合続行と言う決断は、寝耳に水と言った所だった。ルイスの試合続行と言う言葉が気にさわったのか、ゴルドはルイス首もとを掴み、彼を問い詰める。

「えー、本試合の主催者から、スズネ選手の症状について、お話をしたいと思います。スズネ選手の症状は、ドクターの診断の結果、思った軽かった為、このまま試合を続行したいと思います。皆様。この後も、試合をお楽しみ下さい。以上、本試合主催者からの報告でした」

「ふざけんじゃねえ!スズネは、今もこうして苦しんでいるんだ。それを軽傷だから、試合を続行しろ?あんたら、何様だ!」

試合主催者の、あまりにも無神経な言葉に、クラリスは怒りを隠せなかった。

「さっきの電話のせいか?あれ、(うち)のトップからの電話だったんだろ?」

「アーソンさんの、言う通りです」

「それだけでは無いだろう」

「主催者いわく、スズネ選手が抜けて勝てるゲームを、中止にするなど、とんでもない。なにがなんでも、続行しろと・・・」

この言葉に、反応をしたのはスズネだった。心臓がうまく機能せず、呼吸もままならないにも関わらず、力を振り絞り、声を絞り出す。

「カズ、ミ。私、悔しい・・・。私がいないから、勝てると・・・言われたのよ。これほど腹立たしい事は、ない。今日の試合に勝利して、お偉いさんにギャフン、と・・・言わせてやりなさい」

「・・・わかった。この試合に勝って、試合を続行させた主催者を、後悔させてやる!」

「ありがとう・・・」

スズネと勝利を約束したカズミは、医務室へ搬送される彼女を、見送る。


「オヤジ、頼みがある」

「お前さんから頼みとは、珍しい。言ってみろ」

「カズミの代わりに、QB(クォーターバック)として、試合に出てほしい」

「・・・」

「あたしは、呪詛をかけた犯人を捕まえて、そいつに、スズネにかけた呪詛を解除させる。だが、あたし一人では到底無理な話だ。けど、カズミが居れば、犯人をとっちめる事が出来る。だから・・・」

「第四クォーターだ。第四クォーター開始までに、決着をつけてこい! 50を過ぎた老いぼれだが、カズミが帰って来るまで、持たせて見せる」

「頼んだぞ、オヤジ!」

クラリスは一言告げると、猛ダッシュでフィールドから離脱する。それに続けとカズミも、彼女の後ろについていく。

「頼んだぞ。クラリス、カズミ」





ここは、オリオールドームのVIPルーム。

中は特設のバーラウンジとなっており、酒を飲みながら横20mはあろうかと言う巨大な窓から、試合観戦出来る様、設計されていた。

鹿の剥製や、皮貼りのソファー、高級感を溢れる調度品の数々は、まさにVIPルームと言ったところだろうか。

そんなVIPルームには、ガッシリとした体格の為政者と思わしき人物や、彼を守るSP。酒を提供するバーテンダーなど、為政者を守り、もてなす人々で固められていた。しかし、一人だけこの部屋の雰囲気に似つかわしくない人物がいた。

漆黒のゴシックドレスに身を包んだ少女は、この部屋の人間の中で、異彩を放っていた。

「ルイスの愚か者め!同地区の首位攻防戦、折角の勝ち試合を、中止にしようとするとは」

「けど、試合を継続させることに成功をした。流石、国のトップですわねぇ」

国のトップが相手だと言うのにこの少女、物怖じをする事無く、マイペースでいる。

「さて、貴女の望みは何だ?古来から悪魔や魔女と言う者は、利益をもたらす代わりに、対価として代償を求めるものだ。さて、貴様が望む者は何だ?金か?地位か?それとも」

「協力関係を気付いている相手に、悪魔、魔女!酷い言いぐさですわぁ。オヨヨヨー」

彼女は白々しい泣き真似をするが、為政者は意に介す事は無かった。むしろ彼女の事を冷ややかな目で見つめていた。

「でもぉ、代償をですかぁ。頂けるものなら、欲しいですねぇ。例えば、首相(あなた)の命、とか?」

彼女の言葉に触発されたのか、SP達は銃を取りだし、彼女に銃口を向ける。

為政者が一つ命令をすれば、直ちに発砲し、彼女を蜂の巣にせんばかりの勢いだ。

「よさんか、彼女は今宵の来客だ。これくらいの事、私が許す」

「失礼致しました」

「しかし、私の命か随分と大きく出たな。まあ、ファンタズムボウル制覇を成し遂げたなら、考えんでも無いがな」

「へぇー、ご自身の命には興味が無いと。貴方の様なお方、今時珍しいわぁ」

「大火で疲弊した、オリオールの国を建て直すには、ファンタズムボウルを制覇して、この世界の覇権を握らなければならない。覇権さえ握れば、後はこの国の若い者が何とかしてくれる。だから、私の命などどうでもいい・・・」

「もしかしてぇ、貴方。余命、後僅かとか言わないでしょうね?それなら自身の命に興味が無いと言うのも納得ねぇ」

「余命後僅かの命では、代償として不満とでも」

「いえいぇーむしろ、死に損ないの人間が最後にどんな足掻きを見せるのか、益々興味が出てきましたぁ。お任せください、首相。その望み、叶えて御覧にいれましょう」

そう告げると、壁に向かって歩き、壁の中へと消えていった。

「魔女だろうが、悪魔であろうが、どんな者の力を借りてでも、優勝しなければならない。この国の復興の為にもな・・・」



カズミとクラリスは、ドーム内の薄暗い通路で、立ち往生をしていた。と言うのも、先程からモンスターに行く手を阻まれ、犯人探しに手こずっていたのだ。

「僕が呼ばれた理由って、こんな事を想定してたからですか?」

「いや、これは想定外だ。こんな、人間をドロドロに溶かした様な、不定形のもの(・・・・・・)が出てくる事は想定していない」

クラリスは白衣の内側から、薬品の入った複数の薬瓶を不定形のものに投げつける!

複数の薬品は、不定形(もの)にぶつかると、薬品特有のツンとくる刺激臭と肉の腐った様な匂いを放ち、不定形(もの)を溶かしてゆく。

「クラリスさん、後ろ!」

薬品を浴びなかった、他の不定形(もの)が、クラリスを取り込もうと、ガバッと広がり彼女に襲いかかる。

「甘い!」

彼女は、自身の身長を遥かに越える跳躍をし、不定形(もの)の攻撃を回避する。

跳躍をした彼女は、片手で天井の配水管にぶら下がり、空いている方の手で、さらに薬品を投げつけ、不定形(もの)を溶かしていく。



「ふー、この辺の不定形(もの)は、粗方片付いたな」

クラリスは、額の汗を拭い、一息をいれる。

「けど、クラリスさんに、これ程の戦闘スキルがあったなんて。昔何かしていたんですか?」

「あたしかい?ただの一般人(ひと)だよ」

いや、クラリスさんは惚けているけど、あの戦いは、ただの一般人出来るものではない。

さっきの戦いで見せた、戦闘スキル、跳躍力、不定形(もの)を見ても動じないメンタル。それらは、ファンタズムボウルの選手と、同等のレベルであった。特に戦闘スキルに関しては、イリーナよりも、上なんじゃないか?(・・・・・・・・)

そう感じさせる程であった。

「おい、見ろよ。団体さんのお出ましだ。あたしが前に出るから、後ろから魔法で掩護を頼むよ」

「ハイ!」



「もー無理!ギブだギブ!頼むから、これ以上出てくれるなよ・・・」

「ええ、僕も・・・無理です。て言うか、前線で戦っているクラリスさんよりも、僕の方が・・・息を切らすなんて・・・」

「でも、あたしを何度も守ってくれただろ。お姫様を助ける勇者様みたいに、かっこよかったぞ!」

ここぞと言わんばかりに、カズミを後ろからホールドし、髪をグシャグシャと撫でる。

「あのー」

「なんだ?」

「僕を子供のように扱うのは、止めて欲しいんですけど・・・」

「ああ、悪い悪い」

悪い悪いと言うものの、彼女には悪怯れる素振りは見せる事は無い。

「あと、背中に当てているのは、わざとですか?」

カズミの指摘の通り、クラリスの二つの巨大な膨らみは、彼の背中に押し当てられていた。

カズミも年頃の男の子なのだ。胸を背中に押し当てられて、ドキドキとしない訳がないのだ。

「別にわざとじゃないさ、カズミを抱き締めていたら、たまたま当たった。だから、わざと当てていないから、安心してくれ」

「まあ、嫌われるよりかは、いいですけどね・・・」

「んー!カズミとこうしていると、心が落ち着くー」

て言うか、何でクラリスさんは、僕に対してこんなスキンシップを測るんだ?僕には理解が出来ないよ。でも、僕を抱き締めているときは、どこか幸せそうだな。クラリスさんが、幸せなら・・・幸せならいいかな。

犯人を探している途中だと言うのに、クラリスは、カズミを抱き締めて歩いていた。一見非常識に見えるが、おぞましいモンスターと戦いながら、正気を保つには、これが最善策でもあった。

人の肌の温もりは、恐怖を和らげ、彼女達に勇気を与えていた。それをクラリスは、意図してやっていたかは、彼女しか。もしかすると、彼女にも分からないのかも知れない。



「流石にこれで終わりだろう。他のブロックは、ドームの警備員が、不定形(もの)を排除してくれたみたいだし」

クラリスのやりきったと言う、満足げな表情とは裏腹に、カズミはどこか、浮かない顔をしていた。

「あの・・・クラリスさん、さっきから出てくる不定形(もの)って・・・」

「ああ・・・顔はどれも、女子供(・・・)ばかりだったな・・・」

「もしかして・・・」

「それ以上は言うな!今、想像した事は、全て忘れろ。想像すれば、それは悪夢となり、お前の心から永遠に離れなくなるぞ」

「分かりました。もう一つ、聞いていいですか?」

「そろそろ、僕を連れてきた理由を、教えてください」

「確信が無いが、スズネがターゲットだったから、お前を連れてきた」

「え?どういう事ですか?」

(よこしま)なるものを祓えるのは、チームではスズネとだけだからだ。相手方は、自分の呪詛をふり祓われる事を嫌がった。だからスズネを、強力な呪詛のターゲットにした」

「呪詛をふり祓えないように・・・ですか?」

「たぶんな。だが、こちらにはもう一人、呪詛をふり祓える人間がいる。スズネから、ふり祓いを教わった、カズミがな!詰まるところ、それがカズミを連れてきた理由だ」

「わかりました。全力を出しきり、スズネを救います」



「さて、目的地に到着か?」

目の前のプレートには、〈第二放送室〉書かれている。

「ここに来る途中だけ、大量の不定形(もの)が出てきたんだ。なら、ここに犯人が居ると見るのが自然だろう。扉を開けるぞカズミ。心の準備は出来たか?」

「いつでもいけます」

クラリスの言葉に、カズミは静かに首肯く。


〈第二放送室〉の扉を開けると、テレビスタッフとおぼしき人達が倒れ、一人の女性だけが立っていた。

「あら、意外と遅かったですね」

「あ、貴女が・・・何故ですか!」

カズミが狼狽するのも、無理は無かった。目の前には、ナイナーズを応援するアイドル、〈サスガ〉が居たのだ。

「何故って、私が犯人だから」

サスガの瞳からは光沢が消え失せ、その瞳の奥からは無限の闇を覗かせる。

「ちっ、ダークネス化か!」

「ダークネス化?」

「ダークネス化と言うのは、憎悪、悲しみ、妬みの心を膨大に膨れ上がらせた人が、呪詛を取り込み発症する。発症した患者は、力を手にいれる代わりに、負の感情に支配され、最後は全身に呪詛が回り、死ぬ」

「つまり、彼女がこのような事をしているのも・・・」

「そう言う事だ」

「サスガさん!もう止めるんだ!今すぐに、スズネにかけた呪詛を、解除してほしい!」

カズミの言葉に、サスガはやれやれと肩をすくめる。

「それは出来ない相談。呪詛を解除してしまえば、貴方達が苦しみ、慌てふためく所が見られなくなるもの」

「何故だ!貴女はファンタズムボウルを誰よりも愛し、応援し続けて来た人なのに、どうして!」

「それはね、これが理由(・・・・・・)よ!」

サスガがボブカットの髪をかき上げ、隠された額を見せると、そこには生々しい傷があったのだ。

「今年の開幕戦、ナイトメアラウンズを、応援に行った日だった。戦前の予想では、ナイトメアラウンズが、セイントナイツを圧倒すると言う予想外割だったけど、結果はセイントナイツの勝利だった」

「クーデターの影響で、ラウンズの複数の主力が出られなくなった試合か!」

「ええ、貴女の言う通りよ。エースQB(クウォーターバック)の、〈アーサー・V・ペンドラゴン〉及び、主力数名を欠いたラウンズは、チームとして機能せず、敗れ去った。そして試合後に帰ろうとしたところ、暴徒化したファン達に、私は襲われたわ。お前の応援したせいで、クーデターが起き、チームが負けた!どうしてくれるんだ!」

「言い掛かりもいいところよ・・・ただの小娘が、どうやったらクーデターを起こせるって言うの!気が付いた時には、私はファンに囲まれ、殴る蹴るの暴行を受けていた。回りで見ている人間も、助ける事もせず、冷ややかな目で見つめるだけ。いや、殴られているのを見て、清々している様だった。

確かに、私が応援したチームには、不幸が起き、怪我人もでた。でもそんなの、偶然に起きた、不幸な出来事じゃない?

なのに、私が罵倒され、殴られなきゃいけないの!」

「・・・」

「でもね、私は力を手に入れた。気に入らない人間が居れば、捻り潰し、呪い殺せる。最高の力よ!」

「お願いだ。スズネは、君の呪詛で今も苦しんでいる。これ以上スズネを苦しめないでくれ!頼む」

「嫌よ、だって私が助けを乞い、泣き叫んでも、誰も助けてくれなかった。けど、そんな私とはもうサヨナラ!今度は相手が泣き叫び、命乞いをする所を見ることが出来るのよ。ファンタズムボウルなんかよりも面白い、最高のエンターテイメントだわ!」

サスガは、懐からマイクを取りだし、金切り声じみた声を、マイクに乗せる。

「なんだ!?このガラスを引っ掻いた音を、百倍くらい強力にした音は!」

「あ、頭が・・・割れ、る」

サスガがマイクから発生させた金切り声は、二人の脳を揺さぶり、万力で頭を締め付けられたような痛みを、与えた。

「いいわ、いいわ!苦しみ、悶える表情。これこそ、最高のエンターテイメント!さあ、私をもっと楽しませなさい!」

「カズミ。少しの間だけ、サスガの動きを止めるから、彼女から呪詛をふり祓ってくれ」

カズミが何とか頷くと、クラリスは金切り声に耐えながら、白衣の内側から鍼を取り出し、大量の鍼を、指と指の間に挟む。

「何をするつもり?」

「決まっているだろ、お前に投げつける為さ!」

クラリスの手元を離れた鍼は、サスガに向かって一直線に飛んでいく。だが、放たれた鍼はサスガを覆う呪詛に阻まれ、彼女に届くことは叶わない。

「無駄よ、無駄!そんなか細い針では、私に傷一つつけられない!」

「お前の想像する〈針〉と、あたしが投げる〈鍼〉は、別物だ。舐めてると、痛い目に遭うぜ!」

「やれるものなら、やってみなさい!」

クラリスは、髪の毛よりも細い鍼から、注射針よりも太く長い物まで、大小様々な鍼を、彼女に向かって投げつける。だが、投げつけた鍼は、彼女の呪詛に阻まれ、届くことは叶わない。

「無駄だと言うのに・・・ああぁ!もううざったい!出力全快で、止めをさしてやる!」

マイクのボリュームを最大限に上げ、サスガが止めを指そうとした瞬間、彼女を目掛けて大量の粉末が、天井から降り注ぐ。

「ゲホッゴホッ!?貴女何をしたの!」

「何って、天井のスプリンクラーを起動させただけさ」

クラリスの指差す所を見ると、天井のスプリンクラーに、先程投げた鍼が突き刺さっている。

熱く、真っ赤に燃えた鍼は、スプリンクラーを起動させる熱源の役割を果たしていた。

「炎の魔法を付与した、特製の焼き鍼だ!機械(スプリンクラー)を誤作動させるには十分な温度だろう」

粉まみれになり、呼吸も満足感に出来ないためか、サスガを覆う呪詛が、急激に弱まる。

「今だ、カズミ!(よこしま)なるものを、振り払うんだ!」

「はい!上条流式紙!式紙よ、(よこしま)なるものを、振り払いたまえ!」

サスガを守る呪詛が弱体化し、チャンスと見たカズミは、彼女に向かって護符を投げつける。

「がぁあ!力が、私の体から・・・抜けて、いく・・・」

バサァ!

「サスガは!」

クラリスは、倒れこんだサスガを抱き抱え、身体に異常が無いか、すかさず確認をする。

「心配するな、気絶しているだけだ」

「よかったー」

ヒュン!

クラリスは何故か、ノールックでカズミに向かって鍼を投げつけた。

「クラリスさん!危ないじゃないですか!」

「悪いな。けど、カズミの後ろに何かいるみたい(・・・・・・・)でな。

おい、そんな所でこそこそしてないで、姿を見せたらどうだ?」

「あらぁ、どうして気づかれたのかしらぁ?」

漆黒のゴシックドレスを身に纏った、すみれ色の髪の少女が、壁の中から這い出てきたのだ。

「何故気づいたか?んなもん、勘だよ、か、ん!」

「でも、勘と言うものは、経験を元に思考する事無く、最短で最適解を導き出すもの。見事ですわぁ、クラリス・ホプキンス」

「あたしを誉めても、何も出ないぞ。ああ、褒美にお前らの正体と、目的を教えてくれると嬉しいんだがな」

「自分の所属と目的を話すなんて、何も特になる事が無いのに、話すわけないでしょ?でも、貴女達の、見事な(スキル)の数々に免じて、ヒントをあげましょう。私は、人類の敵であり、人類を憎む者とでも、言っておきましょうかぁ。そこで倒れている、サスガをダークネス化させたのも、私がやった事ですわぁ」

彼女は軽く手を振るい、カズミに指先を向ける。指先では漆黒の炎が浮かび上がり、カズミに向かって投げつける。漆黒の炎は、カズミを包み一瞬で周囲を漆黒の世界に作り替える。


「人類を憎む?何故彼女は、人類を憎むんだ?そんなことをする子じゃあ・・・え!?僕は、彼女の事を、知っている?」

カズミを包み込んだ漆黒の世界。すると突然、数人の子供に、男女の大人が現れた。

「さぁー。もうすぐ夕飯だから、早くお家に入りましょうねー」

「はーい!!!」

母親と思わしき人物に声をかけられた子供達は、家の中に続々と入っていく。

子供達が家に入ってすぐの事だった、松明を持った村人達が、家を囲み火のついた松明を、次々と投げつけ始めた。

「お家が燃えてる、熱いよ!早くドアを開けて!」

「ダメよ!扉が開かない!」

「ハハハッ!○○の子を匿っている孤児院など、燃え尽きてしまえ!」

「○○の子が、悲鳴をあげているぜ!このまま焼け死ね!」

バチバチと燃える孤児院、中から脱出しようにも、村人により塞がれたドアや窓は開くことはない。

外に出ようと、必死にドアを叩く音。熱い熱いと泣き叫ぶ、子供達の悲鳴。それを聞いた、村人は大笑いをする始末だった。

扉を叩く音は、徐々に小さくなり、同時に悲鳴も聞こえなくなっていた。



「女の子・・・燃え上がる小さな孤児院。僕は、うぁぁぁっぁ!!!」

少女の作り出す幻影に、カズミを恐怖と混乱に陥れる。

「カズミ、落ち着け!しっかりするんだ!」

クラリスは、カズミを後ろから抱き締め、震える手を自身の暖かい手で包み込む。

「どれ程の恐ろしい物が、カズミを苦しめようとしても、私が一緒にいる。だから、大丈夫だ!」

するとどうだろう、カズミの手や体からは、震えは消え、落ち着きを取り戻したのだ。

「・・・クラリス、さん。ありがとう」

「へぇ、私が送った呪詛による幻影を、人肌の温もりで破るとはぁ。流石ドクターと言ったところねぇー」

「以前、カズミに呪詛を送りつけたのはてめぇか?だとしたら・・・」

「だとしたらぁ?」

「この場でぶち殺す!」

少女の、感情を逆撫でする言葉の数々。クラリスは少女に対して、憎悪の言葉を口にする。

「あぁ、怖い怖い。怖い鬼さんが居る。ここは撤退するのが一番かしらぁ」

彼女は、冷たくおどけた表情をしながら、呪文の詠唱を始める。

「この地で蠢く怨霊どもよ、生者を呪い、貪り尽くしたまぇ!」

少女の召喚術で、幾つもの女子供の顔が張り付いた不定形(もの)が、地面からヌプリと這い出る。


「痛いのはもう嫌だ・・・お願いだから、お家に返して!私たちを自由にして・・・」

それまでの不定形(もの)とは違い、表情は鮮明で、それら一つ一つが意思を持ち、まるで生きているかの様だった。

世にもおぞましい不定形(もの)を見てしまったカズミは、胃から酸っぱいものが込み上げるのを感じる。

「気に入って頂けたかしらぁ?血塗れ女王(ブラッディクイーン)に殺された、女子供の怨霊を元に作った不定形(もの)は?、この痛みのあまりに苦しみに、満ちたなんてたまんないわぁ」

恍惚に満ちた表情の少女は、おもむろに剣を取りだし、不定形(もの)に貼り付く顔の一つに、剣を降り下ろした。

剣で刺された顔は、この世のものと思えぬ悲鳴を上げ、その部分だけボロボロと崩れ落ち、何も喋る事は出来なくなった。

「嫌だ!死にたくないよ!私はお母さんの待つ、お家に帰るんだ。何でもするから、殺さないで・・・」

「何でも?じゃあ、目の前に居る二人を殺す事が出来たら、楽にしてあげようかしらぁ?」

少女言葉を聞いた、不定形(もの)は、苦しみから解放されるべく、カズミ達に襲い掛かる。

「さぁ、この可哀想な不定形(もの)に、貴方は手をかける事が出来・・・」

カズミは少女が話しきる前に、詠唱を始めていた。

「上条流式紙・・・式紙よ、(よこしま)なるものを、振り払いたまえ!」

(よこしま)なるものを振り払う。いや、救うために、式紙を放つ。

カズミの手から放たれた式紙は、これまでに無い輝きを見せ、不定形(もの)を浄化していく。

「苦しみから、解放され・・・」

「やっと・・・お家に、帰れる・・・」

「あり・・・が、とう」


「へぇ、躊躇しないのねぇ。意外だったわぁ」

「お前は、僕らを殺したら・・・楽にしてあげようと(・・・・・・・・・)と言った。最初から助けるつもりが無かっただろう!」

「ご名答!顔の一つ一つを、ゆっくり、ゆっくりと、苦しみを与えて、なぶり殺したでしょうねぇ」

「この・・・外道がぁぁ!人の命をなんだと思っているんだ!」

カズミは、(いか)っていた。これまでの人生で、ここまでいかった事はなかった事は、一度も無かった。少女の非道な行いに、殺意すら覚えていた程であった。

「外道!?貴方達人間の方が、我々よりもよっぽど外道だと、思いますけどねぇ。では、またどこかでお会いしましょう」

少女が別れの言葉を告げると、少女は地面に吸い込まれ、そのまま消えていった。

「くそっ!」

カズミは少女を取り逃がした事が、怒りのあまりにも悔しく、思わず拳を地面に叩きつける。

「あの少女は逃がしちまったが、スズネの呪詛は溶けたはずだ。ここでゆったりしている暇はない、急いでフィールドに戻るぞ!」

「わかり、ました・・・」

カズミとクラリスは、このあと駆けつけた警備員に引き継ぎ、急いでフィールドに戻るのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ