第3節、6話 ライバルとの、血戦
暗闇に包まれたオリオールドーム。
グラウンドだけは、七色に輝くスポットライトで照らされ、本日の主役の登場を待つだけだ。
「それでは、選手入場です。皆さん盛大な拍手でお出迎えください!」
セイントナイツ専属のアナウンサーの掛け声とともに、ライトに照らされた選手が次々と登場をする。
「前線でのバトルから、パスキャッチにランプレイ。時には、QBの変わりにパスをこなすパーフェクトプレイヤー。彼女が自由に走る道は、勝利へのウイニングロードだ!バーニングエンジェル、イリーナ・バニング!本日帰還です」
「イリーナ!イリーナ!」
ドームは360度見渡す限り、ほぼ全員のセイントナイツファン全てが、敵であるイリーナに声援を送る。
例え敵に回ったとしても、地元のスターの帰還と言うものは、ファンとしては嬉しいのだ。
イリーナの登場にドームの全員がイリーナコールをかける。
イリーナも声援に答える為に、全方向のファンに向かって笑顔で手を振る。
これには地元のファンは、地鳴りの様な声援でイリーナを鼓舞する。
「おいおいー、これじゃぁどっちがホームのだかわからねぇぜ。おい、トウカ!お前もイリーナに負けない様にって」
アーソンがトウカ視線を送ると、彼女は手は震え唇は乾き顔色も良くはなかった。どうやらイリーナへの声援を前に、トウカの緊張はピークに達していた。
「私も人前で剣を振るうようになってまだ1年足らずですが、こんなにも手が震えプレッシャーを感じたことはありません・・・」
「トウカ、お前は世界最強、いや史上最強のバトルアスリートなんだ。
実力を発揮できれば、イリーナなんて目じゃねぇよ。あいつが二度と立ち上がれないくらいに潰してやれ!」
「な!?・・・仮にもイリーナは貴方の娘さんでしょ!いくらなんでもそんなことは・・・」
「トウカ、あいつはプロの選手なんだ。フィールドに立てば、自分が相手の選手に潰される事も覚悟をしてプレーをしている。
娘だろうが何だろうが、今のイリーナはセイントナイツの敵なんだよ。ちょっと過激な言い方をしたけど、言いたいことはいつも通りに全力でプレーしてこい。それだけだ」
トウカにとって、自分が世界最強の選手と言われた事は、喜ばしい言葉であると同時に、自信を取り戻すには十分な言葉であった。
緊張のあまりに、震えていた手は止まり、顔に血の気も戻り始めていた。
「わかりました。サカザキ流抜刀術の力、ここにお見せします!」
「よしよし、じゃあ行ってこい!後一つ、アドバイスがある」
「何でしょうか?」
「トウカの事は、ゾンビだと思って全力で切り伏せろ!」
「ゾンビ・・・ですか?よくわかりませんが、頑張ってきます!」
「ゾンビですか、良い得て妙ですね」
アーソンの言葉に、ウィリアムスが反応し答える。
「だろ!トウカの奴、イリーナの打たれ強さには手を焼くだろうなー」
さーて、世界最強のバトルアスリートと世界最強のピュアアスリート。この勝負は見ごたえがあるぜー、どんな結末になることか。
続きましては、オリオールセイントナイツの選手入場です。皆さん盛大な拍手でお出迎えください!
鏡の様に磨かれた鎧に、背丈を軽々と越える白銀の槍。鍛えられた肉体に、甘いマスク。まるで、童話に出てくる騎士か、エルフの王子様の様であった。
「光速の槍裁きに、大地を震わす雷。いつしか彼を、こう呼ばれた。ライトニングランサー、ウィリアムス・ハンセン」
「ウィリアムー!」
ドーム内の女性達は、彼の一挙手一投足に黄色い声援をあげる。
ウィリアムスの後ろから姿を見せる、ダークエルフの女性。
薄く、太股や腹部をさらした、ダンサーの様な衣装。褐色の肌を惜しげもなく見せ、見るもの全てを魅了した。
「全てを引き裂く、変幻自在の蛇腹剣。闇の舞踏に、誰もが見蕩れる。さあ刮目せよ!ダークダンサー、エリーゼ・アリアス」
「エリーゼ!今日も素敵だー!」
ウィリアムスと違い、こちらは男達の声援野太い声援が、木霊する。
「カミカゼの国にて、帝を守るために生まれし抜刀術。立ち塞がるものは、血まみれになりながら全て切り捨てる。バトルアスリート前年度世界チャンピオン!血まみれ王女、トウカ・サカザキ!」
「トウカ!トウカ!トウカ!」
「今日もノックアウト勝ちを、期待しているぜー」
セイントナイツの全選手のなかでただ一人、コールを受けたトウカ。少し恥ずかしながらも、応援してくれる観客に向かって手をふる。
「以上を持ちまして、全選手は入場しました!
この、オリオールドームの改修の為、ホーム開幕は、今日までずれ込みました。ですが、みんなの愛する選手達は、ここに帰ってきました!さあ!全力の応援、よろしくお願いします!!!」
「ウォォォー!!!」
去年の大火による被害は、このオリオールドームも免れることは出来なかった。その為、シーズン中盤からの残り試合全部を、アウェイでプレーすると言う選手にとっても、ファンにとっても、苦しい状況に追い込まれた。
この時を待っていた。ファンは、この時を待っていたのだ!
半年以上、テレビで応援するしか出来なかった選手達が、今目の前にいるのだ。
喜び、楽しみ、それらの感情が、閉鎖空間であるドームで反響し、今日一番の声援を見せる。
「ドーム球場、自然の風がなくて苦手だな」
自身の味方である風が無いことに、一抹の不安を覚えるカズミ。
そんなカズミの姿を見かねたのか、スズネが彼の側に寄り添う。
「大丈夫です、風の神は隙間を見つけドーム内であろうと居られます」
「ありがとう、スズネ」
「カズミ、頑張ってくださいね」
試合直前の為、各々のポジションにつく選手達。
決着はフィールドでつけると宣言した、トウカとイリーナ。
二人は開幕戦と同じく、真正面で向かい合い、バトルに備える。これから何度も戦うであろう、ライバル達。決戦、いや!血戦を前に、火花を散らす。
イリーナは考えていた。最初の一手目が、トウカとのバトルの優劣をつけると。
少しでも自身に有利になるよう、トウカがとる行動パターンをイメージし、頭をフル回転させる。
トウカは大太刀よるリーチを利用した、アウトレンジからの攻撃でリズムを作り、得意のヒット&アウェイに持ち込むか、カウンター狙いの待ちの戦略を取るだろう。
そうされない為には、スタートと同時にゼロ距離まで踏みこみラッシュをかける!
ドーム内に、ブザーが鳴り響きゲームがスタートした。
ブザーが鳴ったか鳴らなかったの、微妙なタイミングで、トウカが先に仕掛けてきたのだ。
トウカの神速の踏み込みは、数メートルあった距離を、一瞬でゼロ距離にする。
「何!」
イリーナにとって、トウカからゼロ距離に踏み込んで来るのは想定外だった。僅かだが反応遅れ先手を許したイリーナに、トウカの刃が襲いかかる。
「まさかの先制攻撃とは、やってくれるな!」
「お前が、それだけの事をさせる相手と言うことだ!」
トウカはメインウェポンの〈太刀〉を使用せず、短く取り回しの良い〈小太刀〉を使用していた。
お互いの鼻先がぶつかりそうな超接近戦では、重く長い太刀よりも、扱いやすく手数で攻められる〈小太刀〉の方が良いとトウカは判断する。
効果はてきめんだった。イリーナのメインウェポンでもあるパイルバンカーは、威力はあるものの、重くある程度距離をとり、振り回す余裕がないと使えない、扱いの難しい物だ。
トウカの踏み込みは、パイルバンカーの得意とする射程の、更に内側へ入り込んだのだ。
それにより、パイルバンカーはただの重たい武装となり、〈小太刀〉の猛攻を防ぐための盾として使わざるおえなかった。
「このままではらちが明かない、これならどうだ!」
業を煮やしたイリーナは、状況を打開すべく、キックを放ちトウカを後方へノックバックさせようとする。
イリーナキックがトウカの腹部を直撃したのだが、足裏で蹴飛ばした感覚がほとんど無い。
イリーナのキックのダメージを軽減すべく、トウカは自ら後ろにステップをしたのだ。
トウカにダメージを与えることは出来なかったが、当初の目論見通りに、彼女との距離をとる事に成功する。
バックステップでの着地後に、僅かに硬直をするトウカ。それを勝機と思ったイリーナは、自身に出来うる最大限の突進で、トウカの懐に飛び込む。
そうはさせじと、太刀のリードを生かし、踏み込まれる前に斬り伏せる為、刃を水平に走らせ彼女の首もとを狙う。
しかしバックステップの直後で、余裕が無かった為か、身を低くし突進するイリーナに間一髪回避をされてしまう。
射程圏内まで詰めより突進の勢いでパイルバンカーを振り回そうとした、時だった。
何かがイリーナの首もとを狙った。恐らくトウカの切札、〈見えざる刃〉だろう。
ビデオで何度も見て警戒をしていたのだが、好機到来と見たイリーナの頭の中からは、すっとんでいたのだ。
無警戒の所に上半身を切り裂かれ、突進が止まってしまう。
痛みに耐え踏み込もうとした、次の瞬間。イリーナ頭部に、ハンマーで殴られた様な感触が走る。
「何だ!この・・・ハンマーで殴られた様な感触は・・・・・・」
脳を揺さぶられぼやける視界に、映った物は、先ほど空振りした〈太刀の柄〉であった。
彼女は、剣士の命である刀の柄で、イリーナのこめかみを殴りつけたのだ。
「このままでは不味い!一度離脱をせねば」
この状態で接近戦をするのは危険と感じたのか、バックステップで距離を取ろうとする。
「サカザキ流抜刀術、足踏み」
だが、出来なかった!後ろにステップ出来ないように、イリーナの左足を、トウカが踏みつけていたのだ。
トウカは間髪入れず、こめかみを殴打した〈太刀〉で、イリーナを切り裂く。
「サカザキ流抜刀術、飛燕。これで終わりだ、イリーナ・バニング!」
左肩から腹部にかけ、切り裂かれた部分から出血し、返り血を浴びたトウカを、鮮血に染める。まさに、血まみれ王女と言う出立ちだった。
飛燕をもろに浴びたイリーナは、その場でうつ伏せに倒れこむ。
「イリーナ!!!」
「無駄だ。障壁により多少はダメージを軽減されたが、手応えはあった。彼女はもう、立ち上がる事は出来ないだろう」
ヒュンヒュン、チャキッ!
刀にこびりついた血を落とすべく、空に十字を切り血を落とし、太刀を鞘に納める。
「甘い・・・な、トウカ。私はまだ負けて・・・いないぞ」
傷口からは出血をし、息は切れ切れだが、イリーナは何とか立ち上がる。
「な、何故だ!何故その傷で立ち上がれる!」
「私・・・が、イリーナ・バニングだからだ・・・」
しかし彼女の足元はふらつき、膝をついてしまう。
大量に出血をしているイリーナを治療すべく、ゴルドはすかさずタイムを宣言する。
「主審!タイムアウトだ!」
「ナイナーズ、ここで一度目のタイムを使うようです。恐らくは、イリーナ・バニングの治療の為でしょうか」
丁度ファーストダウンが終わり、プレーが止まっていたことも幸いしてか、すぐにタイムを取ることが出来た。
「おい、準備をしていた輸血パックを持ってこい!間違えて他の選手のを持ってくるなよ!」
クラリスは医療スタッフに指示をし、自身はイリーナの治療に入れるように、医療用手袋をはめ準備をしていた。
「イリーナしっかりするんだ!イリーナ!まさかこのまま・・・」
イリーナの事を心配し必死に呼び掛けるカズミ。
「心配するな、出血ならもう止まっているだろう。だから大丈夫だ」
カズミに心配をかけまいと、親指をたて笑顔を見せるイリーナ。
先ほど、左肩から腹部にかけバッサリと斬られていたが、傷口の修復は終わり、出血も止まっていた。
これにはカズミも驚きを隠せなかった。
「咄嗟に自己治癒の魔法を使ったのか、流石イリーナだ。と言っても、流れ出た血の補充は必要だろう?」
「ええ、お願いします・・・」
「しかし何だ、こちらで治療する前にすでに傷口が塞がっているとか、常識外にも程がある」
手際よく輸血を行ったクラリスは、時間内に治療を終える事に成功する。
「イリーナ!いくら魔法でカバーしているとはいえ、急速な輸血だ。
もし、体に異常が出ればすぐにベンチに下がって貰うからな」
「これくらいなら、大丈夫です。輸血、ありがとうございます」
「よし、行ってこい!」
一方セイントナイツのベンチから、イリーナを見つめるアーソン。トウカの抜刀をまともに受けても立ち上がるイリーナには、お手上げと言う感じであった。
「流石だよ。どんなダメージを受けようが、立ち上がって来る。まあ、あいつのタフさは母親譲りだから、仕方ないっちゃー仕方ないのか。さー、トウカ!どうするよ」
アーソンの呟きを聞いたかは定かではないが、当のトウカは、若干不満げな顔をしていた。と言うのも、切った手応えがあった相手が始めて起きあがってきたのだ。
「これは手強い。予想以上の打たれ強さだ。それならば、意識ごと断ち斬るだけだ!」
前線では激しいバトルを繰り広げ、スタートしたが、試合展開そのものは静かなものだった。
イリーナを封じられた事で、決め手を欠くナイナーズ。
試合開始から10分は、両チームともに、相手のレッドゾーンへ侵入することは出来なかった。
第一クォーター3:06 フォースダウン 残り15ヤード
ナイナーズはこの試合、始めてレッドゾーンへ侵入することに成功をした。
しかし、チームの得点元であるイリーナがトウカとのバトルで封じこめられているために、最後の一押しが難しくなっていた。
そしてもう一人の得点元であるカズミだが、彼も苦戦を強いられていた。
エリーゼの蛇腹剣の猛攻に、なんとか耐え、エンドゾーンまでたどり着く。
「あたしの蛇腹剣をかわしながら、味方に障壁などで援護をし、QBの仕事をする、やるじゃない!」
カズミはエリーゼの蛇腹剣をかわしながら、スズネから教わった魔法で味方を援護し、パスプレーまで行っていたのだ。
「さあ、どうする。セイントナイツは、他のチームと比べて、パスプレイやランプレイへの対処は甘い。
でも、こっちの切り札でもあるイリーナが動けない以上、若干不利か。ボウルを受け取ったら、どこに投げるべきか・・・」
パスコースを悩んでいた矢先に、キーンからボウルが飛んでくる。しかし、考え事をしていた為に、ボウルをお手玉してしまったのだ。
受け取った直後にパスを出せていれば、まだチャンスはあったのだが、それを逃したカズミに、パスコースは残っていなかった。
パスを出来ず5秒ほどボウル保持していたのだが、ナイナーズの前線は簡単に崩壊し、カズミに襲いかかる。
「不味いよ!相手は目の前だし、パスコースも無い。いったいどこに投げれば良いんだよ!!!」
カズミには珍しく、若干パニックに陥りかける。
しかし、自身パニックを起こせばチームが崩壊すると言う認識が、パニックに寸前の状態で押し止める。
「不味いよ、早く投げなきゃ!」
苦し紛れに後ろを見ると、いつものようにスズネが居た。
そしてカズミとスズネの目があった瞬間だった。
何故か彼女にボウルを投げてしまったのだ。
「へ?」
「あっ・・・」
後にカズミは語る。何でスズネに投げたのか、今でもよく分からないと。
よく分からないで、投げられたスズネはたまったものでは無かった。
「おっとー!まさかスズネへの、バックパス。まさか秘密の特訓によって、パスやランプレイが出来るようになったのかー!」
「そんなわけ無いでしょ!人生で始めて、ボウルを握ったわよ!て言うかカズミ、あんた何て事をしてくれてるのよ!!!」
スズネは悲鳴そのもの叫びをあげるが、カズミは構っている暇は無かった。
一刻も早くボウルを取り戻すべく、全力でスズネの元へダッシュをする。
そうはさせじと、セイントナイツの選手も、スズネからボウルを奪うべく、全力でダッシュをする。
だが、カズミの脚力と、予想外のパスへの反応の遅れが影響したのか、カズミが先にボウルを獲得した。
それを見た相手は、カズミからボウルを奪う為に、全力で突進をかける。
カズミは相手の突進をかわす為に、右側へ走るふりをし、左側へ走るフェイントをかけ、それを避けた。
ボウルを抱えたまま、真横のサイドラインへ疾走するカズミ。そしてサイドラインの点前まで来たところで、急な方向転換をし、今度は右斜め前に向かってダッシュをする。この方向転換が項をそうし、セイントナイツの選手を振り切る事に成功する。
左右に揺さぶられ、眼前に迫るカズミを前に、セイントナイツの選手達は、引き寄せられた様に徐々に前へ踏み出す。
「お、おいっ!やめろ!前に飛び出すな!前に出たら、スペースが出来ちまうだろ!」
アーソンの必死に叫ぶも、遅かった。
パスのスペースが出来た事を、カズミは見逃す訳もは無く、そこへ向けてボウルを投げる。
相手選手のマークを外した、WRのヘレンは、ボウルの着地点へ飛びこみ、そのままキャッチをする。
「タッチダウン、ナイナーズ!」
「やったぁぁぁ!やったよ!」
普段は、トウカの影としてプレーをするヘレンが、始めて単独でタッチダウンを決めたのだ。
その喜び様は、いつもの物静かな彼女と違い、喜び叫んでいた。
タッチダウンパスを決めたカズミも、さぞ喜んでいるかと思われたが、そうではなかった。
予告無しのパスをされた、スズネは怒り、カズミにズイズイと迫っていたのだ。
「カーズーミー!あんた予告もなしに、何て事をしてくれてるのよ!」
「ごめん、つい投げちゃった・・・もしかして、怒っている?」
「怒っている?じゃないわよ!あのまま私がお手玉をして、失点していたかも知れないんだから!」
スズネが感情を表に出すと言う、あまりにもレアな出来事にドームは騒然としていた。世間的には、クールビューティーとして通っていたスズネが、感情を表に出していた事に、驚きを隠せない人が数多くいた。
しかしいつもと違うスズネに、ある種の魅力を感じる者がいるのも事実だった。
「スズネ、その辺で終わりにしてよ!」
「いーや、終わりにしない!あんたが準備をしていない私に、二度とパスをしないと誓うなら許すわ」
「誓います、誓いますから!どうかこの場は納めてください」
「じゃあ、もう一つお願いを聞いてくれたら許す!」
「今度は何?」
「私にパスを教えなさいよ・・・」
「え?」
「私にパスを教えなさいと言ったのよ!」
「また同じように、ボウルを投げられたら、かなわないわ!だから・・・私と一緒にパスの練習をして・・・」
「わかった!試合がが終わったら、早速やろうよ!」
約束と共に、何故かスズネの両手を握り、彼女を見つめるカズミ。
「カ、カズミ・・・人前でそんな風に手を・・・握らないで・・・」
「あ、ごめん・・・」
「仲睦まじいのは良いのだが、そろそろ試合を再会してもいいですか?
このままだと、二人を遅延行為で、ペナルティを与えなければならないのだよ」
主審のルイスが、早くプレーをするよう、二人に促す。
その言葉に、見つめあい手を握っていた二人は、急いで離れる。
この後のフィールドゴールにも成功し、スコアを7対0とした。
第一クォーター0:12 サードダウン 残り32ヤード
全身を血まみれにしながらも、トウカと対峙をするイリーナ。しかし瞳から、戦意の炎は消えることはない。それどころか、時おり笑みを浮かべてすらいたのだ。
イリーナの表情を見て、僅かながらも不安を覚えるトウカ。
最後のワンプレーを、どの様な形で攻めるか、思考を巡らせていた。
さて、残り時間も10秒前後。このワンプレーが、このクウォーター最後のプレーになるだろう。
イリーナはどうでるか?彼女なら、最後のプレーと言うことで、残りの体力を振り絞り、全力のラッシュをかけるだろう。ならば!先手を取り、その目論みを叩き潰す!
トウカはブザーが鳴るか、鳴らないかのタイミングで動きだそうとした、その時だった。なんと、イリーナが先に、動き出したのだ!
このスタート、微妙なタイミングではあったが、見る者が見れば、フライングとも取れるスタートでもあった。
特に主審のルイスは、イリーナのスタートを、見逃してはいなかった。
「彼女のスタート。微妙な所だが、厳密に取ればフライングだ!この事に気が付いているのは・・・」
「トウカとアーソンとゴルドのみ・・・か。ゴルドはともかく、あのトウカとアーソンが流しているんだ。本人達が、黙認をしているのだ。
これでゲームを止めると言うのも、無粋な話だ。
ならば、ゲームは続行だ!」
イリーナに先手を取られたトウカだが、焦る様子は無い。それどころか、余裕すら感じさせる。
見事なスタートだ!私がイリーナより早くスタートすれば、間違いなくフライングだ。惚れ惚れするぐらいに、芸術的なタイミングだ。
もしお前が、もしもお前が、私と同じくバトルアスリートの道に進んでいれば、間違いなく私にとって最大のライバルになっていただろう。
だが、イリーナ・バニング。お前は純粋なスポーツに特化した、ピュアアスリート。
だからこそ!戦闘に特化した、バトルアスリートの私が、ピュアアスリートに一対一で負けることがあってはならない!
トウカの眼前に迫るイリーナは、膨大なマナを消費し、紅くきらめく焔の翼を纏い始める。
「我が鉄杭は、全てを貫く」
「必殺技のバーニングステークか!ならばこちらも、切り札で迎え撃つ!」
鞘に納められた太刀を手にとり、飛燕の準備を試みる。
「そしてこの身に宿りし炎は、全てを焼きつくす!その身に刻め、バーニングステーク!」
「させるかぁぁぁ!、サカザキ流抜刀術、飛燕! 」
イリーナの灼熱の鉄杭と、トウカの太刀は、金属特有の鈍い音を立て、火花を散らす。
「こなくそぉぉぉぉぉぉ!」
「吹き飛べぇぇぇぇぇぇ!」
二人の鍔迫り合いは一瞬の出来事であったが、長く、永遠に続くのではと、感じるほどの重厚な時間でもあった。
ガキンィン!!
「しまった!」
スタートに出遅れ、準備不足であったことが災いしたのか、切り札の飛燕は、バーニングステークに弾かれ、トウカ自身も後方へ吹き飛ばされる。
「第一クウォーター、終了です!」
「助かった」
第一クウォーター終了のコールを聞き、ホッと胸を撫で下ろすトウカ。このまま続いていれば、イリーナにラッシュをかけられ、たちまちピンチに陥っていたであろう。
太刀を鞘に納め、ロッカールームに戻ろうとした時であった。
「トウカァァァ!」
終了のコールなどお構いなしに、イリーナはバトルを続行したのだ。
「馬鹿な!第一クウォーター終了は終了しているのに。まさか、コールが聞こえていないのか・・・」
予想外の事態に、トウカは無防備な状態で、イリーナ攻撃を受けようとしていた。
ガッキィィィン!ピシッ!パキッン!
「ゴフゥッ!」
だが、トウカがイリーナの攻撃を受ける瞬間だった。
主審のルイスが、自身に障壁を張りながら、二人の間に割って入る。障壁でダメージを軽減したものの。バーニングステークをもろに受けたルイスは口から吐血し、その場で膝をつく。
「ルイスさん、ルイスさん!私は・・・」
ルイスが割って入った事で、第一クウォーターが終了したいた事に気づいたイリーナ。自らのミスにより、ルイスに怪我を追わせたことに、動揺を隠せないようだった。
「大丈夫です、これくらいの事なら・・・日常茶飯ですよ」
「しかし!」
「イリーナさん、私の仕事は審判です。血の気にはやり、攻撃を止めない選手を止める事も、私の仕事なんです。
今回は受け止めるのに失敗して、ちょっとダメージを受けただけですよ。今回の事は気にせず、ファンや私達を、最高のプレーで楽しませてください」
医療スタッフは、ルイスをタンカで搬送しようとするが、自分の足でロッカールームへ戻るむねを伝え、そのまま歩き出す。
「ルイスさん、すみませんでした!」
ルイスはイリーナの言葉を聞いたのか、手を振りロッカールームへ向かう。
「ルイスさん、体の方は!」
ルイスの負傷を心配した若い副審が、大慌てで彼の元に駆けつける。
彼の額からは脂汗が流れ、ダメージの具合が見て取れる。
「肋骨二、三本て・・・所だろう」
「肋骨二、三本て、今すぐ病院へ行かないと!」
「私は、最後まで主審としての職務を全うするよ。もし私が交代すれば、イリーナやトウカの心を、深く傷つけてしまう。それだけは避けねばならない」
「・・・分かりました。ですが、無理はしないでください」
「努力するよ、ハミル。しかし何だ、年は取りたくないものだな。昔なら軽々止めていたであろう攻撃が止められず、この有り様だ。今年で引退を決めたのは、正解の様だ」
第一クウォーターが終了し、ロッカールームで休息をとる、セイントナイツ。
選手達は、ホワイトボードの前立つアーソンの元に集り、ミーティングを始めようとしていた。
「まー最後の失点は、事故の様なものだ。悔やんだからって、失点が無くなる訳じゃねぇ。気持ちを切り替えて行こうや」
「ハイ!!!」
アーソンと長年の指導を受けている選手が多い、セイントナイツ。
休憩時間のミーティングを手短に済ませ、選手各々の休息を取っていた。
しかし一人、悶々としている選手が居た、トウカだった。
「何だー?浮かない顔をして」
「アーソンさんですか、なんと言えば良いものか・・・」
「イリーナを、最初の一太刀で仕留められなかった事が、そんなに不満か?それとも、最後のプレーの件か?」
「後者の方ですね」
「終了後も攻撃をするなんて、ファンタズムボウルじゃー、よくあることだ。
だからこそ、相手が完全に攻撃をしてこないと確認してから、武装解除をしないと今回みたいになる。次回からは、気をつけてくれ」
「はい・・・今回の一件で、プロとしての未熟さを実感しました。同じことは、繰り返しません!」
「全ては、経験さ!今回の事も含め、全ての経験、体験、それら全てが、お前の血と肉となる。
頼んだぜ、トウカ!」
「ハイ!」
一方、ナイナーズのロッカールーム。
最後のプレーで、ルイスに負傷をさせてしまったイリーナだが、彼のフォローもありなんとか立ち直る事が出来ていた。
第一クウォーターの最後は、一矢報いる事は出来たものの、それ以外のプレーでは、トウカがイリーナを圧倒していた。
手足、腹部、頬、彼女の体は、自己治癒が間に合わず、全身が切り傷だらけであった。
満身創痍のイリーナを治療すべく、クラリスを含む、複数の医療スタッフで治療に取りかかる。
「しっかしまあ、手酷くやられたもんだな。て言うか、最後は意識が飛びかけていただろう?」
「心配をさせて、申し訳ない」
「それはカズミに言ってやれ!あいつは飛びっきりの心配性なんだ。これ以上心配させると、そのうちカズミの胃に、穴が開くかも知れないぜ!」
「う、努力します・・・」
しかし、カズミはイリーナの言葉を聞いてはいなかった。
正確には、聞けなかったと言うべきだろう。始めて実戦で魔法を使用し、エリーゼの蛇腹剣の驚異にさらされながら、QBとして、ゲームメイクまでしてきたのだ。
医療スタッフに治療を受けている途中で、彼は寝てしまったのだ。
「試合中だと言うのに、気持ち良さそうに寝ているな」
「かなり、マナを消耗していたみたいだしな、仕方ないだろう。で、話を戻すぞ。このまま、出場する気なのか?」
「当然です!トウカの抜刀は、一撃必殺の〈飛燕〉以外は、致命傷になるような攻撃はない。だから耐え続けて反撃の機会を伺えば・・・」
「イリーナ、それ本気で言っているのですか?このままではトウカに、なぶり殺しにされますよ」
「・・・」
トウカの問いに、ただ黙り混むイリーナ。
「いいですか。恐らくトウカは、出血多量による、戦闘不能に追い込むことも視野に入れているはずです。
今のままで行けば、第三クウォーター当たりで、貴女の輸血パックが底をつきます」
「バレていたのか・・・」
「バレてます!トウカはカミカゼの英雄でもあり、私の友人です。
彼女の戦いかたは、ここにいるメンバーの誰よりも、知っているつもりです。
トウカを倒す為に懐に飛び込めば、〈見えざる刃〉によるカウンターからの、一撃必殺の〈飛燕〉。
懐に飛び込みむ事も出来なければ、アウトレンジからの攻撃で、なぶり殺しにあうだけ。だから・・・」
「スズネ、聞いてくれ。私はトウカとのバトルが、楽しいんだ」
「楽しいって、貴女」
「これまでの十年間、ファンタズムボウルでのプレーは楽しかった。
だが、トウカとのバトルは、心を揺さぶり、体を熱くするものだ!
〈これほどに楽しいバトル、滅多に味わえるものではない。だから!最後まで続けたいんだ!〉」
「誰もが相手をすることに恐怖する、トウカ相手に楽しいと。
どうやら私は、イリーナの事を理解しきれていなかったようね。分かった!貴女が最後までバトルできるよう、全力で援護をする!」
「ありがとう、スズネ」
「あたしからも、イリーナが最後までバトルできるよう、バックアップをする。だが、無理はするなよ
」
「ありがとうございます、クラリスさん」
休憩時間が終わり、グラウンドに戻った両チーム。ナイナーズの選手達が、フィールドに出ようとした時だった。
ドーム内に凍えるような悪寒が走り、その場に居た者に、不快な感触が起きる。
「ぐっ・・・」
スズネが心臓の辺りを押え、芝生に倒れこんでしまったのだ。
ポジションが近いために、真っ先にスズネの元へ駆けつけるカズミ。
「スズネ!しっかりしろ、スズネ!誰か!誰か!」
カズミの必死の呼び掛けが、フィールドに響き渡る。
試合再開直前の出来事に、ドーム内はざわめきだし、騒然となった。




