第3節、5話 ジンクスの恐怖
時刻は夕方、5時30分。ナイナーズの選手達は、セイントナイツのホームであるオリオールドームで、試合前最後の準備をしていた。
スコアラーから提出された、資料に目を通す選手。
緊張をほぐす為に、ヘッドフォンを耳にかけ好きな音楽を聴く選手。
はたまた、ベッドの上でうつ伏せになり、三人がかりでトレーナーからマッサージを受ける選手。
各個人で、試合前最後の準備をしていた。
カズミの場合は、チーム内で四重奏と呼ばれている〈カズミ、イリーナ、スズネ、クラリス〉メンバーで、入念なミーティングをしている。
これはゴルドの配慮で、まだ慣れていないカズミの為に、年が近くメンバーで尚且つ少数のメンバーでミーティングをした方が良いだろうと言う判断だった。
効果は覿面で、今では通常のミーティング中でも、カズミから作戦の提案を出来るようになってきた。
その為、急な新情報が入らない限り、試合前の軽いミーティング以外は情報を必要としていない。
「試合前は緊張するな。やっぱりこの感覚は、プロ独特のものだ」
何時だっけ?プロ野球のオールスターゲームのベンチに招待されたのは。
世間ではただのお祭りだと言われていたけど、先発のマウンドに上がる前の父さんは、凄くピリピリしていた。応援に来たと声をかけようとしたけど、とても声をかけられる雰囲気じゃなかった。
あー、ベンチ内で僕が退屈していた時に携帯ゲームで一緒に遊んでくれたおじさんも居たよな。
この後試合で投げるのに、ニコニコと笑って子供と遊んでいるあのメンタル。
あのおじさんは、別格だったよなー。
試合前の緊張をほぐすためか、テーブルに置かれた週刊ファンタズムボウルに手を伸ばし、パラパラとページをめくる。
途中に気になる記事があったのか、それをまじまじと見る。
「しかし、週刊ファンタズムボウルの情報収集力は凄いな」
「なんだ?藪から棒に」
カズミの呟きに、イリーナは反応をする。
ガシャン、ガシャン!
「いや、僕が魔法を使えることが、もうばれてる。
どうやって、この情報を手に入れたんだろうか?」
「いや、よく見ろ」
イリーナは、この文章を見ろと言わんばかりに一点を指差す。
「カズミ・サワタリ、秘密の特訓により魔法が使えるようになったか?つまり確定の情報ではない」
「あー言われて見れば、スポーツ紙でよく見る書き方だね。
僕の世界でも、最後にハテナマークをつけている記事はあったよ」
「まあ、選手がいつもと違うルーティーンをしただけで、必殺技完成か?と書いている雑誌だし」
「なるほどね。あと、チームや選手紹介の記事は凄くありがたい。
例えばここ、オリオール・セイントナイツは、〈オリオールパトロール〉と呼ばれる、強力ラインバッカーが特徴のチームで、二列目からの超強力な攻撃は、相手チームに取って脅威な存在だ!
ラインバッカーのメンバーは、〈ウィリアムス、エリーゼ、マッキー、ランディ〉の4名から構成されている。
特にウィリアムスのアサルトランスと、エリーゼの蛇腹剣は、中距離からの攻撃でありながら近接攻撃と同等の、いや!それ以上の破壊力がある。まともに受ければひとたまりもないであろう」
「あの二人を中心とする、ラインバッカーの破壊力は確かに強力だ。
それに加えて、トウカが入ったお陰でラインも改善した。セイントナイツは手強いぞ!」
「一つ、気になる事があるんだけどいいかな?」
「なんだ?」
「イリーナやこの街の人々が呼んでいたのだけど、トウカの事を血まみれ女王と呼んでいたのには、何か由来でもあるの?」
「・・・」
「血まみれ女王は、この国に伝わる昔話の登場人物さ」
口を開くことをためらうイリーナに代わり、クラリスが質問に答える。
「邪竜のせいで滅亡の危機にあったオリオールの国。そこに通りかかった冒険者が、血まみれになりながら、邪竜を倒すことに成功する。
邪竜を倒し、オリオールを救った冒険者は、人々に慕われ、この国の女王となりました。
めでたしめでたし。
こんな童話だったよな、イリーナ?」
「かなり端折っていますが、大体あっている。
けど、この話には続きがあるんだ。
邪竜の脅威の去ったオリオールの国には、一時の平和が訪れました。
それから数年たったある時、不思議な事件が起きました。女子供が突然消える、神隠しが起きたのです。
邪竜は死に、平和が訪れたと言うのに、神隠しが起きたのでは、安心して過ごせません。
困った人々は、神隠し事件を解決するために、女王様に陳情をします」
「我々の家族は、突然姿を消してしまいました。今でも助けを求め、苦しんでいると思うと夜も眠れません!」
陳情を受けた女王は、家臣に捜査を命じます。
しかし、捜査の甲斐もなく女子供は、次々と消えていく。
そんなある時、一人の騎士が城の地下室から出てくる女王を目撃します。
すれ違った女王のドレスには、僅かながら血がついたのです。
血の付いたドレスを疑問に思った騎士は、意を決して地下室へと入ります。
地下室の最下層まで進んだ騎士は、そこですすり泣く子供とおぼしき声を聞くのです。
「たす・・・け、て・・・誰・・・か、たすけ・・・」
声を頼りに騎士は、隠し部屋を見つけ扉を開けます。
重い鉄の扉を開けると、血と糞尿の臭いが立ち込めていました。
そこで騎士が見たものは、〈この世の地獄だった〉。
刃物で切り裂かれ、絶命した女子供。
それらは部屋の中で、無造作に捨てられていました。
これ等を目にした騎士は、胃の奥から込み上げる物を吐き出さぬよう、必死に堪えながら部屋に入っていく。
「たす・・・け、て・・・」
先ほどから、声をあげていた子供でしょうか?
声を頼りに暗く血生臭い部屋の奥へ進むと、全身を刃物で傷付けられた、子供を発見するのです。
「大丈夫か!今助けるぞ」
今治療をすれば、命を救えると思った騎士は回復魔法をかけます。
治療の甲斐もあり、子供は一命を取りとめます。
子供の様子を見てホッとしていると、後ろから一人の女性が声をかけます。
「見つけちゃったんだ」
そこに居たのは、女王陛下です。
「へ、陛下!何故です。何故この様な事を!」
「何故?動物の肉を裂き、悲鳴を聞く事が、何にも変えがたい楽しみだからよ!
子供の頃からね、動物を切り刻み悲鳴を聞く事が、大好きだったの。
でもね、このままではいけない!いつかは人間まで傷付けたくなると悩んでいた。その時、ある募集を見つけたの。
〈冒険者、求む。興味のあるものは冒険者ギルドへ〉
冒険者になれば、合法的に生き物を切り刻み、悲鳴を聞く事が出来る。しかも人々から感謝され、報酬を得る。
冒険者とは、私にとって天性の仕事だった。
けどね、この国の人間は女王と言う面倒なものを押し付け、私からささやかな楽しみを奪ったのよ!
最初は狩猟で我慢をしていたけど、それすら女王に相応しくないと言う理由で、大臣達から止めさせられたわ!
そんなある時、思い付いたのよ。女王であることを利用し、人々を城に誘い込めば、また生き物の肉を切り裂く事が出来ると。後は、見ての通りよ」
「女王陛下!この様な所で、何を為さっているのですか?」
騎士から遅れて地下室に入った兵士と騎士が、ここで駆け、女王に問い質す。
「何って、生き物の肉を切り裂いていたのよ。例えば、貴方の妹さんとかね!彼女は最後まで泣き叫んでくれたわ。
お兄様助けてください!最後の時は、お兄様愛していますと言って、力尽きたわね」
「陛下・・・貴女と言う人は!」
怒りに我を忘れた騎士が女王に斬りかかると、他の騎士や兵士達も斬りかかる。
騒ぎを聞き付けた城中の兵士達も、女王の凶行を止めるべく斬りかかった。
数時間に及ぶ長い戦いだったが、最後は数の力の前に、女王は押し潰された。
「それで・・・いいのよ。それ・・・で」
全身を切りつけられ、血で真っ赤に染まった女王は、自身の血だまり倒れ混み、力尽きたのだった。
「以上で、血まみれ女王の話はおしまい。
この国で彼女は、英雄でもながら畏怖の対象でもある。
小さいときには、悪い事をすると血まみれ女王が来て、さらわれるなんて言われたよ」
ガシャン!ガシャン!
「この国の人は、彼女を嫌っていないの?」
「あまりにも昔の事だからな。
当時の人は皆亡くなっている事もあって、畏怖の対象ではあるが、憎悪の対象ではない。
それに、国を救った英雄でもある訳だし。
ほら!カミカゼの国にも、寺を焼き討ちにした武将の話があるじゃないか?あれだって相当なことをしているけど、英雄として崇められている。それと一緒だよ」
ガシャン、ガシャン!
「確かにあの武将も、現代の人々は英雄として扱っているからなー。ところでイリーナ、さっきから何やってるの?」
「何って、試合前のウォーミングアップだが?別に普通の光景だろ?」
イリーナの言う通り、試合前のウォーミングアップは、普通の光景だ。しかし、彼女がウォーミングアップに使用している。トレーニングマシーンの重さが、尋常ではなかった。
「確かにウォーミングアップは普通だよ。
けど・・・試合前に200キロの重りを持ち上げるウォーミングアップは、始めてみたよ・・・」
そう、普通の選手なら顔を真っ赤にし、鬼の形相で持ち上げる重りを、イリーナは涼しい顔をし持ち上げていたのだ。
彼女の筋肉は、一般的な女性の筋肉より一回りは大きいものの、ムキムキと言う程でもない。
一体何処に、200キロの重りを持ち上げるパワーがあるのだろうか?
「おい、イリーナ!もうすぐ試合なんだから、ウォーミングアップもそこら辺にしておけ。気合いが入っているのはよくわかったから」
試合前だと言うのに、気合いを入れすぎているイリーナを見て、クラリスはストップをかける。
「分かりました。この辺で止めておきます」
そうこうしていると、スズネがロッカールームに入ってきた。
「皆さん!今日の試合は、アイドルが応援するらしく、試合前に挨拶をしたいそうです」
「イヤッホォォーウ!アイドルだって、ついに俺たちにもアイドルが応援してくれる日が来たのか!誰が来たんだ?ABCか?ハプニング娘か?」
するとボブカットの少女が、ロッカールームに入ってきた。
「FFL倶楽部のMCをしています、サスガです!本日から、皆さんを応援しますので、よろしくお願いします!」
サスガが挨拶を瞬間、部屋の空気は凍り付く。
もしマンガみたいに効果音があったのなら、ピシッと言う音が聞こえてきたであろう。
「俺達はもうおしまいだ!」
「嫌だ!俺はまだ死にたくねえよ!母ちゃん、助けてくれ!」
先ほどまでの喜びから一変、ロッカールームはパニックに陥った。
この状況で平常心を保っていたのは、カズミやイリーナ、スズネ達を含む一部の選手とゴルドやクラリスくらいであった。
「ちょっと!何みんな慌てているんですか?落ち着いてくださいよ!」
「これが落ち着いて居られるか!サスガが応援に来たんだぞ。俺達は不幸な目に遭い、チームは負けるんだ」
「そんなお大袈裟な!応援されたからって、負けるわけないでしょう」
「いいかカズミ。サスガは現在、24連勝中だ・・・」
「なんだ?それなら縁起の良い、幸運の女神様じゃないですか?」
「違うんだ・・・この四年間で、仕留めたチームの数だ。
サスガが応援したチームの選手は大ケガをしたり、逮捕された奴もいる。他にはクーデターを起こされて、試合に出られなくなった選手もいた・・・きっと俺達も、凄まじく不幸な目に遭い、惨敗するんだ・・・」
最後のクーデターは意味が分からなかったが、サスガが応援したチームが、負けるジンクスがあることを、カズミは理解した。
「いいかんげんにしろ!何がジンクスだ!せっかく私達を応援してくれると言うのに、その態度はなんだ?お前ら、恥ずかしくないのか?」
この空気を良しとしないイリーナが、一喝を入れる。
「けどよ・・・去年のファンタズムボウル、チャンピョンシップ。
アイアンマインズが圧倒的リードをしていたのに、スタジアムで停電が起きたせいで、リッカ・サカザキは大怪我をした。
そして、歴史的な逆転敗けをしたんだぞ!その時もサスガは、マインズを応援していたんだ。
きっと俺達も不幸な目に・・・」
「いいか、ジンクスなんて偶然の積み重なりだ。確かに、不幸が重なることもあるだろう。
けど、そんなもの永遠に続くものではない」
「うんうん、イリーナの言う通りだ」
イリーナの言葉に、カズミも思わず頷く。
「そもそも、ジンクスなんて気にするから不安になるんだ。応援されたから負ける?不幸な目にあう?そんな事あるわけないだろ!今日はセイントナイツに勝利し、下らないジンクス今日で終わらせてやる!」
しかし、イリーナのあまりにも分かりやすいフラグ建てに、流石にカズミも不安になってくる。
「イリーナ、その辺にしておかないと・・・ほら、死亡フラグってものも有るし・・・」
「カズミ!お前まで、そんな事を言うのか?」
「いや・・・ホラー映画でも、そう言う事を言う人って、大概死ぬじゃない。
だから、その辺で止めておいた方が良いかと」
「見損なったぞ!お前まで、そんな事を言うとは!」
今度はカズミが、フラグについて語り始めた事にイリーナは苛立ちを隠せない様だった。
「違うよ、イリーナ!」
「ジンクス?死亡フラグ?そんな下らない物、この手で断ち切ってやる!」
プツン!
「え?」
イリーナが何かが切れる音を聞き、少し驚いた瞬間だった。先ほどまでの使用していた、トレーニングマシーンのワイヤーが切れ、イリーナの頭上に、200キロの重りが落ちて来たのだ。
一瞬の出来事だった。
イリーナは、落下した重りの下敷きになったのだ。
それを見た選手は、顔から血の気が引き、狂乱状態に陥った。
「イリーナが死んだ!やっぱりサスガのせいだ!やっぱり呪いはあったんだ!嫌だ、俺はまだ死にたくねえよ!」
選手達の心ない言葉を聞いたサスガは、顔を覆い隠し、一目散に部屋を出ていった!
「いいか落ち着け!今すぐイリーナを救出するんだ。誰か手を・・・」
イリーナを救出するために、クラリスがメンバーに声をかけた、その時だった。
200キロの重りが動き、下からイリーナが這いずり出たのだ。
「ふー、何とか身体強化の魔法が間に合った。
危うく死ぬところだったよ」
彼女の気の抜けた言葉を聞いた者達は、大きな溜め息とともに安堵をしたのだった。
「で、クラリスさん!イリーナの検査結果はどうでした?まさか怪我なんてしていないですよね!」
よほどイリーナの事が心配だったのか、診察室から戻ったクラリスの胸ぐらをつかまんばかりに勢いで迫る。
「落ち着けカズミ。無傷だよ、無傷!
まあ普通の奴なら、よくて大怪我。最悪の場合は死んでただろうな。今回はイリーナの出鱈目な身体能力の高さには、感謝しなきゃな」
クラリスは、安堵と呆れの混じった複雑な顔をしていた。
「よかった、本当に良かった。もし怪我してプレー出来なくなったらと考えたら・・・」
「やっぱりカズミは良い子だな。人の痛みを理解できて、思いやることができる人間、あたしは好きだよ!」
クラリスは、カズミの頭を後ろから抱え、これでもかと言わんばかりにグシャグシャと頭を撫でる。
「ク、クラリスさん!こんなところで何するんですか?離してくださいよ!」
「良いではないかー、良いではないかー!」
その光景は、仲の良い姉と弟がじゃれあっている様だった。
「でも、何でトレーニングマシーンのワイヤーが切れたんだ?普通はあんな切れかたはしないぞ?」
キーンは腕を組み、憮然とした顔をしている。
「そりゃ、サスガの呪いだろ!じゃなきゃ、マシーンのワイヤーなんて、切れないだろ!」
エッジはイリーナが死にかけた事による恐怖の為か、サスガのせいにせずには要られない様だった。
「違います。壊れたマシーンに、こんな物が貼られていました」
エッジの指摘にすかさずスズネは反論をし、一枚の札を取り出す。
「これはアンラックの呪符です。
マシーンを使用していた者が、大怪我もしくは死ぬように仕組まれていました。
カズミに以前送られた呪詛とは別物ですが、やり口が似ています。どうやら、我々は命を狙われている様です。
ナイナーズが勝つことを、疎ましく思う者の手によってね」
「この件は、コミッショナーとセイントナイツに、今すぐ伝えておこう」
今まで沈黙を貫いていたゴルドだっが、ここぞと言わんばかりに話始める。
「オヤジ。コミッショナーは解るが、セイントナイツもか?」
相手チームにも伝える事に、疑問を持ったクラリスは、ゴルドに問い掛ける。
「セイントナイツ側に犯人が入れば、犯人への警告になるかも知れん。
もし違うのであれば、向こうへの注意換気にもなる」
「分かった、あたしからコミッショナーとセイントナイツに連絡をしておく」
「後、サスガの嬢ちゃんにも、謝罪をしないとな。せっかく応援に来てくれたと言うのに、うちの連中が失礼な事を言ってしまったからな」
「分かった。それについても、あたしから謝罪をするよ」
「それにしても、参ったな。
プロになってから30年以上。
この手の嫌がらせは、何度もあったが、今回は度が過ぎている。これ以上何も起きなければ良いのだがな・・・」
ナイナーズの選手のピリピリとした雰囲気とは裏腹に、セイントナイツの本拠地オリオールドームは、ファン達の熱狂に包まれていた。
オープニングセレモニーも終わり、両チームのキャプテンが攻撃権のコイントスを行う・・・はずだった。
しかし主審の元に集まったのは、ゴルドとアーソンの両チームのヘッドコーチだ。
「いよう!元気にしていたか?アーソン」
「俺はいつも通り、ピンピンしているぜ。それよりも、イリーナは大丈夫か?200キロの重りの下敷きになったと聞いたが」
「イリーナの打たれ強さは、お前が良く知っているだろ?何事もなかった様に、重りの下から出てきたよ。
念のために、クラリスがメディカルチェックを行ったが、なんと無傷だとよ!」
「だろうな、イリーナなら当然だな」
「アーソンさん、ゴルドさん。そろそろ時間ですので、コイントスを行います。コインの表裏を選択してください」
この試合の主審のでもあるルイスが、時計を左腕の見ながらコイントスを促す。
「「表だ!!」」
ルイスがコインの裏表の選択を迫った瞬間、二人は同時に表と宣言する。
「おい、じじい。たまには俺に表を譲ったらどうだ?」
「ああぁ?てめぇは、コインの表を譲って貰わないと、勝てないのか?現役時代からコイントスで、六連敗中だもんなー」
「んだとっ、コラッ!まさか試合前だってのに酒でも飲んでんのか?目がシャッキリするように、クソじじいの頭を、焼け野原にしてやろうか!スースーして、目が覚めるぜ!」
「やれるもんならやってみろ!だが、その時は・・・」
「いい加減にしなさい!全く、いい大人なのに、平和的に表裏を決められないのですか?
いつも通りジャンケンでコインの表裏を決めれば良いでしょう」
「20年以上も前から言っているのだから、いい加減に覚えてくださいよ・・・。私は今年で引退して、来年から居ないのに。お願いしますよ」
ルイスの眉間に刻まれたシワが、更に深くなったような気がした。
試合前だと言うのに、この二人の喧嘩を止める事にエネルギーを使っているのだから、何度も無理も無いだろう。
「やるか、アーソン」
「準備は出来てるぜゴルド!」
「せーの、ジャンケンポン!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!」
十回以上もあいこが続き、十二回目のジャンケンまでもつれ込んだ。
「オッシャー!久々に勝ったぜ!」
ジャンケンに勝ったアーソンは、試合に勝利したかの様に、雄叫びをあげる。
それに対しゴルドは、両膝と両手を地面に付けただ項垂れる。
「では、表で良いですか?」
「勿論表だ!今日こそはゴルドにコイントスで、勝ってやるぜー!いーや、これは勝ったも同然だなー!」
「では、始めます」
ルイスは親指でコインを弾き、手のひらで覆い隠す。そして、コインを覆い隠した右手をあげる。結果は、裏だった。
「またかよ・・・これでコイントス7連敗か・・・」
「ハッハッハ!コイントス前のジャンケンに勝った位で喜んでいるから、そうなるんだよ」
勝負に勝って試合に負けたと言うが、今回の結果はまさにそれだった。
先程まで勝ち誇っていたアーソンは、余程ショックだったのか、うつむきフラフラしながらベンチへと戻る。
一方ジャンケンに負け項垂れていたゴルドだったが、コイントスで勝った瞬間にむくりと起き上がり、これでもかと言わんばかりに勝利を喜んだ。
主審のルイスに先攻を告げると、スキップをしながらベンチへ戻っていった。
「すまねー、また先攻取られた。コイントスの役割りをぶん取って行ったのに・・・すまねぇ・・・」
「気にしないでください、アーソンさんがコイントスに弱いのは知っています。
貴方が行った時点で、僕達は後攻の準備をしていましたよ」
コイントスに負けたウィリアムスは、アーソンに容赦ない言葉を突きつける。
「確かにアーソンは、コイントスに負けました。けど、試合中の采配は外さないでしょ?勝負所での采配、僕らは信じていますよ!」
ウィリアムスの言葉に、全員が頷く。
彼らは、子供の頃からウィリアムスの指導を受け、試合での采配を見てきた。
現役時代にQBで培った勝負勘は、ヘッドコーチとしてウィリアムス達を勝利に導き、学生王者にも輝いた。
アーソンへの全幅の信頼は、コイントスに負け続けたくらいでは、揺らぐことはない。
「たかがコイントスに負けたくらいで、みっともない所を見せちまったな。よしお前ら!今日はナイナーズをぶちのめして、ファンに勝利をプレゼントしようぜ!」
「「オーッ!!!」」




