第3節、4話 宿命のライバル達
苦楽を共にした元チームメイトと、別れを告げたイリーナ達。彼女達は、現在のチームメイトと合流するため、空港の個室を出た。
ロビーではスズネが一人で、カズミ達の到着を待っていた。
「スズネ、ごめん!随分待たせたな」
「長い時間待たせてごめんね!」
イリーナとカズミは、待たせたことを悪いと思ったのか、見つけるや否や謝罪する。
「大丈夫ですよ。私も空港内で、色々とやることがありましたから。それより、戦友との再開はどうでしたか?」
「良かったよ!」
「その言葉その顔、有意義な時間だったようですね。さっきまで、泣いていた貴女とは大違いです」
「あれ?他のみんなは、宿舎に行ったの?」
「ええ、話が長くなりそうでしたからね。
特にゴルドさんは、〈こんな胸くそ悪い場所にいられるか!先に宿舎に行っている!〉と言い、真っ先に空港を出ていきましたよ」
「なぜ・・・」
「そりゃあ、アレのせいだろ」
苦笑いをしたクラリスは、壁にかけられた巨大な絵画を指差す。大きさとしては、横10メートル以上はあるだろうか。
この絵画には、フィールドでプロポーズをしている男性と、それに応じる女性が描かれていた。
「なんか、イリーナにそっくりの女性だけど、まさか・・・」
「私の母さんだ」
「じゃあ、ひざまずいている男性は・・・」
「私の父さんだ」
カズミはすぐさま理解をした。これは〈グラウンドでプロポーズをしているシーン〉なのだと。
詳しく絵画を見るために近付くと、金属製のプレートを見つける。
「なになに?セイントナイツ、コールドアイズを破り、ファンタズムボウル制覇。なるほど、これはプロポーズのシーンでもあるんだね。確かにゴルドさんにとっては、見たくないかも」
「で、極めつけはこれさ」
絵画近づいたクラリスは、ある人物を指差す。
「この男性、ゴルドさんだ!」
「そう言うことだ!親父は〈目の前で〉、想い人とファンタズムボウルの栄冠、両方持っていかれたんだよ」
「オッホン!その話、ここで終わりにしてもらってもいいかな?」
「そうだイリーナ。告白できるときにしておかないと、うちの親父みたいになるぞ!」
「何ですかいきなり!今の話に関係でしょ!」
「お?もしかして、想い人がいるのかな?」
「クラリスさん!怒りますよ!」
「二人とも、周りで人が笑っていますよ」
スズネの言葉を聞き、イリーナとクラリスは、周囲を見渡す。するとどうだろう、人々が此方を見て笑っていたのだ。
「イリーナ、この辺で止めとこうか・・・」
「全く・・・誰のせいだと・・・」
話を終えた一行は、空港を後にし宿舎へと向かうのであった。
半年前に全焼した街は、まだ再建半ばと言ったところであった。あちこちでは建物を建てている様だが人が足りないためか、工事が途中で止まっている物も数多く見られる。
「街の再建、上手くいっていないみたいだね」
「色々とあってな・・・工事をする職人や物資が不測しているんだよ」
イリーナは淡々と答えたが、いつもよりかは少し元気が無いように見えた。
やはり、生まれ故郷がほぼ燃え尽きてしまったのだ。それを見て冷静でいると言うのも酷だろう。
しばらく歩いていると、辺りの雰囲気が一変する。
次の試合のポスターが、これでもかと言うくらいに張られまくっていた。
ブラッディクイーンVSバーニングエンジェル。
オリオールの英雄はカミカゼに。カミカゼの英雄はオリオールへ。両者とも故郷を離れ、敵に回る。
越えなければいけない相手が、そこに居る。
アーソンVSゴルド!26年前の因縁、明日決着!
張られているポスターは、イリーナとトウカが向かい合う写真や。アーソンとゴルドが、殴り会う写真まであった。
「イリーナとトウカ・サカザキの写真はわかるけど、このゴルドさんとアーソンさんが殴りあっている写真は?」
イリーナは苦々しい顔をして、頭を抱えた。よほど思い出したくない事なのだろうか。
「それは、去年のオールスターゲームでの解説席で、殴りあった時の写真だ・・・」
「ええ!」
「あの後大変だったよな・・・」
「ええ・・・後処理が大変でしたよ。まあ、唯一の救いは、あの二人の事だしで、おとがめ無しで済んだ事ですね。」
「だな・・・」
「仲良くしろとは言いませんが、喧嘩を起こさない事くらい出来ないのだろうか?」
「無理だな、26年前からあれなんだ。治るわけないだろ」
この間は、父親達はそこまで仲は悪くないと言っていたが、やはり仲が悪いのではと、僕は思った。
そして、クラリスとイリーナは溜息を吐き、街中を歩くのであった。
周りを見渡すと、あることに気が付く
「どうしよう、みんなとはぐれた・・・」
カズミは今、異国の地で迷っていた。
突如イリーナの元に集まった、ファンの波に押し出され、彼女らと離ればなれになり気がつけば迷子になっていたのだった。
元の道に戻れないかと、周囲を見渡していたその時!
ドン!
「危ないなあ!なんだよ?」
「誰か!そのひったくりを捕まえて!」
女性は大切な物を盗まれたのか、必死で助けを求める。しかし、面倒事に巻き込まれたくないためか、助けようとするものは皆無であった。
「どこの世界にも、ひったくりはいるもんだな。と、そんなこと言っている場合じゃない、どうにかして捕まえなきゃ!」
カズミはおもむろに、ベルトにつけたケースに手をかけ、札を取り出した。
「上条式式紙!式紙、邪なる物を吹き飛ばしたまえ!」
手元から離れた札がひったくりの足に触れた瞬間、緑色の光を発し、小さな竜巻が発生した。
「うわっ!」
ガラガラガラッ、ガシャン!
ひったくりは悲鳴を上げて転倒し、その勢いで露店に突っ込んでしまった。
「何だよ、この竜巻!チキショウ、足から離れねえ!」
「貴様か、この街でひったくりを繰り返していたのは!」
それは、サファイアの様に深い青みの掛かった、髪の少女だった。
少女は怒気を含んだ声で犯人の手を後ろに回し、地面に組伏せた。
ナイスタイミングと言わんばかりに、警察官が到着をする。
「やや!捕まえてくれたのは、トウカさんでしたか!本職の我々が、不甲斐ないばかりに、申し訳ない」
「これくらいなら、大丈夫ですよ。それに、犯人を捕まえたのは、彼だ!」
「あっ、サワタリ・カズミ選手じゃないですか!此度の件、ご協力感謝致します!」
「いや、僕は犯人を転がしただけですから」
「またまたご謙遜を!ところでサワタリさん。ところでこの竜巻、解除して頂けませんか。署に連行しますので」
「あ・・・」
「どうしました?サワタリさん」
「ごめんなさい・・・まだ覚えたてで、うまく解除出来ないんですよ・・・」
「困りましたね・・・これでは、竜巻が邪魔で背負えない。トウカさん、何か良いアイディアは無いかな?」
「うーん、無いわけでは無いが・・・サワタリ、申し訳ない!」
何故か僕の方を見て謝るトウカ。
すると彼女は、警察官に耳打ちをする。今度は警察官がカズミを見て、思わず苦笑いをする。
「では、その方法で連行します」
そう告げると警察官は、犯人をお姫様だっこをして連行したのだ。
「ママー!あのおじさん変だよ!手に手錠をして足が竜巻になっているよ!しかも、お姫様だっこされてて、テレビで見た選手みたい」
「コラ!失礼なことを言わないの。サワタリ選手は、手錠や足に竜巻は着いていなかったでしょ?あの人は最後まで全力を尽くして動けなくなったんだから、一緒にしちゃダメよ」
「わかった!」
「それにね、あのおじさんは悪いことをしたから、あんな恥ずかしい格好で連行されているのよ。貴方も悪いことをしたら、お姫様だっこで町中の人に見られるんだからね!」
「はーい!僕、良い子にするよ」
「では、行きましょうか」
後に犯人は、人生であんなに恥ずかしい思いをしたことはない。ひったくりは二度とやらねえと語ったらしい。
しかしこの光景を見ていた、カズミの心中は穏やかではなかった。
開幕戦にイリーナにお姫様だっこされたシーンを思い出していた。あのシーンが、全世界に放送されていたのだと、改めて思い知ったのだ。
「あ、悪夢だ・・・」
「すまない、縄で括って引きずる訳にもいかなかったし」
「わかっているよ。僕が竜巻を解除出来ないのが悪いんだし・・・」
「お詫びと言っては何だが、ご飯を奢らせてくれないか?この街に住む者として、犯人を捕まえてくれたことのお礼もしたい」
「ちょうどお腹も空いてきたし、お言葉に甘えようか!」
「よし!私がいつも通っている店があるから、そこに行こうか」
カキ料理専門店、カキクエール。
「なんと安直な名前の店だ・・・」
「ネーミングセンスはアレだが、料理の腕は確かだよ。私が保証する」
入り口の上には長さ五メートルはあろうかと言う、殻つきのカキの看板がこれでもかと言うくらいに主張をしていた。
看板は開閉を繰り返す様は、大手蟹料理のチェーン店を思い出す。
飲食店に入ったカズミとトウカは、賑わう店内で、比較的静かな奥の席へと向かう。
「いらっしゃい!おっ、トウカじゃないか」
「マスター、カキフライとカキのシーフドスープにカキのパスタをお願いします」
「わかった。一緒に来ている彼は、何を食べるんだい?」
「僕も、トウカさんと同じもので」
「OK!最高の料理をつくるから、楽しみにしていてくれ!」
「さて、料理が出来るまで少し時間もあるし、話でもしようか。さっきの竜巻、あれが新しい能力なのだろう?」
あの時は、ひったくりを捕まえるのに必死だったのだが、人前で秘密兵器を見せてしまったのだ。
カズミは今更ながら、しまったと言う表情をする。
「そんな顔をするな、スコアラーからお前が何らかの特訓をしていると聞いていたんだ、遅かれ早かれわかったさ」
「まあ、企業秘密で」
「だろうな。ところでサワタリ。何で危ない地区に、一人で居たんだ?」
「え?あそこ、危ない所だったの?」
「ああ、ここの治安は以前より悪化している。
スリにひったくり、置き引きまで起きている始末だ。特にあの地区は、人気の無い小道に入れば、強盗や殺人事件、犯罪なら何でもありの状態だ。それも、去年の大火で街が全焼したせいだ」
トウカの話を聞いたカズミは、凍り付いた。
自分がそんな危ない所を歩いていたのだと、今更ながら知ったのだ。
「その様子だと、なにも知らずに迷いこんだみたいだな」
「まあ、トウカさんに出会ったお陰で、犯罪に巻き込まれずに済んだのは幸いだね。あ、みんなに連絡を・・・」
「カキフライとカキのシーフドスープ。カキのパスタ、お待たせしました。ご注文は以上ですか?」
ウエイターが料理を届けたためか、カズミは会話を中断してしまった。
「大丈夫だ。さあ、覚めないうちに食べてしまおう。特にカキフライは外はサクサクで、中はしっとり。ほっぺが蕩けるほど美味しい」
ゴクリ!
「では、いただきます!」
「いただきます!」
二人は黙々と、食べ始める。
食べ終えた二人は、満足そうなな顔をし、食事を終える。
「しかし、何だ。サワタリといると気が休まる。お互いに言いたいことがあれば、何でも言えそうだ。何故だろうな?」
「うーん、僕は特にこれと言ったことは・・・強いて言えば、僕が嫌なことを言っていないくらいかな?」
「たとえば?」
「僕は、家族や祖父と比べられるのが、嫌だったね。どれだけ頑張って結果を出しても、最後は祖父と比べられて酷評される」
「・・・うん」
「お前のお爺さんやお父さんは出来たのに、何で出来ないんだ!とか。理不尽な事を言われたこともあった。それが嫌で、一回野球を止めた事もあるよ。だいたい、僕は父さんの子供じゃないの、に・・・」
「え?」
「あっ!」
二人の間に、何とも言えない気不味い空気が流れる。唯一の救いは、周りの人間が誰も聞いていなかった事だろうか。
「この事、誰にも言ったことは無いんだけど、何で言ったかな・・・」
「まあ、勢いで言ってしまうこともあるだろ。今の話は心の中に閉まっておく」
「ごめん」
「謝ることはない。それに、お前の気持ちは分かる。私も姉と比べられ、さんざん理不尽な事を言われて来たからな・・・」
「トウカさん」
「私はトウカ・サカザキなんだ!リッカじゃない・・・」
彼女は苦虫を噛んだような表情で、言葉を絞り出した。
その言葉には、無念、絶望いや両方だろうか。それは、僕のものとは比較にならないものだった。
「すまない・・・私まで一緒になって言ってしまった」
「じゃあ、これは二人の秘密と言う事に出来ないかな?お互い、他の人に知られたくない話だし」
「二人の秘密か・・・まったく、面白い事を言うやつだ。だが、そんな秘密を抱え会う友人がいるのもいいな」
「じゃあ、交渉成立かな?」
「無論だ!しかし、とんでもない秘密を抱えたな」
「だね!」
「そうだ、お前の事・・・カズミと呼んで、いいか?」
「いいよ!みんなからも、そう呼ばれているし」
「よろしく・・・お願いします」
「こちらこそヨロシク!トウカって、馴れ馴れしすぎたかな」
「いや、むしろ・・・うれしい・・・
あと・・・もしよければだけど、アドレス交換してくれないか?また話をしたいし」
「いいよ!僕もここまで話し合える人がいて嬉しいし」
二人は携帯電話を重ねて、アドレス交換しあう。それは恋人が、手と手を取り合うかの様だった。
「アドレス登録完了!」
「これからも、よろしくな」
二人のアドレス交換終わったとき、店の扉が勢いよく開く。
「おー!ここに居たのか心配したぞ」
「探しましたよ、カズミ。連絡の一つでも入れて欲しかったです」
「クラリスさんにスズネ。あれ、イリーナは?」
「イリーナなら、今来るぞ」
その言葉と同時に、イリーナもこの店に入ってきた。
「やっと見つけた!探すのは大変だったぞ。
しかし何だ。この店に居るとは、カズミも目ざといな!ここのカキ料理は最高の・・・」
イリーナを見つけたトウカは、先ほどとうって変わって獲物を見つけた獣のごとく、鋭い目付きに変わった。
あまりにも鋭い、トウカの視線に触発されたのか、イリーナの目付きも鋭いものになる。
「イリーナ・・・バニング・・・」
「トウカ・サカザキ・・・」
「開幕戦以来だな」
「ああ・・・」
「まさかここで会えるとは」
「全くだ」
トウカとイリーナは向かい合い、ジリジリ距離をつめる。
何かの切っ掛けがあれば、武器を取り出しかねない一触即発の状態であった。
するとクラリスは、ゆっくりと静かに、二人の間に入っていく。
「はい、ストップ!」
「「いた!!」」
このままでは不味いと察したのか、険悪なムードを打ち消す為に、両者にデコピンをかます。
「二人とも、落ち着いたか?と言うか、こんなところで一勝負始める気か?決着なら!」
スタジアムの方向へ親指を向ける。
「フィールドでつけろ!」
「「はーい・・・」」
「申し訳ないイリーナ。お前を見ていたら、つい・・・」
「いや、こちらこそ申し訳ない。私も熱くなってしまった・・・」
「たっく、バカをやりあうのは、オヤジ達だけにしてほしいもんだ」
ちなみに、クラリスの言うバカとは、ゴルドとアーソンの事である。
「マスター、二人が騒ぎを起こして申し訳ない」
「このくらいどーってことない。あいつら(ゴルドとアーソン)に店を半壊させられた時に比べたらな」
マスターから父親の過去を告白されたイリーナとクラリスの顔からは、さーっと血の気が引いていく。
「ごごごごご、ごめんなさい!店の修理費、必ず弁償致します!ですからどうか許してください!」
「心配すんなよ、イリーナ。あいつらが現役時代に修理代は頂いた、だから安心してくれ。と言っても、修復した店は去年に焼けちまったがな!ガハハハ!」
「マスター、それは笑えない」
マスターのジョークなのか、やけくそで言った発言なのか。それにクラリスは元気のないツッコミをいれる。
「それよりも、明日の試合楽しみにしているぜ!そして、終わったらまた来てくれよ!」
「ありがとうございます、マスター」
「今できる、全力のプレーをお見せします」
「では、フィールドで決着をつけようか。イリーナ・バニング!」
「ああ、トウカ・サカザキ。明日の試合、楽しみにしている!」
そう告げると、トウカは店を去るのであった。




