第0節、プロローグ
学校の教室3個分はあるであろうかと言う、大きな部屋。
これからテレビ番組の放送が始まるのか、番組スタッフと思わしき人々が、所狭しと動き回る。
室内をぐるりと見回すと、放送に使用されるであろう撮影機材があるのは当然として。10メートル以上はある横長の窓の上には、スコアの表示された電光掲示板。そこには、518年シーズン開幕1週間前とデカデカと書かれている。
机の上には選手名鑑と注目選手の詳しいデータの書かれた資料。エステティシャンによる本番前の化粧が終わった女性が、最終確認の為に資料に目を通す。
「サスガちゃんー、サスガちゃんー」
「ワカバ!本番前なんだから、資料をゆっくり読ませてよ。試合前は実況解説のネタを確認するので忙しいって言うのに」
「サスガちゃん!異世界からのお客様だよ」
資料を読み込んでいた、サスガと呼ばれた女性は首がネジ切れんばかりの勢いで入り口の方を振り向く。そこには、ファンタズムボウルの選手として異世界から召還された女性がそこに居たのだ。しかも彼女は、サスガの相棒ワカバに声をかけられるまで、10分以上部屋の端でじっと立ち尽くしていたのだと言う。
「あああー!失礼しました。今年召還された、コールドアイズに入団予定の方ですね。
見学を希望していると言う話は聞いています」
異世界召還をされたと思わしき女性は、口を開けることはなくコクりと頷く。
「でも、どうして入団予定のチームを見学しないの?」
「それについては、僕から説明するよ」
スーツを着た20代くらいの男性が、女性の後ろから出てくる。彼は身振り手振りを交え、何故他チームの試合を観戦に来たのかを説明し。同時に女性の現時点での状態も事細かに説明をし始めたのだ。どうやら異世界に来る前に死の縁をさ迷っていた所を召還されたせいか、ショックで殆ど口をきけず表情も乏しくなってしまったとのこと。
「言われてみれば、コールドアイズのプレシーズンマッチは3日前に終わっていたよねー」
「ごめんね、色々と詮索をして。突然の異世界召還で大変だったと思うけど、良かったらファンタズムボウルの試合を楽しんで言ってね」
召還されたと言う女性はコクりコクりと頷く。
「あ!そうだ。試合の観戦も良いけど、去年の517年シーズンの話を聞く!去年はスゴいシーズンだったんだよ!」
彼女は再び頷く。
「じゃあ、今から去年のダイジェスト映像を流すよ。ちょーっと長くなるけど最後まで見ていてね」
サスガがそう告げると、女性の目の前は真っ暗になり自分の意識も何処かあやふやなものにになっていく。夢から覚めてもうすぐ起きそうと言うあのじれったい感覚に、彼女は落ちて言ったのであった。
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「やあやあみんな!ファンタズムボウルの解説兼実況のアナウンサーを勤めているサスガだよ」
サスガと言う女性は、活発でハキハキとした受け答えをする。
「相棒兼、質問役のワカバだよー」
それに対しワカバと言う女性はどこか気だるげで、見る人によってはやる気の無さそうな人間に見える。どうやら彼女達は、放送ブースと思わしき場所で誰かに向かって解説をしようとしていたのだ。
「で、今日のプレシーズンマッチの対戦カード。ダリル・カウガールズVSシルベニア・アイアンマインズの一戦です!」
「ねえねえサスガちゃん、ファンタズムボウルってなんだよ?って、画面の向こうのお客さんが見ているよー」
「はっ!?私とした事が。ファンタズムボウルの説明をし忘れるとは。サスガ一生の不覚」
オーバーアクションとも言える、驚きの表情を見せるサスガ。本職はアナウンサーなのだが、何処と無く芸人の様な雰囲気を匂わせる。
「ファンタズムボウルと言う競技を簡単に説明をすると、あなた達の世界にもあるアメリカンフットボウル。通称アメフトと呼ばれている競技を、異世界風にアレンジしたスポーツなんですよ」
「詳しいルールは、この後で解説してくれる人が居るからそっちに任せようねー」
「ワカバ、また見も蓋もないことを・・・・・・」
相棒のメタ的かつ投げっぱなしの発言に、呆れるばかりのサスガ。等のワカバはどこ吹く風と言った様子である。
「確かに、アナウンサーの仕事を奪うのは不味いね。では、ファンタズムボウルがどうして行われているのか説明するよ」
「パチパチパチパチー」
「ファンタズムボウルと言う競技は、戦争の禁じられた世界ファンタズムで発案された代理戦争なの。で、10月から始まるシーズンを勝ち抜き、ポストシーズンで優勝すると世界を統治する権利が与えられるのです!」
「しかもスポーツだから、戦争と違って死人が出にくいと。昔の人は上手いこと考えたものだよー」
ワカバは腕を組み、ウンウンと頷く。
「まあ、例外はあるんだけどもね。あ、見ているお客さんがそろそろ飽きてきた、速く本編を見せろって顔をしているよ。それではお待ちかね、主人公カズミ・サワタリの活躍する本編。異世界代理戦争ファンタズムボウル、はじまります!」
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砂ぼこりを舞いあげる、乾いた風。広大な荒野の中に一つのオアシス。水あるところに、人集まる。カウガールの伝説の残る国、ダリル。
時は遡る事数百年、とある地域では水が枯渇し、日常生活は困難を極めていました。人々は水の豊かな未開の地を求め、広大な荒野を歩きさ迷います。そして苦難の末、まだ人が手を着けていないオアシスを発見するのです。人々は開拓者となり豊富な水資源を元に町を作り、栄えていきました。
しかし、富と水がある所に目をつけた者共。そう、荒くれ者。武器を持たない、人々から水や金品を略奪し、酒場ではただ酒を食らうなど、やりたい放題。
しかし、悪は栄えは長続きませんでした。偶然にも町を立ち寄った、カウガールの集団。荒くれ者に好き勝手をされ困っていた人々は、カウガール達に助けを求めました。
「こんな荒野で、上手い酒を飲ませてもらったんだ。それ相応の礼をしないとな!」
ホロ酔い気分のカウガール達は酒場をあとにし、砂煙溢れるダリルの町中に消えていきます。しばらくすると、町中に鳴り響く銃声に悪党達の叫び声。一時間程でしょうか、銃声も叫び声もピタリと止まりました。人々が恐る恐る窓から顔をだすと、集会場には縄で縛られた悪党どもの姿が。カウガール達は荒くれ者を撃退したのです。
その後カウガール達は、上手い酒と引き換えにこの町の自警団となります。水と治安が安定した為か、町以前よりも発展し数十年後には国を名乗る程の規模まで発展していきました。ダリルの町の危機を救い、国にまで発展させる礎となったカウガール達。彼女達の伝説は、今でも語り継がれているのです。
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カウガールの伝説が残る町ダリル。今ここでは一大イベントが行われていた。十万人は軽く収容できるであろう巨大なスタジアムに人々は集まり、入れなかった人は酒場や自宅で酒を飲みながら観戦。ダリルの町に人影はなく、あるのはスタジアムからの歓声だけである。
芝生が青々と繁るフィールドには、ファンタズムボウルの選手と思わしき人々。彼等彼女等は異世界のアメフト、ファンタズムボウルをしているのだ。
地元強豪チーム、ダリル・カウガールズを応援すべく、スタンドでは喉をからしながら応援し。スタンドから一段降りたフィールドではチームを応援するカウガールとカウボーイの格好をしたチアが、応援を繰り広げる。
「ファンタズムボウルの観戦に来てくれてありがとよ!おめーら楽しんでるか?」
茶髪でモヒカンヘアーのスタジアム専属のアナウンサーが、やや口汚い言葉で観客に語りかけるが、ムッとする者は居ない。このスタジアムに来れば口汚く、熱く、楽しく解説をしてくれる
彼がいる。それを楽しみにスタジアムやテレビで観戦している者が多いのだ。
その証拠に、彼の声がスタジアムに響き渡る度に、観客のボルテージが上がっていく。
「ファンタズムボウルを今日初めてみた?ルールがよくわかんねー?てめーら今日は出血大サービスだ、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。
ファンタズムボウルのルールは簡単だ。敵陣の最後方にあるエンドゾーンにボウルを持って飛び込めば得点。試合終了時に得点を多く稼いだチームの勝ち。な!簡単だろ。
で、フィールド上で武器や魔法で戦っているのは何でだ?
相手をぶちのめして人数を削りゃあ、ボウルを敵陣に運びやすくなるだろ。だから戦ってるんだ。とにかく難しく考えるな!相手をぶちのめして、エンドゾーン飛び込んで得点を取る。それがファンタズムボウルだ。一緒にこの馬鹿騒ぎを楽しもうぜ」
さて、グラウンドに顔を戻してみる。ボウルをキャッチした選手は何処にパスを出すか?それとも自分で走るか?クォーターバック(ボウルを見方選手に投げるポジション)の彼女は悩みつつも決断をする。ラン。走る事を決断したのだ。
ボウルを持った彼女の前では、少しでも相手の戦力を削ろうと武器を手に取り、相手選手を攻撃していく。そうはさせじと守備側の選手達は、シールドや太刀で相手の攻撃を防ぎ、前線の維持を続ける。
我々が知っているアメフトとは何かが違う。剣と斧がぶつかり合い、後方からは魔法や銃弾が飛び交うアメフト、ファンタズムボウル。
プレイ時間外の攻撃以外なら、何でもありのスポーツ、それがファンタズムボウルなのだ。選手達は相手選手を削り、戦況を有利にするため、バトルを繰り広げていく。
放送席に戻るとモヒカンの彼以外にも、試合の実況解説を行う女性がいた。彼女は情熱的に、そして分かりやすく、観客達に自らの言葉を届けていく。
「さあ、プレシーズンマッチ最終戦。ダリル・カウガール対シルベニア・アイアンマインズとの試合も大詰め。現在は6対7のロースコアで、カウガールズのリード。残り時間は後30秒です!さあ、スタジアムの皆さん。カウガールズに大きな声援を!勝利まで後少しです」
このファンタズムボウルと言う競技、ただのスポーツではない。半年間行われるリーグ戦を勝ち抜き優勝をすることが出来れば、世界を統治する権利が与えられるのである。
自身の暮らす国が世界を統治するする、その為に戦ってくれる選手達が目の前にいる。それがプレシーズンマッチだとしても、熱が入るのは仕方の無い事だろう。
フィールドに響き渡る、ガトリングの音。太刀と蹄鉄(動物の蹄に装着する鉄製の履き物)がぶつかり合い、火花を散らす。前線では、カウガールズのエースとアイアンマンズのゴールデンルーキーが死闘を繰り広げる。
カウガールズのエース、ローレント・アントリアム。
異名は、荒野の荒牛。
その異名の通りに、右手に持った手綱で巨大な牛を乗りこなし相手選手を圧倒し、左手に持った拳銃
でトドメをさす。人馬一体ならぬ人牛一体となり、フィールドで暴れまわる姿は、荒野の荒牛の異名通りであった。
ウェーブのかかった、サラサラとしたブロンドヘアー。テンガロンハットに、胸部の膨らみにあわせ結ばれたシャツ。ファンタジー世界でよく聞く、カウガールやガンマンといったところだろう。
アイアンマインズのゴールデンルーキー、トウカ・サカザキ。
バトルアスリートと言う魔法混合格闘技の前年度王者。
カゼカミの国で剣術を磨き着けた、サカザキ流の後継者。二刀流の使い手で、2メートル近くある大太刀でのアウトレンジを得意とし、それを潜り抜け接近戦に持ち込んできた相手には、太刀によるカウンターでバッサリ。遠近共にスキの無いソードマスター。
黒髪で腰まで延びたポニーテール。赤い袴を着用し、大きな胸部をサラシで締め付けている。大太刀と太刀と短刀を装備した和風の剣士と言った出で立ちだった。
バチバチと火花が飛び散らんばかりに、にらみ会う両者。互いに相手の間合いを測り、徐々に徐々にと距離を積めていく。そしてトウカの抜刀の間合いに入った瞬間、鞘から大太刀を抜きローレントに斬りかかる。2メートル近くもある大太刀はヒュン!と音をたて空気を切り裂く。得意のアウトレンジから大太刀で雨あられの如く切りつけ、ローレントが攻撃圏内に入らぬよう牽制していく。
それに対しローレントは、巨牛の足を自在に扱いトウカの大太刀を、巨牛の足に装着した蹄鉄で器用に受け止めていく。
大太刀と蹄鉄のぶつかり合う火花を散らし、金属音を響かせる。スタジアムに響き渡る金属音は、ドンドンとテンポを上げていく。
くっ!ローレント・アントリアム。あれだけ攻撃を受け続けながら、全てを受け止めていく。しかも焦れること無く、冷静に捌かれている。流石ベテランファイターだ。
これでルーキーとかマジかよ!こちとら捌くので精一杯だってのに、またピッチを上げてきやがる!コレはシーズン中までは隠しておきたかったが、仕方ねえ。
「ジェニー、いまだ!溜め込んでいたもんぶっぱなせ!?」
「その言葉を待っていたぜ、姉さん!」
ローレントの掛け声を合図を切っ掛けに、後方で構えていたジェニーは魔力を込めた弾丸をマシンガンから発射。無数の放たれた弾丸、付与された魔力は弾丸を更に加速させトウカを蜂の巣にしようとする。
「その様な小細工で倒す気か?サカザキ流を舐めるな!」
トウカは大太刀を即座に納刀し、今度は左手で小太刀素早く抜く。彼女は目にも止まらぬスピードで、小太刀を振り抜く。するとどうだろう、ジェニーの放った弾丸の全てを真っ二つに斬り落す。
それを見た、ジェニーはさぞかし悔しがっているかと思われたが、むしろ逆。満面の笑みを見せていたのだ。ジェニーのほくそ笑む顔を、トウカは見ることは無い。いや、見る余裕が無いと言うべきだろうか。トウカが銃弾を斬り落としている間に、ローレントの巨大牛が空高くジャンプをしていたのだ。
重力に任せ、凄まじいスピードで落下をしてくるローレント。
巨牛の重量と落下スピードを合わせた攻撃、それを食らってしまえば一溜りもないのは明白であろう。
「くっ!?ジェニーのマシンガンは、撒き餌。此方が本命か!」
落下してくるローレントを視界に入れようと、上空を見上げるトウカ。だがその瞬間、絶望的な状況に追い込まれているのだと彼女は理解する。
「な!?太陽による目眩まし!これでは彼女の姿が見えない」
ローレントはデーゲームあることを利用し、太陽を背にして擬似的な目眩ましを行ったのだ。
「あばよ!|トウカ≪ルーキー≫コイツでトドメだぜぇぇぇ!」
「太陽で相手の姿が見えない。ならばこうするしか」
スタジアム内に響き渡る、今日一番の金属音。それはトウカの太刀と巨牛の蹄鉄のぶつかり合う音。なんとトウカは目をつむり、ローレントの目眩ましを無効化にしてしまう。
数百キロはあるであろう巨牛の前足を、トウカは太刀で受け止めてしまったのだ。このあり得ない光景に、スタジアム内は一瞬の事だが静まりかえる。
「マジかよ・・・・・・訳がわからねえぜ」
「何とか、受け止める事が出来た」
その静寂を破るかの様に、試合終了のホイッスルが鳴り響く。
「試合終了!6対7で勝者、ダリル・カウガールズ」
主審の野太く渋いコールが、選手達を戦闘態勢から解き放つ。
プレシーズンマッチと言う事もあり、激戦を繰り広げた選手達は、互いを称えあいガッチリと握手をする。
「やられたぜ、ルーキー。いや、トウカ・サカザキか。こんなに熱くなれたバトルは久々だ」
ローレントは手の汗を拭い、トウカに握手を求める。
「こちらこそ勉強になりました。次こそは貴女を真っ二つにしますよ、ローレントさん」
トウカも手の汗を拭い、ローレントの手をガッチリと掴む。
「言うじゃねえか、それでこそプロだ、気に入ったぜ。次こそは叩き潰してやる。だから、それまで負けるんじゃねえぞ、トウカ」
「ええ、貴女と戦う日まで、私は負けません」
ローレントとトウカ。ベテランとルーキーの間に、一つの因縁が出来た瞬間であった。
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時は変わり現実世界。地面でもんじゃ焼きが焼けそうな程熱い、8月の日本。そこでは高校野球の頂点を決める大会、甲子園決勝が開催していた。時期も時期もだけに、灼熱地獄と化しているかと思われるが、そうでもない。天気は快晴であったが、台風の影響で強風が吹き荒れる。非野球日和と言うべき状況であった。
暴風の吹き荒れる、甲子園決勝のマウンド。そこには一人の少年がたたずんでいる。170センチを下回る身長。60キロを僅かに上回る体重。野球選手と言うには華奢な体型ではあったが、強豪高を相手に一人で投げ抜いて来たエースピッチャーなのだ。
「神奈川代表西白楽対、大坂代表大坂光印。1対0で、西白楽が、リードをしています。延長15回1アウト満塁、一打出ればサヨナラのピンチです。カウントは、スリーツー、セットポジションから、ピッチャー投げました」
唾を飛ばさんばかりに、興奮しながら喋るアナウンサー。
それに呼応するように、球場内のテンションも最高点に到達する。
マウンド上の少年沢渡和巳は目を閉じ、何かを聞き取ろうと精神を極限まで集中させる。
風を感じろ、風の声を聞け。そうすればおのずと答えは出る!
球場独特の浜風。バックスクリーン等にぶち当たり、複雑で予測不可能な暴風。前後左右に吹き荒れる風に相手は苦しんでいたが、沢渡和巳は何処吹く風。この暴風を味方に付け、ここまで無失点の快投を続けて来たのであった。
「来る!変化球に最適な向かい風。これに向けて、ボールをぶち当てる」
横手投げから放たれたボール。球速は119キロとかなり遅い部類のものであったが、バッター付近で暴風にぶち当たり、ボールは急激な落下を見せる。このあり得ない変化球に、バッターは当てる事すら出来ず空振りを喫する。
「ストライク!バッターアウト」
「1対0延長15回、2アウトまで来ました。西白楽勝利まで、あと一人です。それに対し、追い込まれた大坂光印、最後の最後で、逆転の一打が出るか!」
何とかツーアウトまで来たが、連投が影響してか、沢渡和巳の体は限界だった。
後一人・・・後一人抑えれば、僕たちが勝つんだ・・・・・・
簡単に、ツーストライクまで追い込んだが、最後のストライクが取れず、カウントはスリーツーになっていた。
風を感じろ、風の声を聞け。そうすればおのずと答えは出る!
和巳は目を閉じ、風の声を聞き取ろうと精神を極限まで集中させる。
ひんやりとした風が、和巳の頬に当たる。何かを察したのか、すぐに投球動作に入る。
「今日最高の横風だ。アウトコースのボールから急激に変化をして、ストライクになるシュート。これで終わりだ!」
サイドスローから放たれたボールは。彼のイメージ通りに横風の影響を受けてピンポン球で投げたかのような急激な曲がりをする。ストライクに入るはずがないと思っていたバッターは、手を出すことが出来ない。
最高のコースに決まった、これでゲームセットだ!
「ストッ、ボール!」
球審の手は・・・上がらなかった。横風を利用した変化球。この予想外変化にバッターは対応出来なかったのだが、主審にとっても予想外の変化であったのだ。
主審の目には、ギリギリストライクに入った様に見えたのだが。通常であればベースの方向に曲がったとしても、ストライクになるわけがない。先入観と経験則に頼ってしまい、主審はボールを宣告してしまった。
試合終了を確信していた和巳にとっても、信じがたかったのか、驚きのあまり愕然とするしかない。
「押し出しです!際どいコースでしたが、判定はボール。大坂光印、延長15回土壇場で追い付きました!押し出しで同点に追い付きました。なお続くチャンスに、今大会6ホーマー、プロ注目の二年、林田君です」
「タイム!」
ショックを受けている和巳が心配になったのか、相棒であるキャッチャーの小柱がタイムをかける。
「和巳。後一人抑えれば、再試合だ。ここが踏ん張り所だぞ」
「僕は・・・後、何回抑えれば良いのだろう」
「悪い、俺たちが打てないばかりに、和巳に負担をかけて」
「いや、僕が弱気になってた。何とかこの打者を、抑えるよ」
小柱はホームベースへ向かい、僕はロージンを掴み、ポンポンと手の平で転がす。
「後一人、後一人で、この試合は終わるんだ」
セットポジションから左足を上げ、右膝を曲げた瞬間だった。膝から力が抜け、三塁方向に倒れ混んでしまった。
「ボ、ボーク!」
反則投球により、ランナーは進塁し、得点が入る。サヨナラボークと言う呆気ない幕切れであった。
本塁を踏んだランナーを見つめ、マウンド上で崩れ落ちる和巳。
「負けた。僕の・・・僕の、せいだ。僕のせいで、負けた・・・・・・あ、ああああああぁぁぁぁぁ!」
両手を地面につき、泣き叫ぶ和巳。掴みかけた頂点の栄冠、それをスルリと掴み損ねる。彼の最後の夏が終わった瞬間であった。
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また、あの夢か。それにしてもここは何処だ?
周囲を見渡すと、一面が薄暗く光る苔で覆われていた。
洞窟の中、かな。にしても不思議だ、こんな光る苔は見たことがない。とりあえず、歩くか
僕はどのくらい、洞窟を歩いているのだろうか?。半日近く、いや、感覚的には、もっと歩いている気がする。
どうして、僕はこんな目にあったのだろうか・・・・・・
野球を止めて、家に引きこもっていた僕を、幼なじみの千尋 に無理やり外に連れ出されたのだ。
しかし、近所の銀時山に上ろうと言い出したのは、僕は驚いた。
僕は膝の怪我で、野球を止めたのに
千尋 いわく、銀時山の温泉で体を癒せば、膝の怪我も治るかもしれない!と、言われたのだが。まさか帰りの道で、滑落するとは思わなかった。そして気づいたら、この洞窟の中だった。そんな訳で、僕、沢渡和巳は、洞窟から脱出するために歩き続ける。
さらに歩き続けると、周りに変化が出てきた。苔むした洞窟から、石畳の通路に変わっていく。しばらく続く、一本道を歩くと、鉄製の扉があった。その扉の上にはプレートがあった。
なになに、ファンタズム?幻想って意味かな?
その扉を開けようとした時、脳裏に浮かんだ。
もしかしたら、ドアノブに手を掛けた瞬間、トラップが発動するんじゃないか!?
上を見た所、ギロチン等の落下物は無さそう。下を見ても、落とし穴がありそうにもない。来た道に大きな岩も無かったし、ローリングストーンの罠も無いだろう。
あっ!鍵穴から、光が漏れてる。もしかしたら、扉の向こう側見えるかも
鍵穴から向こう側を、覗こうと思ったが、それは出来なかった。
「鍵穴から向こう側を覗こうとすると、目潰しの刺が出てくるかもしれない」
その後もあらゆるトラップの可能性を考え、扉を開けることを躊躇したが、あることに気づいた。
そもそも僕は、隠れたトラップを発見することも出来なければ、解除することも出来ない。素直に扉を開ければ良いのでは
開けようと、ドアノブに手を掛けようとするが、手は震え、心拍数は上昇し、喉の渇きまで覚えてきた。
ええい、ままよい!
和巳は意を決して扉を開ける。その瞬間、目が眩むような光に包まれ、彼のの意識は飛んだのだった。
彼は暗闇の中にポツンと佇んでいた。回りが真っ暗・・・これは、夢?それとも・・・・・・
「お前、沢渡選手の息子なのに、速いボール投げらんねーの!ダッセー!」
「お前、沢渡さんの息子だというのにこんなことも出来んのか」
「沢渡さんの、息子さんなのにね・・・どうして出来ないのかしら?」
ああ・・・子供の時の記憶だ・・・・・・周りの人間は、僕を沢渡の息子としか見ず。球が遅い、少しミスをしただけで、僕の事を蔑んだ目で見つめてきた。沢渡の息子、そんな目で見られるのが嫌で嫌で仕方なかった
罵倒され、殴られる事もあった。野球って、楽しいスポーツじゃないのか?嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだ厭だ!もううんざりだ!何で、こんな思いをしなきゃいけないんだ?もう沢山だ!もうやっていられるか!もううんざりだ!だから、中学に上がる前・・・僕は野球を辞めた。
中学を卒業し高校に入っても、野球から距離を置いていた。野球をしていなければ、沢渡の息子見られることもなく、普通の学生生活を楽しんでいる。と、いけば良かったのだが、世の中そう上手くは行かない。
野球をしていない事で、何で沢渡選手の息子なのに野球をやらないのと、言われ続ける日々。父や二人の兄は優秀な野球選手だったために、余計に気になったのだろう。
ああ、僕は何で沢渡の息子なんだ!?息子だからって、何で野球が出来なきゃいけないんだ!
周りの理不尽な願望に、鬱積をため続ける日々、そんな人生に辟易としていた。
「和巳、キミは野球出来るんだから、出来たばかりの野球部に手貸してやりなさい」
スポーツ選手としては小柄な僕より頭一つ以上小さい女性、二つ年上の幼なじみ金沢千尋だ。
「知っているだろ?僕は、野球が嫌いなんだ。頼むから、放っておいてくれよ・・・・・・」
「キミが野球を嫌っているのは、重々承知さ。でも、来てもらうからね」
千尋が女の子と思えない力で、ズルズルと僕を引きずっていく。
「千尋・・・そんな風に、強引で傍若無人だから、魔王と陰口を叩かれるんだよ?」
「魔王?それはボクへの誉め言葉として、受け取っておくよ」
「僕を、沢渡の息子として期待しているのなら無駄だよ。僕には、野球の才能が無い。だから・・・」
すると千尋は、両手で僕の頭を掴み鼻と鼻がくっつきそうな距離まで、顔を近づける幼なじみとは言え、女の子の超近距離に僕の心臓は悲鳴をあげる
「和巳、ボクはね・・・沢渡の息子のキミが欲しい訳じゃない。沢渡和巳、キミ個人が欲しいんだよ」
この超近距離で、キミ個人が欲しい。そう言われて、嬉しくない男子はいないだろう。
「この、妖怪ひとたらしめ・・・・・・」
「ひとたらしで結構、ボクはキミ個人を買っているんだ。来て、くれるよね?」
強引というかなんというか、彼女の説得に頷くしかなかった。
「さあ!和巳の、新しい野球部の、輝かしい未来を祝福しようじゃーないか!」
「全く・・・千尋は何時だって、強引なんだから」
「はーはっはっは!この、天才の僕に任せておきたまえ!大船に乗ったつもりで!」
「はあ・・・聞いちゃいないよ・・・・・・」
最初は嫌々に入った野球部。そんな僕を、メンバー達は暖かく迎えてくれた。徐々に徐々にとメンバーと打ち解け、彼らは僕にとって大切な仲間となっていた。それと同時にチームは強くなり、三年の夏には全国大会の決勝に進めるほど強くなっていた。
初めてだった、野球がこんなに楽しいと思えたのは。こんな日々が永遠に続けば良いと、思っていた。
またしても、暗闇に包まれる。
「僕は・・・僕の野球人生は、決勝での怪我で終わったんだ。小さい頃は、野球が大嫌いだった、けど!仲間と千尋と始めた野球は、本当に楽しかった!でも、僕の体は・・・・・・」
気がつけば僕の顔は、涙でグシャグシャになっていた。
「スポーツを野球を、あの仲間達と、また・・・やりたいよぉぉ・・・・・・」
「そんなに?」
「誰だ!?」
暗闇の中から、女性の声が聞こえる。
「また、スポーツをやりたい?野球をやりたい?」
「ああ!また野球を出来るのなら、僕は何だってするさ!それが、悪魔に力を借りるような事でも」
「分かりました、カズミ・サワタリ。ようこそ、ファンタズムへ」
ファンタズム。彼女がそう告げると扉が開き、目が眩むようなまばゆい光に包まれる。