91話
マサがちくわとささみを気に入ったようで、なかなか離さない。オスなのに父性愛でも出たのかな。
サラは母ちゃんと台所に立っていて、料理を習っているようだった。万能たれの使い方をマスターすると、簡単調理のスキルが手に入るかもね。
「兄ちゃん、ビームセーバーが早速売れたよ」
そう言ってラップトップの画面を見せてくれた。あれ、いつの間にかサラの殺陣動画がアップされてるし。
「26本も注文があったのか…一本六万円!?マジか…いや、あの作りならそんなものか……てか、材料費よりも手間賃だから、かなり儲かったな」
しかし、今後もこの時間軸の少し未来に戻ってこられるのか…まぁ、やってみるしかないよね。
朝食は新鮮な野菜料理の数々だった。田舎は野菜が安くて美味くていいよね。東京では野菜を買う気が起きなくて困る。
「そろそろ行くから」
またすぐに帰ってくるから、そう念を押してサラに魔法を頼む。
展開される魔法陣。そして、またもやレベルアップしたのかエフェクトがかかるようになった。魔法陣から七色の光が放射されて、僕達は瞬間移動した。
「立ち飲みチコリ…まだ忙しそうにやってるな」
中に入るとラムが早く手伝えとせっついてきた。
「足りなくなった日本酒は?」
どうやらあの瞬間に戻って来られたようだな。
「これから持ってくるよ」
「早くしてね、お客さん達が待ってるから」
店の裏から日本酒の一升瓶を十本持ってきて栓を開けると、華やかな吟醸香が店内に広がる。まだ日本酒を知らない冒険者達が興味津々と集まってきた。
「今日の日本酒は特別に美味いよ!エールより少し強めの酒だからね」
グラスに注いでは渡していく。
純米大吟醸『トダの星』はバナナの様な甘い香りに、口開け時の雑味(苦味)が酸味と相まって、何とも言われぬ旨味をかき立てる。それでいて後口はスッキリとしてベタつかない。
「こりゃ、飲んだことのない味だが美味いな!」
「エールよりこっちの方が好きかも」
「猪肉の脂をスッキリさせてくれるな」
なかなか好評の様で何よりだな。元の世界でも外国人に好まれる酒なんだから、この世界でも同じ様な感じなんだろうけど。
「あれ?ちくわとささみは?」
「父ちゃん!マサおじちゃんと遊んでるニャ!」
「マサおじちゃんって……?」
まさか…。
「マサぁー!何やってんの!」
実家の愛猫マサがそこにいた。
「香箱座りして背中にちくわとささみ!」
てか、魔法陣に乗っちゃったのか…。
女性冒険者達がキャーキャー言いながらなでまくっている。マサはハンサムだからな。
店が終わったら、サラに頼んで戻してもらわなくちゃ。あー、でも明日にならないとダメか。
溜まった洗い物を片付けて、弟がくれたビームセーバーを持って店先で殺陣をやってみる。
紫に光る刃は魔剣よりも派手だし、暗い夜はとても綺麗だ。何だ何だと人が寄ってきた。面倒くさいので、
「王様から賜った光の剣です」
って事にしてしまった。弟から仕入れて売るにしても、こちらの価値だと鬼の様に高くなるし。後で魔法少女VS何とか戦隊なショーで活躍してもらおう。
チコリがそろそろ帰る時間だ。
「今日はオルカさんが来られないから、ケンジ、送っていってよ」
ラムのお願いでチコリを抱いて送っていく。
「チコリも毎日ありがとうね。お客さん達も和んで帰るから評判もいいよ」
チコリの笑顔は疲れを癒やしてくれるのだ。遠く離れた町に残してきた子供を思い出して、同じ様な歳のチコリに姿を重ねる冒険者達。
「ん!」
腕の中でチコリも嬉しそうだ。
オルカの宿に着いて中に入ると、これまた賑わう食堂だった。
「おかえり、チコリ」
オルカにチコリがダッシュで抱きつく。
「ケンジ、ありがとうな。予定外に宿泊が多くなってな、食堂もこんな感じなんだよ」
「少し手伝いますよ」
そう言ってここでも洗い物を片付ける。少し腰にきたかな。
「ん…こっちきて」
チコリに呼ばれて部屋に行く。
「これ、よんでー」
「ああ、例の指輪のお話ね」
ワクワクするチコリに絵本を読み聞かせる事にする。
あ、れ?
この話って。




