85話
「バニラちゃんは串打ちが上手いね。ちょっとだけ肉も切り分けてみようか」
「はいニャ」
包丁を持つ手もサマになっているし、ネギを切る手も猫手だ!いや、これは猫だからなのか?うーん、とりあえずどうでもいい事だな。手を切らなければいいんだし。
「上手にできるじゃない。よし、次は…」
こうして、にゃんにゃん達を順番にやらせてみたところ、チョコは串打ちは苦手で肉や野菜の処理は得意。モカはうまく串を打てずに凹んで退場。ラッテは串に打つ肉をチョイスするセンスが皆無…バランスが悪くで焼くとムラになるのでホール担当だな。ミルクは何故か焼きも上手かった。一番小さいのに頑張る姿に皆が応援してしまうという。
バニラとミルクに調理を担当してもらい、チョコには下処理にヘルプで入れるように指導していくか。
「こんちは、ケンジはいるかー」
「はーい」
あら、ダイゴロウ一家じゃないですか。
「日本酒を持ってきてくれたんですね。裏に運びますのでお待ちを」
「ケンジさん、私も手伝いますよー…うぁっ!…ぷるぷるぷる…ケンジさん!増えてます!何でなんですかーっ!」
アイリスの百面相が始まってしまった…。こうなると少しの間は付き合わないと騒いで困るな。
「新しい従業員だよ。皆、猫なんだ。仲良くしてやってね。みんなー、こちらはトダ村で日本酒を作っているアイリスです」
「「「「「「よろしくなのニャ!」」」」」」
「そうなんですか、チコリちゃんのお友達なんですね」
「猫の手も借りたいとケンジが言うのを聞いていたので手伝いに来たニャ」
「まぁ!猫ちゃんですもんね。あ、でも、ワタシよりお姉さんで素敵だから、いつも一緒にいられるとヤキモチを焼いちゃいますよ」
「ケンジの事かニャ?うちらはケンジは好きニャよ?撫でたり抱いたりしてもらってたから、もうメロメロニャ」
ちょっと、誤解を受けるような言い回しは止めてくださいー。ほら、アイリスの目が死んでますからー。
「うわぁ!痛い痛い」
アイリスのポカポカ攻撃を受けて、皆仲良く日本酒を運び込みました。今回の日本酒は特別純米なので、どっしりとした味わいを冷やか燗で楽しんでもらおうと思っています。
「全く、何やってんだか」
カレンさん、かなり呆れ気味です。
「マーズを留守番させてきて正解だったよ、ホント、アイリスのケンジ好きには困ったもんだね」
「お母さん、それなら少しくらい止めてくれてもいいでしょうに…」
「ケンジさんは結婚する気あるのかい?」
「それは俺も気になってた、どうなんだケンジさん」
ダイゴロウも一緒になって攻めてくる。他の娘が心なしか聞き耳状態になっているような気が…。
「結婚できるんだったらしたいですよ…今までは全くモテませんでしたからね。でもどうなんです?アイリスは若すぎるでしょ!それに……好いてくれる人は他にもいましてですね、そんな何人とも結婚できないでしょ」
「したらいいじゃない」
カレンさんは簡単に言うなぁ。
「お金持ってる人なら何人も娶るものだよ。それに、貴族なんて子供同士でも結婚しちゃうんだからねぇ」
チラリと女の子達を見ると、頬を染めていたり頷いていたりする。ぬぅ、どうしろというんだい。
「結婚したい人ー?」
チラッ。
「うわっ!マジで?ホントに?」
カレンさん、ダイゴロウさん以外は手を挙げている。猫ちゃん達もだ。
「さ、流石に多過ぎない?…え?いいの?皆も納得してる?」
いつの間に結託してたんだ。て、チコリと結婚て、オルカさん激怒するんじゃないの?
「まさか、仕込みをしながら婚約させられるとは思ってもみなかった…もっとロマンチックにするもんじゃないの?」
不思議なもので、左手にしているオリハルコンの指輪から、新たに五つのミスリルリングが出てきたのよね。
それをバニラ達にもはめてやり、めでたく大婚約会は終わったのでした。
「そ、そろそろ口開けしないとね、ね?皆さん?スイッチの切り替えよろしくね?お客さん達並んでるんだからね?」
そう言いながら、明日の朝は反対側のホームから電車に乗りたい…などと妄想してしまいました。現実逃避したいほどモテるのってツライのね。だってアナタ、一人と深く長く付き合ったりしたことないから、こんな一気に愛情を注がれるという事はもはや許容範囲外なんですよ。
何股もする人の気持ちが知れん。
口開け後にチコリが寄ってきて、手をギュッと握ってきた。その後に抱きついてきたので、頭を撫でてやったらニコッと笑って店内を走り回っていた。
チコリはお父さんと二人の家族だから、お兄さんお姉さんと思ってくれているのかもしれないなぁ。
「何ぃ?もうマリッジブルー?」
「何がマリッジブルーだよ。結婚の日取りが決まった訳でもなし。チコリは賑やかな家庭を求めてるのかなぁ、て思ってただけだよ」
「そうね、チコリはお父さんを支えて頑張ってきた分、今は私達に甘えられるのが大好きなのよね。まだまだ小さいんだからそれが普通なんだけどね」
「そういや、工事現場で使うアレ、チコリにあげたのラムだろ」
「えっ?何の事?あ、洗い物しなくちゃ」
「逃げたか」
ハーレムアニメの主人公って、本当に幸せなのかなぁ。
現実問題、愛情を隔てなく平等に与えられるのか自信がないだけなんだけど。情けなく思った夜は、見上げると満月が輝いていたのでした。




