8話
その紙パックは紛れもない『キンミャー焼酎』だったのだ。
「キンミャー焼酎だ……何でここにコレがあるんだ?」
他に地球から来ている人間がいるのだろうか。それとも物質だけ空間を超えて来ているのだろうか。
「ちょっと貸してみて」
ラムがヒョイと取っていく。
キンミャー焼酎は宝玉酒造のお隣に蔵があり、地元より東京で親しまれてきた甲類焼酎である。最近はこれのブランド力が強くなったので酒場によってはプレミアム価格で提供される事もある。しかし、そんな酒場は飲ん兵衛から見たらボッタクリに等しいし、いつかは見捨てられる事になるだろうね。安くて美味い、それがキンミャーの強みなのだから。
「このロットナンバーだと、未来の製造って事になるんだけど、一体どういうことなのかしら…」
「へ?」
間抜けな声しか出なかった。
現実として異世界に来ていても、未来だの過去だのと時間を超えて行き来出来るとは思っていないし。
「地球とこっちを行き来できるラムが言うと、ここにそれがあるってのはやっぱり凄い謎なんだよな?」
もう一度手に取りたかったので、ラムから渡してもらう。
注ぎ口が付いていないそれは、中を嗅いでもアルコール臭くなかった。
「酒を詰める前の新品みたいだね、これ」
道端でやんやと話していたら、近くの商店から一人の少年が出てきた。
「おじさん達、ゴミなんか拾って何話しこんでんの?」
「ああ、これね、かなり珍しい物なんだ」
「そうなんだ。でもそれ、月に一度通る商人が運んでいる物だと思うよ。前にうちに寄った時こっそり荷物を見たから」
「そうか…教えてくれてありがとう……」
ポケットから飴ちゃんを渡す。
「何がどうなっているのか、全く分からないんだけど」
苦笑しながらラム達を見る。彼女達も苦笑していた。
「私達の世界の物がこっちにある…酒場を作るのが一番大事だけど、これも酒関連だし気になるわね」
確かに気にはなる。ここは異世界なのだから。
「二人は酒造りで忙しくなりそうだし、私が少し調べてみよう」
「いいんですか?」
「賢者様がやる様な事ではないですよ。私がなんとかしますから、お二人はこの街の発展をよろしくお願い致します」
そう言って、マイヤーズさんは商店で聞き込みを始めた。
凄く気になる事案ではあるが、確かにかまけてはいられない。飲ん兵衛として頼られ、異世界なんかに連れて来られちゃったのだから、スイッチを切り替えて没頭しなければ。
それに、美味い酒を早いところ造らないと、この世界は楽しみがなさ過ぎるし。温かい季節の冷や(ひや、常温の酒)は燗(かん、温めた酒)の域だ。美味しくも何ともない。まだ知り合いに氷を作れる人もいないし、ラムも早く魔術師を紹介してくれ。辛抱たまらん。
そうこうして、商店街を片っ端から覗く三人は、店を開くにあたって必要な物を買い込んだのだった。
「ガラスはまだ高価なんだね。ジョッキは木製か……何で陶器で作らないの?」
「陶器もあるけど、そっちも高価な部類なのよ」
「あー、そうなんだ」
小さい樽みたいなジョッキも、まぁ味があるっちゃぁ味があるんだけど、キンキンに冷えたガラスは捨て難いよなぁ。
「んー、どしたー?」
チコリが袖をしきりに引っ張る。
チコリが指差す先には耳の長いスラリとしたモデル体型の女性がいた。
「ゴクリ……」




