75話
腕をつかまれてリリィはその場にしゃがみ込む。
周りの客が側に立てかけてある剣に手がいく。
「こ、こ、この指輪!どこで手に入れたんだ!」
リリィの左腕を優しくつかみ直して、指にはまった指輪を凝視している。ミスリルの指輪は硬貨ではあるけど、そんな珍しい物なのだろうか。
「私どもの従業員がどうかしましたでしょうか?」
戦う事になれば瞬殺されちゃうので下手に下手に出る。
客の冒険者達も、とりあえずは剣を抜かなくていいのね?みたいな雰囲気に、飲みを再開したり、注文。してみたり、酒場での空気の切り替えって早いわー。
「ん?お前は誰……そ、それはっ!」
このおっさん、今度は僕の左腕をとりやがった。やだ、ゴツゴツしてたくましい手だわ。って、何しやがる!
「この指輪がどうかしましたか?」
「アンタ…それをどこで手に入れたんだ。俺はそれを造った男を探して旅をしているのだが…そこの娘さんとアンタと、指輪はいくつかのセットの二つなんだが…」
「これも、彼女のもこの街の露店で若い男から買ったんですが。次の日にはもう店はなかったですよ」
「そうか…ここも既に立った後だったか……」
男はガックリと両膝両手を付き、顔をしかめる。
「込み入った事情がありそうですね、入口だとアレですのでこちらで話を聞かせてくださいよ」
半ばの空いているカウンターに誘導して、エールを二つとイノシシ串盛り頼む。さて、とりあえずここは自己紹介だろう。
「どうも、この店を手伝っているケンジと申します」
「俺は見ての通りドワーフ族のランドウだ。ケンジ殿の指輪の製作者を訳あって探している……ん、ああ、先程はすまなかったな、それでこれは?」
リリィがエールを持ってきてくれた。
「アンバー名物、エールですよ」
「エール?何か違うのか?」
ジョッキを手に取って眺める。
「まずは変な出会いでしたが、乾杯」
「うむ、乾杯……ゴクッ…ゴクッ…ゴクッ、ゴクッ!ぷはぁ!何だコレは!冷えていて、それでいて今まで飲んだエールとはまるで違う…ゴクゴクゴクゴク、ぷはぁ!」
「それじゃあ、次のをどうぞ」
「うん?黄金色だな…ゴク……ゴクッゴクッゴクッゴクッゴクゴクゴク…ぷはぁ!こんなエールは飲んだ事がないぞ!ケンジ殿、教えて欲しい、これは何なのだ!」
「これはエールと少し違うのでビールと呼んでいます。飲みやすさ、喉越しの良さが売りの酒ですね」
「アンバーの話は知っている。酒発祥の地だというのにエールが今ひとつで酒場も少ないと。しかしこれはどうした事だ。噂なんてのはアテにならないものだな」
「私共の努力の結晶ですよ。不味いエールは飲みたくありませんからね。どうですか、少しは落ち着きましたか」
これだけ笑顔が出れば色々話してくれそうだ。
「うふふ、ザシャ、一緒に入りましょ」
俺の前には一糸纏わぬ姿のルナがいる。正直言って心臓はバクバク、真っ直ぐ立っていられない。
「ほら、背中洗ってあげるからこっち来て」
酔いも覚めるとはこの事か。
「お、俺もルナを洗ってあげようか?」
「いいわよ、それじゃあ洗いっこね」
トダ村最高にいい所だ!
「姉ちゃん……くそっ……何で一緒に入ってるんだよ。あっ、あんなところまで洗って……」
尻尾は家族以外に触らせないのに!
「それで、覗いてしまったと…駄目でしょ、弟くんでも」
カレンさんていうらしい。人間の女だ。姉ちゃんが入っている風呂を覗いていたらこいつに見つかって転んでしまい、あげくの果に捕まってしまった。
「ふ、ふん、人間風情が俺に説教するなど百年早いわ!」
「お母さん!この子はドラゴンなんだよ!」
「ふふーん、俺はブラックドラゴンなんだぞ!」
「そんな事はこの際どうでもいいんだよ!アンタが実のお姉さんの裸を覗くなんて、人間だと単なる変態だよ!」
「う…」
痛いところをついてくる女だ。いいんだよ、それでも俺は姉ちゃんが好きなんだから!
「泥だらけだね、私がお風呂に入れたげるからこっち来て服脱いで…ほら、脱ぎ脱ぎ、お姉さんに任せなさい」
「うわっ、何すんだ!やめろ!こらーっ!脱がすなー、駄目なんだってば!」
うう、姉ちゃん以外に裸を見られるなんて…。
「あのなー、人間…知ってんのかー?」
「私はアイリスよ。人間なんて呼び方やめてよね」
「っ…アイリス、ドラゴンがこの姿で裸を見せるのは番の相手だけなんだぞ……」
「え?番って…」
「人間でいうところの夫婦だな。こうなったら俺も姉ちゃんは諦め…切れないかもしれないけど、アイリスも好きになる努力をする!だから結婚しよう!」
掟は守らなければならないからなー。
「ええーーっ!」
胸は姉ちゃんみたいだな。
辺境の夜はふけていく…。




