73話
タイトルを変更しました。
夕食はフクの好きな玉子焼きに猪肉の生姜焼き、スープまで呑めるモツ煮込みとプリンにしてみた。主食はご飯である。
少しは笑顔が戻ってきたかな。ちくわとささみは、ご飯を食べたらフクの肩に乗っかって大人しくしている。
「おにぃには時間をかけて理解してもらうしかないと思う。ま、ずーっとその事ばかりを考えてると疲れちゃうから、食べよう、ね」
「うん、美味しそうなのニャ。ご主人様には迷惑をかけたのニャ」
ちくわとささみを肩から引き剥がして膝の上に乗せる。流石に食べにくくなるからね。
「あんなにいた猫達もいなくなる時は蜘蛛の子を散らすようだったねぇ。アンバーには何匹いるんだろう。あ、お醤油かける?」
玉子焼きには大根おろしが合う。なくてもいいけど、あれば嬉しい。家族の理解も、やっぱりあれば嬉しいよね。
「そうだ、このスマホにね、動画や写真が沢山あるから、それを見せながら話したらどうかな。姿形は違うけど、何かしら感じるものはあると思うし」
膨大な愛猫フォルダには、小さい頃から亡くなる寸前までが保存されている。ガラケー時代の写真は解像度が小さくてアレだけど、懐かしむ分には問題ないし。
「何だか恥ずかしいニャ。これなんてお尻が丸見えニャよ…」
猫だったから仕方がないよ。
エールの栓を開けてそのまま瓶で飲む。
二人くらいいなくても店が回せるというのは、皆がそれぞれプロフェッショナルって事だよなぁ。今回は助かってるし、フォローもしておかないとね。
「ハハハ、ハナは可愛かったもんなぁ。よくカワセミとかウグイスを獲ってきてたけど、食べなかったよね」
珍しい鳥を獲ってきては放置していたのだった。特にウグイスが鳴き始める時期はいつも興奮していたな。
「猫世界でステータスシンボルなのニャ。ウグイスなんかは鳴き声を聞くと凄く興奮するのニャ。いてもたってもいられないのニャ。食べ物はカリカリが美味いのニャ、だからわざわざ獲物を食べなくてもいいのニャ」
ご飯粒を口元に付けながら熱弁を奮うフク。
「そっか、頑張ってたんだな。ほら、ご飯粒が付いてるぞ」
既にエールは三本目。久しぶりに落ち着いて飲めてるな。
「イシカワさんの焼きが凄過ぎて、私は今まで何をしていたのか…自信をなくしてしまいます……」
「ナターシャちゃん!イシカワさんはやきとん屋さんを長いことやってる人だから。それに日本酒を霧吹きで串にかけるのは、日本酒あってこそだったんだから…ナターシャちゃんの猪串は冒険者に人気でしょ!これからますますレベルアップしていけばいいんだからね」
ケンジの友人だというイシカワさんが店に来て、串の仕込みをいつもの倍速で終わらせ、煮込みを作って、猪串を焼いている今。この串が同じ条件の肉で、いつもの炭火焼きなのに、日本酒を振りかけて彼が焼くと、いつもと違ってふんわりと焼き上がる。それを賄いで食べたら、ナターシャが自信をなくしてしまうという…。
「なかにはこの日本酒に調味料を入れる店もあるって聞くけど、調味料の旨味で誤魔化すような事をやっちゃいけないよ。日本酒は乾燥防止と肉本来の旨さを引き出す助けだね」
イシカワさんはナターシャに焼きを伝授してくれた。
「ありがとうございます!私、頑張ります!」
「こんないい肉を扱えるんだから幸せだよな。あとね、一味唐辛子に味噌ダレを用意してもらいな。ケンジくんに言えばすぐに分かるから。あと、キャベツな。小さくカットして、マヨネーズと味噌で脂っぽくなった口をサッパリさせてくれるから」
「イシカワさん、何から何までありがとうございます。そろそろ時間です。お送りしますので」
何故かこの世界に来ていた彼を、力のある私は送ることになった。
「よろしく頼みます」
「さて、今日も頑張りますか!」
異世界なんて夢でも見ていたのかと思ったけど、土産に持たされた日本酒もあるし、猪肉もたっぷりとある。
特別に今日は東北の片田舎でも異世界の肉を出してみるぜ。ケンジくんよ、遠く離れていても、酒場の活気は変わらないんだよ。こっちも頑張るぜ。
その日は久しぶりに顔を出すお客さんで溢れかえったのだった。
休憩で外に出てみると満月が夜空を輝かしていた。




