68話
「ご主人様、ごめんニャ」
「フクが悪い訳じゃないんだからいいんだよ」
猫舌で舐められたのが効いたのか、傷はすっかり治っていた。そして生臭くもない。
「えー、猫の時は生臭かったのかニャ?猫缶はお魚ばかりだったから仕方ニャいよ…」
スネるフクが可愛くて、ぎゅっと抱きしめ頭を撫でる。
『バタン』
「!…妹にニャにをしてるんですかね!」
十五、六のおにぃがタイミング悪く入ってきた。大分酒くさい。
「ナデナデ?」
「お前はフクの何ニャんだっ!」
今度は不意打ちじゃないのでパンチをスルリとかわす。
「おにぃ!この人はフクのご主人様ニャの!」
更にぎゅっとしがみつきながら言うので、おにぃは真っ赤になって怒っている。
「父さんも母さんも意味が分かんね!妹達にはご主人様がいるんだって…ご主人様って何ニャんだよっ!」
「おにぃ、聞いてなかったのかニャ?」
「何のことだよ」
「フクとお姉ちゃんは前世の記憶があるのニャ」
「何だよそれ、そんなの聞いてニャいぞ」
「それ、ホントなんです。フクは僕が飼っていた猫のハナの生まれ変わりなんです」
話の途中に割って入るとおにぃが睨んでくる。うーん、困ったなぁ。
「その話を信じろと言うのか?ベニを魔法で連れ去った男と仲良くしろと言うのか?どうニャンだ、フク!」
おにぃは何ていう名前なんだろうなぁ、と、緊迫したシーンをスルーしながら思っていた。フクと僕しか知らない事でお互いを認知しても、他の人には分かってもらえないと思うし、何だか面倒臭く…。
「…ぉ…おにぃなんて嫌いなのニャ!」
泣き顔のフクが叫ぶ。叫んでスーツの背中に入り込み、襟から頭を出す。
「お、前…おにぃと父さん以外の男は苦手だったのに…!くっつき過ぎニャ!」
引き剥がそうとおにぃとくんずほぐれつしていると、
「お兄ちゃん!何やってんのっ!ちょっと、離れなさい!」
お母さん登場。
首根っこをアイアンクローして引きずっていく。母強し!猫になったら気の強い白猫だな、ありゃ。
「フク、泣かないで、ね。おにぃに認められるように頑張るから」
「うぅ…今日はこんな顔じゃ働けないニャ…」
「ラムに休ませてくれってお願いしとくから、一緒に家に帰ろうか」
家族が無事で、久しぶりの再会なのにこじれてケンカになるなんて、小さなフクには可哀想な出来事だよな。
泣き疲れたフクをおぶったまま家に着き、居間のソファで眠らせる。
スマホを取り出してハナの写真を眺めていると、昔の事を思い出してくる。窓から雀を威嚇する変な鳴き声のフクとか、トイレにまで入ってこようとするフクとか、今思うとお腹に顔をグリグリしたりしたなぁ…セクハラだったかもしれんな……。
あと少し成長すると美人さんになるかもな。親のような立場と兄の立場は同じようでも違うからこそ、知らない男が側にいるのが許せないんだろう。
そういや、オハラさんは無事だったのかな。
窓から外を見ると野良猫が覗いている。
「どしたー?お腹空いたのか?」
窓を開けるとその猫はとたとたと入ってきた。
「ニャニャーん」
クイックイッと袖を引っ張る野良ちゃん。
「付いて来いって?」
フクをこのまま残して行くのもはばかれたが、あまりのしつこさに付いていくことにする。
例の空き地に連れてこられた。
誰かが猫に餌をやっている。その背中は大きく、どこかで見たような感じがするが…ん?
その男性は立ち上がり、こちらを振り向くのだった。
「大将…」
お世話になっているやきとん屋の大将だった。




