59話
「あの二人、凄いですね。勝負なのに普通に飲んでます。流石、飲ん兵衛」
オハラさんはジョッキを片手に勝負を眺めている。
確かに当初の勢いと違って、傍目から見ると普通の飲み会であった。ルナとチコリも和気藹々だ。
「気に病む事なんて無かったなぁ」
「そうね、もっと血生臭い戦いがあるんだと思ってた」
ラムの言う通り、まずは前哨戦としてブラックドラゴンとの戦い、それからバッカスと思ってたなぁ。
「ケンジさん、そろそろ日本酒が無くなりますので、ビールに切り替えますね」
サラが報告に来たので、一度店内に戻る事にした。
「エールとビール、アンバーホワイトは十分にあるね。あの人達、飲み足りなくて暴れそうだし」
「それも無くなったらキンミャーですか?」
「そう…キンミャーを果実水や炭酸で割って出すしかないね。ここにきて飲みやすくアルコール度の高い酒を出すという」
キンミャー焼酎は甲類焼酎の中でも飛び抜けて飲みやすい。ブランドだけの酒ではないのだが、その飲みやすさから飲み過ぎてしまうという弊害がある。仕事帰りのサラリーマンが終電を逃している時は、高確率で何かしらのキンミャー割りを飲んでいる。昔流行った下町のナポレオンはナポレオンと銘打っているので、せんべろ酒場では高級品だったりする。
「サラはキンミャーの魔力を知ってるのか…」
「お店でも置いてました。サワー類はキンミャーでしたから、歌い終わるとクラっとするお客さんが結構いて…」
カラオケ、皆さん全力で歌いますもんね。
ちょちょいと工作して風魔法をかけてもらい、それにスマホをセットする。外からは見えないので全て魔法でごまかせるはず。
「何してるんですか?」
「んー、勝負という祭りを盛り上げようかと……えーと、はい」
「バナナ?」
「それ、マイク代わりね」
「えっえっ!もしかして歌うんですか!」
「そして、勝負しているテーブルの近くのここ、スペースを空けたから。はいっ!盛り上がっていきましょう!」
スマホの画面をタッチしてシャッフルする。
イントロが流れ出した……一曲目からノリのいいので良かった。
こうして、サラのアニソンライブも並行して始まった。
「流石に喉な乾いたわー、ビールもらうわー」
久しぶりのアンバーホワイトは、疲れた身体に染み渡っていく。
「ラムの奴、いつの間にサイリウムなんて持ってきてたんだ」
冒険者がサイリウムを振るのはちょっと違和感。服装だな。
そうこうしているといつかのワイバーンもやって来た。サラの歌に合わせて踊っとるよ。
「王様も顔バレしたけど、これ、覚えている人そんなにいないよなぁ」
どんな感じかテーブルに寄ってみるか。
「ぶわっはっはっは!あの酒を飲んだことがあるのか!酸っぱくて不味かったな、あれは!」
王様が言うと、
「アルコールがあれば調味料でも飲んでしまうのが我らだ、ハッハッハ!」
「バカじゃないの?…ねぇ、チコリもそう思うでしょ?」
「ん!」
「意気投合してる……」
何なんこれ。酒好きのいいところではあるんだろうけど、狭い立ち飲み屋で袖擦り合う距離で仲良くなるような、そんな飲みになってるじゃん。
「ねぇ、そこの人間…ケンジって言うんでしょ?」
チコリと戯れていたルナが声をかけてくる。
「これ、もうほっといてもいいから。バッカスの器も見つけるから、後一週間だけ待ってくれって、王には伝えておいて。記憶なさそうだし」
新たな器…また問題が起きなければいいけどね。
「分かった、伝えておくよ」
そして、宴もたけなわではございますがー、気持ちのいいところすみませーん。一人三千円でお願いしまーす。みたいな声が聞こえだしていた。




