53話
「あの人がバッカスに精神を乗っ取られてるなんて、話した感じは普通の人だったけど」
ラムはあっちの世界から途中で戻った時に会っている。
「ご主人様、向かいの店も明日からオープンって言ってたニャ」
「「ニャ」」
「そうなのか、明日からオープンねぇ。どうなるかな………さて、うちの方はと……日本酒は明日から届けて貰えるから、本番は明日からなだな」
あのオハラと言う男の事だから、何かちょっかいでも出してきそうなのだが。何かあって問題になったら店なんかやってけなくなるほどの戦闘とかあるんだろうし、頼むから静かに店をやっていて欲しいね。
「とりあえず、明日はバッカスとドラゴンがやって来たら奥へ通す。その後に王様達がどうするのか……よくわからないけど、ドラゴンが暴れそうだったら皆はお客さんを誘導しつつ逃げる事、いいね」
明日の段取りを皆に伝えておくが、かなり大雑把だよなぁ……お客さん達も泥酔すると脚がもつれて逃げられないだろうし、ウコンやらネバリーゼやら召喚しておくか。
「それじゃあ、仕込みを始めましょうか。カルパッチョもお客さんに好評で生魚に慣れてきてるし、今日は思い切って刺身を出してみましょう。後は枝豆にかぼちゃのサラダかな」
「ご主人様、フクに食べ物のあいでぃあがあるニャ!」
いつもはオーダー取ったり、運んだりするだけのフクがメニューに一言あるというので聞いてみる。
「お魚があるんだからつみれとかはんぺんを作ってほしいニャ! それでおでんするニャー! フクはご主人様か買ってくるこんびにのおでんに憧れてたのニャ!」
あー、そうか。コンビニでおでんを買った帰りに、走り回ったりテンションが上がっていたのは食べたかったのね。すまんのー、猫には塩分過多ですのよ。
「残念ながらおでんの神様、耕ちゃんは今日はいない。そうだな、ナターシャと二人で作ってみるか。そうすると、猪串の仕込みは他の皆に頑張ってもらわないとな。フクも頑張ってくれよ」
「串打ちは私に任せてよ。実は結構得意なのよねー」
ケイティが胸を張って立ち上がる。
「お、そうか、ケイティは串打ち経験ありか。今後も助かりそうだな」
「わ、私も負けませんよっ! モツも手際よく打てますから」
リリィも張り切っているし、頑張ってくれそうだ。
「サラだって串打ち頑張ります!」
ふんす!
「ん!」
「チコリも手伝ってくれるのか?」
「ん!」
笑顔が眩しい。チコリの串は……手が小さいから器用に動かせないのよね。オルカさんへのお土産用にしよう。
猪は肉と内臓をそれぞれ切り分けて串に打っていく。内臓は特にレバーが打ちにくく慣れがいる。柔らかいので時間をかけてしまうと体温でレバーが痛んでしまう。
「焼きも交代で誰かやってみるか? ナターシャが休みの時に焼ける人がいないのも困るし」
「わ、私は休まずに頑張れます!」
「ナターシャの仕事を取ってしまう訳じゃないからね。焼き場は暑いから結構疲れるものなんだよ。それにナターシャには刺身の技術も覚えて欲しいし、他の新しい料理も教えたいしね。その時に焼いてもらえる人も育てないと」
串焼きは確かに修行に時間がかかる。
それでも、ナターシャには色んな料理を覚えて欲しかった。たかが立ち飲み屋の料理人かもしれない、しかし飲ん兵衛は以外に繊細な下を持っているものなのだ。日々勉強が大事って事だね。
「ケンジ殿がそう言うなら……口開け前の時間に焼きを教えるのもアリですね」
「そうだ、トダ村のダイゴロウさんとこから持ってきた日本酒の試飲もしなくちゃね」
一升瓶から日本酒をグラスに注ぎ、皆に配る。
欲しそうな目をしているフクとチコリには、ジュースで勘弁してもらう。
「凄い香りますかど、これって米で造ったんですよね!?」
サラは驚きながら口をつける。
「えっ、何これ飲みやすい……」
日本酒はこの世界でも女性にウケる酒の様だ。
ああ、こんなに美味い酒をバッカスに飲ませるのもシャクだな。
そんな事を考えながら、口開けを迎えたのだった。




