52話
指輪の光がおさまり、桶の中を覗くと絞る前なのに酒の濁りが無くなっていた。今のは一体何だったのか。
「おい、今のは光の魔法じゃねぇかっ! それだな、その指輪がマジックアイテムなんだ!」
「光魔法……ですか? この指輪は露天商で買った物で安物だし、アイリスにもプレゼントしましたが、従業員にもプレゼントしたし……掘り出し物だったってことですかね?」
アイリス達のはミスリル製で、こっちはオリハルコン製だったか。ふむ? そんなに安物でもないのか。
「ケンジ、早くできないかと考えていたんじゃないのか?」
「確かに、こんなに美味しくできそうな酒は早く絞って濾過して熟成まで待たないといけないのかぁ、とは思いましたが。思った事で魔法が発動したって事ですか」
試しにと思い、柄杓で酒をすくってみた。
そして、口にしてみる。
「これ……もうできあがってますよ! 香りも増してますし!」
ダイゴロウとアイリスにも酒を注いだグラスを渡す。
「えっ! さっきのより口当たりが良くて……いつも飲んでる葡萄酒よりもフルーティーで……凄く美味しい……」
アイリスはクピクピと一気に飲んでしまい、空のグラスを恨めしそうに眺めている。
「おい! 上等な酒ってのはこれの事を言うんじゃないのか。甘過ぎず、そのわずかな甘さも後に残らない……ってアイリスは全部飲んだのか。大丈夫か? 結構、酒精が強い酒だぞ。ほら、そこの仕込み水も飲んどけ」
「飲んでみるとどうやら原酒のままみたいですね。この後は水で割るか、このままで売るかだけどダイゴロウさんはどう思う?」
「このままでいいんじゃないか? 好みでロックにしてもいいしな」
「ロックね、それもアリか。なら、これにて完成だね」
こうして、指輪の力であっという間に日本酒が完成してしまった。
いずれ、あの出店の兄ちゃんを探して、指輪の事を聞かなくてはならないかな。
ラムに力を与えた神という存在。指輪を買わせた出店の若者。同じ存在なのか、仲間なのか、全然別の存在なのか、考えても分かる事ではない。
しかし、僕らは、この世界の為に都合よく使われている気がしないでもない。
母屋に戻り、カレンとアイリスに持ってきていたシャンプーセットを渡した。使い方を教える為にアイリスの髪を洗ってやると、カレンはその艷やかさに驚いていた。折角だし、例の魔法で手鏡を出してプレゼントした。こっちの世界の鏡はガラスじゃないから、自分の姿を映しても分かりにくいんだよね。
それから早速、日本酒を瓶詰めにして冷暗所に入れる作業をやった。
そして、一升瓶を二本抱えてトダ村を後にした。
明日は十本届けて貰う予定だ。お客さんの反応が楽しみで仕方がない。
小一時間歩いてアンバーに着くと、とりあえず王様の宿を目指した。こうして日本酒ができあがったのだから、息子さんの奪還作戦の変更なんかもあるだろうしね。
「立ち飲みチコリのケンジだ。王にお取り次ぎ願いたい」
既に部下の騎士と顔馴染みにはなっているが、なあなあになっている訳ではないので隊長の確認が入る。
それからいつもの部屋の前へ案内されると、中から招き入れる声がする。
「失礼いたします」
「ケンジが宿へ来るのは久しいな」
抱えていた一升瓶をテーブルの上に置く。
「王様、日本酒が完成しました。今日はその報告です」
「この大きな瓶に入っているのが日本酒か? 聞いた予定よりかなり早いのではないか?」
左手を見せながら、
「この指輪は光魔法のマジックアイテムらしく、些細なきっかけから醸造、濾過、熟成と一気に進められたようです。失礼して、このグラスを使わせて下さい」
棚からグラスを二つ取り出し、一升瓶の栓を抜いた。小気味よい音と共に注がれる酒。
「なんと芳しい……これはフルーツの香りだな。米は麦と同じで穀物だそうだが、それがフルーツの如く香るとは、これこそ魔法のようだ」
「それでは飲みましょう」
ゴクリと一口飲む。冷や(常温の事)でも素晴らしく美味い。魔法熟成だからなのか口開け時の苦味(雑味)も感じない。
「どれ……!」
王様は口に含むと目を見開いて固まってしまった。
「お口に合いませんか?」
「何を言っておるっ! この様な美味い酒は飲んだ事がない! このスルスルと入ってくる喉越し……これはいつまでも飲み続けられる酒だぞ」
「気に入っていただけて何よりでした。これから時間差で味の違う日本酒が九種類できてきます。これでバッカスとの対決ができますね」
「うむ、そうだな。息子を奪還せねばな。しかし、これを飲みに毎晩お前の店に行かなくてはならなくなったな。ハッハッハ。作戦は立ち飲みチコリで開始する」
「えっ?」
何ておっしゃいました?
うちの店に奴とドラゴンを呼び出すの? うぇぇ、改装前に全壊とか嫌ズラ……。
「そんなワケで、この店で王子奪還が行われます……しかも通常営業して油断させろ、との命令です……」
ぎっくり腰になってしまったのですが、その翌日、今度は執筆で使っているスマホが充電しなくなり、サービスを使って新しいスマホを送ってもらったのが月曜日。新しいスマホの設定で時間が取られ、昨日は更新を休んでしまいました。ごめんなさい。




