5話
タリーズ国の東に位置する街『アンバー』は、酒発祥の地であるというのに酒文化が廃れていた。
修道院で作られるエールなる酒が名物であったが、半年も経たないうちにパクられまくり、味の上で他に上をいかれてしまったという。街中の誰もが知っている歴史。ここ100年の内、アンバーが歴史の上で放っ光は線香花火の様に一瞬であった。
とにもかくにもラムに協力する事になったので、こちらの酒場をリサーチする事から始めた。
彼女はマイヤーズさんとこに厄介になるって事で、こちらでの名前はラムにしたらしい。突っ込む前に安直でしょー、と言われた。
この辺の酒場は店内にテーブルと椅子があり、そこで注文して飲む。奥のカウンターは配膳用で立ち飲むスペースではない。
家族経営が多く、その為か酒もつまみも安価な店が多い。
「さて、とりあえず連れてきてもらった店だが、ここはどんな関係なんだ?」
「こっちの世界では凄く和む店。私が酔っても暖かく受入れてくれるし」
「色々やったのはマイヤーズさんから聞かされたけど、こっちにない知識を披露されたら受け入れざるを得ないよねぇ。僕なんかマイヤーズさん達からの期待度が大きいだけにガッカリされないか心配だよ」
「大丈夫だって。ほら、ここのエールを飲んでみてよ」
「大人しそうで可愛かったんだけどなぁ…地が出ると小憎らしい親戚の子みたいだ」
そう愚痴りながら、木製のジョッキを手にして液体を喉に流し込む。
「うぇー、何だよこれ。常温だし…酸味が強いし、不味いなんてもんじゃないぞ」
いつも飲んでいるビールの美味さに感謝しつつ、ふとビールの歴史を思い出した。
「このエールはダメだ!これ、この実を作る過程で入れろ!」
同僚に無理やり連れられていった山歩き。その時に野生のホップを見つけて、何となく珍しくて財布に入れていたのだった。
「それってもしかしてホップってやつ?」
「もしかしなくてもホップだ! この世界にはあるのか!無いなんて言わせねーぞ!こんな…クソまずい酒で…一日の疲れが吹っ飛ばせるかってんだ。どうなんだラム、ホップはあるのか?」
「ちょっと借りるわね」
受け取ったホップの実を手に、周りの客達に見せていく。皆に、うなづいてるな。
「畑の側に沢山生えてるって」
「勝てる!……こんなのを飲んでる場合じゃない。早く採りに行って、まともなエールを造らなければ!」
不味くても酒は酒だった。吸収されたアルコールで少気分が上がってきている。
「もういいんじゃないの? 結構採ったよ?」
額に汗を滲ませ、その場にしゃがみ込む。
「そうだなぁ、これだけあれば乾燥させても大丈夫な量だろう」
マイヤーズさんのつてでホップを採らせていただける農家を探したところ、うちもうちもと頼まれて、かなりの範囲で作業した。何せ今はまだ雑草なのだから。
とりあえず乾燥させてはいるが、完全なものにするにはまだ時間が足りないので、次はエールを醸造していて協力してくれる店探しだ。
まだ素性など諸々の秘密は明かせないので、あまり多くの人が関わるような店だと困る。
結局、その日は夕方を過ぎても決まらなかった。
「店が決まる前に相談もあるんだが…チコリは帰らせないのか?」
マイヤーズの店に戻ったら、半日も経っているのにチコリが店内で遊んでいた。
「賢司が一緒に帰ればいいじゃない。今日はもういいわよ、ありがとうね。一気に詰める様なものでもないし」
「そうか。なら、お疲れさん。明日はどうすんだ?」
「昼前に来てもらえばいいわよ。はい、これは当座のお金よ、大事に使ってね」
銀貨と銅貨を十数枚くれた。
「ありがとう。時間も了解した、それじゃ」
走り回っていたチコリをつかまえて宿を目指す。
「チコリは元気だねぇ、お腹は空いてないのかい?」
「…空いてる」
見ると屋台が出ていたので寄ってみる。串焼きから香ばしい香りが漂っている。
「鶏肉だな。二本でいくら?」
「銅貨一枚だよ。はい、ありがとうね」
おばちゃんが手渡してくれる串焼きは塩だ。
「スパイスも効いてるな。うまい…んぐんぐ」
「ん…まい…」
「チコリちゃんはこれ、よく食べてるの?」
「んん」
首を横に振る。
「そっか…」
そんなに親しんだ味じゃないなら…これはアリかな。スーツのポケットに癖で入れていた弁当に付くマヨネーズ。それを手にしてチコリの串焼きの残りに付けてみる。
「!!んんんんっ!!!」
勢い良く食べ始めた。
それを見ていたおばちゃんが言う。
「ちょっと!それ見せてよっ」
引ったくるようにマヨネーズを取ると、焼いていた串焼きに付けて食べる。
「何なのこれっ!なに、なんなの?あー、美味いじゃない…なんなの?」
尋常ではない雰囲気に、周りの屋台から店員達がゾロゾロと集まって来る。
「何なんだい?それは」
「僕の地元の調味料ですよ。まだあるので試してみますか?」
そう、ポケットを叩くとまだ出てくるのだ。
とりあえず自腹でみんなの分を買い、マヨネーズを付けてから渡していく。皆、しげしげと見ながら各々口にしていった。
目を丸くして口だけを動かす店員達。
「いかがですか?」
そう聞くと皆はようやく動き出した。
「何だこれ…まったりとしていてしつこくない。コクがあってサッパリとした口当たり…鶏肉に合う……」
「こんなクリーム見たことないぞ…」
「うちの焼き物にも合いそうだわ…」
口々に感想を言い合い、キラリと輝いた眼で見つめてくる。眩しい、眩しすぎる。
「作り方、知りたい人〜」
マヨネーズの作り方とついでにタルタルソースも教えた。感謝されつつ、屋台の料理をチコリとたらふくご馳走になった。
酒とアテには調味料も色々あった方が良い。考えたのが誰か、街の人達に知っていてもらえれば後々有利にもなる。
そうこうしながら宿に着いた。
この世界に馴染むの早すぎ。




