42話
「なるほど、それで僕とサラは戸籍上夫婦ということになったと」
予想していた通り、日本では無断欠勤からの行方不明扱いにされており、救済措置として留学生サラに恋した賢司が帰国した彼女を追って外国まで行っていた、という話を作り上げた。そして、サラが不治の病に倒れ、駆け付けた賢司は魂が抜けた様な状態になってしまった。という風に設定してきたらしく、会社は休職にしてくれたみたいだ。ブラックじゃなくてよかった。
「皆も結婚できていいなぁって、サラの身にもなってあげなよ。こんなオッサンの奥さんになるなんて本音は嫌でしょ」
「えっ、羨ましいんですけど」
ナターシャは煮込みの味見をしながら言う。
「私だって、あっちでの立場がなければ奥さん役はやってあげたかったわよ」
ラムも人がいい。
「ん」
チコリは指輪を見せてきた。
「チコリも奥さんになりたいの? ありがとうねぇ」
「んふ!」
「ご主人様! フクは昔から奥さんなのニャ!」
「ハイハイ、分かってるよー」
「うがー! その棒読みは何なのニャ! あんなに抱いてくれたのは何だったんだニャ!」
「そうだ。サラとのツーショット写真を撮っておかないと。ほら、二人共いい感じにくっつきなさい」
ラムはXPERICAを取り出して撮影した。
「ケンジさん、何だか照れますね……」
サラの格好は日本の女子高生が着る制服なので、何だか変な感じだ。このツーショットは犯罪的な雰囲気を醸し出しているんじゃないのか。
その後、この写真がラムのツイッターにアップされ、それを僕の同僚に偶然発見され、ロリコン欠席裁判で有罪判決になるのだが……それはまた別のお話であった。あの後に撮ったチコリとの指輪を見せつけながらのツーショットの方がヤバイんだわ。
「まぁ……何というか、あっちの件ではありがとう。助かったよ。さて、そろそろケイティとリリィが来るから、賄いを作りましょうかね」
皆に指輪はあげたが、祭りの露天商から買った安いのだし。年下の女の子に労ってあげた物だからなぁ。それなのにいい意味で勘違いしてくれて、こんなにモテるのは何故なのか。
長年連れ添ったフクは別として、変な噂になると男性客の激減に繋がりそうで怖いのですが。何せ客の何人かは、明らかに店員狙いで来ているからな。
本日の賄いは焼きおにぎりと大根とキャベツの漬物、玉子焼きに猪肉の芋煮だ。皆で仲良く食べたらミーティング。王様やバッカスの事などを教えておく。
「そんなワケで王様から資金提供を受けました。なので、隣の空き家を購入して、この店と繋げてしまおうかとおもうんだけど、どうかな」
「ケンジも、私とサラがいない間にやる事はやってたのね。王様から融資なんて凄いじゃない、改装しましょうよ」
「ラム、ありがとう。それで相談なんだけど、二人がいない間に働いてもらっていたケイティとリリィには、このままここで働いてもらえないかなってお願いしたかったんだけど」
「改装するなら人手は足りなくなるんだから、ケイティさんと、リリィさんがよければ、延長契約でいいわよ」
「私は問題ないですよ。楽しい職場ですし」
ケイティはニコッと笑った。
「そうですね、私はギルドに相談しないと駄目ですね。基本的に内勤という立場なのは今も変わらないので、上司にお願いしてみます」
そうなのだ。リリィは本来なら窓口業務のエキスパートなのが、色々あった責任をとってここにいるのだ。
「良い返事が聞けるように願ってるよ」
立ち飲みチコリはアンバーの人達を始め、訪れる商人達や、少人数ながらも冒険者達に口コミで人気になりつつある。
このタイミングでの改装はプラスに働くだろうし、二人以外にも求人しなければならないな。
さて、今日も口開けの時間になりました。
入り口に暖簾を掲げ、ラムが持って来た提灯に明かりを灯すと、異世界にあって、完全なる大衆酒場がようやく完成の体をなしてきた。奥に入っちゃうとビアバーっぽいけどね。
「ケイティちゃん、エール二つね」
「はーい、エール二つありがとうございます」
既に新エールも認知されて、普通にエールと呼ぶようになりました。
「フクちゃんは今日も可愛いねぇ、串の盛り合わせを頼むよ」
「ありがとうなのニャ。エイヒレもお勧めなのニャ」
「エイヒレねぇ、聞いた事がないけど、フクちゃんがお勧めするなら頼もうかなぁ」
「ありがとニャ、ついでに毒味も承りますのニャ」
「ハハハ、フクちゃんには敵わないねぇ」
「リリィさんは今日もセクシーだね〜(お尻をさわっ)」
「お客様ぁ、お客様の奥様とは斡旋ギルドで同僚ですのよ、オイタはいけませんよねぇ」
「うぇっ……アイツの同僚なのかよ。お、お願いだからここだけの話にしといてくれよー。女房に知られたら家から締め出されちゃうよ」
「沢山注文してくれたら許したげます」
「……トホホ」
「サラ、ちょっといいかな」
「何ですか?」
「婚約者にはこれを渡さないとね」
最後の指輪を左手薬指にはめてあげた。
「えっ、これって」
サラは高校の制服の上からエプロンをした姿なので、かなりの背徳感があるのは否めない。
「大事にしてね」
「……はい」
サラもまだまだ日本じゃ未成年の歳なんだよなぁ。アニソンカラオケバーでよく雇ってもらえたよね。
店で会ってた頃にしたら、こんな事になるなんてお互いに思ってもいなかったよな。
回転してまばらになった店内を見ていると、お客さんが入ってくるところだった。
「ここでいいんですか?」
そのお客さんはハンチング帽を斜めに被り、全身黒でキメた長身の男性だった。
「皆さん、何を飲まれてるんですか」
「皆、エールかビールを飲んでるニャ」
「エールですか? ビールとは何が違うんでしょうね。じゃ、私もそれを」
「ありがとうなのニャ」
「しかし、店員さんは美人揃いですねぇ。さて、この店は……串焼きの店なんですね。目の前の大鍋に煮込まれてるのは?」
「猪のもつ煮込みです」
ナターシャが応える。
「猪とは珍しいですね。それ、お願いします」
変わった雰囲気のお客さんだなぁ、と思いながら見ているとおもむろに懐から箸を出したではないか。
「お客さん、それって箸じゃないですか!」
口をついて出てしまった。
「ええ、マイ箸なんですよ」
マイ箸って……箸自体がこの世界じゃ見かけないんだけども。そして、美味しそうに煮込みを食べながら飲んでいる。
「このエール、その辺の物とは違いますねぇ。それに冷たくされてるのもいいですねぇ」
「ありがとうございます。よかったらこれも食べてみて下さい」
ポテトサラダを出す。
「これは美味いですねぇ。何か味が付いてますが、これは?」
「玉子と酢で作ったマヨネーズという調味料を混ぜています」
「なるほど……貴方がマヨネーズの生みの親ですね。わざわざ遠くまで来た甲斐がありました。私は南のホイス帝国で酒場を営んでおります、オハラといいます」
単なるハシゴ好きの客じゃなかったーっ!
同業者だったか。
「いや、何ね。このタリーズにも支店を出そうと思っていまして、今日は偵察がてら挨拶に寄らせてもらいました」




