41話
アンバーに戻り、店まで馬車で送ってもらうとビールサーバーが増設されていた。
「どうしたのこれ?」
「店に出てきたら修道院のマリーナさんが来たんですが、何でも新しいエールを造ったので、それならば専用サーバーも増設だな、と大家のマイヤーズさんが手配してくれて」
仕込みに出てきたナターシャの説明だった。
なるほど、触発されて修道士達が新しいエールかぁ。造り手も楽しんでいるようで、このまま盛り上がってくれるといいな。
「ナターシャは初対面だったね。マリーナさんはエールやビールを造ってもらっている修道院の人だから、その辺の要望は彼女に言うといいよ」
話しながらサーバーに樽をセットする。
「大麦と小麦で造ったエールと言ってました」
へぇ、小麦かぁ。雑談している時の、他の材料でもビールやエールを造れるってのを覚えていたんだなぁ。形としてのビールはほぼ出来上がった世界にいたから、こうして日々新しい酒が生まれる事に、酒の歴史を追体験をさせてもらっているよなぁ。
「さて、どんなエールかな。飲んでみますか」
ナターシャと二人で試飲会てのも寂しいので、フクにマイヤーズさんを呼んでもらう。チコリにはオレンジジュースを渡した。
「うわぁ、濁ったエールなんですね。それにとてもいい香りがします!」
ナターシャは流石料理人だな。
「本当だ、濁ってますねぇ。しかし、仕事中なのにいいのかなぁ、あっはっは」
マイヤーズさんはそんな事を言いながらも飲む気満々だ。
「オレンジ……何か柑橘系のピールを使ってそうな香りだなぁ。それでは乾杯」
口にすると、やはり柑橘系ピールは使っているようだ。スパイシーさはないが、他にも香る何かが入っているようで、ヒューガルデン・ホワイトとは違った美味しさに仕上がっている。
「サッパリしていて苦味も少なくて飲みやすいですね。どんな料理に合わせようかなぁ」
「ははは、早速だな。期待しているよナターシャ」
既に頭の中では新しいレシピを考えているようだ。
「変わったエールだねぇ。私はこの癖が好きだな。マリーナもいい仕事してる」
「マリーナさんには感謝ですね。これはアンバーホワイトって名付けましょう」
「街の名前が付くのはいいね。瓶詰めにしてうちでも売ってみようかな」
「マイヤーズさん、是非とも売ってください。お土産にすれば酒発祥の街としての再認知に繋がりますし、凄い宣伝になりますから。これでエール、ビールも三種類に増えましたし、酒場としていい感じになってきたなぁ。後はつまみも充実させないと」
日本の酒場では定番になっている串焼きを仕込んでみるか。
そうこうしているとゴーシュが猪肉を持って来てくれた。
猪肉は脂が美味い。そう、トマトに巻く肉として最適なのだ。
「ゴーシュさん、いつもありがとう。今日の肉も凄くいいね。エミリーさんにもよろしく言っておいて下さい」
肉巻きトマトはプチトマトに豚バラ肉やベーコンを巻いた物が有名だけど、東京都中野区野方の秋元家で 食べたのは、甘味のある普通のトマトを切って、それに豚バラ肉を巻いて焼いたのだった。それの方がトロトロしてジューシーで素晴らしく美味かったので、この猪肉もそれに習おうと思う。
「ついでだから試食しちゃいましょう」
「へぇ、トマトに猪肉を巻いたのかい。どれ……うおっ! トマトは生で食べるかソースにするものだと思っていたが、焼くと甘みが増して……それにこの肉汁が合う!」
一気に食べたマイヤーズさんは惜しげに串を見つめている。
「チコリはどう?美味しいかい?」
「ん!」
ほっぺたを膨らませて、トマトの無くなった串を見せてくる。
「フクも満足そうだな」
「トマトは猫の時もこっそり食べてたのニャ。大好物なのニャ」
「なんと……買い置きのトマトが時々数が合わないのは気のせいじゃなかったのか」
「ケンジ殿、これは今日から出しましょう。仕込みも簡単ですし、飲ん兵衛も野菜を食べないと。酒のつまみが肉ばかりでは偏りますから」
「それじゃ仕込み始めますか」
立ち飲みチコリは日々新しいメニューを考えているのです。
日本酒ができたら、絶対に刺し身が欲しくなるよなぁ。でも、アンバーで新鮮な魚介類は見た事がないし。そんな事を考えながら、ひたすら串を打つのだった。
「だだいまー。サラちゃんも一緒に戻ったよー」
オーナー兼店長のラムと、氷担当魔法使いのサラが帰って来た。
日本で何をしていたかは知らないが、僕もサラリーマンなので、会社を無断欠勤している事になるんだよね。その辺のフォローはしてくるって言ってたから信じているんだけど。
「おかー!」
「おかえりニャ!」
ちっこい姉妹がラムにじゃれつく。
「ただいま。チコリちゃん、フクちゃん」
「ラム、あれから店で出すメニューも増えた……それと問題も起きたぞ」
「こっちも少し問題が……あはは……」
隣のサラが俯いている。
「あの……ケンジさん、すみません。私、ケンジさんのお嫁さんになっちゃいました」




