36話
その日の朝は珍しく雨だった。雨の日は外を出歩く人が少ない。
「異世界の雨もいいねぇ」
これで仕事がなければ最高なんだけど、立ち飲みチコリは年中無休。窓から外をボーッと眺めていても始まらない。代わりに来てるドラゴンは雨に濡れても平気なのかな。少し気になるし、店まで行ってみるか。
「店まで行くけどフクはどうするー? まだゴロゴロしてる?」
「ふあぁ、暇だから行くニャー」
フクはソファから起き上がり伸びをした。
「フード付のマントを着ろなー」
「ううん、これでいいのニャ」
フクは僕の着ているマントの中に入って来た。
「こら、歩きにくいだろ」
「こうすればダイジョブニャ」
前からジャンプして上半身に抱き付いてきた。
「ホント、お前はハナの時のまんまなのな。それじゃ行くぞ」
こっちに来てまだ一月程だけど、歩きが中心の生活だからなのか体力はついてきたと感じる。フク一人くらいなら、抱き付かれても何ともないもんな。
しかし、猫の時とは違ってもふもふな訳じゃないので、チューブトップを着た少女に抱き付かれている今は犯罪者気分だ。
「フクはあまえんぼさんだね」
「ご主人様といると楽しいのニャ」
少し歩くと雨なのに人が増えてきた。
「何だろうねぇ」
人々の歩く頭より高い所に、馬に乗った騎士達が見えた。何だか嫌な予感しかしない。
人垣をかき分けて、騎馬の近くを通り抜けようとしたその時だった。
「そこのお前。止まって顔を見せろ」
嫌な予感的中。何なんだこの偉そうな男は。
「何でしょうか?」
「黒髪で平坦な顔……お前はケンジか?」
「はい、そうですが、僕に何か御用でしょうか」
騎兵が数人降りてきて周りを取り囲んできた。
「ここアンバーはバーボン辺境伯が治める街。その地を騒がしている男がいると通報が入った。ワイバーンやドラゴンなどを自在に操って騒動を起こしていると聞くが、お前に間違いないな」
「僕は関係ないですよ。ドラゴンのテイマーはランクS冒険者のケアスです」
「ほぅ、ランクS冒険者ケアスとな。その男なら確かにこの街にいるが、そのような事は知らぬと言っておるぞ」
「何を馬鹿な事を。昨夜もうちの店で飲んでたんですから間違いないですよ」
騎士は左手をクイッと動かし後ろに合図を送る。
「ケンジよ、この男がケアスだ。今は辺境伯の依頼を受けて動いてもらっている。私と一緒に来たのだから、お前と会っているはずはない」
「なっ…」
そこにいるケアスは三十代半ばの細マッチョな男で、知っているケアスとは別人だった。
「分かったか。お前の嘘は証明された。ワイバーンやドラゴンをテイマーした話など戯言に過ぎない。それに至った経緯や、その戦力で何を企んでいたのかを聞かねばなるまい。ケンジ、お前を捕える」
周りの騎士が一斉に掴みかかってきた。
フクを逃し、その場に座り込む。
縄で縛られ、馬に乗せられた。
「ワイバーンとドラゴンも確認したいが、とりあえず町長の家を借りよう。連れて行け」
数分前までは雨の中の楽しい散歩が、今は縄で縛られ馬の上。身動き取れずに町長の家に連れて行かれるみたいですが、この後一体どうなってしまうのか。分岐の選択を間違えたゲームの様に、バッドエンドしか見えない状況に置かれてしまった。
僕は剣も振れないただの飲ん兵衛だから、誤解を解くにも聞き入れてもらえないかもしれない。
ただただ、雨に打たれながら、朝飯もまだだったので腹が鳴って仕方がない。
『ぐーぐーの歌でも聴いて和みたい……』
そして、町長の家の前まで来ると、そこにあるはずの家は跡形もなく瓦礫の山になっていたのだった。




