35話
用意した串も全て売り切り、煮込みの鍋も底が見えてきた。本日の営業もそろそろ終了かな、と思っていた時だった。
ワイバーン祭りの間は満月にかかり、街灯がない夜の街を照らしていたのだが、何かが月を隠し、暗闇が街を覆ってしまった。店の中の灯りだけが道を照らしている。
「急に月明かりがなくなったけどどうしちゃったんだ?」
店先から空を見上げるがよく分からない。
空は真っ暗になっている。
かなり離れた所では月明かりがさしているけど……。
通りの人々がざわついてきた頃、強い風が地表に吹き付けてきた。
それと共に、見た事もないでかいモノが空から降りてくる。気付くと、近くにいたはずのワイバーン達がいなくなっている。
「わわッ、一体何事だ!?」
ドゴォオオオオオ!
地面を揺らし、でかい何かが着地した。
客達の酔いも一気に醒めて、慌てて店の奥へ逃げるし、外を歩いていた人達も開いている店に逃げ込んでいく。
『浮気は許さないんだからぁーーっ!』
それは凄い音量で叫んできた。
『そこの人間、隠しても無駄なんだから! 早くアタシの前にケアスを連れて来なさい!』
人間て僕の事ですかね。きっとそうなんだよね。周りに誰もいないし……トホホ。
声の方を見上げると、そこには見た事あるようなフォルムの大きな生物がいらっしゃいます。
「あ、あああ、あのっ、もっ、もしかして……ドラゴンさんでしょうか?」
思い切って訪ねてみる。
『アンタねぇ、見て分かんないの!』
「ああ、すみません。何分初めて見るもので……………ところでケアスさんのお知り合いでしょうか」
ギロリと金色の目を光らせドラゴンは言った。
『お知り合いでしょうかだぁ? ケアスは私の恋人だよ!ここにいるのは匂いで分かってるんだから!人間の発情の匂いがプンプンしてるわ!』
「ケアスさんなら知り合いですし、うちの店にいますけど……」
『そう、あの中ね』
ドラゴンは大きな羽を畳んだかと思うと、ドンドン縮んで人の背丈程になった。そして、眩い光が発せられると、そこには全裸の少女が立っていたのだった。
「こんなものかしら……さて、人間。店の中へ案内しなさい」
全裸の少女は何も隠さず近づいて来る。
目が金色という事は、この少女がドラゴンの人化した姿なのだろう。服を着ていないから目のやり場に困る。シャツを脱いで着せたとしても、僕も上半身裸になって情事の後を思わせる二人状態になるし。さて困った。
ドダダダダッとマイヤーズさんの店へ駆け込み、バスタオルを掴んで戻って来る。
「はい、これ巻いて!少女の裸はダメ!絶対!」
背後から残念がる男共のブーイングを受けつつ、少女を立ち飲みチコリ店内へ案内する。
ケアスさんはラムと談笑しながら、いい雰囲気でビールを飲んでいるところだった。
「探したわよケアス」
その声を聞くなり、
「今回も逃げ切れなかったか」
ケアスはそう言ってジョッキの残りを飲み干した。
「あの……そちらの方はどなたですか?」
ラムが聞く。
「そう、お前が今度の浮気相手なのかしら?……黒髪に珍しい色の肌……実にケアス好みなのね」
上から下まで舐めるように見た後、
「ねぇ!ケアスったら、こーゆーのがいいのっ?アタシも黒髪だったら良かったの?ねぇ、ケアス」
ケアスの腕にしがみつく少女。
「あの、すみません。私はこの店のオーナーでラムと言いますが、私はケアスさんと今日お会いしたばかりです。それに、他に好きな人がいますので」
そう言ってラムは左手の指輪を見せる。
「ルナ、これは浮気ではない……浮気ではないが、お前から逃げた事は謝ろう。俺には竜の酒しかない生活に我慢できなかった……俺は常に新たな酒を飲みたいし求めたいのだ」
「そう、なら許すしてもいいけど、これからはアタシも一緒に連れてってね……ん」
二人はそのままキスをした。
この避難でごった返した店内で濃厚なキス。
注目しちゃいますよね。皆さんお酒とは別の意味で顔が赤くなってますよ。
「はいー、すみませーん!皆さん、お騒がせしました!これからお詫びにお酒を一杯サービスさせて頂きますので、よかったら飲んでいって下さい!」
ケイティとリリィに目配せして、まだ続くキスに釘付けのチコリとフクを引き剥がす。
ラムは少し呆然としていたけど、声をかけると赤くした顔で口を突き出してきた。どうしろって言うんだ。ほら、チコリとフクも真似しだしたじゃないか。
「今夜はこんな状態だから、もう上がってあっちに戻っていいよ」
「……うん、そうする」
ラムがあっちの世界に戻り、店内の喧騒も落ち着きを取り戻した頃、少女を連れたケアスが声をかけてきた。
「何だかすまんな。かなり迷惑をかけたようだ。この娘はルナと言って俺の婚約者なのだが正体はドラゴンでな」
「それはもう知ってます!」
「そうか。なら話は早い。ルナが来たせいでワイバーン達は怖がって逃げたようだ。まだ祭りも終わりというわけでもないだろう、とりあえず代わりとして眷属のドラゴンを呼んだそうだ。大人しいそうだから祭りの間、置いてやってくれないか」
「はぁ、もう何が来たって驚きませんよ。後ですね、ルナさんに早くきちんとした服を着させて下さい!」
バスタオルだけでは扇情的でイカン。
「ところで人間、その指輪はどうしたのかしら?」
「ルナ、彼の名前はケンジだよ」
「指輪? ああ、これですか。祭りの出店で買いましたけど何か?」
「簡単に手に入れられるような物じゃないのに、変なオジサンが持ってるなんて、と思っただけよ」
「どれどれ……ほぅ」
ケアスが僕の手を取って見てくる。
「これはオリハルコンだな」
「やっぱり。平凡そうな人間……失礼、ケンジが手に出来るような物じゃないでしょ」
「オリハルコンって高いんですかね」
言うと同時に、ケアスもルナも目を丸くして、何言ってんのこの人!みたいな顔をしてくる。
「価値も分からないなんてね。アンタそれ、大事にしなさいよ。お金を積んでも手に入れられない物なんだからね。じゃ、私達は帰るわね」
「そういう事だ。それじゃあケンジ、また」
「ケンジ殿、人化できるドラゴンなんて初めて見ましたよ。この世界もまだまだ広いですね」
長生きするエルフが言うんだから珍しいしゅぞくなんだろうな。
「ワイバーンの代わりのドラゴンも来るってさ」
明日が怖い……そう思いながら、まだ口を突き出しながら抱き付いてくるチコリとフクの頭をなでていた。
この、ワイバーン祭りはいつ終わるのだろうか。




