34話
「スマホのバイブレーター?」
電波が届かない異世界でXPERICAのバイブレーターが動いた。
なかなか電池が減らなかったのでそのままポケットに入れておいたのだが……。
スマホを手にとってみるとメールを一通受信していた。
「スマホを使えるようにしといたから……って、ラムの奴。どんな技術力なんだよ。まぁいいや、見た事がないだろうからワイバーンの写真でも送ってやるか……パシャ。件名『ピンチ、立ち飲みチコリ』、と……送信」
祭りの高揚感が伝わればと、オッサンの可愛い冗談だったんだけどな……。
「ケンジーーッ! ワイバーンって、どーなってるのよ!」
マイヤーズさんの店の奥からラムが一直線に走って来た。
「あれ? 予定より早かったね」
「はぁっ? 何とぼけた事言ってんのよ。店がワイバーンに攻撃されてんじゃないのっ?どうなってんのっ?ちゃんと説明しなさいっ!」
ラムは泣きそうになりながら掴みかかってきた。
「いや……あれはペットみたいなものだから安全なんだよね。それに、あれのお陰でアンバーは今、盛大に祭りをやってる訳で」
「…じゃあ何、何がピンチなの……何が」
「ご、ごめん。何もピンチじゃないです……スマホが使えるって言うから写真を送ってみただけの……単なる冗談です……」
「はぁ、良かった。ホントに良かった……」
ラムはがっくりと地べたに座り込んでしまった。
「そんなに驚くとは思っていなくて」
「バカ、皆に何かあったらどうしようかと心配して気が気じゃなかったのに………でも、店も賑わってるようだし、許したげるわよ」
「あ、そうだ、ラムが帰ってきたらって、これ」
例の指輪を取り出す。
「えっ!」
素早く左手の薬指にはめる。
「異世界の生活は毎日が楽しくてさ、僕からの感謝の気持ちだよ」
「これってミスリルで出来てるけど、高かったんじゃないの?」
指輪をなぞりながら言う。
「ファンタジー物でよく聞くミスリルなのか? よく分かんないけど祭り価格だったのかな、全然高くなかったんだけど」
「ま、いいわ。もう驚かせる事はないのよね?」
そう言って、首に腕を絡めてくる。ラムの体温が感じられてちょっと照れるな。
「あっちの用事は大丈夫なのかい?」
「まぁね、少しくらいここにいても大丈夫よ。ところで、Sクラスモンスターが祀られてるワイバーン祭りとやらを説明してくれるかしら」
ラムを店先に連れて行く。
「わっ!写真で見るより大きいじゃない……それが三頭もいるのね。ホントに大丈夫なの、これ」
「ランクS冒険者のケアスさんに懐いているから大丈夫だよ」
「ケアス?」
「ケアスさんはあそこで飲んでる人。ケアスさーん!」
呼びながら手を振る。
「やぁ、ケンジ。ビールにはとても驚いたよ。汗をかいた後の喉越しがたまらなくて、もう五杯も飲んだよ。聞いたら君が造ったんだってね。凄いよ君は……ところで、そちらのお嬢さんは」
「初めまして。立ち飲みチコリのオーナーのラムといいます。ケンジが色々とお世話になったようで、ありがとうございます」
ラムが握手のつもりで右手を差し出す。
「……可憐だ」
ケアスは片膝をついて、ラムの右手を取り、甲に口づけをした。
「あんなに美味い酒を出す店のオーナーとは……素晴らしい店をありがとう、ラムさん」
「ど、どういたしまして」
「ラム、ケアスさんにビールに合う食べ物も出してあげて」
「は? ビール?」
「あっちに行ってる間に造っちゃいました」
「ビールを造ったんなら、私にも飲ませてよね!」
ラムはケアスを連れて店内に入っていった。
ふとワイバーン達を見る。
ホントにでかい。
こんなにでかい生き物を間近に見られるなんて、夏休みの恐竜博なんて子供だましだわ。
ワイバーンの頭の上に何か動くものがある。目を凝らして見ると、そこには小さな女の子が乗ってはしゃいでいるのだった。
「って、チコリちゃんじゃんか! 危ないから降りてきなさーい!」
呼ぶとこっちに向かって笑顔で手を振ってくる。
するとワイバーンが頭を下げ、チコリはワイバーンにバイバイしてから降りてきた。タタタッとかけて来て、僕の脚にしがみついてきた。お転婆なのはいいけどかぼちゃパンツが見えてるよ。
「チコリちゃんはまだ小さいけど、これをあげるね」
チコリの左手薬指に指輪をはめようとすると、やはり少し緩かったが、縮まってサイズが合ってしまった。
「ありがとう。おじさんはチコリとけっこんするの?」
「ははは、そうだね、大きくなったら結婚したいかなぁ」
「じゃあ、こんやくしゃだね」
がばっと抱きついてきたので、そのあまりの可愛さに頬ずりしながら抱き上げちゃいました。
「どうですか、新エールとビールは」
ダイゴロウさんとカレンさんに感想を聞いてみた。二人にはこの世界にはない酒を造ってもらうのだから、新しい酒を飲む事は良い刺激になるはずなのだ。
「冷やして飲むなんざ贅沢過ぎると思ってたが、それが美味さを引き立てるものだと考えると、これからは氷が大事になってくるな。このビールの苦味もそこいらに生えている雑草の風味だってのもいいよな。誰も見向きもしなかったものが合わさって、こんなに美味しい酒になるとは」
「あたしは酒は飲む事が少ないからねぇ。苦味は少し苦手だから、エールとビールを混ぜてもらったよ。甘みがありながらもさっぱりして美味いね」
「カレンさん、それってハーフアンドハーフ! そうだ、それもあった!……スマホ、スマホ!」
ネットに繋がってるのを確認して、ハーフアンドハーフの注ぎ方を検索する。それを読みながらグラスに注いでみた。
「カレンさんが混ぜて飲んだって聞いて思い出したんです。どうです、凄く綺麗でしょ?」
「何これ、綺麗ね~!」
客達の視線が一気に集まり、俺にもくれ、俺にも!と、オーダー合戦が始まってしまいました。
売れるのは嬉しいけど、今のところ注げるのは僕だけなので、全て注ぎ切るまで二十分もかかった。
「これ位の珍しさで大事になるんじゃ、カクテルなんて作ったらどうなる事やら。あっちからバーテンダーでも連れてきたいよ」
喧騒を仲良く眺めていたチコリとアイリス。
「二人にはこれね」
魔法で出したメロンソーダに、追加で出したバニラアイスをのせて渡した。
「ん!」
「わぁ、甘くて美味しいです」
クラッシュした氷にキンミャーを少々、そしてメロンソーダ。甘くて、色的に珍しげで目立つし、試しに店頭で売ったら結構な数が出たのだった。
しかも、買ってくれるのは女性が多く、かなりの女性客を取り込めてラムもにこやかだった。
嘘で怒らせたので、こんな僕でも仕事が出来ているのを見せられてホッとしています。
そうそう、ポケットにはまだ指輪が入っているんです。残りの一つは魔法使いのサラの分なんだけど……ミスリルの指輪と一緒に虹色に輝くシルバーの指輪も出てきたのです。
「おまけしてくれたのかな」
何気にその指輪を左手薬指にはめてみたら、これもはめたと同時にサイズが合うように縮まっていった。
そして、頭の中に指輪を渡した相手が今どこにいるか、どんな状態なのかが見えてきました。これは……一体!?
実はとんでもないアイテムなんじゃ。




