32話
アンバーではそれまで祭りというものが少なく、毎年行われる収穫祭くらいしかなかったようで、この唐突に始まったワイバーン祭りは、娯楽に飢えていた民を興奮させた。
速攻で作られるワイバーンの形をしたパン、ぬいぐるみ、煎餅に饅頭と食べ物が多いけど、あっという間に沢山のグッズが作られていたのが笑える。
その為、商店街はにわかに活気づき、アンバーの周りにある小さな町にも噂が流れ、人が多くやって来た。
そして、トダ村からもアイリス親子がやって来たのだった。
「アイリスさんお久しぶりですね。酒造りの施設造りはうまくいってますか? 何かあったら訪ねてきてね」
「お久しぶりです。ケンジさんは会ってすぐに仕事のお話なんですね。何だか寂しいです」
アイリスがプクッと膨れた。
何だか僕に対して積極的になってるし、カレンさんと親父はそれを見てニヤニヤしてるし、もう。
「アイリスごめん。米の事になるとつい……」
「あっ」
顔を真っ赤にして親父の後ろに隠れるアイリス。
「呼び捨て……」
何気なしの呼び捨てに反応して照れてるアイリスは可愛いなぁ。
「はっはっはっ、アイリスは恥ずかしがりやだからなぁ。ケンジ、早速だがワイバーンを見に行って来るよ。カレンとアイリスも来るだろ?」
「ええあなた。とりあえずは見てみたいわね。でも、アイリスは置いてってもいいんじゃない。ケンジさんが色々案内してくれるわよ。ね?ケンジさん」
ウインクしてくるカレンさん……了解しましたよ。
「ええ、アイリスは僕に任せて下さい」
アイリスはとても嬉しそうにしている。
「どこから回ろうか。お腹空いてる?」
「はい、お昼も食べないで来たので何か食べたいです」
「それじゃあ、はい」
そっと手を差し出す。
「え」
「これだけの人出だからはぐれないように手を繋ごう」
「何だか子供みたいですね」
「ははっ、それじゃあ迷子にならないように手を繋ぎましょうかアイリスちゃん」
「もうっ、バカッ」
アイリスのポカポカ攻撃だ。
この子は妙に懐いてくるから無下には出来ないし、何だか妹みたいで放っておけないんだよね。なので進んでバカップルごっこも出来ちゃう。
「ほら、テラス席が空いてるから入ってみようか」
ここは高めのレストランで、貴族が来た時なんかはここを使うらしい。一般人はなかなか入れない。
「ケンジさん、ここはすごく高そうなんですけど」
「大丈夫、大丈夫。こう見えてお金持ってるから」
他の街の商人にマヨネーズの製法を教えたら、結構な額がもらえたんだよな。その他にも井戸のポンプの設計図とか。
そんなワケで聞いた事のない異世界の料理をザザッと、端から端へと頼んでみた。
「これは食感が変わった野菜だなぁ。なんて野菜?」
「ササヤです。葉はこうやってソテーにすると美味しいです。根は少し太くなるので、煮ると柔らかくなって口当たりが良くなります」
「へぇ、流石は農家の娘さんだな。勉強になるよ」
「そんなことないですよ。村に行けば普通です」
「おっ、ケンジじゃないか。店にいないからどこに行ったかと思えば」
ランクS冒険者のケアスが通りがかりに声を掛けてきた。
「何か用事でしたか?」
「新エールはとても素晴らしいね。しかし、ビールなる酒もあるって聞いたけど、残念ながら売り切れだった。もう飲めないのかな?」
「ああ、ビールでしたら遅くても夕方までには店に届きますから飲めますよ」
「おお、そうか!ならば少し鍛錬して汗を流してくるかな。身体を動かした後の酒は格別だから」
ケアスはかなりの酒好きみたいで、世界中を旅しつつ、その土地の地酒を飲み歩いているらしかった。酒談義も楽しそうだな。
「ごめんね、今のは知り合いのケアスさん。ワイバーン祭りの立役者でランクS冒険者なんだよ。アイリスくらいの女の子はあんなカッコイイ男性に憧れたりするんじゃないの?」
「そうかも知れませんけど、私はケンジさんがいいです」
「えっ、僕?」
「はい……」
「参ったなぁ。えーと……ところで、アイリスの親父さんの名前なんだけど、実はまだ聞いていないんだ」
話を誤魔化しつつ、親父の名前を確認しておこうかな。
「ダイゴロウ・ハヤマです。ハヤマっていうのはあの刀と共に当主に引き継がれる名字だそうです。農民なのに名字っておかしいですよね」
「葉山……? 大五郎……まさか、偶然か?」
「ケンジさん、どうかされましたか?」
アイリスは怪訝そうに覗き込んでくる。
「アイリス、僕の名前はケンジだけど名字もあって、正確にはハヤマケンジって言うんだ」
「え、ケンジさんはの名字はハヤマ……」
「ま、深く考えてもどうしようもないし。アイリスとの関係が変わる訳でもないからね。話は後にして温かい内に食べてしまおうよ」
先祖、親戚でこの世界に来ていた人がいるのかも、と考えられるけど。とりあえず調べたりするのははラムが帰って来てからだな。アイツなら色々と知ってそうだし。
食事を終えて祭りを楽しんでいると、色んな露天商が並ぶ通りに出くわした。
一つの露天でアイリスが指輪を見ていたので、記念に買ってあげた。
カッコつけて、左手の薬指に付けてあげると凄く喜んでいた。
アイリスが喜んでいる隙きに、デザインが被らないよう女性陣みんなの分も買っておく。今後とも女性陣の調和は大切だから、上手いこと渡さなければ。
出店を見ながら、遂に御神体へと辿り着いた。立ち飲みチコリ前に鎮座するワイバーン様達である。
アイリスが怖がってしがみついて来たところを、運悪くナターシャとフクに見つかってしまい、ヤキモチを焼かれた。
「た、タンマ!話せば分かるって。フクは分かるが、ナターシャは何で怒ってんの?」
フクは飼い主である僕の独占欲が強いから怒るのは分かる。しかし、ナターシャもヤキモチで怒るとは、いつの間に好かれていたんだろう。
「アイリスは取引先の娘さんだからね」
「そうかニャ?ご主人様からはいつもと違う発情の匂いがするのニャー」
抱き付いてきて肩まで登って、上から目線でアイリスにフーッフーッ言ってる。
「ケンジ殿は師匠なのですから、手取り足取り教えてくれませんと……早く料理の腕を上達させたいのです」
「くっ、ケンジさんの周りにはこんなにお嫁さん候補が……!」
祭りの高揚感がそうさせるのか、予期せぬ恋のバトルが始まってしまった……。
23時23分、加筆修正しました。




