26話
ぐーぐーの歌はXPERICAで録音しておいた。これでいつでも和めるわぁ。そういや、フクはハナでいた時にニャーニャー歌ってたなぁ。
「明日のお昼過ぎに短期で働いてくれる人の面接をするから、ナターシャさんも同席してくれるかな。同性から見た人柄なんかを見て欲しいし」
「了解しました」
「ありがとう。ところで、今日の賄いは何かな?」
「牛カツサンドです。メニュー開発の為に沢山揚げたので使い回しです。申し訳ありません」
揚げ物もレパートリーに入ってきたとなると、早急なフライヤーの導入を考えないといけないな。
「フク達が言っていたよ。お昼のチキンカツサンドが美味しかったって。この牛カツも……サクッ…ジュワ〜……美味い! 火加減も丁度良くて歯ざわりもいいね。流石ナターシャさん、どんどん上達していってるね」
照れているのか、綺麗な人にうつむき加減でモジモジされるとこっちも反応に困っちゃうね。しかもこんなモデル体型の人なんて知り合える事なんてないし。
「ケンジ殿の教えあってのものですから……そ、そうです!ケンジ殿は先生、師匠なのですから、私の事は呼び捨てにして頂きたく……駄目でしょうか?」
「顔が近い近い! 呼ぶ!呼びますから、少し離れて!」
ドキドキしちゃったじゃない!
異世界レシピを教えたりしていたら、ナターシャには妙に懐かれちゃったな。最近はスキンシップも多いような気がするし。今も腕を触られてるし。
「な、ナターシャ」
「はい!」
「ナターシャ!」
「はい!!」
そして、抱き付かれた……のをちびっ子達に見られていたりして。真似して抱き付いてくるし。
「おわっ!苦しい…ぐるじぃ……」
前からナターシャの柔らかい身体にいい匂い。後ろからは抱き付きながらジタバタしているチコリ。そのチコリを飛び越えてくるフクの肩車攻撃に、苦しいとは言いつつも、日本では感じ得なかった幸せに包まれたね。
サラに魔法で作り置きしてもらった氷でエールを冷やして、店の前の地面に柄杓で水を撒く。オープンから続けた打ち水も大分市民権を得たようだ。
そして、店先に暖簾をかけると立ち飲みチコリの口開けになります。
冒険者と見うけられる男達数名がカウンター奥に陣取り、とりあえずエールのオーダーを頂きます。そして、彼らが新エールを飲み干す頃にはナターシャが炭おこしを終わらせていて、いつでも串を焼ける体制になっています。
「焼鳥の盛り合わせ、おまかせで」
お客さんにとってもいいタイミングで注文を受けられます。
ナターシャは肉に塩をまんべんなく振り、炭火の上で焼いていきます。
モツは甘辛のタレ焼きにします。すると、焼いた煙が香りを伴って外へと流れますよね。その香りはお腹が空いてくる時間にはたまりません。道を行く人達が足を止めて入店してくれるのです。うなぎ屋さんの話じゃないけど、焼鳥も香りで食わせます。
その為に、この店の焼き台は通りに面しているのです。美味しそうな香りと、一所懸命汗をかくナターシャは自然と艶っぽく、男性のお客さん達を店内に誘ってくれて、売り上げに多大な貢献をしてくれています。
そんな感じの立ち飲みチコリですが、男性客のみならず、女性でも一人で飲みに来て頂けるように頑張っています。
この辺は店長のラムが酒場の一人飲みが好きだからなんだけどね。
なので、女性に絡んだりするとすぐに出禁です。出禁になれば新エールは飲めなくなるのだから、飲ん兵衛はみな紳士になるのです。
「一人なんだけどいいかしら」
こうして女性がお一人で来店して頂けると嬉しいですね。
「中ほどが空いておりますのでそちらにどうぞ」
おしぼりを渡して、お客さんがメニューを見ている時間をしばし待ちます。
うちは酒のメニューが他店より豊富なので、初めての来店だと選ぶ時間も必要になります。
「これが噂のお酒ね……エールをお願いします」
「エールですね。ありがとうございます」
キンキンに凍ったジョッキに新エールを注ぎます。
「お待たせいたしました、どうぞ、新エールです」
受け取った女性客はとても美味しそうに飲むので、つい話しかけてみました。
「いかがですか?」
「とても美味しいわ。他で飲むエールはぬるくて、酸っぱくてとても飲めたものじゃなかったけど、これはもう別物ね」
「お口にあったようで何よりです」
「ああ美味しい……お代わりを頂けるかしら」
そのお客さんはその後、五回もお代わりをして帰って行きました。
この日は新規のお客さんも沢山来店して頂き、まだ慣れない面々で対応に追われ、あっという間に時間が過ぎていきました。
料理を盛り付けたり、洗い物をしたりといった作業はスムーズにできたかな。嬉しかったのが、空いた食器を片付けてくれるお客さんが多かった事です。これは人手不足なのでかなり助かります。
「ちょうちんは出ないね」
焼鳥ややきとんの部位は独特の名前が付いているから、どこの肉なのか内臓なのか分かりにくいですよね。ちょうちんは体内でできた黄身の部分が付いた部位です。
一度口にすれば二度、三度と頼んでくれるはずなんだけど。
「ナターシャ、お客さんも少なくなった事だし、ちょうちんをお客さん達にサービスで焼いてくれないかな?」
どんな味なのか口コミで伝わってくれるのを祈ろう。




