25話
「それは……日本刀ですね」
「そうだ」
黒い鞘、鍔は装飾がなく簡素であるが、妙に神々しく見える。それが親父の手に握られている。
「何故ここに日本刀が?と聞くべきでしょうね」
「これは俺の数代前の先祖が打ったもので、代々伝わっているんだ。これと一緒に米も伝わった。だから意固地に作り続けている」
カレンさんとアイリスさんは驚いている。
「なるほど、あなたの先祖は僕と同じ世界から来たみたいですね。しかし、同じ日本人だとすると精米方法や炊き方も伝わってるのでは?」
「稲の栽培は技術がいる。それにこの土地の気温は低い。食べる為じゃなく、伝える為だけに栽培していた時期が長すぎたんだな。今では苦労の連続だ」
「そうですか………それならば僕が精米方法を教えましょう。米は我々にとってなくてはならない物ですからね」
ニヤリと笑って固く握手をした。この親父、見た目通りに握力強過ぎだわ。痛いの……。
簡単な道具を作り、上手い具合に精米できた米は、アイリス家族が見守る中、土鍋で炊く事にした。
炊く時の香りが駄目な人もいると聞くので、炊いている間は僕だけ付きっきりで見ている。
炊き上がりは万全。蒸らしてからしゃもじで混ぜる。
茶碗の代わりに皿に少量を盛り付け、残りは塩むすび。それと、魔法で出した醤油、味噌に青菜漬けで焼きおにぎりと弁慶めしを作った。
「皆さん、できましたよ」
テーブルに並んだ初めて見るであろう白米と塩むすびに驚きと戸惑いが見て取れる。あんなに嫌がっていた匂いもないし、それよりも美味しそうな香りがするのだから。
「さぁ、初めは皿に盛った白米を食べてみて下さい。この炊いた白米をご飯と呼びます」
親父を除いた二人が恐る恐る口にする。
目を見開くカレンさんとアイリスさん。
それに続いて親父がご飯を頬張る。
「甘くて美味しい!」
『うんうん』
「本当に甘いわぁ。労力の無駄だと思ってた米がこんなに美味しいとはねぇ」
『親父を放置してくれてありがとう!』
「見たか!これが米の実力なんだ!」
『精米したのも炊いたのも僕だけどな!』
親父にジト目を向けたら、反対にウインクされて何だかこっ恥ずかしい……。
「次に、こちらのご飯を握った物をどうぞ」
シンプルイズベスト。この言葉が似合い過ぎるのが塩むすびだ。
「これは…塩っ気が甘味を引き立てている」
三人は取り合うように塩むすびを食べている。
「美味しいでしょう?でも、米のポテンシャルはこんなものではないのです」
そう言って、厨房から出来立ての焼きおにぎりを運び込む。醤油の焦げた香りがたまらない。
「凄く良い香りなんですけど、この塗ってある茶色いのは何かしら?」
「それじゃあ、まずお母さんが食べてみるからね」
「あっ、ずるーい。私も食べるー」
ふふ、醤油の香りには勝てないんですよ。
「んぐっ!………ぷはっ!これは香ばしくてさっきのとは段違いに美味いぞ!」
親父も続けざまに二個食べて、喉を詰まらせ、お茶を飲んで感動している。
「御三方、まだ食べられます?」
この人達、僕の分まで食べちゃってるけど、一応聞いてみる。
「「「もちろん!」」」
まだ食うんかい!
米の恐ろしさを肌に感じながら、最後のおにぎりを運んだのでした。
「漬けた野菜を巻いてるのかな。こんなの見たことないです……はぐっ」
「葉っぱの中に何か塗られてるようだね……はぐっ」
「バクっ!ぬおおおおぉぉぁおーー!これはっ!?」
これまた僕の分まで…食べてしまうし……。
味見、したかったのになぁ。
「あのぅ、いかがでしたでしょうか?」
親子揃ってお腹を押さえてトドの様になってしまっている。そりゃ一升炊いて、それを三人で完食したんだから当然の結果ですけどねぇ。
「ケンジ、本当に美味かった……先祖共々感謝したい、ありがとう」
その瞬間、親父の目にキラリと光るものがあった。男を泣かせても楽しくないけど、感謝されるのは嬉しいな。
「これが米です。これがご飯です。ご飯に合うおかずは酒にも合います。米で造った酒は更に美味しいのです。是非とも僕に米を譲って下さい」
「……それは無理だな」
予想だにしない言葉が返ってきた。
「どうしてですか?」
「その酒造りだけどよぅ、俺にも手伝わせろよ」
まさかの手伝わせろよ宣言に驚いていると、
「あたしも興味あるねぇ。見向きもされなかった米をこんなに美味しくしてくれたんだ。それ位いいだろう?」
「親父さん、カレンさん、もちろんです。米の生産者が協力してくれたら鬼に金棒です!うちとしては凄く助かります」
「ケンジさん、わ、私も手伝います!」
「娘もこう言ってる。ま、そーゆーこった。よろしく頼むよ」
それから軽く打ち合わせをして帰路についた。
三十分ほど歩いて、ふと気付く。親父さんの名前を聞いていないさかった。……んー、別にいいか。
日本酒ができたら名前はどうしようか、何て事を考えていたら、もう街の門が見えてきた。
同じく門を目指すちっこい影が二つ見える。チコリ達も帰ってきたようだな。
こちらから呼びかける前にフクが振り向いてかけてきた。
「ご主人様ー、見て見て! チコリと一緒に色々採ってきたんだニャ!」
フクは僕の背後に回り込み、素早くよじ登ると肩車の体制に入って頭に抱き付いてきた。
それを見ていたチコリも両手を広げてバタバタしている。
「あー、チコリちゃんも登りたいの?」
「んー!」
今度は脚にしがみついてジタバタしてくる。
「肩車の二人乗りは無理だけど、これならどうだ。お姫様抱っこだぞー」
チコリを抱き上げると機嫌が良くなった。
子持ちのお父さんみたいになって門をくぐった。
「ブルーベリーかな?沢山採ったね」
カゴの中身は小さな果実で一杯だった。
「そういや、お昼食べてないんじゃないの?お腹空いてない?」
「だいじょぶニャ。ナターシャお姉ちゃんがお弁当を作ってくれたから、チコリと一緒に食べたのニャ。チキンカツサンド美味しかったニャ」
「そっか。ナターシャもその辺はちゃんと見てるんだな。腹が減ってるのは僕だけか」
こうなったら店の賄いでしのごう。そう思ったらお腹が鳴った。
「ぐぅうう」
「ぐーぐー!」
「ぐーーニャ!」
チコリとフクのはしゃぐ事はしゃぐ事。
それからしばらく、二人作詞作曲のぐーぐーの歌を聴かされたのでした。




