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魔汁キンミャー焼酎を異世界で  作者: 水野しん
第三章 立ち飲みチコリへようこそ
22/230

22話

 立ち飲みチコリがオープンして一ヶ月が過ぎた。


 ホップを使ったエールは人づてに伝わり、置かせて欲しいという酒場からの問い合わせも多くなってきた。しかし、全ての話を受けてハイ売ります、とはいかないのです。

 まず、新エールの生産量がまだまだ少なく、今のところ卸せるのはうちだけで、修道院としても、まだ販売を拡大できる目処が立っていない。

 なので、今のところは増産できる体制になったら、とお断りしているのです。


 それでも商売人は貪欲なもので、やきとんや焼鳥といった串焼きは色んな所から真似され始めてきています。こればかりは致し方なしと割り切っていますけどね。


 次なる酒はどうしようかと、気になるワイナリーに目を付けていて、今は捨てられている葡萄の搾りかすから、蒸留酒のグラッパを造りたいなと思っていて、同じ製法で他の蒸留酒も考えて始めていたりします。


 アンバーでは何故かキンミャーも手に入る事だし、割物の開発も始めたいところだけど、新エールがあるからポッピー的な疑似ビールなのはいらないかもね。とにかく、フルーツ果汁にお茶はいるな。


「仕込みは完了したぞ」


 ナターシャもかなり手慣れてきて、仕込みにかかる時間も短くなってきています。

 手が早くなってきたのは他のメンバーも一緒で、串打ちは見守っていなくてもよくなりました。

 ちなみにうちの串は使い回しはしていません。

 串にする竹は山ほど生えていてしますし、自分達で作るので無料なんですよ。


「お疲れ様。ナターシャの串焼きは絶品だね。お客さんの評判がいいから、ラムと相談してお給金アップも考えるからね」


「ありがとうございます。ところで、今日はフクちゃんは一緒じゃないんですね」

 元愛猫ハナの転生少女フクは、あれから当然の様に懐いてしまい、借りた家で僕と一緒に住んでいる。今の姿も猫耳で可愛い。近所では、既に猫耳大好きオジサンとして噂されているらしい。好きだけども!


「フクはチコリちゃんとカゴを持って出かけたぞ。きっと何かの採取だな」


「そうですか、元気な二人ですね。フクちゃんには野鳥を捕まえてきて欲しかったのですが、帰ってきたら話してみます」


 立ち飲みチコリでは定番メニューの他に、その日限りの黒板メニューを置いている。これがあるので、常連さんも飽きずに飲みに来てくれています。

 そのメニューを考えるのもナターシャの仕事なので、フクから野鳥を獲ってきて欲しいんだろうね。一応、僕とラムもあちらの知識があるのでメニュー作りには協力しています。


「野鳥は黒板メニューにするつもりだったんだろ? すぐには無理だから、代わりのメニューは考えてる?」


「いえ、まだです。ケンジ殿から教えて頂いたキュウリの浅漬けとナスの揚げびたし、ポテトサラダに肉料理一品と考えていたんですけど」


「そうだなぁ、鶏皮は結構余るみたいだったから趣向を変えて…湯がいてポン酢をかけて出そうか、鶏皮ポン酢っていうんだけど」

 ちゃちゃっと作って二人で味見する。


「サッパリしていて美味しいですね。キュウリを刻んで混ぜても良さそうです」


「その辺のアレンジは任せるよ」


 元来のセンスはいい娘だから、今日の黒板メニューも美味しそうなものになった。これからも飲みに行きたくなるような料理を作って欲しいね。


 それから数日が過ぎて、ラムが用事で日本に戻る事になり、僕が代わりに店長として店に立つ事になったんだけど……いつものラムスマイルがぎこちないオッサンスマイルになったとたんに客入りが微妙になってしまったのです。

 氷を作ったり、給仕をしてくれているサラもラム公認になったので、一緒に日本に行っているし。聞いた話だと、こちらの仕事が忙しいので、アニソンカラオケバーは新人さんに引き継いでくるみたいだ。


 そんなワケで、ナターシャとフクの可愛さだけでは男性客を引き寄せるパワーが小さいらしい。

 ナターシャはクールで人見知りだし、ちょっかいを出しても反応に色気がない。フクは幼すぎるし、たまにいるロリコン野郎がちょっかいを出したらすぐ様出禁なので、単なる看板猫扱いだった。


「人手が足りないのは事実だし、どうにかしないとな…今日からすぐに入れる人なんて……簡単に探せないし」


 口開けまで時間があるので、気分転換に街中を散歩する事にした。

 そして、街の中央にある噴水の縁に腰掛け腕を組んで考え事をしようとする。


「このアマ、ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぞ!」


 静かに物思いにもふけれないとは。

 平和なこの街で一体何事なんだ。

 顔を上げると、花売りの女の子に大人が三人がかりでいちゃもんをつけているところだった。ゴザの上の花が踏まれてめちゃくちゃになっている。


「見てみぬふりできないか」

 ガタイで負けそうだけど、とりあえずは介入だ。


「大の大人が三人がかりで何やってんの?」


「はぁ?誰だテメェ。この辺じゃ見かけねぇ顔だな」


「女の子をいじめて楽しむのは如何なものかと思いますよー」


「何だテメェ、ボコられてぇのか。それともなんだ、こいつの代わりにショバ代出すってのか? それが嫌ならサッサッと帰んな」


 面倒くさいと思いつつ、ポケットから銀貨を出す。

「これでいいか?」


「何だよ出すのか。釣りなんかねぇぞ」


「釣り? そんなものいらないよ」

 手でシッシッと追いやり、まだ大丈夫そうな花を集める。


「あのぅ……ありがとうございました」


「あ、いや、余計なお世話とは思ったんだけど、オジサンこういうの許せないたちで……はい、花」

 受け取る手はゴツゴツとして、可憐な見た目とは裏腹に仕事人の手だった。


「それでね、その花全部買うよ」

 じゃあね、と銀貨を渡して花を受け取り、颯爽と店に戻ってきた。

 花が飾ってある立ち飲み屋ってのもいいもんじゃないの。


 そしたらその日は何故か繁盛した。

 忙しくて目が回りそうなくらいで、新エールもすっかりなくなった。

 鶏皮ポン酢は、キュウリを細く切ったものと混ぜ合わせてごまを振ってあった。アンバーにはない料理なので、こちらも材料がすぐになくなった。

 こうなるとやはり短期で人手が欲しい。


「どうにかならないものかねぇ」


 星空を眺めながら、店からこっそり持ってきた葡萄酒に氷を入れて、かち割りにしてあおった。

 流れ星が三つ流れていった。

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