189話
車、あった方がいいよなぁ。
瞳子が本来の仕事に戻ったので、使える車がなくなってしまったのだ。
「廃車置き場から営業車だった車体をタダ同然で貰ってきたよ」
立ち飲み 肉球の常連に廃車を扱う人がいてよかった。彼には一月分の飲み代をタダにした。一晩で一万もいかないからね。トントンだろ。
「こんなにあっても運転できるのは限られてるニャ」
「オートマチック車だから簡単だよ。少しだけ練習すればすぐだから」
目の前には五台の車が鎮座していた。
どうせボロだから、練習時に擦ったり当てても問題はないのです。
「あっという間に覚えたなぁ」
猫ちゃんずを始め、バイト達も直ぐに上手くなってしまったのだった。こっちの人は感がいいのか何なのか。ダートの道ばかりでドリフトもこなすようになったし。そるでいて荷物は崩れたりしないの。
「で、今日はだんごは来てくれるんだよね?」
店にいたのがリリィだったので聞いてみたけど。
「うーん? だんごちゃんは王都店なんじゃないんですか?」
「会わせたい人? そんなのがあって呼んだんだけど。リリィは聞いてなかったか」
リリィに仕込みを任せて、裏手の転移魔法陣から王都へと向かう。
「最近は勇者として召喚されたのが忘れ去られちゃったニャ……。悪いヤツも出てこないし……酒場の店員さんが板についてしまったのニャ」
ため息をつきつつ、私は背伸びしながらカウンターを拭いていた。
とある国の王が部下に命じて、私はこの世界に召喚されたけど、すぐに旅に行かされたので大変な日々だった。
アンバーで仕事に就かなければ、あの異世界の敵に立ち向かうのは私のはずだったのだけれど、ケンジさん達が適当にあしらって撃退してしまった。王が言っていた魔王ってのがアレだったのかは分からないけど、この世界は今日も平和だし、冒険者達から頭を撫でられるのも気持ちいいと思えてきたのが、何か悔しい。私は猫の姿から戻りたいのに。
「だんごちゃん、本店からケンジさんが来たニャ」
ラッテちゃんが知らせに来た。ケンジさん、何か用事なのかな。
「やぁ、だんご。店長業務は慣れたかい?」
「勇者だという事を忘れそうニャ」
「ははは。今日来たのは仕事とは関係ないんだけど、だんごに会いたいという人がいてね、その人がアンバーに来てるんだ」
「でも、仕事があるニャよ?」
「終わってからでいいよ。あと、今日は俺もこっちの手伝いに入るわ」
「分かったニャ。それじゃあ、ケンジさんには調理を担当してもらいたいニャ。この店は料理が結構出る様になったニャ。それで、少しだけ忙しかったから助かるニャ」
どうやら、日本から持ち込んだ調味料の数々が評判になってきているようだ。特に人気なのが中華調味料だった。
「まぁ、確かに万能ではあるけども。で、肉と野菜を炒めたのが出るのか。んー、これならチャーハンにスープもありだよな」
そう思って、玉子チャーハンとネギ入りのスープを作る。とりあえずまかないとして食べてもらうと、それを見ていた客達からオーダーが入る。
「大将、美味いよこれ!」
「俺はパンよりこっちの方が好きだな」
十人前を作ったところで新たなお客さんが入って来た。
「嗅いだ事のない香りがしますね……」
「いらっしゃいませニャ」
「あら、可愛い子ね。四人なんだけど大丈夫かしら」
女性は見るからに高そうな服だし、連れの装備も凄い業物っぽく見える。高ランクの冒険者なんだろうか。
「こちらの席にどうぞニャ」
「ありがとう。あら、お酒も知らないのがあるわ」
リーダーらしき二十代の女性が言う。茶色の長い髪は少し傷んでいるようだが、見た目は清楚な感じの人だ。
「ビールってのは何だ? それに新エールだぁ? 確かに見た事も聞いた事もねぇ」
大きな剣を持っている男性が言う。この人も二十代かな。筋肉隆々で額に傷がある。
「ちょっと、食べ物も聞いた事のないものばかりよ!」
金髪グラマーな女性はメニューを見て驚きの表情だ。王都店は日本の居酒屋メニューを取り揃えている。ここでも鶏の唐揚げは人気だし、揚げ出し豆腐なんてのも女性には人気だったりする。
「ふむ、このキンミャー焼酎というのはさっきの雑貨屋に置いてあったな。ここのは酒精が強いみたいだが」
これぞドワーフ!みたいな体型のドワーフ……っていう言い方は変なんだけど、昔に観たアニメに出てくるドワーフそのものだった。そういや、リングの作者を探していたドワーフのおっさんはどうしてるかなぁ。あのエルフもまた旅に出て音信不通だし。ちなみにこのドワーフもおっさんだ。髭に白髪が混じってる。
「飲み物はどうしますニャ。お勧めはキンキンに冷えたビールですニャ」
「冷えてるの!?」
「おお、そりゃいいな! それを四つ頼む」
周りの客達が四人を見てヒソヒソしだした。
「あらあら、私達ってここでも注目を集めちゃうのねぇ」
「お客さん達、有名人なんですか」
ジョッキを運びつつ聞いてみる。
「ん? ああ、俺達はSランクのパーティだからな。それに最近までブラックドラゴンを追いかけてんだが、つい逃してしまってよ……それで噂になってんだよ」
なるほど。やっかみか……。
「そうでしたか。美味しいお酒に料理を用意してますので楽しんでいってください」
「おう、ありがとうな」
ブラックドラゴンは鬼門だな。そう思った夜なのでした。




