187話
テレビのロケも終わり、オハラさんとスタッフは打ち上げに突入していた。
客達はテレビの概念がないので、何故か繋がるネット回線で、動画を見せられてしきりに感度していた。
「ざっと見てきてどうだったよ」
さっきまで手伝っていて、メイド服姿のままのサキに問う。
「こっちの人はよく飲んで食べるよな。日本だと料理を頼んでもあまり手を付けずに、友達と話してばかりの客が多いんだ。それに、若い人はそんなに飲まないし」
「バイトのサキがそこまで観察できているのは好ましい事だよ。酒場のスタッフは全方向に気を向けつつ、さり気なくお代わりのタイミングで話しかけたりするんだ。空いてる皿の片付けるタイミングもそうだし」
人数多目の飲み会だと、俺なんかは友達の酒がなくなったら頼むか聞くもんね。それで、他の注文も一緒にしちゃう。それを店側からさり気なくやってもらえると心地よく飲めるのだ。
「なぁ、サキが感じた事を店でやってみたらいいんじゃないか。オーナーとしてはそう思うぞ」
「そっか」
見た目と真逆のいい娘じゃないか。
試用期間が過ぎたら時給も上げとこう。
「そろそろ本店に戻るニャ」
フクが店の壁時計を指差す。
ヤバい。一回転して洗い物が溜まる頃だ。
サキを立ち飲み肉球に送り、俺とフク、チコリは立ち飲みチコリ本店に戻った。
「あ、ケンジさん、どこほっつき歩いてたんですか! 洗い物を片付ける暇がなかったから溜まりに溜まりまくってますよ!」
いつもはデレデレのリリィから怒られちゃいました。
今日に限ってこんなに洗い物が出るとは。黒板を見ると、そこには『新大陸近海物、新鮮! 本マグロ(お肉みたいなお魚です)』って書いてあるし。皆、この珍しさにつられたな。
「え、解体ショーもやったの?」
「今日は耕ちゃんが来てくれてるから、特別ニャ!」
「そうなのか……見てみたかったな……。ところでチョコ、俺が連れてきた猫はどこに行ったか知らないか? みりんていう名前なんだけど」
「んー? その子かどうかは分からニャいけど、レモーネが抱いていたのは見たニャ」
「レモーネ、立ち直ったんだ。裏手にいるのかな」
洗い物を済ませてから裏に回ってみる。
何故かメイド服姿のレモーネが、みりんを抱きながら壁に寄りかかって寝ている。
「まぁ、いなくなったんじゃないからいいか」
しかしどうしたものかな。
男手が欲しいのに誰も応募してこないし、来るのは小さな子とか猫ばかり。まさかレモーネは働かせられないし。うちの弟も元の仕事に戻って、今はアンバーに工房を構えちゃったし。核となる石が採れるんだと。
「ケンジさん、休憩したいので焼台を代わってもらっていいですか?」
「もうそんな時間か」
ナターシャに代わって焼台に立つ。
心なしかオーダーが少ないような気がする。
「しかし、この辺も飲み屋が増えたねぇ」
しみじみ思う。
商店しかなかった通りに立ち飲みチコリができて、向かいに中華酒場ができた。その後は柳の下のどじょうで、屋台に毛の生えた程度の立ち飲みとか、自家醸造!の酒だけ売る店とか。中でも珍しかったのはキンミャー焼酎専門店だった。
客が店に入るとキンミャー焼酎にグラスと氷のセットが出てくる。そこに割り物という訳だが、これがまた種類豊富で、嫉妬しちゃう感じの酒場なのだった。
「お客さん、入ってんなぁ」
中華酒場の向かって右隣がそれで、うちからも繁盛しているのが見える。料理は出さずに持ち込みオーケーにしていて、凄く日本のニオイを感じる。店員は見たところ日本人ではなくて獣人が殆どだった。
「そうだ、耕ちゃんにアレを焼いてもらおう」
「もう準備してあるよ」
「流石、耕ちゃんです。それ、店では一度も食べたことがないんですよねぇ……」
アレとかそれっていうのは、本マグロの血合だ。茶色い身の部分や切れ端を串に刺して、塩を振って焼く。マグロの刺し身には血合部分は使わないから、スーパーなどでも安く売っていたりする。しかし、これが美味い。
血の匂いが生臭さになるので、下処理として熱湯をかけてアクをとる。キッチンペーパーで水気を取って串に刺すだけ。ネギを間にはさめばネギマグロ、ネギマだ。
初めて耕ちゃんが焼台に立っているので、物珍しさから血合串が飛ぶように売れていく。さっきまでの俺、ションボリ。