186話
「皆さんは何を飲まれてるんですか?」
ビールですよ、ビール。
「あらあら、可愛い女将ですねぇ。ジョッキ、重くないですか? はい、ありがとう。それではね……ん、キンキンに冷えてますねぇ」
「お勧めは猪串だニャ! モツもあるから片っ端から食べてみるニャ」
ミルクがオハラさんに猪串盛りを勧めていた。本店とは違って、ここの猪は管理されて飼育されているものなので、肉質も柔らかく臭みが少ないのが特徴だったりする。猪好きの貴族が飼育を始めたらしいけど、モツは炒めたり煮込んだりするのが定番らしく、意外にもモツの串焼きはうちだけだったりする。
酒の面でも、王様がアンバーの修道士を何人か連れてきて、新エールとビール、アンバーホワイトを醸造し始めているので、各酒場にはサーバーが設置され、旨い酒が飲めるようになっている。
魔汁キンミャーの出自としては、実はこの国が最初らしい。と言うのも、うちの母ちゃんが好きな銘柄だったので、こっそり異世界でも楽しめる様にと事故に巻き込まれてしまった蔵の人を転生させたのが始まりらしい。もちろん、母ちゃんの話に乗ったバッカスの力でだけど。
「乾杯させてもらってもいいですか」
少し時間を置いてからの乾杯タイムだ。
黒い出で立ちのオハラさんに、チュニック姿が多い冒険者達が乾杯している。
「店としては新しいんですね。でも、建物はかなり古い?」
「大体、三百年になりますよ」
「あ、ケンジさんじゃないですか。実はこの方、私の猫仲間なんですね。そして、恩人でもあります」
一軒目の撮影から飛ばしているので、呂律が怪しくなってきた。
「何でこの国に日本人がいるのか。それは、かなり難しい……長い話になりますね。地球が大きくなったのは青天の霹靂でしたが、我々はこうして日々飲んでいられるんですから、酒場に感謝しなくてはいけませんね」
意味が分かるような分からないような話になってきた。これこそこの番組。
「これってテレビか! なぁ、アタシも映っていいか?」
サキは応えも待たずに、メイド服に着替えて給仕を始めてしまった。長めの髪を纏めてアップすると、また違った印象になる娘だな。
「おや、元気な娘ですねぇ。この店は女性店員さんばかりなんですね。すみません、何かお勧めのお酒を……」
「ん? お客さん、これなんかいいんじゃないか? この国で造ってる日本酒だぞ。最近入荷したみたいだし。ほら、口開けだから」
日本酒用のグラスじゃなくて、サワー用のジョッキになみなみと注いでしまった。
「え!? こんなにサービス!? 凄いですねぇ……そしてこの表面張力。迎えに行かないとアレですね」
ジョッキを置いたまま口を付ける。
「これは……! 辛口ですがするっと飲めて、鼻から抜ける香りがフルーティーなんですね。流石、異世界だった国の酒場です。これは飲まないといけませんね。これにこの肉刺し……これ、何でしたっけ?」
「おっちゃん、これはユニコーンの刺し身ニャ。乙女を襲う魔物として認定されてしまってて、駆除された時のみ食べられるのニャ。栄養満点ニャよ」
あら、いつの間にか本店にもない食材が。でも、ユニコーンって。まぁ、なんて言うか馬刺しみたいなもん?
「あら、にんにくと生姜もあるんですねぇ……これは美味い! ここは奥もあるんですか? ちょっと伺ってみましょう」
まだ殆ど残っている日本のジョッキを片手に、オハラさんは店の奥へと移動していった。
「女性がいるの、よく分かるよなぁ」
覗いてみると、若い女性三人組のテーブルにちゃっかりと座っていた。しかも料理をあーんしてしてもらってるしぃ。
「しかし、あのオッサンは何なんだ。タレントなのか?」
「女子高生は知らないか。飲ん兵衛のアイドル、オハラさんだよ。うちの本店の向かいに中華酒場を持ってるよ」
「掴みどころがないオッサンだな」
「フクの姉ちゃんのご主人様ニャよ」
「んー? ちびっこいのには姉ちゃんがいるのか。うわー、アタシも一人欲しいなぁ。他に姉妹はいないのか?」
「兄ちゃんならいるニャ。旦那にでもするかニャ?」
「ばっ、何言ってんだよ! ペット的つーか、違うな。妹が欲しいだけだよ」
頬を赤くしてフクの頭を撫でている。
「猫ならアンバーに沢山いるのニャ。人化するからひろってくればいいのニャ。ミルクも元は単なる野良猫ニャ」
「は? そんな魔法みたいな事があるのか? ああ、いや、ここは魔法の国だったな。ふふ、そうか……猫が………」
ヤンキーも動物好きだったりするんだな。はっ! まさかバイトもジェシカの姿を見かけて決めたりしたんじゃ……?
「ケンジさん、あのお客さん、頼んだ物を片っ端から忘れるニャ……」
「それがオハラさんだから。気にしちゃ負けだよ、ミルク」