183話
「神社で飼っている猫です。名前はみりんって言います。気に入られちゃいましたね」
気に入ると登るのか。
みりんは肩までよじ登って来た。
『さくらの匂いがする』
「ん? 何か言いましたか」
「いえ、何も言ってませんよ」
『バカだな、オイラだよオイラ。念話で話しかけてんだよ』
ぬ? みりんなのか……。
「花なんてとっくに散って、葉っぱの香りもなくなってきてるぞ」
『ちげーよ。さくらってのはオイラの妹だよ』
「妹だぁ?」
『オイラはこう見えても異世界から来た、立派な人間なんだぞ。訳あってこの姿だけどな。妹と一緒に転位事故に巻き込まれて、今は神社の飼い猫だ。お前からは妹の匂いがするんだ』
巫女さんが独り言を言う俺を変な目で見てきたので、少し離れて会話を再開する。
「俺はお前の妹なんて知らんぞ」
『うーん、オイラみたいに姿が変わってるかもしれないんだけどなぁ』
「うちは猫さんとか猫っぼいのは沢山いるからねぇ。探したいんだったらついてくるか?」
『そうする』
みりんと話がついたところで式が終わったようだ。
「二人共、思い切ったな」
「これで私達は夫婦よ、夫婦! ようやく、変な虫も寄り付かないようになるわね」
「だから、あれは誤解だと言ってるだろうに」
「何が誤解なのよ。てっ、手を繋いで歩いてたじゃない!」
「ハイハイハイハイ、すみませーん。大事な話があるんです。聞いてもらえませんか」
「何? この暑い日に毛皮のマフラー?」
「あ、こいつは生きてます。って、そーじゃなくてですね。アンタ達の国がピンチになりそうなんですよ!」
結局、着替えてからの説明になったけど、ルナが仲間と魔物退治をするよりも、バッカスが魔物を異世界へ転位させるのが簡単だと言い、その場でちゃちゃっと済ませてしまった。いいのかなぁ……転移先の世界に幸あらん事を。
夕方のニュースでは、こぞって魔物が消える瞬間を流していた。
さて、どうするかな。立ち飲み肉球に寄って帰るか。
「いらっしゃいませー」
ジジイ三人組は既にいなくなっていて、代わりに若者達が飲んでいた。見た目はパッとしない、酒場にいそうもない若者達だ。
「あら、その子はどうされたんですか」
「これはみりんって言う神社の猫だよ。訳あってアンバーに連れて行く事になったんだけど、何か肉の切れ端とかある?」
店先で茹でたささみをみりんに食べさせた。早く味付けの濃い物を食べたいらしい。だんごは猫耳なだけで、普通に人間だぞ、と教えると、地団駄を踏んで悔しがっていた。その姿が可愛かったのか、女の子のグループが何組が店に入ってくれた。流石のぬこ様である。
「そういや、そろそろバイトの娘が来る時間じゃない?」
「そうですね、学校帰りに来てくれるみたいです。平日は一人ですけど、金曜土曜はもう一人来てもらってます」
程なくしてその娘は来た。
茶髪で長いスカート……マジか。
「面接の時は漢字が刺繍された長い服を着てきて、とっても素敵だったんですよ」
ジェシカってばYOUみたいな感性なんだねぇ。
「てか、ジェシカは日本語を話してるし使えてる訳でしょ。あんな文言、可笑しくは感じないの?」
これはよく分からないんだけど、異世界だった世界の公用語は日本語だった。識字率も高く、殆どの人が文字を書けた。
「おい、オッサン。アタシの特攻服に文句があるのか」
「あ、いや、別に文句はないけど」
「けど?」
「ジェ、ジェシカー、助けてよ」
「店長、こいつは一体何なんですか?」
「サキちゃん、この人はこの店のオーナーだよ」
うちの地元にもまだいたんだなぁ、という感慨深いものから、ヤンキーに絡まれるのは未だに苦手なのだった。
「え、このオッサン、オーナーなの?」
酷いの……。