182話
久しぶりの実家だけど、そこに住んでいるのはバッカスとルナの二人だけなのだった。親父は遂に定職に就いた。
弟の車を借りようと車庫のシャッターを開けると、そこには酒のケースが大量に置かれていて車がない。既に奴らの私物物置にされているし、これってもはや実家とは呼べないのでは……。
文句を言おうかと探したけど、肝心のルナもバッカスも出かけているようだった。
時差があるから、この時間だと酒屋だな。自転車で五分の激安ショップに向かう。
税制が変わるみたいで、来月から軒並み値上げなんですと。だからなのか店内は客で一杯だ。中には変わった服装の外国人が何人かいる。密入国したんどろうなぁ……魔法でどうにでもできるし。
棚はガラガラで、少ない店員が鬼の形相で回している。
店内を一巡してみたけど二人はいなかった。
ここにいないとするとどこに行ったんだ。田舎は車社会なので自転車移動はなかなか大変です。久しぶりにふくらはぎをパンパンにさせながら、次に向かうは酒場街の立ち飲み屋。実はアンバーでの儲けで出店した日本一号店である。
俺がオーナーなのは猫耳の店長以外には内緒だ。何故かと言うと、食材の仕入れがアンバーだからなのと、猫耳店長がやってる店として珍しがられるといいな、と考えたからだ。表立っては交流がないとしながらも、実際にはアンダーグラウンドで行き来はできていた。
「こんにちは」
肉球と書かれた暖簾をくぐって店内に入る。
昼の早い時間は店長一人で回している様で、お爺ちゃん数人を相手に、店長の『ジェシカ』が世間話をしている。
「いらっしゃいませー」
「小さくて生意気な娘を連れた男は来なかった?」
「ザシャさんですか? 先程帰られましたよ」
「入れ違いか……悪いけど水を一杯くれないか」
水を飲みながらジェシカに要望を聞くと、お爺ちゃん達に椅子を置いて欲しいと言われるそうだ。やはり言われたか。
「立ち飲み屋だから椅子はなし。これ以外の要望は大丈夫だから、明日には誰かをよこすよ。ところでどうだい、こっちの生活は」
「はい、毎日楽しいです。時々方言が意味不明で困る事はありますけど。そう言えば取材? とか言うのを頼まれたんですけど」
そう言って名刺を渡された。
「旅と酒場? マニア向けの雑誌じゃないか。もう聞きつけてくるとは……恐るべしネット社会」
案の定、検索したら既に色々書かれていた。うわー、ジェシカの写真もアップされてるよ。
「ジェシカ、これ」
「わわっ、それって私ですか! な、何て書かれてるのでしょう?」
「某きつねにも負けない可愛らしさ、だとさ」
「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ジェシカちゃんは儂らの妖精さんだものなぁ」
「んだんだ、こごさ来てがらは若がえったもののー」
「スマホの待ち受けもジェシカちゃんだなやの」
ちょ、アンタか、写真をアップしたのは。
「椅子は置きませんから」
のほほんと世間話で長居はできないのだ。
しかし、ルナとバッカスが行きそうな所ってどこだ。うーむ。
少し歩くと大きな公園があるので、まさかとは思うが行ってみる事にする。
しかし、ここも随分変わったなぁ。景観美化で電柱もなくなったし。広くなった道路に歩道。なのに誰も歩いていないという。車社会だからね。
堀を渡り中を歩いてみても二人は見つからない。
公園デートする様な奴らじゃないもんなぁ。
神社にさしかかると、厳かに結婚式が行われていた。しばらく見ていると、巫女さんから中に誘導されてしまった。
白無垢姿の花嫁さんを見ると、どこかで見た様な気がした。ん?
男の方は……ザシャじゃねぇか。異世界の神様が日本で神前結婚式ってどうなんだ。
「終わるまで待つしかないのか……」
レモーネが現れて、ルナは焦ってしまったのかもしれないな。俺に言わせればどっちもバカっぽいけど。
「海外の方が式を挙げられるのは初めてなんですよ」
さっきの巫女さんが教えてくれた。
「それで……この、俺に登ってこようとしている猫は何なんですか」
ガタイのいい猫が必死になってジーパンにしがみついている。爪が肉に食い込んでいますよ、猫さん。




