179話
「実は今汲んでもらっているのがそうなんだ……何と言うか、酒の歴史を教えてやったらやりたがってな……しかも樽一つ分も造っちまいやがった」
アイリスの口噛み酒……。
そのまんまだ、そのまんま。炊いた米を口で噛んで、そこから発酵を促す。古来の手法だけど、巫女が噛んでいたらしいと聞くと、まぁ、アイリスでよかったんじゃないかと。
「問題は、口噛み酒である事をきちんと公表しないと売れないって所だなぁ」
「あ! ケンジさん!」
「ぐはっ」
アイリスが蔵に入ってきたかと思ったら、思いっ切り助走をつけて飛び込んできやがった。この年頃特有の柔らかい身体が前面に押し付けられると……反応しちゃう訳で。アイリスは気付くと……。
「うわっ!…………」
ハハハ……アイリスはくっついたり離れたり、忙しいねぇ……。そして、父親である大五郎の視線が痛い。
「結婚前に手を出したら殺すぞ……」
「お父さん!」
「出しませんからっ!」
「ご主人様は夢の中でモゾモゾと頑張ってるのニャ」
フクよ……何故知ってる…………リリィも右手を見てモジモジしながら匂いを嗅いでって、おい! まさか……!
「ん? どうしたの? 手が止まってるじゃない。ほらほら、ラベルを貼って持っていってちょうだい。次の作業もあるんだからね」
カレンがやって来て、微妙な空気を撹拌してくれたので助かった。
しかしリリィの奴、人が寝てる間に何やってくれてんだか。
久しぶりにベッタリのにリリィが牽制していて、フクは真面目にラベル貼りに勤しんでいる。大五郎とカレンは他の作業を始めている。
「それじゃあ瞳子さんを呼ぶか」
瞳子さんには社用車のライトバンを、こっそりと持ってきてもらっていた。免許があるのは俺と彼女だけなので、スマホで連絡してトダ村まで来てもらう。
世界が一緒になっても、何故かこの国には日本の携帯電話の電波が入るのだった。
立ち飲みチコリに新しいバイトが入った。
アンバー本店に週末二日だけのトダ村出張所、新たにオープンした王都支店と三店舗を構える様になり、表向きはまだ行われていないはずの輸出入なのだが、実は細々としたものは行われているのだった。
中でも食料品などの王国への輸入は王様も黙認していて、今では食べ物屋のレベルが数段とアップしていて、前より夜の賑わいも増しているのだった。
そして、そこへソーラーシステム内臓の看板などが持ち込まれ、明るさの面でも賑やかになっている。
「それで、二人とも肉も魚も捌けるんですか。それは助かります。仕込みと調理をメインにして、忙しい時は配膳も頼みますね」
新しいバイトは本店に二人。
人族で二十歳の『メルヴィ』と兎族で十八歳の『デレシー』で、ここでは年長さんになる。
見た目は派手なメルヴィだけど、なかなか気の利くお嬢さんの様だし、デレシーは長い耳がキュートで、冒険者達を早速トリコにしている。
猫ちゃんずのバニラとチョコが本店に残っているけど、年下の彼女らの言う事もキチンと聞いているみたいだし、とりあえず本店は安心だな。
モカとラッテにミルクは王都店を回してもらっていて、転生勇者のだんごにも店長として頑張ってもらっている。だんごも元の世界に帰られればいいのだけど、今のところ無理みたいだ。元々は人間との事だったけど、猫耳が付いた今の姿も可愛くていいのに。
「お、マスター、新しい娘入れたんだ」
常連の冒険者が入ってくるなり話しかけてきた。やはりこっちの男性は目ざといなぁ。
「彼女ら料理担当だから、どんどん注文よろしく」
そして、オーナー兼店長のラムは、何と俺の遠縁だった。
本家のコネで、期間限定の特使として日本で働かせられている。引っ切り無しに連絡してきて、早く戻りたいと言ってくるけど、適材適所だ!と、本家に言われたら俺にはどうにもならないよ。頑張れとしか言えなくてゴメンな。それに、サラも助手でついて行ってるし、ちくわとささみもいるじゃんか。こっちは猫分が少なくなって、モフモフできていないんだから。
向かいの中華酒場も、オハラさんの手腕で王都に三店舗も出店したそうな。その内の一店舗は、フクの家族が引っ越して、住み込みで働いているとの事だった。
「で、オハラさんは放浪の旅に出たと……」
フクの姉であるベニちゃんが言うには、異世界へ来る前の仕事に戻らなくてはならなくて、少しの間、収録の旅に出たらしい。寂しいからって、仕事を放り出してフクに構いに来ちゃっていいのかな。
「で、この娘はどなた?」
店の奥で椅子に座って寝ている少女。
「知らないのニャ」
「ふーん? まぁいいか。起きたら聞けばいいし」




