177話
「壁、壊すなよー」
大将がチラッと見てから言ったけど、王様の心配はしないんだな。まぁ、それで、正解なんだけど。だって、王様はタフですから。
「なっ、ななななな! 何なんですかっ、アナタはっ!」
ニコルが王様を起こしつつルナに言うが、ルナの怒りは王様にしか向いていない。ニコルを無視して王様の側へ仁王立ちすると、胸ぐらを掴んでがなり立てる。
「アンタの娘がバッカスにちょっかい出してんのよ! 親だったらどうにかしなさいよっ!」
「娘なんかいたんだ」
「……ん? ケンジじゃない、何でアンタがいるのよ。今は忙しくしてるんじゃないの?」
「その忙しい時に世界が一緒になったでしょ……だからこっちの文化を知ってもらう為に連れてきてるんでしょうが。会うなり殴ったちゃダメでしょ。王様の娘さんがどうしたって?」
娘という言葉に過剰反応してきそうだったけど、聞かないと始まらないし。
「そいつには歳は十七の娘がいるのよ! 欲しいものは何でも手に入れないと気が済まないタイプのワガママ娘、それがレモーネ姫。更にこの小娘は誰にでも効くチャーム魔法が使えるのよ……バッカス……ザシャの容姿は至って普通の村人なのに……私への当て付けなんだわ」
「レモーネがお主に迷惑をかけているのか、すまぬ……しかし、アレは私も止められぬのよ。頼りないことではあるがな」
首を振って溜息をつくルナ。
ニコルは塗れたタオルを王様の顔に当てている。
「すみません、お騒がせしました。よろしかったら、何か一杯ずつ飲んでいただけますか?」
目の前でいきなり起こった出来事に、巻き込みながら驚かせてしまったお客さん達に飲み物をご馳走する。
「大将、すみません……」
「まぁ、俺も、なんだ、その……ナターシャと結婚する事にしたからさ、その国の王様には何も言えねえよ」
「あれ? 結婚決めたんですか!」
「ナターシャが羨ましいなぁ」
くそっ、ラムが脇腹をつねってくる。
「おめでとうございます」
「アンタも気を付けなさいよ。レモーネは今、この街にいるんですからね」
ルナが大将に言う。は? 姫様がこの街に?
「て、事は、ルナ達はまだうちの実家に住んでんのか?」
「この間、ケンジのお父さんが帰ってきたわよ。私達が住んでないと、あの家は空き家じゃない。すぐにボロくなるんだから感謝されてもいいと思うわよ」
確かに家は空気を通していないとすぐに劣化していく。母ちゃんもアンバーで商売してるし、弟も何だかんだでおもちゃ屋をアンバーで開いたし。妹は東京に出てるからなぁ。
「住むのはありがたいけど、こんな現状でルナは狙われたりしないのか?」
「何? ドラゴンだからって事? フン! 私をどうにかできる奴なんて、この星には誰一人としていないわよ。千社とか戦闘機? それにミサイルとかが来ても、ブレスでイチコロなんだから。放射能も中和できちゃうし……あーあ、こんなに何でもできる娘なのに、レモーネだけはどうにもならないなんて……!」
「それで、レモーネ姫はどこにいるんだ?」
「ケンジの実家にいるわよ! 帰ったら、あられもない姿で同じ布団で寝てやがったわ!」
人んちの布団で何やってんだよ……。
「実家には戻りたくないなぁ……王様も回復したようだし、ここらでアンバーに戻りますか」
「ナターシャったら、いつの間にプロポーズされてたのぅ?」
リリィが結婚を決めたナターシャの肩を揉みながら、どんなプロポーズだったのか聞き出そうとしていた。
「あれ、ケンジさん達実家に泊まらないで帰宅されたのですかぁ」
「色々あってね、こっちに戻ってきたんだ。それと、ナターシャをいじめない事」
そう言うと、リリィは俺の方にしなだれかかってきて、背中に指を当ててクルクル回し始めた。
「私もプロポーズされたいなぁ」
「……また今度な。それより、王様の娘、レモーネ姫に気を付けてくれ。人の恋路に邪魔をする娘らしい。ルナが怒って王様をぶっ飛ばす事態になったんだ」
「あらやだ、レモーネ姫が近くにいるんですか。噂は散々でしたから、会いたくはないですねぇ」
リリィは色々と噂は聞いているらしく、怖い怖いと言いながら風呂に入りに行ってしまった。俺も誘われたけどラムが睨んだので止めておいたよ。