176話
「しかし、この街は酒飲みにとっての楽園の様な場所だな。酒の種類が比べ物にならないくらい多いし、料理や味も沢山ある。それに、酒場などはどこへ行っても同じ様な作りだが、ここでそれはない」
王様はそう言って、キャバクラの客引きを不思議そうな表情で見ている。
「どうですかこの街は。酒場街は他にも沢山あるんですが、俺が一番好きな街を案内してきました」
「この様な街がまだまだあるのか。世界が大きくなって懸念していたが、楽しみが増えたって事だな」
「それでは最後に俺の田舎へ移動します。ラム、お願い」
転移魔法であっという間に山形県に着いた。
もちろん行く先は大将のやきとん専門店だ。いい店と言うのはタイミングさえ合えば遠くだろうがリピートしてしまうし、そうでもない店は間が空いて、なかなか行かなくなってしまう。ホント、転移魔法があってよかった。
暖簾をくぐった頃には八時を越え、店内はお客さんで賑わっていた。
皆、思い思いの酒を片手にやきとんを頬張っている。
「大将、こんばんは。今日は初めての人を連れて来たよ」
「いらっしゃい。あれかい、新大陸の人だろ。今やニュースはそればっかりだもんな。カウンターでよければ座れるよ」
地方はカウンターより小上がりが人気なので、カウンターは比較的に空いている事があるのだった。
奥から五人で座り、プレミアムホッピーを頼む。
「大将は二人共、見かけた事はあるよね?」
「店の奥でイチャイチャしてたのは見たな」
「なっ!」
いつもは冷静な宮廷魔術師のニコルが、真っ赤になって焦っている。隣で王様は余裕の表情だ。
「エルディンガー二世さんと宮廷魔術師のニコルさん」
「えっ、まさか王様?」
「うん、王様」
気まずそうに大将は、王様に店のオリジナル日本酒を御馳走してくれた。
「ケンジの故郷は、先程の街とは違って静かな街なのだな……日本酒も香り豊かな物が多いし、このやきとんもとても味が濃いのに猪みたいな臭みはない。言葉が少し違うのも面白い」
「いずれはこの文化も私達の国に入ってくるのでしょうね……魔法はなくなっていく運命なのかもしれません…………」
寂しそうにニコルが言う。
確かにこっちには魔法が使える人間はいないからなぁ。
「魔素とか言うのはどうなの? やっぱりここにはない?」
「いえ、私達の世界と同様にあります」
「あれ? あるんだ……なら、使い方を知らないだけかもしれないね」
俺の言葉を聞いて、ニコルは笑顔を取り戻した。
「よく考えたら、ファンタジー物のドラマや映画のロケ地に最高かもね。それに、魔法も本物が使えるし」
「逆に、今までの作品を観てくれる人達が増えたって事も言えるよな」
ラムは酒場以外の商売でも始めるつもりなんだろうか。ブツブツ言いながら日本酒をあおっている。
「土地も増えましたし、移民問題が大事になりそうです。ちなみにハワイは帝国領に二キロに位置しましたから、アメリカは大喜びですよ」
瞳子はスマホを見ながら情報を教えてくれた。
「今やってる刑事ドラマに、帝国領に行く話が出そうで怖いな」
『バンッ!』
勢い良く戸が開いて、ルナが剣幕で入ってきたかと思ったら、王様を思いっ切りビンタして壁まで飛ばしたのだった。