170話
焼き台の前はとにかく暑い。
ついでに指も熱い!
煙で顔は汚れてくるし……。
「ん? 何だあの雲」
猪串を焼きながらふと空を見上げたら、にじ色に光る大きな雲が山の向こうからこちらに流れてきていた。
目を凝らすと、その雲の下から何が沢山出てくるのが見える。人影? フライングヒューマノイド?
「に、しちゃあ、羽があるな」
周りの人間は誰一人として気付いていない。
「おーい、ラム。ちょっと来てくれ」
「何ー?」
空を指差して知らせる。
「え? 何あれ……まさか」
「多分、そのまさかかも。ラムは皆に知らせてくれないか。俺はお客さん達を誘導するから」
酔っ払い達は言うことを聞かないから、泣く泣く飲み代をタダにすることにして店の裏手から逃がす。
その間も虹色の雲からは沢山の人影が出てきている。
その中の集団の一つが急降下し始めた。
「ヤバい、あの辺はトダ村じゃないか!」
ポケットからスマホを取り出して大五郎をコールする。
「あ、俺、ケンジ。うん、それは敵だと思う。うん……ダンジョン内のセーフゾーンに避難してほしい。よろしく」
やはり羽の生えた奴らは攻撃を仕掛けてきたらしい。凄まじいエフェクトの魔法攻撃や剣の打撃らしいけど、当たっても痛くないんだと。それでも一応、避難はしてもらう。子供でも倒せそうな感じがするんだけどねぇ。
瞳子にお願いしてトダ村までチンクエチェントで走ってもらうか。アイリスを呼ばないとこっちの作戦に支障をきたすし。
「王様は流石に素早い到着ですね」
「相手が動いたとなるとこちらも動かざるをえないからな。何やら見掛け倒しだと聞いたが?」
「攻撃に威力が全くないみたいなんですよ」
「何なんだそれは」
二人で首を傾げながら話していると、宮廷魔術師のニコルが会話に混ざってきた。
「興味深い……」
「ニコルは原因に心当たりが?」
「とりあえず見てみたい。ケンジ、見てこよう」
言うや否や、転移魔法でトダ村まで瞬間移動させられた。
「家に攻撃してるみたいだけど……ビクトもしてないね。ニコルはどう思ってるの?」
「敵は精神体でしょ? この世界の人間に乗り移って力を発揮しようとしても、力が伴わないのかもしれないわね……」
「試しにこっちから攻撃してみたら? もちろん、気絶するくらいで」
ニコルは杖を振りかざして魔法を発動させた。稲妻がまとまっていた敵に落ちると、気絶した瞬間に精神体が出るのが見えた。弱っ。
「……弱いね」
「これだったら広域魔法で一網打尽できちゃうけど……どうする?」
「やってもらっていいかな?」
こうしてトダ村の敵は一掃され、取り憑かれていた人々を助ける事ができた。どうやら、かなり遠くの国の人達らしく、敵も星の反対側にある本拠地近くで乗っ取りを行ったようだ。この星のいい所は、言葉が共通して日本語な所だ。下手なダジャレも笑ってくれる人がいる。
「この人達は送っていけるの?」
「私にかかればあっと言う間よ。ちょっと待ってて、行ってくるから」
ニコルは集まった人達を連れて消えたと思ったら、五分位で戻ってきた。きちんと戻してきたのかは確認するすべはないんだけどね。
「ダンジョンにも敵は蹴散らしたって知らせをしに行かないと」
大五郎もあっけにとられていたけど、何だよ、敵はこの世界で物理的に攻撃できないのが分かったから、城の火事みたいな地味な攻撃を阻止しないといけなくなった。こっちの方が難しい気がするんだけど、見回りを多くする事で対応する事になった。冒険者達をその任につかせる事にする。王様がお金は出してくれるってさ。
「ついでだから日本酒をもらっていくよ」
純米大吟醸 大五郎が遂に完成していた。
米を磨きに磨き抜いて醸したこの酒は、名前とは裏腹に上品な吟醸香にスキッとした後味で、冷やでも美味しいのだった。
「アイリスを連れて行く予定もなくなっちゃったなぁ……」
そう言うと、アイリスはイヤイヤ言いながら抱き付いてくるのだった。でもねぇ、敵も撃退できちゃったし。
「最近は真面目に酒造りに勤しんでいたから、街に行ってきてもいいぞ」
「叔父さん……」
「ロリも行きたいなぁ」
「うわっ! どこから湧いてきた!」
「酷い言い様ね」
「ケンジはモテモテね」
「ニコルも茶化さないでくれよ」
こうして呆気なく終わったトダ村の戦いは、女の子二人をアンバーまで連れて行く事で終了となったのでした。
「何が起こったのだ……神殺しの副作用なのか…………」




